【七十二人目】 幸せになってと言われて婚約破棄されそうな俺はどう言えばいい?
「幸せになって」
「えっ」
婚約者の彼女にデート中に、いきなり言われた。
「私はあなたには相応しくないから。結婚なんてできないよ」
「何で君がそれを決めるの?」
「だってあなたは、私といて楽しそうに見えないもの」
「それは俺が感情表現が下手なだけだからだよ」
「知ってるよ。あなたとどれだけ一緒にいると思っているの?」
「それなら相応しくないなんて思うことはないだろう?」
「だって私は、感情表現をもっとして欲しいから。それに気付いたら、あなたと一緒にいられないの。だからあなたは、あなたに相応しい人と結婚をしてよ」
彼女の顔は悲しそうだ。
本当は一緒にいたいんだ。
俺には分かる。
だって彼女は、感情表現が上手だし、彼女との関係が長いからね。
「君は俺に相応しい婚約者だよ。それは絶対に変わらないよ」
「私は、そうは思わないよ」
「それならこれからそれを証明するよ」
「どうやって?」
「こうやって」
俺はそう言って彼女の左頬に手を当てる。
彼女は俺を見上げて見つめる。
そんな彼女を俺も見つめる。
「こんな風に見つめ合っても、あなたは無表情なのね」
彼女はそう言って俺から視線を逸らした。
悲しそうな顔の彼女。
俺はこんな顔を彼女に毎回させるのか?
「ねえ、笑ってよ。俺は君の感情表現が好きなんだ。その中の笑顔が一番好きなんだよ」
「無理よ。今の私は無理なのよ」
「どうして?」
「あなたといて幸せじゃないの。だから笑えないよ」
彼女はそう言いながらうつむいた。
彼女がどんな顔をしているのか見えない。
どんな顔をして俺に言ったの?
彼女は帰ると言って帰った。
俺も帰るが、このまま彼女と終わるのは嫌だった。
このまま彼女からは連絡はないだろう。
そして俺達は終わってしまう。
彼女が、このまま終わるのは嫌だと思っているのは分かる。
俺が変わらなければいけないんだ。
その為にはどうすれば?
そうだ。
彼女の感情表現を真似しよう。
彼女は分かりやすいんだ。
怒っている。
悲しんでいる。
楽しんでいる。
喜んでいる。
照れている。
拗ねている。
彼女には色んな感情がある。
俺にもあるんだ。
彼女のように表現すればいい。
そして俺は、彼女がどんな時に感情が表れるのか考える。
美味しい物を食べた時。
そうだ。
彼女の好きな、あのカフェに行こう。
◇
彼女が好きなネコカフェ。
男が一人で入るのは少し恥ずかしいが、彼女の為に俺は入る。
彼女が好きなネコパフェを頼んで、彼女の事を思い出す。
美味しいと言いながら俺に笑いかけて、俺にあ~んと言って、パフェが乗ったスプーンを向けてくる。
そんな彼女が可愛くて抱き締めたくなるんだ。
彼女は嬉しそうで、楽しそうで、周りの目なんか気にしないで、笑っているんだ。
彼女がいない時に食べるパフェは、味が分からない。
ネコ達が寄って来ても嬉しくない。
何かが足りない。
俺はすぐにネコカフェを出た。
楽しくなかった。
彼女がいる時は楽しかったのに。
彼女がネコ達に囲まれて、困っている時は可愛かった。
助けてあげたくなって手を差しのべたら、彼女は俺の手を取ってありがとうって笑って言ったんだ。
◇◇
次は俺の好きなアクション映画を観に、映画館へ一人で行った。
彼女はアクション映画よりも恋愛映画が好きなのに、俺が観たいからと一緒に観てくれる。
彼女はアクションシーンで、目を手で塞ぎながらも、指の隙間から観ていた。
暗い中でも彼女の表情は分かる。
アクションシーンが終わると、ホッとしたような顔になって、彼女を見ていた俺に言うんだ。
ドキドキするけど楽しいねって。
彼女はそう言って笑うんだ。
今回は、その映画を一人で観た。
一度見ているはずなのに、初めて観たシーンが多く感じた。
よく考えてみると彼女が驚いたり、怖がったりしたシーンを俺は観ていなかった。
そのシーンは彼女を見ていたからだ。
彼女が心配になるんだ。
苦手なシーンを、俺に合わせて観ている彼女が、心配で彼女のことばかり見ていた。
それでも彼女は、最後まで映画を観て泣いていた。
最後はハッピーエンドで良かったねって笑いながら泣いているんだ。
泣くか笑うか、どちらかにすればいいのに。
彼女は感情表現をするのに忙しそうだった。
映画館から出ても、何か足りない事に気付く。
映画を一人で観るのは、どのくらい前だっただろう?
◇◇◇
次に俺は彼女の大好きな場所へ向かった。
人がいない穴場の、あの場所へ。
初めて行った時は、少し山道を歩くのが嫌だった。
ひらけた場所に出ると、目の前には夜景が見える。
色んな色の輝きを、彼女は綺麗と言って眺めるんだ。
この山道も今では慣れた。
ひらけた場所に出て俺は驚いた。
「どうして君がここに?」
俺は、夜景を見ていた相手に声をかけた。
何度も見た後ろ姿。
間違えるはずがない。
彼女だ。
「どうしてあなたが?」
彼女も驚いて振り返った。
「この場所は、君の大好きな場所だから。君の真似をするなら、ここが一番だと思ったんだ」
「真似?」
「そう。君のように感情表現をしたくてね」
「それって私の為に?」
「そう、君の感情表現は完璧だからね。俺にはまだ難しいけどね」
「何を言っているの?」
彼女はそう言って少し怒っている。
何で怒るんだ?
「私の感情表現は完璧なんかじゃないわ。ただ感じたことを、そのまま表現しているだけよ」
「どういうこと?」
「あなたと一緒にいるからよ。楽しい時も、嬉しい時も、悲しい時も、怒る時も、あなたが一緒だからよ」
「俺がいるから?」
「だからあなたも、私みたいに感情表現をして欲しいの。でも私には、あなたを無表情にしかできないの。私はあなたには相応しくないからよ」
彼女は悔しいのだろう。
悔しくて泣きそうな彼女。
また感情表現をする事に忙しくなっている。
俺はそんな彼女を抱き締めた。
「俺、分かったことがあるんだ」
「何?」
「俺は君がいないと、何をしても楽しくないんだ」
「それならどうして楽しいなら笑ってくれないの?」
「それは君の感情表現を見ると、頭がフリーズするからなんだよ」
「フリーズ?」
「君の感情表現は可愛くて俺は君を見ると、固まってしまうんだ」
「固まるから無表情なの?」
「そうだと思う」
「それなら固まった後に感情表現をしてよ」
彼女はホッとしたように笑った。
また俺の頭はフリーズする。
でも彼女はそんな俺を見て、いつまでもニコニコしている。
「何でいつまでもニコニコしているの?」
「待ってるの」
「待ってる?」
「あなたが感情表現ができるまで待ってるの」
「何だよそれ?」
「あっ、笑った」
彼女は嬉しそうにまだニコニコしている。
そんな彼女の薬指には、婚約指輪が光っている。
彼女はやっぱり、俺との婚約を破棄なんてしたくないんだ。
最初から、彼女も俺も同じ想いなんだ。
読んでいただき誠に、ありがとうございます。
次のお話は、好きと言われても嬉しくない主人公の物語。
美少女の彼女は彼の顔が好きだが、それは彼じゃなくて彼のお兄さんが好きだからだ。