76. リゾート&ダンジョン
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「姐様! 新都市の建造案が完成したので見てください!」
暦が秋に入ってから2週間目が終わろうとしている『秋月16日』の朝。
ユリがいつも通り執務室で報告書を読んでいると。『桔梗』隊長のメテオラが、バンッ! と勢いよく扉を開け放って部屋に入って来るなり、ユリにそう告げた。
「メテオラ! 貴女ノックぐらいしなさいな!」
「はぅ、すみませんラケシスさん!」
今日の『寵愛当番』とユリの護衛役を務める『白百合』副隊長のラケシスが、即座にメテオラを叱りつける。
部隊が違うとはいえ、基本的には副隊長のラケシスよりも隊長のメテオラの方が格上なのだけれど。『白百合』は良くも悪くも生真面目な子が多く、自身にも厳しいが他人にも厳しい。相手が隊長であろうと、叱るべき時には叱れる子達だ。
―――但し例外的に、ユリにだけは滅法甘いのだけれど。
「今回はメテオラにしては、随分と設計に時間を掛けたのね?」
「はい! でも、そのぶん自信作に仕上がってます!」
むふん、と鼻息を荒くしながら書類を差し出すメテオラ。
できれば先に、元王国密偵の人達から今朝届けられた分の報告書に目を通してからにしたかったのだけれど―――期待に満ちた目をしているメテオラを、待たせるわけにはいかない。読みかけの書類を脇に置き、早速ユリは計画案に目を通す。
「へえ、新しい都市は全体が『正六角形』の形になっているのね」
まず書類に添えられた都市全体図を見て、最初に思ったことがそれだった。
『アトロス・オンライン』では大抵の都市が『円形』か『四角形』の形状をしていた。また、それはこの世界でもあまり変わらないように思う。
なので『六角形』という都市の形は、それだけでも目を引くものではあった。
「やはり中心部に主要施設を設けることを考えると、都市全体を円状に纏める方が効率が良いんですよね。でもそれだと面白くない気がしましたので、ちょっと形状にメリハリを付けてみました。もちろん他にも意味があるんですよ!」
「あら、楽しみね」
都市計画案を一通り読んでみた上で、要点を纏めると以下の通りになる。
まず、新都市は『観光区画』と『迷宮区画』という、大きく2つの区画に分けられたものになるようだ。
前述の通り、新都市は上下に頂点を持つ『正六角形』の形状をしているわけだけれど、その内の『上側3分の1』の菱形の区画が『観光区画』になるらしい。
観光区画は、その大部分が水で覆われている。もちろんこれは、以前ユリが王国軍を【星堕とし】で殲滅した跡地にできた湖を利用するものだ。
なので『観光区画』は基本的に『水上都市』のような構造になるらしい。
湖の上に木製の街路を引いて歩いて移動できるようにして、沢山の水上コテージなども建設する。そうした上で国内外から富裕層を呼び込み『いつでも泳げる』を売りにした宿泊施設を経営するらしい。
もちろん都市全体を【調温結界】で覆い、一年を通して程良く温かい気温に調整する。夏でも冬でも、昼でも夜でも―――本当に『いつでも』泳ぎを楽しむことができるというわけだ。
そして新都市の『下側3分の2』の区画が『迷宮区画』になる。
こちらはその名が示す通り『迷宮地』を売りにした都市だ。
新都市には全部で『6箇所』もの迷宮地の建造が予定されていて、
・初級者向けⅠ(推奨レベル: 0~20)
・初級者向けⅡ(推奨レベル:21~35)
・中級者向けⅠ(推奨レベル:36~50)
・中級者向けⅡ(推奨レベル:51~65)
・上級者向けⅠ(推奨レベル:66~80)
・上級者向けⅡ(推奨レベル:81~)
それぞれの難易度帯がこの通りに設定されているようだ。
全ての迷宮地が踏破できた暁には『レベル100』以上まで成長できるように、というのが『桔梗』の考えらしい。
「〔神官〕の天職で修得できる『あらゆる病を治す』という非常に強力な治療魔法が、大体レベル100前後で覚えられるそうです。なので『レベル100』が目標というのは、それを基準にしています」
「確かにそういった、便利で強力な治療魔法が使える人を1人でも育てることは、大聖堂側としてもかなり重視したい部分になるでしょうね」
「まあ、現時点では近隣国家でその魔法を使える人は、全く確認されていないらしいですけれどね」
