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百合帝国 - 87. 新都市計画進捗(南部/前)
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百合帝国  作者: 旅籠文楽
1章 -

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87. 新都市計画進捗(南部/前)

 


     [4]



「……本当にアルトリウスも参加する気なの?」

「はい。もし殺されて(・・・・)も、死なない(・・・・)のですよね?」

「それは保証するけれど」

「でしたら、これも折角の機会ですので」


 今ユリの目の前には、いつもの白いローブ姿ではなく、珍しく革鎧を身につけたアルトリウス教皇の姿があった。

 しかも腰には片手剣を下げている。今までにプレイしたRPGの傾向から、何となく聖職者の武器といえば『鎚矛(メイス)』か『杖』というイメージを持っていたユリは、ほんの少し期待を裏切られた気もした。


 ―――今日は『秋月35日』。

 ユリ達の姿は新都市予定地の南側、つまり『迷宮区画(ダンジョンエリア)』にあった。


 より正確に言うなら、ユリ達はいま新都市の4時方向にある『初級者向けⅡ』の難易度に区分された『迷宮地(ダンジョン)』の目の前にいる。

 現地にはユリとアルトリウス教皇の2人以外に、聖女のエシュトア、ニムン聖国の大聖堂に勤める男性神官1名と、聖国軍所属の女性聖騎士1名の姿もあった。


 この内、ユリとエシュトアを除いた者。つまり神官と聖騎士とアルトリウス教皇の3名はパーティを結成しており、彼らはこれから『迷宮地』へと挑む。

 レベルは神官と聖騎士が『22』でアルトリウス教皇が『21』と、実力の差は殆ど無い。推奨レベルが『21~35』に設定された『初級者向けⅡ』の迷宮地(ダンジョン)は彼らにとって丁度良い難易度だろう。


 何故こんなことになったのかと言うと―――例によって昨日の晩に『桔梗』隊長のメテオラから「新都市南部の迷宮地の建造が、推奨レベルが低い側から3つは完了しましたので、試しに魔物を配置してみて頂けませんか」と連絡があったので、ついでなら試験運用までやってみよう、とユリが思い立ったからだ。

 とはいえユリや『百合帝国』の皆のレベルは言うまでもなく『200』なので、低レベル向けの迷宮地の試験を行うには役不足が過ぎる。自身より弱い『従者』を()ぶとしても、レベル『150』以上はあるので同じことだ。


 だったらレベルが低い人を都合して、試験探索を頼むしかない。

 そう判断したユリは『念話の腕輪』を使用してニムン聖国のエシュトアに連絡をとった。

 ニムン聖国の国主であるアルトリウス教皇は元々、リュディナの薦めもあって、ユリが作る迷宮地(ダンジョン)には興味を持ってくれていた。なので試験探索の人手を都合するぐらいなら、きっと喜んで引き受けてくれると思ったからだ。


 エシュトアを介して、アルトリウス教皇へ要請を伝えて貰うと。ユリにとっても完全に予想外なことがひとつだけ起きた。

 状況を見れば察して貰えるだろうけれど―――迷宮地(ダンジョン)の試験探索者に、こともあろうかアルトリウス教皇自身も名乗り出てしまったのだ。


「一応言っておくけれど。あくまでも『結果的に死なない』というだけであって、魔物から殺されれば『死ぬのと同じ程の痛い目』には遭うことになるわよ?」


 教皇を翻意させるつもりで、ユリはそう脅かしてみせる。

 別に嘘は言っていない。今朝『紅梅』の子に張って貰ったばかりの、新都市全域を囲む【救命結界】は、範囲内で命を落とした人族を確実に『救命』してくれるけれど、死の間際に感じる痛みや恐怖まで無くしてくれるわけではない。


「ああ―――易々と殺される気はありませんが、それはそれで楽しみですね。死なずに死の痛みと恐怖を体験できる機会など、普通なら絶対に有り得ませんし」


 けれど教皇は、ノリノリでそう回答してみせるのだから、取り付く島もない。

 せめて部下のあなた達が教皇を止めなさいよ―――そう思って、ユリがジト目でエシュトアや神官、聖騎士のほうを()め付けると。彼女達は一様に、さっと視線を逸らすことで応えてみせた。

