第76話 お侍さん、感動する
ブランドンに別れを告げ、三人は街に帰還する馬車へと向かう。
「げっ、順番待ちかよ。疲れてんのにメンドクセーなー」
負傷者を優先して運んでいるらしく、乗車待ちの冒険者が長い列を作っていた。
皆申し合わせたように皺が深く、表情に乏しい。
強烈な腐臭と厳しい肉体労働が、彼らの顔から表情というものを奪いとってしまったようだった。
「皆さまお疲れさまでした! 銀武器はこちらで回収しますので、到着後はそのままお帰りください! 報酬は後日、ギルドにてお支払いいたします!」
ギルド職員と思われる集団が列の周囲を動き回り、大声で叫びながら銀武器を回収している。しばらく待っていると、こちらにも一人の男が近寄ってきた。
「はい、これ」
「……ありがとうございます」
職員はタイメンの差し出した"拳鍔だった銀塊"を見て一瞬眉を顰めたが、特に文句は言わなかった。
ギルドとしても、冒険者に無理をさせているという自覚や負い目があるのだろう。
「魔物から奪った品なのだが、これは?」
黒須も銀剣を返却し、斧槍の処遇について尋ねる。
「戦場での取得物は魔石と同じ扱いになりますので、お持ち帰りいただいて結構です。ギルドでは買い取っておりませんが……街の武器商に持ち込めば、いい値がつくかもしれませんよ」
「そうか」
気に入ったため、もとより売却するつもりはない。
持ち歩くには少々不便だが、魔法袋にしまっておけばいいだけの話だ。
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四半刻ほど待たされただろうか。
ようやく黒須たちの前に一台の馬車が停車する。
「おい、真ん中に座れ。お前が端にいると荷台が傾く」
「わーってるって。つかコレ、踵削れそうでちょっと怖いんだけど」
「足を組んでれば大丈夫ですよ」
気を失った負傷者が山積みにされた荷台。
疲れて果ててはいるものの、さすがに怪我人を押しのけてまで座るのは忍びなく、後ろ端で進行方向とは逆向きに腰を下ろし、横並びで足をブラブラとさせている格好だ。
────そういえば、出発してから訊くのもなんだが…………
「ユリウス、お前も御役御免でよかったのか?」
「はい、伝令後は現場指揮官の指示に従うよう言われてますから」
ガタガタと荒っぽい音を立てて走る馬車に負けまいと、やや大きめの声量で返事が返ってくる。
タイメンを間に挟んだだけの至近距離でこの状態。
おぞましい戦場から急いで離れたい気持ちは理解できるが、御者がいかに乱暴な運転をしているか分かろうというものだ。
荷台に背を預けるようにして座らされた負傷者の首が、壊れた羽子板のようにガックンガックンと上下に振れている。
…………この馬車が致命にならないといいが。
「しっかし、コイツ以外にも特例昇格者がいたとはなー。地元じゃ聞いたことねーけど、都会のギルドじゃフツーなのか?」
「どうでしょう? ボク、冒険者の知り合いってあまり多くないので……」
順番待ちをしている間に自己紹介は済んでいる。
聞くところによると、彼も新人講習の直後に昇格を言い渡され、現在はEランク冒険者として活動しているのだそうだ。
あの実力であれば当然と言えるため、特に驚きはなかった。
「あ、そっか。ユリウスもソロなんだっけ。オレも守人の仲間になる前はずっと一人だったんだぜ」
「海の魔境でソロ……。陸地とは別の意味で大変そうですね」
「そうなんだよ! あんまし沖の方には出ねーようにしてたけど、巨蟹の討伐依頼じゃ死にかけたし、呪歌魚の群れに囲まれちまったこともあってよー」
ユリウスは当初、巨体の蜥蜴人が貴族だと知って、幾分か緊張した面持ちだった。
しかし、タイメンが持ち前の社交性の高さを発揮し、『クロスとどんな関係?』『出身どこ?』『好きな食べ物は?』『耳触っていい?』などと、無遠慮にベラベラと話しかけるので、今ではすっかり気を許したようだ。
ちなみに、耳の件はやんわりと拒絶されていた。
