今のAIは限界? 日本発“第三のAI”の可能性をAI研究者・鹿子木宏明が提唱する理由
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ChatGPTの登場から3年。その驚異的な進化に「AIは人間を超えるのでは」との期待が集まっている。
しかし、横河デジタル代表であり、AI研究者の鹿子木宏明さんは、「それは幻想にすぎない」と語る。
「AIはまだ、人間のように考え、判断しているわけではありません。文書を作ることはできても、ビジネスを動かす“意思”までは持っていません」
欧米でも、NY大学のゲイリー・マーカスさんらが「ディープラーニングの成果は過大評価されており、その延長線上に人間の知能は存在しない」と警鐘を鳴らすなど、AI技術の本質的限界をめぐる議論が活発化している。
そんな中、鹿子木さんが提唱するのが「第三のAI」だ。
第三のAIとはディープラーニングやLLMと何が違うのか。鹿子木さんに話を聞いた。
横河デジタル株式会社
代表取締役 社長
鹿子木 宏明さん
1996年4月にマイクロソフト入社。機械学習アプリケーションの開発等に携わる。2007年10月横河電機入社。プラントを含む製造現場へのAIの開発、適用、製品化等を手掛ける。強化学習(アルゴリズム FKDPP)の開発者の一人。横河電機IAプロダクト&サービス事業本部インフォメーションテクノロジーセンター長を経て2022年7月より横河デジタル株式会社代表取締役社長。理学博士。著書『プラスサムゲーム』、『「強いAI」によるAIファーストの実現』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『AGI, the Brain and Manufacturing』(SOUNDS GOOD COMPANY Ltd.)
目次
世界が気付き始めた「AIの限界」
――今、アメリカを中心に「ディープラーニングの限界」を指摘する声が上がっています。NY大学のゲイリー・マーカスさんも「現在のAIは“知能の錯覚”にすぎない」と警鐘を鳴らしていますが、ディープラーニングやLLMが抱える本質的な限界とは何ですか?
単刀直入に言えば、今のAI、つまりディープラーニングやLLMは「理解」も「判断」もしていないということです。
どんなに高精度になっても、それは人間のように考えたり、新しい発想を生み出したりする“知能”には到達しません。
ディープラーニングもLLMも、過去に存在するデータの中でしか動けない構造的な限界を抱えているのです。
――構造的な限界?
ディープラーニングは、人間の脳の神経回路を模したAI技術で、画像や音声データから学習し、高精度な識別や分析を行います。
これは、人が「危ない!」と反射的に身を引くような、一瞬の知覚に近い。
ただし、その後に「どう行動すべきか」を考えるような思考や意図までは備えていません。
あくまで“見分ける”ことに特化した、脳のごく一部の機能を再現しているにすぎないのです。
一方のLLMは、膨大なテキストを学習して自然な文章を生成します。
確かに、会話や要約など多くの面で驚くほど人間らしい結果を出しています。
しかし、それは言葉の「つながり」を計算しているだけで、意味を理解しているわけではありません。
かつてAIが「箱の中にいたくない」と語り、自我を持ったように見えた例がありましたが、実際はAIをテーマにしたSF小説の一節を引用していただけだったという有名な話があります。
ディープラーニングもLLMも、いずれも“過去のデータ”を材料に結果を導くため、その枠を超えて未知の状況で新しい答えを生み出す力がない。
これこそが、現在のAIが抱える本質的な限界です。
▼ディープラーニング・LLMの構造的な違い
| ディープラーニング(深層学習) | LLM(大規模言語モデル) | |
|---|---|---|
| 概要 | AIの基盤技術の一種で、データから特徴を抽出し分類・認識を行う | トランスフォーマーを基盤として開発された、自然言語処理に特化したAIモデル |
| 活用事例 | 画像認識(製造ラインでの不良品検出、医療画像診断)、音声認識(スマートスピーカー、自動応答)、自動運転、不正取引検出など | 文章生成、要約・翻訳、チャットボット、検索・分析支援、プログラミング支援など |
――とはいえ、ディープラーニングやLLMは今も進化を続けています。技術の進歩によって、この“限界”を超える可能性はないのでしょうか?
理論上、学習データを増やせば性能は上がります。
しかし、すでにWeb上の公開テキストの大半は学習に使われており、新たに高品質なデータを大量に確保するのは難しいのが現実です。
企業内の非公開データを加えても、その量は全体から見ればごくわずか。さらに、膨大な計算リソースや電力を消費する点でも限界があります。
こうした構造的な要因からも、ディープラーニングやLLMの延長線上で「人間を超える知能」を実現するのは不可能に近いと考えています。
――AIの限界は、今後の研究や産業応用にどのような影響を与えると考えますか?