 やはり彼女達としても、国主が直々に挑むのに賛成というわけでは無いらしい。


「……探索している様子は『放送』させて貰うのよ?」

「では国民に情けない姿は見せられませんね、頑張らなければ」


 ユリの言葉を受けて、アルトリウス教皇は更に気勢を強める。

 これはもう、教皇の意志を挫くのは無理だな―――とユリは早々に諦めた。


 まあ―――アルトリウス教皇も実際に体験したとなれば、迷宮地(ダンジョン)に興味を持ってくれる人も増えるだろうし、一概に悪いことばかりでもない。

 もうユリタニアには『掃討者』が殆ど残っていないのだから。これで一般市民にも迷宮地へ挑む人が出てきてくれると思えば、充分なメリットがある。


「お姉さま、そろそろお時間です」


 懐中時計を確認しながら、エシュトアがそう教えてくれた。

 ちなみに彼女の懐中時計は、過去にユリが贈ったものだったりする。


「ありがとうエシュトア」


 ユリが優しく頭を撫ぜると、エシュトアは嬉しそうに目を細めた。

 このまま暫く撫でていたい気もするけれど―――『放送』予定の時間が来たのであれば、そういうわけにもいかないか。


 以前は、この世界の人達にそもそも明確な『時間』の区分も無かったことから、大体『辺りが暗くなったら放送を行う』という感じでやっていたのだけれど。

 最近はユリタニアの市民に『時計』が浸透してしまったため、あまり放送時間にルーズでいるわけにもいかなくなっていた。


 これは『桔梗』が建造したユリタニアの各家屋に時計が設置されていたことで、市民の『時計』に対する理解が進み、その利便性が急速に広まったためだ。

 『放送』を行うユリからすれば、時間にルーズでいられる方が都合が良くもあるけれど。とはいえ、市民に便利な文化がまた1つ根付いたのは嬉しくもある。


「―――ごきげんよう、百合帝国各地の臣民の皆様、及びニムン聖国各地の臣民の皆様。百合帝国の女帝を務めております、ユリと申します」


 予め召喚しておいた使役獣の視点から、早速ユリは『放送』を開始する。

 そして視聴者に向けて新都市の『迷宮地(ダンジョン)』の試験運用を行うこと、その体験者を聖国に求めたら教皇自ら志願してくれたことなど、経緯(いきさつ)を順に説明していった。


「そして、本日は試験的な放送も行わせて頂きます。つまり、アルトリウス教皇とパーティメンバーの皆様が実際に『迷宮地(ダンジョン)』を探索する様子を皆様にお届けさせて頂き、それが視聴して楽しめるものか否かを判断させて頂くわけですね。

 もちろん皆様には是非ともアルトリウス教皇を応援して頂きたい。但し私だけは魔物の側を応援させて頂きます。―――だって『迷宮地』に配置している魔物は、可愛い私の使役獣たちですからね。こればかりはどうぞご容赦下さいな」


 くすりと微笑みながら、ユリはそう告げる。

 『迷宮地』に配置した魔物の3分の1ぐらいは、人間の女性に近い容姿をした魔物だったりする。そういう子達と戦う時には、特にユリは魔物側を強く応援してしまうことだろう。


「先程も説明しました通り、この迷宮では命を落とすことは絶対にありませんが、怪我をすることは普通に有り得ます。場合によっては敵の攻撃で四肢の1本や2本を失うこともあるでしょう。

 そうした場面も普通に放送してしまいますので、ショッキングな光景を見る羽目になるかもしれません。人が流血したり、怪我をしている所を見たくない皆様は、以前にも説明しました通り『視聴終了』と念じて放送を見るのを止めて下さいね。人が死ぬ直前の姿を見てしまって、今晩の食事が喉を通らなくなってしまっても、私は謝りませんからね? 警告はしましたので」


 ちょうどこのぐらいの頃合に、食事を取る家庭も多いことだろう。気が弱い人でなくとも、食事中にグロ映像を見せられれば嘔吐ぐらいはするかもしれない。

 視聴はあくまでも自己責任。これは『迷宮地(ダンジョン)』を探索する光景を今後とも放送していく上で、絶対のルールとして徹底したい。


「それでは、今回迷宮地に潜る3名の勇気ある挑戦者を紹介致しましょう。

 ―――まずは聖国臣民の皆様には当然ながら、百合帝国臣民の皆様にもすっかりおなじみのアルトリウス教皇です。それでは自己紹介をお願いできますか?」

「あ、はい。ニムン聖国の教皇、アルトリウスと申します。えっと、何を自己紹介すれば良いのでしょうね……。天職は〔司祭〕でレベルは『21』、簡単な攻撃魔法と治療魔法が使えます。それと最近〈剣士〉の職業(クラス)も取得しました」