承諾されれば便乗しようと考えていたため、少し残念である。
「そういや、フランツとバルトって先に帰ったのかな?」
「一時間くらい前に丘の上で見かけましたよ。魔術師ギルドと入れ替わりで撤退命令が出たみたいです」
何気なく交わされたその会話に、黒須は僅かな違和感を覚える。
「お前、二人と面識があったのか?」
新人講習の際、仲間たちが観戦に来た時点でユリウスは気絶していたはずだ。
走り込みで脱落した小娘以外の新人は、皆そろって訓練場の隅に転がされていたと記憶している。
「いっ、いえ、その────ボクが一方的に知っているだけですっ!」
視線を逸らして口ごもったかと思えば、畳みかけるような早口が続く。
「…………なるほどな」
ネネットとの模擬戦で、やけにあっさり倒されていたが……。
狸寝入りならぬ、兎寝入りだったか。
人遁術、無息忍。
呼吸音がしなかったので、全く気配に気付けなかった。
魔物との戦闘を避けるために自然と身についた技なのだろうが、やはり、ユリウスは隠形術に優れている。
…………遁法や陰法だけでなく、陽法や足並十法でも覚えさせれば、忍者として大成しそうだな。
と、思った矢先。
遥かに遠ざかっていた丘の辺りに激しい閃光が走った。
少し遅れて、ドォーン、ドォーン、ドォーンという雷鳴のような轟音が連続する。
「始まったみたいですね」
朱色、柿色、瑠璃色、菫色────色とりどりに明滅する無数の細い光の線が、弧を描くように打ち上る。
よく晴れた夜空を覆い尽くす光の波濤。
まるで空中に滝が流れているかのようだ。
「はぇ〜……。こうやって見るとキレイなもんだなー」
────『然り』と、自分だけに聞こえる声で同感する。
"光彩離陸"
丘向こうに撃っているので炸裂する瞬間は目視できないが、それを差し引いたとしても圧倒的に美しい。
亡者を駆逐する魔術の攻撃とは知りつつも、自然と無言になり、しばし心を奪われる。
ふと横に眼をやると、二人も瞳を大きく開けて夜空を見上げていた。
まさに夢見心地、うっとりとした表情だ。
無筆の身では何も思いつかないが、もし歌とか俳句とかいうものをやっていたら…………こんな時に気の利いた、面白いことが云えるのだろうな。
以前どこかの町で遭遇した橙一色の花火とは比べ物にならない絶景に、黒須も感動せずにはいられなかった。
花火は好きだ。
流星、狂い獅子、七ツ傘、柳、五葉牡丹、花車。花火に重なる花火、爆音につづく爆音、滅茶滅茶な火の乱舞、光の狂射、色の躍り。
鮮やかな光をぶちまけて咲く、あの一瞬がいい。
消えた後しんと静まり、いつもより広く感じる、あの空がいい。
「………………………………」
若かりし頃、どのような仕組みで打ち上げているのかがどうしても気になり、花火屋を訪ねたことがある。
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「花火好きたァ、けったいなお武家がいたもんだ。あんたら玉薬の使い道っていや、戦につぎ込むことしか眼中にねえと思ってたぜ」
火薬と糊の臭いが充満する薄暗い店内。
あれやこれやと質問攻めに遭った壮年の煙火師は、やや辟易した様子で二本差しを眺めていた。
どっこらしょと、相手に聞かせるために発したようなわざとらしい掛け声。
頭に巻いていたねじり鉢巻きを解き、やれやれといった風に汗をぬぐいつつ、無造作に置かれた大樽の一つに腰掛ける。
「俺ァてっきり、享楽なんぞに無駄遣いすんじゃねえつって、根こそぎブン奪りにきたふてえ野郎なのかと早とちりしてよ……。どうせスッテンテンにされんなら、ど派手に刺し違えてやらあ!ってなもんで、腹ァ括ってたところだったんだぜ? 脅かしやがって、べらぼうめ」
「…………………」
煙火師が後ろ腰に隠していた匕首を地面に放り投げたため、こちらも刀の柄から手を放す。
自分の口下手が原因なので文句は言えないのだが、暖簾をくぐった途端、突然訪問した武士に蜂の巣をつついたような大騒ぎになってしまったのだ。
