500年前の京都でデート?!僕だけにみせた素顔の虎千代って・・・
上杉謙信は小柄な大将だった。一般的にそう言われてる。
戦国大名で、他に小柄と言うなら、豊臣秀吉なんかがそうだけど、秀吉はどうも一五〇センチ未満だったようだ。僕たちの時代なら、女性でも小柄な方。そう言えば、虎千代もやっぱりそのくらいの身長だ。
当時の女性としては、普通の大きさなんじゃないかと思う。背丈は、一六八センチの僕の首の辺りまでありそうだから、一五〇センチあるか、ちょっと低いかくらい。虎千代は当時の女性だったら、それほど小さくはなかったんだろうけど。
でも、決して大きくはない。僕の手を握って走っている虎千代は、実際、背たけの小さな女の子だ。握られた手が、引っ張られている力が暴れ馬みたいに強すぎて、身体が千切れそうなのはまた置いといても、やっぱり女の子ではある。
しっかし、まさか戦国時代に。て言うかむしろ現代にだって、黒髪ツインテのメイドの女の子に手を引っ張られているなんて。絶対、想像もしなかった。僕たちの時代の基準からしたって、虎千代は文句なく美少女だし。
にしても、ううっ、虎千代が、別に上杉謙信とかじゃなく、本当に普通の女の子だったなら、すごく嬉しいのに。実際、反則なのだ。アニメの妄想ならともかく、本当に死にそうになるくらいの戦国時代で、出会った女の子がただの男勝りどころか、信長も裸足で逃げ出すような伝説級の軍神になるなんて。別に、そんな展開望んでない。
どこか思い詰めた顔をして、僕の腕を引っ張って走る虎千代を見ていると、こっちだって、いつのまにかあらぬ想像すらしてしまう。なのに。
「ど、どこ行くのっ?」
僕は、その妄想を振り払うために訊いた。だってこうやって二人で手を握って走っていたら、これ以上何か言わなかったら、本当に間が持ちそうになかった。
でも虎千代は小さな唇を引き結んだまま、やっぱり何も答えてはくれなかった。よけい気まずいよ。その気持ちが少しでも、相手に伝わればいいのだが、思い込んだら基本、誰の話も聞かなそうな虎千代には今は何を言っても通じそうにない。そう言えば、上杉謙信ってそう言う戦国武将だったような。
僕たちは裏路地を抜け、いつの間にか、下京の見世棚の列に紛れこんでいた。昼日中で心なしか通りには人の姿も多い。中世の街並みでは絶対に目立つはずのメイド姿の女の子も、諸国から往還する行商人たちや異風の足軽たちの群れに紛れて、どうにか、人目につかずに済んでいた。そんなばかな。
「そろそろ落ち着いた?」
虎千代が足を止めるのを見計らって、僕は恐る恐る声を出した。なるべく、虎千代を刺激しないように慎重に言葉を選ぶのに苦労した。
「あ、ああ・・・・」
虎千代は呻くように言ってから、それから僕の手を握っていたことに初めて気づいたようにびっくりした顔をした。そして今度はいきなり乱暴に僕の手を振り払って何を言うのかと思ったら、
「なっ、お前か。かようなところまで我を外へ連れ出したはっ?」
いや、ここまで猛ダッシュで飛び出してきたのは、お前だろ。さすがに突っ込む気力なく、黙っていると、
「満座で恥を掻かすに飽き足らず、し、市中引き回して、我を辱めようと言う腹積もりかっ。・・・・ううっ、よもやお前ごときに謀られるとは不覚、この上はこの身、煮ようと焼こうといかようにもなすがいいっ」
虎千代は顔を真っ赤にして目に涙を溜めながら、自分の肩を抱いて震えている。何も泣かなくても。言ってることは生け捕りにされた豪傑だけど、姿は黒髪ツインテールのメイド美少女だ。端からみればどう見ても、僕が悪いことをしているように見えてしまう。げんに人も集まりかけてきてるし。