「ああ、それで腰に剣を下げていたのね。まさか教皇が〈剣士〉を選ぶとは、こう言っては何だけれど―――ちょっと意外かもしれないわ」

「はは、宮殿の皆にも同じことを言われましたよ。私は騎士の訓練風景を眺めるのが趣味なのですが、少し前からは剣にも憧れを持つようになっていましてね。まだ付け焼き刃の腕前ではありますが、今日の実戦が楽しみで仕方ありません」


 ユリのインタビューにそう回答しながら、教皇はすらりと腰の剣を引き抜く。

 意外にも―――と思うのは失礼かもしれないけれど―――抜剣の所作は洗練されており、それなりに剣の訓練を積んでいることを感じさせるものだった。

 また剣のほうも鋳鉄品ではなく、ちゃんと鍛造された一振りのようだ。魔法剣の類では無いようだけれど、これならば充分に前衛が務まるかもしれない。


「ありがとうございます、それでは次の男性にもお話を伺いましょう」

「えっと……さ、サルムと申します。〔神官〕の天職を持っていますので、普段はニムン聖国の大聖堂に勤めています。レベルは『22』です。数日前に〈魔術師〉の職業(クラス)を取得しました」

「〔神官〕と〈魔術師〉ということは完全な後衛なのね」

「はい、ですので武器も杖を選びました。〈魔術師〉の職業で使える攻撃魔法は、杖を持つと【火弾】の速度が上がるようですので」

「ええ、その通りよ。よく勉強しているわね」


 『アトロス・オンライン』では『杖』という武器自体には、特に魔法を強化する要素も無かったのだけれど。代わりに魔法系の職業(クラス)が修得するスキルの中に『杖を持っている時だけ恩恵が得られる』ものが幾つか存在する。

 サルムが言っているのは〈弾杖魔術〉のことで、このスキルを修得していると、杖を持っている間は『発射体を飛ばす魔術の弾速が2倍になる』効果が得られる。


 例えば、サルムが挙げた【火弾】は『火の礫を飛ばして目標を攻撃する』魔術なのだけれど。やはり弾速が倍になれば、魔術の使い勝手は良くなる。

 まあ、魔術や魔法で飛ばす発射体は目標に向かってある程度誘導するので、別に弾速が遅くとも命中率自体は悪くないのだけれど。それでも、例えば敵の魔術師が行使しようとしている魔術や魔法を妨害したり、矢を撃つ体勢に入っている敵を攻撃して命中率を下げたりする時など、弾速が上がっているほうが生きる場面というのも案外多いものだ。


「ただ、魔力を消費しないと何もできないのが少し不安ね」

「あ、余裕がある時は魔力の消費を抑えて、これを使うつもりでいます」


 サルムはそう告げると、腰に下げている紐状の何かをユリに見せてくれた。


「なるほど、投石器(スリング)ね」

「はい。こういうのを扱うのは、割と得意でして」

「悪くない選択だと思うわ。弾も用意しているのかしら?」

「10発分だけですが、一応用意しています」


 今度は腰の逆側に提げた革製の小袋を取り外し、ユリに手渡してくれる。

 袋の口を開いて中を覗いてみると、こぶし大よりも少し小さめの石が3つ入っていた。残り7つの石は、背負っているバックパックの方に入れてあるのだろう。


 必ず矢を用いなければならない弓とは異なり、投石器(スリング)は手頃なサイズの物体であれば、大体何でも弾に出来るという利点がある。

 石が散乱している迷宮地であれば、道中で手頃なサイズの石を拾って弾を補充できる可能性があるし、あるいは魔物を〈解体〉して得られた素材なども、サイズが合えば弾として利用できる。

 一度飛ばした石も、割れていなければ回収して再利用できるのも良い。サルムは男性にしては小柄だが、投石器(スリング)を使えば普通に投げるよりは威力も出せそうだ。


 もちろん難点もある。投石器(スリング)は扱いが少し難しい武器なので、活用する上で本人の技倆や熟練が要求されることになる。下手に扱えば、それこそ味方の後頭部に命中させることだって有り得るだろう。

 あと、投石器(スリング)自体は紐状のものなので全く荷物にならないが、弾が嵩張るというのも問題だ。気軽に携行できるのは6~10発分程度なので、矢筒をひとつを背負えば数十本は撃てる弓に較べると携行性が悪く、現地調達が出来なければ弾はすぐに尽きてしまう。


