【六十七人目】 聞こえる幼馴染みの声に俺はいつも反応してしまう
「おっはよう」
学校へ行く為に家を出ると、今日も元気な声が聞こえた。
俺の幼馴染みの声だ。
俺はすぐに幼馴染みだと分かる。
彼女の声に特徴がある訳じゃない。
ただ俺の耳へ勝手に入ってくる。
彼女の声が。
彼女は俺の隣を当たり前のように歩く。
俺はそれが当たり前だから気にはしない。
彼女は俺の隣で、昨日のドラマの話を楽しそうに話をしている。
「ねぇ、聞いてるの?」
彼女は怒ったように俺に言った。
「聞いてるよ。昨日のドラマの主人公の彼女が、好きな彼に助けてもらったのに、恥ずかしくて逃げたのが、君は疑問に思っているんだろう?」
「そうよ。だって普通は、ありがとうってお礼を言うでしょう?」
「それは彼女が、緊張し過ぎて慌てた結果が、逃げるってなったんだよ」
「何であなたに女の子の気持ちが分かるのよ?」
「俺も嫌な時は逃げる癖があるからね」
「逃げる仲間ってことなのね?」
「そう」
「でも、どうしてあなたって、私の話を聞いていないように見えて、聞いているの?」
彼女は不思議そうに首を傾げて俺を見る。
「君の声は、俺の耳へ勝手に入ってくるんだよ」
「その言い方、私に喋るなって言っているみたいじゃない?」
「そうじゃないよ。君の声は、何よりも先に俺の耳に届くんだよ」
俺はそう言って、少し拗ねた彼女の頭を撫でた。
彼女は、また私を子供扱いしてと言っていたが、嬉しそうに頭を撫でられていた。
彼女は俺に撫でられるのが好きみたいだ。
◇
「ねぇ、今日は少し遅くなるからね」
「分かったよ」
昼休みに彼女は渡り廊下から、俺のいる二階の教室へ叫び、俺はその返答をした。
「何だよ。今の聞こえたのか?」
俺の親友が、俺の隣でパンを食べながら言った。
「お前は聞こえなかったのか?」
「何か言ってるなぁくらいしか聞こえなかったけど?」
「俺にはちゃんと聞こえたんだよ。今日は少し遅くなるからってな」
「お前達って付き合っているのか?」
「はぁ? そんなことがある訳ないだろう?」
「それなら、何であんなに遠い所から、声が聞こえるんだよ?」
「あいつの声は、どの音よりも、俺の耳に入ってくるんだよ」
「はあ?」
「俺は、何をしていても、あいつの声だけは耳へ勝手に入ってくるんだよ」
「お前、それって好きだからだろう?」
「何でそうなるんだよ?」
「好きだから、相手の全てを聞き逃さないようにしてんじゃないの?」
「意味が分からん」
俺はそう言って、渡り廊下で友達と話をしている彼女を見た。
今の彼女は、俺に叫んではいないから、当たり前だが声は聞こえない。
すると彼女が、見ている俺に気付いた。
そして俺に口パクをした。
また後でと。
声は聞こえないのに、彼女が何を言ったのかが分かる。
何でだ?
俺は彼女が好きなのか?
放課後になり俺は、教室で彼女が来るのを待った。
少し遅くなるって、どのくらいになるのか分からない。
俺は桜が咲く、渡り廊下を眺めていた。
そこに男女の生徒が現れた。
二人で桜を見ながら、何か話をしているようだ。
二人は俺に背を向けているから、誰なのかは確認できない。
すると女子の方が男子の方を向いた。
女子の顔は、僕のいる教室からだと見える。
そこにいたのは幼馴染みの彼女だ。
何故か驚いた表情だ。
彼女はその後、すぐに頭を下げている。
何が起きたのか俺には想像もつかない。
頭を下げている彼女に、男子は何かを言っている。
そして彼女が、男子に何か一言を言って俺を見た。
そして一言、口パクしたんだ。
それを聞いた男子は、彼女の腕を引っ張り、彼女の視線を俺から外した。
痛そうにしている彼女に、俺は助けなければと思い、彼女の元へ走った。
渡り廊下に着くと、俺は叫んで彼女を呼んだ。
彼女は振り向いて、また口パクをする。
今回の口パクは、助けてと俺に伝えていた。
俺は彼女に近づき、相手の男子の手を彼女の腕から振りほどき、彼女を抱き寄せた。
「彼女は俺のだ」
俺がそう言うと、男子は走って逃げていった。
風が吹いて桜の花びらが散っていく。
綺麗なこの場所に、俺と彼女だけが残っている。
「私はあなたのなの?」
「えっ」
俺は驚いて彼女を見る。
彼女は嬉しそうに笑っていた。
「さっきも言ったけど、私はあなたが好きよ」
彼女は俺の目を見つめながら言った。
さっきも言ったとは、俺が教室で彼女の口パクを見た時に言っていたのが、好きという言葉だったんだ。
「俺も好きなんだと思う」
「何よ。その曖昧な言い方は?」
「だって俺には、君の声は当たり前に俺の耳へ入ってきて、当たり前に君は隣にいて、君は当たり前に俺の前で嬉しそうに笑うから」
「当たり前?」
「そう。だからもし、君がその当たり前をしなくなったら、俺はどうなるのか分からないけど」
「けど?」
「多分、俺は生きていけないんだと思うんだ」
「それって私が必要で好きってことね?」
「そうだよ」
俺がそう言うと彼女は笑顔を見せてくれた。
そんな彼女が可愛くて俺は頭を撫でた。
「また子供扱いするの?」
「違うよ。俺の愛情表現だよ」
俺がそう言うと、彼女は黙って、俺に頭を撫でられていた。
いつものように嬉しそうに笑って。
◇◇
「ねぇ、また通行人が、美女と野獣って言ってるよ。誰が美女なのよ。それに誰が野獣なのよ」
そんな頬を膨らませ怒っている彼女を俺は、微笑みながら見ていた。
「何で笑っているの? そこは怒るところでしょう?」
「ん? だって俺には、君の声しか聞こえないから。怒った君も可愛くて」
「もう。あなたって、どうして私が嬉しくなる言葉を簡単に言うの?」
彼女は小さな声で、俺に聞こえないように言っているが、しっかり俺には聞こえている。
「それは君が好きだからだよ」
「えっ、聞こえていたの?」
彼女は驚きながらも嬉しそうに笑っていた。
そして彼女は俺に小さな声で言ったんだ。
「私は愛してるよ」
読んでいただき誠に、ありがとうございます。
次のお話は、オレンジ色の空、オレンジ色の雲を見て泣いていた彼女は、とても綺麗で見惚れた主人公の物語。
彼女が泣いていたのは、婚約破棄をされたからだった。