千駄木家
7月2日木曜日、とうとう有給休暇を取っていた日が来た。今日から31日までずっと休みが続く。
「あー、自由だなぁ。今日は久々に図書館でも行って、食べ物買い込んで賢者の家にこもろうか? なあPちゃん、マシロ」
朝食のハムエッグと、蜂蜜をたっぷりかけたトーストを食べ終わった、Pちゃんとマシロに話しかける。
「それは良い考えですピ。昆虫図鑑とミステリー本を借りてくださいピ」
「キュイ」
テーブルの上に置いたスマートフォンがブブっと動く。マシロがハシッと両手で掴んで俺に渡してきた。
「ありがとう、マシロ」
マシロが触って蜂蜜でベタベタだが、そんなのは拭けば良い。今は、うちの子賢いでしょう! と大声で自慢したい。なでてなでてと、すり寄ってくるマシロの頭を撫でながらli○eを開く。
[航平君、今日から有給休暇だろう? まだダンジョンに潜っていないなら、連絡をくれ。こちらはいつでもだんじょんぶだ……ククク!]
約1ヶ月ぶりの先輩の寒いメッセージを読んでいると、今度は当人から電話がかかってきた。考えてみれば、電話なんて初めてだ。何かあったんだろうか……少しドキドキしながら、指をスライドさせる。
「先輩、おはようございます。はい、図書館に行こうと……分かりました。はい、じゃあ後で……え? ああ、あのダジャレはヒドいー」
電話を切られた。
「……Pちゃん、マシロ。予定変更だ。今から千駄木家に行くことになったよ」
「ピ? ご飯ですピ?」
「キュイ?」
「なんでそうなる。あ、そういえばなんの用か聞かなかった。……まあとりあえず、昼飯は浮くかも?」
まだ迎えが来るまで時間があると思いつつ、Pちゃんとマシロを綺麗に拭いて、俺も着替える。丁度着替え終わった時、玄関のチャイムが鳴った。
早くない!? 電話を切ってから5分しか経ってませんけど!?
「おはようございます、航平様。お迎えにあがりました」
玄関ドアを開けると、ダークグレーのスーツに濃紺のネクタイをきっちり締めた澤井さんが、にこやかに立っていた。もう蒸し暑くなり始めているというのに、髪をオールバックにまとめた額には、汗一つ浮いていない。相変わらず渋い声のカッコいいおじさんだ。
「おはようございます、澤井さん。お久しぶりです」
玄関で白いスニーカーを履きながら挨拶する。Pちゃんたちのバッグと、念の為財布もチノパンのポケットに入れた。もし外食となっても、支払う素振りを見せるのが大人ってもんだ。しかしあくまで素振りだ。
「6月5日以来です。航平様もお元気そうで何よりです。さあ、皆さんお待ちですので、車へ」
「ああはい、分かりました」
皆さん? 先輩だけじゃないのか?
俺が訝しんでいるのが分かったのか、車の後部ドアを開けながら、
「徹様と旦那様もお待ちです」
と教えてくれた。
徹さんと千駄木オヤジもか……平日の朝からなんだ? なんだろう、嫌な予感しかしない。
そんな鬱々とした思いを乗せたまま、車は静かに走り出した。
「来たか! 航平くん」
重厚な玄関の引き戸を開けると、玄関のアガリで不敵な笑みを浮かべ、千駄木オヤジが仁王立ちしていた。
「ええまあ。今日は一体どういった……」
「なんだ。航平くんともあろう者が気付かないのか?」
「はい?……あ、アガリの一本木が直ってますね。良かった……はっ! まさか修繕費の支払いを?」
「違う! ほら見てみろ、玄関扉だ」
組んでいた手をヒラヒラさせる千駄木オヤジに気を遣い、とりあえず後ろを向く。引き戸の横にいつもあった物がない。
「あ、重しがない」
「そうだろう?」
「そうですね」
「うむ……上がってくれ」
なぜか少し元気を無くした千駄木オヤジの後に遅れて続く。今のはなんだったんだ?