が、問答を続けるうちに『本気で花火に興味があるだけの変わり種』だと察してくれたらしく、出逢ったばかりの腫物に触るような口調はすでに見る影もない。
「敵陣に撃ち込む大砲にも風情はあるが、兜を脱いで見る火煙もたまには悪くない。田舎侍でもそれくらいの"粋"は心得ているつもりだ。同じ叫びを添えるにしても、悲鳴より歓声の方が華もあるしな」
乾燥中と思われる"星"という名の粒を勝手に拾い上げ、くんくんと臭いを嗅ぎながら答える侍に、煙火師は呆れたような表情を浮かべた。
「俺らも世間様にゃ命知らず呼ばわりされる身分だけどよ、やっぱし、荒事じゃ武家に敵わねえな。大砲なんぞに風情を見出すたァ、発想がぶっ飛んでいやがる」
「爆薬の上に座って平然としているあたり、そうでもなさそうに思えるが。ここらの樽は全部火薬だろう。この量、間違って点火すれば隣三軒もろとも粉微塵だぞ」
「……冗談でもよしてくんな。火事と黒玉は花火屋の御法度、やらかしちまったら、もう町にゃいられねえんだ」
眉間に深い皺を刻み、苦々しく、吐き捨てるような口ぶり。
不快さがありありと滲んだ言い方だった。
「火事は分かるが……黒玉とは何だ?」
"橋の上 玉屋玉屋の声ばかり なぜに鍵屋と いわぬ情なし"
かの有名な玉屋の凋落しかり、火事を起こした花火屋が追放されるのは周知の事実。しかし、もう一方は耳にしたことがない。
「未練玉とも言うんだがな。打ち上げた花火が外殻ァ破らずに、そのまま落っこちちまうことがあんのさ。そいつァだいたい、手汗で湿気たってのがお決まりでよ。ようは、自分の仕上げた花火に怖気ッちまった証拠っつうわけだ」
「不発弾か……」
砲術を学んだ者なら誰でも識っている。火薬がどれだけ水気に弱いかを。
雨が降ると戦が長引くのはそのせいだ。
多少の霧雨であれば雨火縄で凌げるが、ざあざあ降りの大雨では火砲の類は使い物にならなくなる。
それほどまでに繊細な代物。
たまたま発火しない一発があったところで、非難されるような話ではないように思えた。
ましてや、町を追われるなど──────
「ンなことでかよって面ァしてんな。じゃあ訊くが、あんた、手汗って掻くかい?」
「…………いや」
幼少からの酷使によって荒れに荒れ、もはや足の踵に近い触感の両手。
定期的に小柄や短刀で皮を削っているが、いつしか殆ど汗は出なくなった。
「だろ? 大工だろうが百姓だろうが、そもそも本職ってのァ滅多なことじゃ手汗を掻けねえんだ」
男はこちらに掌を向け、どこか誇らしげにそう言った。
多くを語らずとも雄弁に分かる、長年使い続けてきた職人の手。
幾度も火傷を繰り返したのだろう。その肉のひきつりは蜈蚣のような形をしていた。
「分かるかい? 煙火師にとっての花火は、武士にとっての刀みてえなもんでよ。刀ァ怖がる侍なんざ、お払い箱にされてもしかたあるめぇ」
生憎そこまでの内股武士には出逢ったことがないが────仮にいたとすれば、臆病者との誹笑は免れないだろう。
"系図侍不包丁"などという言葉もあるように、血筋だけが自慢の腑抜けは大勢いる。人切包丁を腰にぶら下げていながら、虫も殺せないような連中だ。
「所詮、俺らァ気負いの稼業よ。こちとら恥晒して生きてけるほど堅気な商売してねんだ。あんたらだって一緒だろ?」
────たかだが花火の不発ごときを、そこまで絶大な恥辱とするとは。
「…………そうだな」
武家と同格のつもりかと、本来であれば怒るべき場面。
しかし、煙火師の語った覚悟や誇りは武士と比べても遜色ないようにさえ思え、反論しようとする感情を跡形もなく霧散させた。
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「おーい、起きろー。そろそろ着くぜー」
脇腹をツンツンと肘でつつかれ、ゆっくりと瞼を開く。
………いかん、珍しい景色に気が逸れていた。
眼を閉じたまま永いこと考え込んでいたので、眠っていると勘違いされたらしい。
戦場慣れするのも考えものだなと、黒須はふやけた気持ちを引き締め直した。