「でしょうねえ……」
ユリがこの世界で確認した、最もレベルが高い相手はエシュトアだ。
彼女は『レベル64』だった筈なので、いきなり『中級者向けⅡ』に挑める程の実力を有していることになる。あれで意外と武闘派なのだろうか。
ちなみに、次点で高かったのはゴードンという名の『レベル62』の男性だが、彼はニルデアを侵攻する際に殺してしまったのでもう会うことはない。
何にしても―――間違っても『レベル100』なんて高みに届きそうな人達は、まだこの世界では見たことが無かった。
「あら、迷宮地自体は都市の外周部に配置するのね」
「はい。政庁や食料店など、市民の生活に欠かせない施設や店舗を都市の中央部に集めますので、迷宮地は敢えて離した位置に配置してあります」
設計図によれば『迷宮地』は全体が『正六角形』の形をした新都市の、それぞれの『角』の部分に配置されるようだ。
六角形なので角は6つ。なので迷宮地も6つ造るというわけだ。
時計盤に例えるなら、2時の方向に『初級者向けⅠ』の迷宮地がある。
4時の方向に『初級者向けⅡ』の迷宮地があり、6時の方向に『中級者向けⅠ』の迷宮地があって―――という具合に、時計回りに配置される迷宮地の難易度が、1段階ずつ上がっていくようだ。
なので最も難易度が高い『上級者向けⅡ』の迷宮地は12時の方向にある。
この迷宮地だけは『迷宮区画』の側ではなく、『観光区画』の中に配置されることになるわけだけれど。
「上級者向けの迷宮地に挑む頃には、『観光区画』に余裕で住めるぐらいの収入が得られていると思いますので、特に問題は無いと思います」
「なるほど。いつか高級区画に住めることを夢見て『迷宮地』に挑む人達も出て来そうだし、そういうのも夢があって面白いわね」
「やっぱり一攫千金の浪漫があってこそですよね!」
「そうね。メテオラの言う通りだと思う」
死人だけは絶対に出ない迷宮地にする予定だが、魔物の攻撃を受ければ怪我を負うし、痛みも味わうことになる。
相応のリスクを背負って挑むことになるのだから、確かにメテオラの言う通り、大金を得る夢ぐらいは見られる場所である方が望ましい。
「ねえ、メテオラ。ひとつ訊きたいのだけれど」
「何でしょう、姐様! 何でもお答えしますよ!」
「この『大型投影装置』というのは、一体何かしら?」
設計図面によると『大型投影装置』は、『観光区画』の中に3箇所造られる広場に、各1台ずつ配備される構造物のようだが。
「よくぞ聞いて下さいました! これは姐様が発信する『放送』を受信して大画面に投影し、その映像を広場に居る全員で観賞できるようにする装置です!」
「……そんなアイテムが存在するなんて、私も知らないのだけれど?」
「クローネさんが一晩で開発してくれました!」
「何やってるのあの子……」
クローネは生産部隊『竜胆』の隊長で、魔導具の生産を得意とする。
魔導具は魔術・魔法に関連する機構を組み込むことができるので、確かにユリの『念話』を受信して利用する装置を作ることも、不可能では無いだろうけれど。
「私が『放送』している時間なんて、1日にせいぜい1~2時間しか無いのよ? そんな物を作っても、大半の時間で無用物になるでしょうに……」
「そこで姐様に提案がありまして」
「何かしら?」
「実は姐様が、自分が関わらない『放送』が行えないか模索しているという噂を、以前『撫子』の方から聞いたことがありまして」
「ああ……」
ユリは以前にアルカナから「もっと『放送』の頻度を増やして下さい!」と要望されたことがある。しかも二言目には「24時間いつでも見られるようになると、とっても嬉しいです!」という駄目押しの言葉付きで。
その時には「私が過労死する」からと言って即座に断ったわけだけれど。可愛い女の子からの頼み事を無下にできるユリではない。
どうにか実現できないものかと日頃から少なからず頭を悩ませていたし、そのことを『撫子』の子達などにはよく相談してもいた。
「そこで考えてみたのですが。姿を消した状態の姐様の使役獣を、迷宮地に潜る人達には必ず同行させて貰い、彼らが迷宮地を探索する様子を『放送』させて貰うというのはどうでしょうか?」
「あら―――それは、とても面白い着想ね」
確かに、それならばユリ自身の手で『放送』を行わなくとも、視聴者が楽しめるコンテンツに充分なり得るように思う。