「旦那様は以前航平様に言われた事を、ちゃんと守ったぞと、言いたかっただけです」
澤井さんが後ろからこっそり教えてくれた。
「ああ、皆んなが怪我したらどうするって言った……」
えー……これってツンデレだっけ? オヤジのツンデレに需要なんかあるのか? でも澤井さんはフフッと楽しそうに笑っていた。
広い客間に通されると、すでに先輩と徹さんがソファーに座っていた。千駄木オヤジと俺を見て、すくっと立ち上がる。
「まあ座ってくれ」
千駄木オヤジに言われるがままに、先輩たちの前に座る。
「薫」
千駄木オヤジが座りながら、先輩を促した。
「はい。やあ久しぶり、航平君。クククッ!」
「ええ、笑いどころじゃないですが、先輩も元気そうで何よりです」
「航平君も相変わらずだな。クククッ」
少し髪が伸びた先輩の綺麗さが、増しているように見えた。
(ピ、航平、薫から自信のようなものを感じますピ。高位の有民が醸し出す雰囲気、それと似てますピ)
Pちゃんがコメンテーターのようなことを言う。
(そうか? 笑い方はいつも通りだけど)
「ククク。今日は航平君に報告があって来てもらったんだ」
先輩が真面目な顔をして俺を見た。つい俺も真面目に頷く。
「まずひとつ目、JEPM、日本電力市場登録会社の買収に成功したよ。これで航平君から『真石』を買い取る事が出来るようになった」
「おお……やりましたね! 先輩!」
「ああ、やってやったよ! クククッ! フゴッ」
先輩が嬉しそうに鼻を鳴らした。
「失礼。ふたつ目、探索者ギルドとして新会社設立の申請が通った。これは案外すんなり取れたよ。古美術品売買としてな。古物商許可もある。肝心の場所だが……兄さん」
先輩が徹さんを見やる。
「ああ、ここからは私が話そう。前に田所くんが今後世界中にダンジョンが出来ると言っただろ? ちょっと今の場所のダンジョンを参考に調査をしたんだよ」
徹さんがノートパソコンをテーブルに置いた。
「これは『地下天気マップ』と言われる物だ。地殻の振動を捉え、大きさに応じて色付けしてある」
「はあ、凄いですね」
画面には日本地図が描かれ、日付、時間が振られている。そして俺の住んでいる局所的な場所がクローズアップされていた。
「時間を巻き戻そう。ほらここ。ずっと黄色がついているだろ? 休む事なく、体にも感じない微細な振動が続いている。そしてここが田所くん、君の住んでいる所だよ」
「じゃあこれがあれば、ダンジョンが現れる場所を予測できる?」
思わず息を呑む。
「いや、まだ範囲が広すぎる。そこでー」
「今度はボクだ」
先輩がにやりと徹さんの後を受け継ぐ。
「ボクはパワースポットが好きだと言ったのを覚えているかい? パワースポットは『弥盛地』である事が多い。良い気の流れの土地だ。逆に『気枯地』という場所がある。気が滞り、体調を崩したり、木が曲がって生えたりするんだ。それをこうして……マップに重ね合わせるとー」
俺の住んでいる場所がオレンジに点滅する。そして他にも……。
「品川、八王子」
「そう、他に北海道、大阪、九州、四国にも各1ヶ所ある。その場所を千駄木家が買い取った」
「へ?」
「まあもともと気枯地には人が居着かない。荒れ地や廃墟ばかりだったよ。だからこれも持ち主を探してあっさり合意出来た」
「はあ……あれ? 俺のアパートは?」
千駄木オヤジの前でダンジョンの場所を言ってしまっているのにも気付かず、思わず聞いてしまう。
「ああ、買い取ったぞ?」
先輩がにっこり笑った。
読んでくれてありがとうm(_ _)m次の段階へ入ったぜい<(`・ω・´)