第二十三話 償いの先で
見廻り組の一人である黒鼬さんを連れ出した私は、彼と共に近くの小河に訪れ、暗い中で持ってきた一本の酒瓶とつまみを分けながら晩酌を楽しんでいた。
「この場に来ても、まだ顔を隠しているんですか?」
虚無僧姿、頭にざるを被って一向に私にはその姿を見せてくれない。
単に素顔を晒して恥ずかしがってるだけなのか、他に何かしらの理由があるのか………。
「形見みたいなものなんですよ、コレは……。
随分昔に父親と一緒に取った魚を入れていたのが、この被り物なんです」
「父親の形見ですか………」
「隠しているよりかは、外の景色が怖いだけ。
実力が認められて、今の主達と共に歩んでは居ますが自分が何か以前と大きく変わった訳ではない」
そう言って、彼は盃に入った酒を飲み干すと被っていたカゴをゆっくりと外したのだった。
現れた素顔は、カワウソの頭………。
黒鼬………黒い鼬………イタチなのにカワウソ?
「イタチではないんですね?」
「そこですか……まあ、主にも言われました。
親がカワウソだと舐められ兼ねないので、畏れの念を込めてイタチの名前を自分に付けたようですが……。
結果、少々紛らわしい扱いなんですよね」
「あはは………。
でも、素顔も素敵ですよ。
顔立ちも良いですし、そのままでも良いと思います。
カゴはほら、旅ばかりの生活でも荷物入れになりますし?」
「そうかもしれませんね」
そうやって、二人で楽しく会話を交わし続けた。
話していく内に、その内面がよくくわかってきた。
見廻り組の人達との生活、今の主との出会い。
そして、何故形見のソレを持ち続けたのかを……。
「思い出なんです。
昔、自分はすごく身体が弱かった。
だから、健康に育つようにと身体が強くなるように大きな魚を沢山とってきてくれました。
そしてその日一番の獲物を必ず自分に自慢して、そして自分の為に焼いてくれました。
でも、ある日……父は帰って来なかった。
父の背負った獲物目当てに、人間の手によって殺されたのだと………。
その毛皮も剥がされ、近くの街の露店に売られていました………」
「…………」
「自分は人を殺したんですよ。
沢山の人々をその手で殺めた、虚無僧だなんて都合の良い、言い訳なんかで済む話じゃありません。
復讐の為に、憎しみに駆られて自分は沢山の人をその手に掛けました。
その罪の重さは計り知れませんよ。
元々は本物のカワウソと大差ない大きさでしたが殺した人間から集まった魂の力によって自分の姿は今のこの姿に変わり果てていた。
この姿は自分の罪の現れなんです」
「でも、今はミタモさん達と一緒に居ますよね?
ソレに、神畏として沙苗さんに仕えていますし」
「………。
復讐に駆られたある日のこと。
とある賊の輩を殺した際に、死にかけた一人の男に託されたんです。
自分の娘が向こうで捕まってる、私はもう長くないからと娘を自分に託しそのまま息絶えてしまった」
「その娘さんが沙苗さんなんですか?」
「最初は娘も殺す気だったさ。
人間にいちいち情を分けてやる必要が無かった。
だから、それが女子供だろうと変わらない。
でも、自分は殺せなかった。
あの死にかけた父親を一瞬でも自分の父親に重ねてしまったが故に自分はその刃を振るえなかった」
「…………」
「だから成り行きだったんだ。
当然最初は彼女の扱いに困ったよ。
それでも自分は彼女を殺すことも捨てることも出来なかった。
そして次第に彼女は自分に心を開きそして自分も彼女に心を開き変わりつつあった。
でも、私の罪は人間に対しての憎しみは消えることが無かったんだ」
「でも、沙苗さんを守り続けた」
「…………どうだろうな。
自分は、彼女が大人になったら適当なところに嫁に出してソレきりにするつもりだよ」
「何故です?」
「多くの人を殺した自分が、彼女の側に居るべきではないのだと思っているからだ。
当然の事だろう?
復讐したい相手のみならず、自分は無関係な人間も問わず殺し続けたんだ。
その結果が、呪われたこの姿だ。
こんな自分が、あの子の側に居続けるべきではない。
彼女の側で、普通の幸せを手にするべきでは無かったんだよ」
「それは………ちが」
「今のミカ様と同じように、沙苗にも言われたよ。
それは違うと。
『罪は変わらない。
でも償える、でもそれは死んで償うだけじゃない。
生きて、生き続けて、償わなければならない。
殺した命以上に、沢山の命を救うこと。
私を救ってくれたように、貴方はまだ沢山の人達を救う力が残っているから。
私は貴方に救われたから、今度は私が貴方を救うために貴方の罪を共に背負う。
いつかその罪が償え切れるその時まで、ずっと側で貴方を支えたい。
貴方の罪が許されるその時まで、その先で元の姿に戻れたならそのカゴに私が沢山の魚を入れてあげる。
そしたら私が貴方の為に、その日一番の獲物をとってきてあげられるでしょう?』
そう、自分に言ってくれたんだ」
すると、彼は腰に帯びた短刀の二本を取り出し私にその短刀の一本を手渡した。
「これも何かの縁だろうな。
何かあったら、ソレに力を込めるといい。
この地の為、いやミカ様の為に自分は必ず何処へだろうと駆け付けてみせる」
「いいんですか?
大切なものなんですよね?」
「二本ある内の一本だ、問題ない」
そして彼は立ち上がると、私へ手を差し伸べた。
「戻りましょう、ミカ様。
皆があなたの帰りを待っていますよ」
「ええ、そうですね」
そして、彼は再びカゴを被っていつもの虚無僧姿へと戻った。
表情は当然カゴに隠れてよく見えない、でも………。
二人の行く末が幸せであって欲しいと、私は心の底からそう思った。