「ありがとう、サルム。では最後の女性にも話を聞いてみましょう」

「はっ、アネッサと申します。〔神官〕の天職を有しておりますが、自分は聖騎士隊に所属しております。レベルはサルムと同じく『22』で、7日前に〈騎士〉の職業(クラス)を取得しました。そちらのレベルは『4』です」

「武器は片手剣と盾かしら?」

「はい。一番前に立ち、魔物を抑え込もうと思っております」


 サルムが完全な後衛なので、前衛はアルトリウスとアネッサの2人が務めることになるのだろうけれど。かなりの痩身であるアルトリウスは、どう考えても魔物の攻撃を受け止められるほどの膂力を備えてはいない。

 おそらくアルトリウスは敏捷性を活かした軽戦士に近い立ち回りになるので、代わりにアネッサが盾役(タンク)を引き受ける心積もりなのだろう。


「豪毅なことね。あなたみたいな勇ましい女性というのは、素敵だと思うわ」

「あ、ありがとうございます。ユリ様にお褒め頂くなど、大変に光栄です」

「金属鎧を身に付けているようだけれど、重くはない?」

「はい、大丈夫です。普段もこれを身に付けながら、都市外周の砂漠で走り込みをしておりますので問題ありません」

「なるほど、頼もしいわね」


 持久力には自信があるようだけれど。いつ魔物から襲われるとも判らない『迷宮地』の中では、普段とはまた違う疲労も感じることがあるだろう。

 とはいえ、天職で修得する治療魔法の中には、怪我や病ではなく『疲労』を癒す魔法もあると聞いている。折角3名全員が治療魔法を行使できる天職を有しているのだから、そういう魔法を上手く活用していけばアネッサの負担を軽減することは出来そうだ。


「今回は以上3名で『迷宮地(ダンジョン)』を試験探索して貰うことになるわ。それと探索には参加しないけれど、この場には聖女のエシュトアも居るの。

 ―――エシュトア、視聴者に向けて自己紹介をして頂戴」

「はい、ユリお姉さま! えっと、私はニムン聖国で聖女を務めておりますエシュトアと申します。私は既に少しだけレベルを上げておりまして、今回の試験を行う『迷宮地』の難易度には合いませんので、探索には同行せず待機する予定です」

「………」


 エシュトアのレベルは『64』と高く、どう考えても『少しだけ』ではない。

 多分アルトリウス教皇達3人を同時に相手にしても、エシュトアは単独で殴り勝てるぐらいの実力を持っているわけだけれど―――まあ、今回はそこまで視聴者に説明する必要も無いだろうか。


「エシュトアには私と一緒に、アルトリウス達が探索する様子を見ながら、視聴者に向けて状況を解説する役割を担って貰うわ。よろしくね?」

「あっ、はい! 承知致しました。私に何か解説できることがあるかは判りませんが、精一杯頑張らせて頂きますのでよろしくお願い致します」

「あ、もちろん私とエシュトアが横からガヤガヤ言っている声は、アルトリウス達には聞こえないようにするから安心してね。それでは―――いつでも自分達の良いタイミングで『迷宮地』に入って頂戴」


 ユリが視線を送ると、アルトリウスがこくりと頷いた。


「サルム、アネッサ、準備はどうでしょうか?」

「大丈夫です、猊下」

「はっ、問題ありません!」

「判りました。それでは―――あまり気負わず、ゆっくり探索してみましょう」


 パーティメンバー2人の意志を確認してから、アルトリウス教皇は『迷宮地』の門扉の中へと侵入していく。その背中をユリとエシュトアが見送った。

 地上の門を潜っても、すぐに魔物が出るわけではない。それなりに長い階段を降りて、地下1階の金属扉を通過してからが本番になる。


「エシュトア。あちらに甘い物を用意しているから、一緒に食べましょう?」

「わ、嬉しいです! 今日は何をご馳走して頂けるのですか?」

善哉(ぜんざい)という甘味料理よ。今回のは私がひとりで作ったものだから、味がイマイチだとしても、申し訳無いけれど我慢して頂戴ね」

「お姉さまの手料理! わあ、楽しみです……!」


 先日の屋台では、大勢の客に振る舞うばかりで、自分では全く味わえなかった。なので今日は自分とエシュトアの為だけに、つい先程作っておいたのだ。


 ユーロが白玉粉を用意してくれたので、今回は白玉善哉も一緒に楽しめる。

 ゆっくり食べても冷めないように魔導具の器も用意しておいたので、今日は探索の様子を眺めながら、先日味わえなかった分までゆっくりと堪能したい。





 

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