日本マンガが北米では11万以上の図書館に入っている 知られざるManga in Libraries
北米の図書館における日本マンガに関するセミナーが”Manga in Libraries The Gateway to Sales and Readers in North America”が2025年3月5日に日本出版クラブで行われた(文化庁主催)。登壇者は講談社USAのChristopher Woodrow-Butcher氏とAndrew Woodrow-Butcher氏、scholarstic GraphixのDebora Aoki氏。以下ではその内容をレポートしたい。
■北米における近年のMANGA需要と図書館での扱い
Circana book scan調査によると北米におけるMANGA(日本マンガ)の紙のセールスは2018年には5.5百万部だったのが2022年には28.4百万部に。2024年には2023年よりも売上は落ちたが、2019年比では351%も成長したという。大人向けの本ではセールスでトップ3に入るカテゴリーになっている。
MANGAは北米では130~200p前後のものとして1冊9.99ドルから39.99ドルで一般書店やコミック専門店、日本のアニメ・マンガ専門店やブックフェアで販売されている。大人が「この年齢にふさわしい」と定めるレイティングとしてはYA/ティーンズのカテゴリ、つまり13歳から18歳に分類されることが多い。
暴力などの表現がどこまで許容されるかも基本的にこうしたレイティングで決まる。たとえば『名探偵コナン』では殺人描写があるためハイティーン(以上)向けになり、ローティーン以下向けでは流通させることができない。もちろん、かめはめ波のようなものと比べると、リアルな銃殺表現などのほうがより厳しく見られる。
アメリカにはマンガ喫茶的な場所は一般的ではないが、公共図書館のコミックのコーナーがある意味ではマンガ喫茶的な役割を果たしているという。
図書館ではリアル図書館のみならずhooplaやlibby、Comics Plusといった電子図書館サービスでもMANGAはほかのコミックと並んで配信されている。
図書館の資料費は学区や州、連邦政府などから調達するが、アメリカでは数百ドルから数百万ドルまで図書館によって異なる。予算獲得は非常に複雑な問題であり、自治体の税収にもより、どう予算が決まるかは閲覧数などの評価指標を重視しているところもあるし、さまざまである。司書の対外的な発言力、理論武装によっても変わる。NPOなどからのサポートによる資金獲得もある。アメリカでは自治が重視され、非中央集権化されており、図書館の数だけ予算獲得の経路がある。
どこで購入するかについては図書館ごとに基準が決められていることが多いが、図書館が買い求めるのはディストリビューターまたはベンダーを通してのことが一般的である。一部は書店や独立系のコミックショップ、オンライン書店を通じて購買される。
選書を担当する司書がMANGAを見つけて購買の手がかりにするのはSLJやLJ、Publishers Weekly、good reads、KIRKUS REVIEWSといった図書館・読書・書評系メディアやソーシャルメディア、ブログなどからである(特定メディアに取り上げられたものしか購入を許されていない場合もある)。
■北米図書館における日本マンガ小史
北米では1990年代以前はコミックは学校図書館や公共図書館では「本物」の本として認められてこなかった(「子どものもの」とも思われていた)。
しかし1990年代にグラフィックノベルが台頭し、文学的なコミックが賞を獲るようになると変化が起こり、図書館に入るようになっていく。
同時期にはMANGAが日本の単行本のように200ページ前後の単行本フォーマットで、ISBN付きで書店で販売されるように変化し(それ以前はスーパーヒーローもの同様にもっと薄い冊子形式で販売されていた)、書店や図書館で購買されるようになる。
Tokyopop社が1997年に登場すると、それまでほとんど紹介されてこなかった少女マンガジャンルなどが積極的に紹介され、女性読者を大量に獲得する。女性向けのコミックは従来のアメリカのコミックではなかなか存在してこなかったという。ここからアメリカでも女性向けのコミックの市場が発見・開拓されていった。かつては男性が圧倒的に多かったコミコンの参加者は今では男女ほぼ半々になっている。
さらにこうした流れに目を付けた児童書出版社Scholasticが2005年にScholastic Graphixが設立されると、子ども(低年齢)向けのグラフィックノベル市場が開拓・拡張されていった。
これで子ども向け、ティーン向け、大人向けのMANGAのラインナップがそれぞれそろうことになる。
