全略 悪い魔女へ
2026年2月4日の20時〜21時ごろ、前話である52話「極道は子分を灰皿で殴りがち」が2話連続で投稿されているというミスがありました。失礼しました。現在は修正済みです。
「ん、んん……」
妻・夏波と熱い夜を過ごした虎助はベッドの上で目を覚まし、起き上がった。
(ええ気分やァ……)
今夜には密輸武器を積んだ船が港に到着し、明日には目障りな兄の組織を潰す。
そして自分は父から豪月組を引き継いで、関西を牛耳る大親分となる。
そのことを考えると、思わず笑みが溢れてしまう。
ガラッ……!
「く、組長!大変です!!」
「なんや、騒々しい」
突然、寝室の襖を開けて一人の子分が入って来た。
本来であれば組長とその妻がいる寝室の襖を勝手に開けるのは許されることではないが、子分の血相を見て虎助はただ事ではないことを悟った。
「み、妙な矢文がこの屋敷に打ち込まれたんです。ほんで、中身を見てみたら……」
子分の男はそう言って、虎助に手紙を渡した。
矢に括り付けられていたせいか、その手紙は細く折り畳まれていた跡が残っている。
「な、なんやこれ!?」
それは兄の竜司が弟の悪事を告発し、「今夜、討ち入りをして虎助を成敗する」という果たし状。
豪月組は、同門である組織に直接討ち入るときは自分の正当性を示すための果たし状を送らなければならないというルールがある。
それを無しに攻撃を行うのはただの裏切り行為で、それを行ったものは本家豪月組から厳しく処罰される。
虎助自身、竜司の月竜会傘下の組織をいくつも夏波に潰してもらったが、その際は自分たちの仕業だとバレないように徹底して気を遣った。
明日仕掛けるつもりだった襲撃も、自分の手で決着はつけようと考えていたが、決して月虎会の仕業だという証拠は残さないように考えていた。
勘づく者もいるだろうが、すでに豪月組のほとんどは自分の味方。そこは問題がなかった。
(くっ……ついに証拠を掴んだんか?兄貴……くそっ!あと一日遅かったら……!)
虎助は額から汗を流した。
竜司が討ち入ってくるのがもしも明日であれば、大量の密輸武器を使って迎え撃つことができた。
しかし、果たし状には今夜乗り込んでくると書いてある。例の武器は使えず、手持ちの武器で戦うしかない。
それでもかなりの戦力差があるので負けることはないだろうが、多少の被害は出てしまうだろう。
(まあ、いざとなればうちには夏波の魔法がある。万が一にも負ける心配はないか……?)
虎助はそう考えて少し安心した。
武器を持ったところであの「鬼坊」に勝てる人間がいるとも思えないし、例の刀の魔法は組員たちの身体能力の強化もできる。
人数差、戦力差、魔法。
自分の月虎会が、兄の月竜会に負ける要素は無いだろう。
「く、組長。あともう一枚手紙が……でもこれは、その……ようわからんというか……」
「あァ!?ええから、はよ見せェ!」
子分が気まずい様子で持っていた紙を、虎助は奪い取った。
「な、なんやこれ!?」
『全略
悪い魔女へ
あなたが持つ新月刀は、本来私たちのものであるはずの神器であるはずだと思います。
今夜の月竜会の討ち入りのついでに、私も新月刀をいただきに参上しようと思いました。
怪盗 Which Fantom→Witch Phantomより』
その手紙は酷く汚い字で書かれており日本語もおかしい。
さらに「全略」ではなく「前略」が正しいということは、学がない虎助でも知っていた。
全部略してしまえば、書くことが無くなってしまう。
さらにところどころが二重線で何度も書き直されている。
一番酷い訂正は、自分の名前であるはずの「怪盗Which Fantom」という間違いに二重線が引かれて、「怪盗Witch Phantom」に直されている。
「こんだけ間違えたんなら、書き直せやぁ!!!あと怪盗が『ついで』に来んなやぁ!!ボケェ!!!」
虎助は怒りのままに、その手紙を床に叩きつけた。
