71. 神々からの授かり物
祭壇は色とりどりの花々で飾られ、たくさんの食べ物やワインが捧げられていた。
もちろん儀式ではあるのだけど、饗宴という言葉がぴったりだった。
伝統的に、丸ごとチーズ・ハムなどの加工肉類・白パン・果物は大籠いっぱい。肝心のワインは、祭壇の脇に大樽が2つずつ、どどーんと置かれている。
それに加えて、今回は、これまでと違うものも捧げていた。
出来たばかりの2種類の新芽茶の壺や、古樹の涙の瓶。
それに、以前おじいちゃんたちに僕が振る舞った料理のうち、猪肉の赤ワイン煮込みと白ワインを含ませた紅白パウンドケーキも、鍋ごと置かれている。
(料理を神々に捧げるなんて、怒られないかって何度も聞いたけど……。結局、捧げることになっちゃったな……)
今回の捧げ物の手配や準備は、僕が行った。
これまでと同じく、伝統的なものだけで良かったはずなのだけど、おじいちゃんが「絶対に神々は気に入る」と猛烈に推してきたのだ。
それで念の為、神職の方々にも確認をしたところ、反対されるどころか、なぜか太鼓判を押されてしまった。
♢
準備が整い、高齢の巫女が儀式の開始を告げる。
僕たちヴァレー家は、その後ろで祭壇に向かって跪き頭を垂れた。
……のだけれど、四歳児のリュカは片膝立ちが出来ないので、ほとんど正座のような姿勢だ。
リュカは、言いつけ通り、きりりとした顔で「気をつけ!ピッ!」のつもりなのだが、目線は祭壇の食べ物に釘付けだった。
時々、風が僕らの方に吹くと、草の匂いとともに、甘い果物やパンの良い香りが微かに届く。
そうすると、リュカの体がぐらぐらと揺れるので、僕は隣で背中を支えていた。
(終わりまで、リュカの集中力と腹の虫が保つかなあ……)
ヴァレー家の子どもは、神々の加護を感じられる機会だからと、どんなに小さくても参加する習わしなのだそうだ。
そうは言っても、好奇心旺盛で活発になってきた四歳児が、いつ何をするのか予想がつかなくて、僕は内心はらはらしていた。
何なら、頑張って我慢しているリュカにおやつを食べさせてあげたいから、早く儀式が終わって欲しいとさえ思っていた。
巫女が、しわがれた声で祝詞を唱える。
その声は掠れてはいるけれど、途方もない月日を思わせるような、深い響きだった。
『……ヴァレーの一族が当主、マルタンが、此度は人の世の王から爵を与えられました。
然れど、彼の者、これまでもこれからも、変わらず神の加護とともに、ヴァレーを導く者でありましょう。……今再び誓いを』
おじいちゃんが、巫女の隣へと進み出て、また膝をつく。
そして、一言、はっきりと宣誓した。
「ヴァレーのあまねく民は、神々の加護とともに」
その瞬間。祭壇が、目を開けるのも難しいほど、眩い光に包まれた。
♢
(な、何!? 一体、何が起きたの!?)
光に焼けそうな目を閉じ、隣のリュカを慌てて引き寄せて、光を遮るように胸に庇う。
訳が分からなくて、何か魔法で攻撃でもされたのかと、できるだけ身を低くした。
……そうして、しばらくじっとしていたが、何も起こらない。
変な静けさに、僕は恐る恐る目を開けた。
「リュカ、怪我はない? 大丈夫?」
「にいに……。うぇっ、うぇっ、こわ、ごわ゛がっ゛だ〜〜〜」
胸に抱いていたリュカに、怪我はなさそうだ。
ただ、初めはきょとんとしていたのだけれど、だんだんと目に涙が浮かんで、泣き出してしまった。
抱き上げて、「怖かったねえ」と背中をトントンしながらあやす。
そこでやっと周囲を見ると、みんなが身を起こして、祭壇の方を見ていることに気づいた。
あのレミーですら、目をまんまるに見開いている。
僕も振り返ると、あんなにたくさんあった捧げ物は、影も形もなくなっていた。
そして、その代わりに……。
小さな黄金の鈴が一つ、柔らかな光に包まれて、宙に浮かんでいた。
(う、浮いてる……!? 浮遊の魔法? でも、なんで鈴が……)
よく見ると、鈴自体も淡く金に光っていて、虹色の帯のようなものを纏っている。
そのことに気づいて、僕は鳥肌が立った。
(これって、もしかして、神々からの……?)
「おお……神々からの授かりものじゃ……」
そう思ったと同時に、一番近くにいた巫女が、思わずといったふうにしわくちゃの手を、鈴に伸ばした。
けれど、なぜか手をすり抜けてしまい、掴むことが出来ないようだった。
それを見て、正気に戻ったおじいちゃんが巫女を制し、ゆっくりと手を伸ばす。
握った手の平には……鈴があった。
おじいちゃんは鈴を頭上に掲げると、金の陽が幾筋も辺りを照らす。
そのまま微かに振ってみせたが、その鈴は一度も鳴らなかった。
「鳴らない鈴……か。はてさて。きっと神々のことだ。何かお考えあってのことだろう」
おじいちゃんは首を捻りつつもそう言うと、鈴を大事に布に包み、懐にしまった。
そうして、再び跪く。僕たちも、その姿に慌てて続いた。
「神々の加護に、感謝を」
「「「「「感謝を」」」」」
(ほ、本当に神々が、僕たちを見ているなんて……)
狐につままれたような僕は、鳥肌と震えが治らなかった。
前世の日本のように、単なるイベントや、けじめとして神社やお寺にお参りするのとは、まったく違う。
理解しているつもりで高を括っていた、どこか遠くにいて、目に見えない、漠然とした存在でもなかった。
ここは……ヴァレーは、神々がいて、見守っている地なのだ。
僕は、おじいちゃんが神々に最大限の感謝と敬意を払っている意味を、やっと実感していた。