※本稿は、山形真紀『検視官の現場 遺体が語る多死社会・日本のリアル』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
とにかく多い「風呂溺」
一般家庭での入浴時の浴槽内変死事案は多発しています。よくあるのが、外出していた家族が帰宅したところ、入浴していた高齢の親が浴槽内で頭部が水没した状態で意識を失っているのを発見して119番通報、現場に到着した救急隊は社会死状態と認め病院不搬送、となるような事案です。起床してから、前日の夜に入浴していた家族を発見することもあります。
こうした浴槽内変死事案を、私たちは「風呂溺」と呼んでいましたが、冬季にもなると県内で一日10件を超えて発生することもあります。風呂に人が浮かんでいるのは驚くような光景ですが、それが何件も続くのです。検視官をやっていて、とにかく日本人は風呂が大好きで、死ぬ場所も風呂というケースが多いということを思い知りました。
死者本人もまさか風呂で死ぬとは考えていなかったと思います。とくに冬季の暖かい室内から寒い脱衣所への移動、そして浴槽で湯船に浸かるなどの温度変化により血圧の急激な変化を起こし、脳に血流が回らない貧血状態になって意識障害を起こしたり、心臓などに持病があれば体調が急変したりします(ヒートショック)。
そのまま浴槽の中で意識を失えば顔面が湯面に浸かり、鼻と口が水中に没すれば溺れることもあり、または脳が低酸素状態になって数分で脳死に至り心臓が止まるのです。湯の温度が高いと熱中症を起こすこともあります。
家族が隣の部屋にいても風呂溺は起きる
家族からすればもっと予想外のことでしょう。多少高齢でも風呂に入れる程度に健康な親と暮らし、朝に「行ってくるよ」と声をかけ、いつもと同じように会社などに出かけ、帰ってきたらその親が風呂で浮いていたならそれは驚くでしょう。また、同居の家族が自宅内におり、すぐ隣の部屋で気にかけていても、風呂で浮いているという死者の本当に多いこと! ほんの数分の出来事なのです。
病気などによる体調急変なら病死、意識消失後に溺れているなら不慮の事故(溺死・溺水)になります(溺水とは水などの液体が気管から肺に入り肺呼吸ができず窒息状態になることを指し、溺水によって死亡したことを溺死と呼びます)。