「あ、あのさ、虎千代・・・・落ち着こうよ。その格好も別に、恥ずかしい格好じゃないしさ。気に入らないなら、どこかで着替えてもいいから」
「こ、こここの上、妙な服を着せて辱めるつもりかっ?」
い、いや、違うってば。新兵衛さんじゃないけど、こうなると本当に手がつけられない。
「せ、せっかく二人で街に出たんだから、機嫌直してゆっくり歩こうよ。ほら、さっき通った見世棚の通りとかにも、綺麗な小袖とか色々売ってたから。どこか場所を借りてそこで普通の服装に着替えれば、なんの問題もないだろ?」
「小袖・・・・・? 本当か?」
「うん、さっきいいの見つけたから。そこで買おうよ」
本当は自信なかったけど、僕は断言した。とにかく根気だ。
「行く」
虎千代は立ち上がった。よかった。やっと、機嫌直してくれた。
今日の僕は運が良かった。でまかせで言ったんだけど、通りを引き返したらちゃんと小袖を売っているお店があったから。メイド服の虎千代をお店の人はじろじろ見ていたけど、裏店の一室を借りて虎千代が着替えてくると、何とか違和感はなくなった。
でもそんなことより問題は、涼しげな花菖蒲柄の小袖に着替えた虎千代が、これでまたさっきの僕の苦労を忘れさせるほど、かわいかったことだ。こ、これはこれで全然ありかも。男って哀しい生き物だ。まさに目先目先の欲望で生きてるこの感じ。
「なっ・・・・・ま、まだ妙なところがあるか?」
ずっと固定されてる僕の視線に気づいたのか、虎千代は、はっ、と顔を上げると、こちらを睨みつけてきた。やばっ、また殴られる。
「ええっ? い、いや、全然そ、そんなことないって」
急いで僕は首を振った。こうすると、なんだか滅茶苦茶わざとらしい。本当にどうしたらこの気持ち、ちゃんと伝わるんだろ。
「そ、その格好の方が似合ってるよ。虎千代も、やっぱり、お姫様なんだなって感じ」
すると虎千代はうつむいて、かあっ、と耳まで赤くなった。今度こそ怒られる、のかと思ってたら。
「お、往生した。かような小袖を着るは、生まれて初めてだ。化粧も不慣れで勝手が判らぬ。き、着物を褒められたら、他の女子なればなんと申すのかも」
「え、えっ、それは」
なんて答えたらいいのか。僕だって、そうそう恋愛経験があるわけじゃない、って言うかそんなかわいい女の子と付き合った経験なんか全くないし。と、とにかく虎千代を傷つけたりしないように何とかこの場を凌がなきゃ。
でも、上手い答えが思いつかなかった僕は結局、あわてて話題を変えることでその場を乗り切ることにした。
「え、えっとさ、とにかくこれで恥ずかしくないだろうから、一緒に外を歩けるだろ。せっかく街に出たんだからさ、もう少し楽しんでから帰ろうよ」
「ほっ、本当か?」
虎千代の顔が花が咲いたみたいに明るくなった。危ない。我ながらいい判断。
「じゃ、じゃあ、どこに行こうか? って、わああああっ?」
往来に出ると、僕もまったく予想すらしないことが起きた。なんと虎千代が僕の腕をとって、すっ、と身体を寄せてきたのだ。なんだこのありえない展開。びっ、びっくりした。
「なっ、なんだ、何かおかしかったかっ?」
「だ、だっ、だって」
思わず飛びのきそうになったけど、何とか抑えた。だってこんな美味しい展開まさか逃すわけにはいかない、いっ、いや、虎千代を傷つけたら可哀そうじゃないか。
「絢奈から教わったのだが? でいとなるものをするには、こうして女子の方から寄り添うものだと」
う、ううん、間違ってない。そう断言したいけど、絢奈、何を教えてるんだ。たまには役に立つ、もとい、びっくりさせやがって。まったく兄のことを分かっていないにもほどがある。僕だって女の子と腕を組んで歩くなんて経験、ほとんどないのだ。