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虎助が手紙を受け取った朝の前日、手を組んだばかりの竜司と宵は作戦会議をしていた。
「えっ!?事前に連絡するんですか?強襲するのに?」
「あァ。これをやらんかったら、ワシらはただの『仲間殺し』になる。やから絶対に本家・豪月組への連絡と、虎助んとこへの果たし状は出さなアカン」
驚く宵に対して、竜司は豪月組の掟を説明した。
二人が向かい合って座るソファの間に置かれたテーブルには、月虎会の屋敷を上から撮影した衛星写真が置かれている。
先ほど竜司の子分がインターネットからプリントアウトしたものだ。
月虎会の屋敷は広大な敷地を持ち、その周囲が塀でぐるりと囲まれている。
「くっ……そうなると、敵はしっかり準備した状態で待つことになりますよね……」
宵は頭を抱えた。
事前通告ありで討ち入るのとそうでないのでは、成功確率が大きく変わる。
「そうや。だが、これは譲れん。もし果たし状無しで虎助を討ってしまったら、豪月組の幹部連中は絶対にワシを親父の後継とは認めんやろな。逆に裏切り者ということで破門、追放や。本家組長の息子でも、掟は絶対や」
「ねー、じゃあ私たちも予告状出そうよ。ついでにさ」
宵の隣に座ってる彗が口を開いた。
彗は満月鏡の魔法は解除して私服姿に戻っており、膝までの長さのスカートを履き、グレーのパーカーを着ている。
そのパーカーは宵が昔着ていたもののお下がりなので、彗には少しサイズが大きくダボついているが、緩く着ることができて動きやすいそれを彼女は気に入っていた。
彗のその私服姿を見た骨川は「Witch Phantom様、中身の女の子も超可愛いやあああああああああん!?えっ!?この世に舞い降りた天使いいいいいいいいいい!?絶対死ぬまで推すううううう!!!」と絶叫していたが、剛田に頭を殴られて黙らせられていた。
「いや、『ついで』で出すもんじゃないだろ。予告状は……」
「む……でも効果的かもしれへん」
「えっ?」
顔を顰める宵に、竜司が言った。
「ワシからの果たし状だけやったら、向こうは慌てて人数と武器を集めるだけや。でも妙な怪盗まで来るとなったら、何を対策してええかわからんくなって混乱させられるかもしれん」
「組長ォ!!『妙な怪盗』やありまへん!!『Witch Phantom様』です!!」
「やかましいわ!どうでもええねん今はそんなことォ!」
竜司は横から飛び出してきた骨川の顔を掴み、事務所の入り口近くに投げ飛ばした。
「なるほど……」
宵は考えた。
怪盗が魔女であることを、間違いなく夏波は気付いているだろう。
それであれば月竜会の武力への対策か、怪盗の魔法への対策か、限られた時間で向こうが何の対策をすれば良いかはわからなくなるかもしれない。
「わかりました。怪盗としての予告状も書きます」
「あ!たまには私が作るよ!お兄ちゃんたちは作戦会議してて!あんまり時間ないんでしょ?」
宵はしばらく無言になり訝しげな目で彗を見たあと、「わかった」と竜司の方に向き直った。
妹の言う通り、時間は無いのだ。
さきほど竜司の子分から情報が入り、月虎会は明後日に大量の武器を手にするとのことであった。
だから討ち入りは絶対に明日行わなければならない。
(まあ、大丈夫か……)
もう妹も高校生にもなったし、これまで兄が書く予告状を何度も読んできている。ちゃんとしたものが書けるだろう。
宵はそう考えて予告状は彗に任せることにした。
「あ!いつも俺が書いてるみたいな最初の季節の挨拶とかは難しいから、書かなくていいぞ!」
「わかってるよ!あれでしょ?『ぜんりゃく』って書くんだよね!」
「なんだ、意外とわかってるな……」
宵は安心して、今回の予告状は彗に任せることにした。