2007年からはYALSA Great Graphic Novels for TeenListが登場して推薦図書リストのかたちで図書館員などに情報が提供されるようになり、2018年にはALA(全米図書館協会)がGraphic Novels&Comics Roundtableが設立された。
企業側では図書館向け専門のMANGAマーケティングを行う会社も現れるようになった。また、今日ではVIZ Mediaや講談社、スクウェア・エニックスなど日本や北米の多くのマンガ出版社がALA(全米図書館協会)の展示会に出展するようになっている。
こうした取り組みの結果、今ではグラフィックノベルは「本物の本」として認められるようになった。ヴィジュアルリテラシーや口語のリテラシーを高め、脳の発達にもよく、読書に対するモチベーションも上げるものとしてポジティブに捉えられている(図書館向けのMANGAについての本もいくつか刊行されている)。
図書館ではアイズナー賞をはじめとする賞を受賞すると追加注文が来るなど、図書館により入りやすくなる傾向がある(受賞の効果が大きいため、出版社も積極的にアワード対策を行っているようだ)。
■規制・禁書の動き
北米では図書館の蔵書に対する規制、特定のジャンルやタイトルを排除する運動が近年激しくなっている。この流れのなかでLGBTQ+や人種をテーマとして扱ったタイトルがリストから削除される(禁書対象になる)ことが起こっている。
とくに保守層が強いテキサスやフロリダなどではこうした禁書の動きが広がっている。
のみならず、図書館の予算獲得にも悪影響を及ぼしている。ただし州によって差は大きい。
MANGAは性的な描写、裸体の描写、同性愛表現などが場合によっては司書からも懸念や批判の対象になり、いくつもの作品が撤去やレイティング変更が行われている(一方でいわゆる腐女子の司書もいるという)。
■ALA(全米図書館協会)参加者へのアンケート調査
ALAの年次カンファレンスで2023年と2024年にMANGA SPLAINING(このイベントで
登壇した3人)が来場者を対象に調査を実施した。
結果としては
・まったくMANGAを所蔵していないという図書館はわずか6%。MANGAを所蔵していない図書館の主な理由としては「需要がない」や「何をどう選んでいいかわからない」だった。
・94%が所蔵していると仮定すると、11万以上のアメリカの図書館で多少なりともMANGAを所蔵していることになる。
・37%の回答者がMANGAについて「十分に知らない」「もっと知りたい」
などがある。また、
マンガ収集を難しくしている要因は何ですか?に対しては
「運営上/予算上の問題」55%
「内容に関する懸念」48%
「情報/知識のギャップ」35%
ほか、いくつかの結果は以下に表形式で紹介したい。
ほかにも
・MANGA出版社は図書館からは教育的な需要、さまざまな社会的なイシューを扱うものを読ませたいといった需要があることを意識したほうがよい。
・MANGAに関する知識のギャップは司書の間でも激しく、それを埋めていく必要がある
・「12歳以下でもOK」「13-18歳向け」といったレイティングを逸脱しない内容でシリーズ全巻が統一されていることが図書館現場からは求められる(途中で急に過激な表現が出てきたりすると困る)。
・MANGAを読むのは一部のオタク、マニアのものという認識からは変わってきている(そもそもMANGAのファンがネガティブにみられているわけではない)。
・図書館によってニーズは異なる。購買力も違うし、あらゆる層に向けた蔵書を意識していてニッチなタイトルを求めている図書館もあればそうでない場合もある。
・クルマ社会のため、MANGAのオーディオブック需要もある
・図書館でたとえ禁書対象になっても書店での売上が減少する傾向はみられない(トランプ政権になったこともあり、規制対象自体はさらに広がるだろうと見込まれている)。むしろ需要が高まる場合もある。人気があって人眼に触れれば触れるほど文句がつけられる可能性が高まる。出版社側が事前に特定の表現やテーマを避けるべきではない。
・デジタルでの貸し出しもよく読まれている。
・最近書かれた、良い「MANGAの描き方」本が翻訳されておらず、需要がある。
・コミック、グラフィックノベルでは12歳以下向けの市場が非常に大きく、MANGAでもその可能性を探っている
・海賊版は大きな問題であり、数多くの組織が対策に取り組んでいる
といったことが語られた。
日本でもまさに予算や性的な表現、多すぎる巻数(北米では「4巻までがちょうどいい」という声もあるという)などがネックになって公共図書館、学校図書館への蔵書がなかなか進んでいかない現状があり、図書館や司書によって温度差が激しい。
ただ少なくとも北米ではもはや「マンガなんか本(読書)じゃない」という認識からは脱している。その点は日本の行政や教育現場、子どもの保護者にも知っておいてもらいたいところだ。