「だっ、だが利き腕をとってはおかしかろう? いざと言うとき、太刀が抜けぬぞ」
現代人はデートしてるとき、往来で抜刀しません。
それにしても心臓に悪い。虎千代と腕を組んで歩きだして、こっちはしばらく、他のことなど上の空だ。落ち着け、僕。こいつは見た目はかわいくても、中身は戦国武士だ。て言うか軍神だ。関東管領だ。こんな柔らかい、いい匂いがするはずない。って、ううっ、全然、冷静になれない。
「どっ、どこに行こうか。虎千代、何か欲しいものとかある?」
「そっ、そうじゃな。差しあたってはまず、よき造りの備前鍛冶の太刀か流行りの当世具足か桶皮胴などを―――」
と、言ってから、虎千代はぶんぶん首を振って、
「い、いや、なっ、なんでもよい。お前の見たいものをみればそれで構わぬ」
「じゃっ、じゃあ、お腹減ったしまず何か食べようよ」
こくこくと、虎千代は肯いた。
こうして、どうにか方針がまとまった。
さっきよりゆっくりと、僕たちは歩きはじめた。ここで暮らすようになってから、中世の京都には何度か足を運んだけど、下京の街をじっくり見て歩くのはそう言えばこれが初めての経験だ。『くちなは屋』では、買い物はほとんど真菜瀬さんたち女の人がするし、足軽たちが必要なものは出入り商人たちが御用聞きにくるので、市場に出る機会がほとんどないのだ。
屋台のある通りには煮売りの軒先や甘酒に飴、蒸し物の屋台が煙を上げていて、なかなか活気があった。後で知ったんだけど京では往来物と言って、道々でテイクアウトできる食べ物も数多く売っていたそうだ。
はじめに僕たちが並んだのは、唐菓子を売る屋台だった。唐菓子はもちろん、外国のお菓子のことで僕たちの時代で言えば、洋菓子みたいなもののことのようだ。
肉まんみたいに茶巾に結び上げたり、木の中に棲む幼虫の形に伸ばしたりと色んな形のものがあった。僕と虎千代が食べたのは、団喜と言うお菓子だった。小豆を煮て作った餡を米の粉で包んで揚げたもので、ほんのり甘い。黄な粉がまぶしてある。この時代、砂糖はとても高く貴重だったので、甘葛と言う植物の幹からとった甘みで味をつけてあるそうだ。口当たりのいい、控え目な甘さだった。これは胡麻油で揚げてあるらしく、中国料理のお饅頭と言った感じ。絢奈にも買って帰ってってやろう。
唐菓子は、虎千代も初めてみたいで目を丸くしている。
「越後ではどんなもの食べてたの?」
何気なく訊くと、虎千代はかすかに頷いて、
「菓子と言えば、甘納豆に干し柿、甘味と言えばそれくらいだな。後は酒の肴と飯の種ばかりじゃ。魚の干物に腸の塩辛、梅干しに納豆、塩をした菜に糠漬け」
訊くだけで塩分満載だ。でも、当時はお昼ご飯がなく一日二食だったからちょうどいいのかも知れない。それに肉体労働をする人たちは、汗を掻くから塩分が必要なのだ。そう考えれば料理が薄味だからと言って料理人を殺しそうになった信長の気持ちも、何となく分かる。
「甘味なぞ、女子供の口にするものじゃからな。そも武士なるが舶来の菓子なぞにうつつを抜かしていては、いざ事なすとき頼うだる武者とは言えぬ」
と言う、虎千代の目は別の唐菓子の売り歩きに移っている。僕の視線に気づいたのか、虎千代は、はっ、と首を振り、
「わっ、我も甘いものが好き、と言う訳ではないぞ。ただ目に新しいだけで」
「い、いや―――」
虎千代は別にいいと思うけど。実際、女の子だし。甘いものに目移りする虎千代ってなんだか新鮮で、意外だった。そんなことを口にすると、
「う、ううっうるさいっ。お前と話していたら、今度は塩辛いものが恋しゅうなったではないかっ。ぼやぼやせず、次の店へ行くぞっ」