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矢文が打ち込まれてから月虎会は慌てて準備をした。
虎助はまず夏波にこのことを伝え、鬼坊の出動と魔法を組員にもかけるように指示を出し、自分の傘下にある全ての組織に召集命令を出した。
しかし月虎会に忠義を誓って命を賭ける覚悟がある者の数は多くなく、虎助が思うほどに人数は集まらなかった。
今夜の突然の召集ということもあり、何かと理由をつけて招集を断る者や、連絡がつかない者も多々いた。
(まあええわ。それでもこっちのが倍以上おる)
月虎会の本部である豪月虎助亭に集まったのは50名ほど。仮に月竜会が総勢で乗り込んできたとしても20人ほど。数の利は圧倒的にこちらだ。
そこに武器の差を考えれば、話にもならない。半ば人助けのような、くだらない仕事ばかりをやっている月竜会は万年金欠。拳銃すら10丁とないだろう。
一方こちらは全員が拳銃を持ち、防弾チョッキも着せた。
(人数差、武器の差は歴然やな。あとは……)
虎助は、隣にいる夏波の方を向いた。
「魔法はどないや?夏波。勝てそうなんか?」
ヤクザの組としてはこちらが上。
しかし今回の勝敗は魔女の力の差も大きく関わってくると、虎助は理解している。
「はっきり言って、勝負にもなんないわ。怪盗Witch Phantomは何回か動画で見たけど、魔女としては素人もいいとこ」
夏波はふん、と鼻を鳴らしながら答えた。
「実家で10年以上修行して、今もこうして実際に神器を使っている私と比べれば、産まれたてのヒヨコが鷹と戦うみたいなものよ」
「ほ、ほうか。それならええんやけど……」
そう言った虎助の笑顔には少し不安が見える。
やはり未知の力と戦うのは怖いのだろうと夏波は察し、旦那を安心させるための説明を続けることにした。
「あの怪盗が持っている神器は『満月鏡』って言ってね。自分や対象物の姿を変えたり消したりするだけの弱っちぃ道具よ。戦うなら、私たちが持つ『新月刀』の方が圧倒的に強いわ」
「そ、そうなんか?」
「別に難しい話じゃない。ただの手鏡とただの刀で喧嘩したらどっちが勝つ?」
「そら、刀やろ」
「そう。そのくらい差があるわ」
この夏波の説明でようやく虎助はイメージが湧いたのか、ようやく少し安心した顔を浮かべた。
そしてそのあとに「あ、せや!」と言って再び口を開いた。
「なあ、お義姉さんに応援を頼むのはどうや?仲間の魔女なんやろ?」
「……連絡してみたわ。でも。繋がらなかったの。残念ね」
「……ほうか」
夏波は嘘をついた。春華に連絡はしていない。
仮にこんな状況になっていると自分が春華に連絡をすれば、何を差し置いてでも姉は駆けつけてくれるだろう。
(でも、それじゃダメなのよね♪)
夏波は想像した。
新月刀と、怪盗娘から奪い取った満月鏡を使って春華を追い詰め、三日月ノ玉を奪う自分の姿を。
(ここで春姉に頼ったら、私は永遠に三日月ノ玉は手に入らない。私は……月詠の神器の全てを手に入れてみたいんだもん♪)
全ての神器を手にした、魔女の女王様。
どんな容姿も、どんな体も思いのままで、どんな命令も他人に下せる世界。
それが夏波の夢なのだ。
(自分の目的の為に家族を裏切って神器を奪う……そんな方法があるって教えてくれたのはあなただよね!春姉♡)
夏波は明るい将来を想像して、ニコリと笑った。
☽ あとがき ☾
月光色の魔力を持ち「月詠の魔女」である秋奈。
努力を重ねて医学部を卒業した優秀な春華。
そんな二人を見て育った夏波は、月詠家での自分の立場は「3番目」だと認識していました。
でも春華と共に秋奈を始末したことにより、彼女は「2番目」になりました。
ずっと「3番」だったときは思いつきもしませんでしたが、「2番」に上がったことにより夏波は「1番」が見えてしまったのです。
人が甘美な果実を最も強く求めるのは、その果実の存在を知ったときではありません。
──ひと口、齧ってしまったときなのです。