迷宮地の中には昼も夜も存在しない。だから都市の人口が増えて、迷宮地に挑む人達が増えてくれば、それこそアルカナが望んでいた通り『24時間いつでも見られる』放送さえ実現できるかもしれない。
「ちなみに『大型投影装置』には、その時に迷宮地に挑んでいる中で、最もレベルが高い人達の探索の様子が映し出されることになっています」
「よく映し出される人達には、ファンや後援者が付きそうね」
「そうかもしれないですね。その辺は好きに楽しんで貰えれば良いかなと」
「―――うん。全体的な都市設計も、良く出来てると思う。ただ、人口はすぐには増えないだろうし、都市運用は長期的視点になると思うからそのつもりでね」
「そこは承知してます」
ユリタニアはニルデアの市民を移住させたので、最初から人口が多い状態で都市運営をスタートすることができたけれど。今回メテオラが提案しているのは完全な新規都市の建造なので、充分な人口が集まるまでにはかなりの時間が掛かる。
まだユリタニアの地下に3000人の元王国輜重兵の人達を収監しているので、彼女達を利用すれば都市を運営できる最低限度の人口の下地ぐらいは用意できるだろうけれど。やはり、それだけで充分とはいかないだろう。
―――とはいえ、何だか王国が『崩壊』しているらしいので、その辺の地域から難民を受け容れたりすれば、案外人口はすぐ集まるかもしれないが。
「それで、都市の完成予定日はいつぐらいになりそうかしら?」
「はい! 今月末の建造完了を予定しております!」
「……それは幾ら何でも、無茶過ぎない?」
今日は『秋月16日』。この世界では各月が40日しか無いので、今月末までだと、たったの『24日』間しか残されていないことになる。
そもそもユリタニアの都市を造る際にだって『60日』も掛かったのだ。今回の都市はそれと同じ規模か、もしくは迷宮地も含めればそれ以上の規模にもなるのだから、流石に『24日』だけで完成というのは過重労働が過ぎる。
「実は、今回は『桔梗』の皆で総力を挙げて建造に取り掛かった場合、一体どれぐらいの期間で『都市を1つ完成』できるのか、挑戦してみたいのです」
「……ユリタニアを造った時は、総力では無かったの?」
「はい。あの時は従者を召喚していませんでしたから」
「ああ、言われてみればそうね……」
ユリ自身を含め『百合帝国』は全員が【従者召喚】のスキルを有しており、必要に応じて『従者』を召喚して戦闘や生産などの活動を手伝わせることができる。
『桔梗』の子達の場合は【従者召喚】スキルを用いると、自身と同じ〈建匠〉の職業を持つ『レベル150の従者』を『5人』まで召喚できる。
全部で24名しかいない『桔梗』の子達も、総力を挙げれば『144名』態勢で建造作業に取り掛かることが出来るわけだ。
個々の従者の能力は本体に劣るとはいえ、流石に作業人員が6倍にも増えれば、工期が圧倒的に短縮できるのは間違いないだろう。
「メテオラ、2つだけ約束して頂戴」
「はい、何でしょう姐様!」
「まず1つ。建造を急ぐのは良いけれど、その結果、建物や迷宮地の耐久性に問題が出ることが無いように、安全面の確認だけは徹底しなさい」
「もちろんです! 私達は常に完璧なものを造ってみせます!」
もし迷宮地が崩落でもすれば、中に居る人達は絶対に無事では済まない。結界で保護するから死人こそ出ないだろうけれど、苦情は殺到することだろう。
また、都市の地下に建造する迷宮地が崩落すると地盤沈下を引き起こし、地上の建物にまで被害が出る可能性がある。
くれぐれも耐久性の確保だけは徹底して貰わなければならない。
「では2つ目。目標に向かって挑戦するのは結構だけれど、絶対に無理はしないようにね。あなた達の誰か1人でも―――もしくは、あなた達の従者の誰か1人でも過労で倒れるようなことがあれば、私は泣くわよ?」
「ぜ、絶対に充分な休息を取って作業に当たります! 命を大事に!」
ユリの言葉を受けて、メテオラが断固たる意志をもってそう答える。
ユリが『百合帝国』の皆を愛しているように、『百合帝国』の皆もまた、ユリのことを確かに愛してくれている。
私が泣く、という脅しは『百合帝国』の皆に限って言えば効果は抜群だ。
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