帰るって言うのかと思った。て言うか、まだ食べるには食べるんですね。
デザートが先で順序が逆だったんだけど、お昼ご飯になりそうなものも沢山あって目移りした。最初に食べたのは素麺の煮込みだ。当時は索餅と言ってお寺で作られているのが一般的らしく、漬け汁に効いた煮干しの出汁は、甘いものを食べすぎた舌を馴らしてくれた。
癖があったのは、鮎の馴れ寿司だ。僕たちが知っている現代の握り寿司とは違ってこの時代のお寿司は、樽一杯に敷いた魚にお米をどっしりと乗せて発酵させたもの。茄子や胡瓜、野菜の寿司なんかもあったと言う。粕漬けに近い。形もすごく変わっていた。三角山に盛りつけたご飯に酢でしめた鮎の切り身がまぶしてあるのだ。紫蘇の葉っぱの細切りを乗せていて見た目はひと口ちらし寿司にも見える。
お腹が一杯になった僕たちは、見世棚に戻って、生活用品や装身具などを物色した。武具も大事だけど、暮らしの雑貨も馬鹿にならないのだ。正直、僕も、結構散財した。
虎千代は黙ってついてきた。食べ物のときよりは断然、無口になったけど、手間をかけても必要なものを探すことは反対しなかったし、自分でも必要なものがあると、僕に話すようになった。絢奈にも土産を買いたいと言って、揃いの髪飾りやハマグリの貝殻に乗せられた紅なども買ったのは意外だった。
「なっ、なんじゃっ。なにか物珍しいか」
ふとした僕の視線に気づいて虎千代は、強張った声を出した。
「なっ、なんでもないよ」
「なんでもないと言うことはあるまい」
「だって―――」
ちょうどさっきの店で買ったべっ甲細工の揚羽蝶を模した髪飾りでポニーテールを留めた虎千代が、似合いすぎて見とれてしまったのだ。い、いやうかつにそんなこと言えない。ううっ、こいつが中身は荒くれ武者じゃなかったら、て言うか、伝説の軍神じゃなかったら。本当にどんなことをしても付き合う努力をするのに。
僕が口ごもっていると、何かを察したのか虎千代の表情にふっ、と翳が射す。
「やはり、我の喋り方が、気になるか。この口ぶり、とても女子らしいとは言えぬゆえな。お前の耳にはさぞや武張って、耳に障るであろう」
「そっ、そんなことないよ」
必死に否定すると、虎千代は寂しそうにうつむいた。
「わ、わたしも気になる。この言葉つき、立ち居振る舞い、すべては御大将としていくさ場の出処進退を盤石ならしめんと、父が仕込んだものゆえ。父が去んで、尋常の女子になれ、と言われても、わたしにはどう振舞うてよいか見当もつかぬ。まず話し方からしてかのようであるからな。笑われるがおちじゃ」
虎千代に僕は返す言葉がなかった。確かに僕には―――分かりはしない。
すべてはいくさで争わせるため、大将として多くの軍勢を率いるため。
虎千代はそうやって育てられて来たのだ。現代人の僕には、想像も出来ないような経験もしてきたに違いない。普通の女の子として生きることをまったく犠牲にして。
そして、彼女はこれからもそうしていくのだ。
もし軍神、上杉謙信として生きるのなら、もっともっと、過酷に。
僕が知ったような言葉を言ったところで、虎千代には響くはずはないのだ。そう思うとますます僕は、虎千代に返すべき答えを見失ってしまう。
僕たちはしばらく無言で歩いた。でも何も言わないでずっと歩くわけにはいかない。虎千代の気持ちが収まったのを見計らって僕は訊ねてみた。
「どうしようか。まだ時間あるから少し歩く? 何か他に見たいものはない? 虎千代が本当に欲しいものでいいからさ」
「いくさの道具以外でか?」
「じゃ、なくてもいいよ。虎千代が見たいんなら、武具のお店でも付き合うよ」
「そうだな」
眉を少しひそめて、虎千代は考えた。そして出たのは意外な答えだった。