AIが抱える構造的な限界は明確になりつつありますが、同時に新たな応用や方向性が生まれる余地も大きいと考えています。
企業の多くは「高性能なAIをどう実業に活かすか」を模索しており、例えばディープラーニングによる高精度な画像認識を、半導体ウェハーの検査に用いて微細なキズや異常を自動で検出するなど、現場での活用は着実に広がっています。
一方で、研究者の間では「フィジカルAI(Physical AI)」という新たな方向性への関心が高まっています。
これは、ロボットが現実の環境の中で行動しながら学習する技術で、例えば家庭のキッチンで食器を片づけたり、工場で臨機応変に作業をこなしたりする“身体を持つAI”の実現を目指すものです。
ただし、現実の世界は仮想空間のように単純ではありません。
皿の位置や照明、物体の質感など、条件がわずかに変わるだけで最適な動作も変わる。
そのためAIが現場に適応するには、膨大な実環境データが必要ですが、現時点ではその収集が圧倒的に不足しています。
この壁をどう越えるかが、次のAIの進化を左右する分岐点になるでしょう。
ディープラーニングを超える「第三のAI」とは
――ディープラーニングやLLMの限界が指摘される中、鹿子木さんが提唱する「第三のAI」とは、どのような特徴を持つAIなのでしょうか。
第一のAIは、人間があらかじめ設定したルールや知識に基づいて推論を行うものでした。
第二のAIであるディープラーニングやLLMは、膨大なデータからパターンを抽出し最適化を行う仕組みです。
それに対して、私たちが提唱する「第三のAI」は強化学習の一つである「FKDPP」という理論に基づいています。
従来のAIが「与えられたデータやルール」に依存していたのに対し、第三のAIはAI自身に目的を与え、その目的に向かって自律的に経験を積みながら学ぶのが特徴です。
言い換えれば、「人間のように考え、試し、学ぶ」ことを通じて成長していくAIです。
――従来のAIと比べて、どのような点が最も大きく異なるのでしょうか。
ディープラーニングやLLMは、サイバー空間の情報処理においては優れた成果を上げてきました。
しかし、現実の物理環境、例えば、製造現場やエネルギー制御といった実世界では十分に力を発揮できません。
第三のAIはこの壁を越え、現場のデータを直接扱い、リアルタイムに判断・制御を行い、実際の物理空間で成果を生むことができる点が最大の特徴です。
| 登場時期の目安 | 学習アプローチ | 特徴 | 主な限界 | |
|---|---|---|---|---|
| 第一のAI | 1950年〜1970年代 | ルールベース(記号処理) | 人間が定義した論理ルールや知識ベースに基づき推論を行う | ルールが膨大になると管理が困難 |
| 第二のAI | 1980年〜2010年代 | 機械学習・ディープラーニング・トランスフォーマー | データからパターンを学習し、予測・分類・認識を自動化。LLMなどの流れの発展形 | 大量データや計算資源への依存。自律的意思や創造性が欠如 |
| 第三のAI | 2020年代〜 | 自律学習・創発型 | 試行錯誤や経験から自己最適化を学び、新たな知識を見出す | 目的設定や価値判断が人間依存 |
――FKDPPは技術的・実用的価値が認められて、2023年には第52回日本産業技術大賞『内閣総理大臣賞』を受賞されていますね。どのような仕組みなのでしょうか?
FKDPPは、強化学習に基づくAI技術で、大量のデータを必要とせずゼロ知識の状態から実際の試行を通じて最適な制御行動を学習します。
例えば化学プラントのバルブ制御では、AIがバルブを開閉しながら温度や圧力の変化を観察し、判断を更新していきます。
この試行を繰り返す中で、「この条件ならこう動かすのが最適だ」という制御パターンを自ら見つけ出していく仕組みです。
――AIが現場で試行錯誤を行うイメージでしょうか。
そうです。AIが自らの経験から学び、失敗を通して最適な行動を身につけていく。このプロセスは非常に人間的です。
実際に、三段水槽の実験ではAIが知識ゼロの状態からバルブ操作を始め、わずか30回の試行で熟練者と同等の精度に到達しました。
動作を見た職人が「その動かし方、やっちゃうよね」「人間みたいな学び方」と頷くような、“勘の良さ”を感じさせる学習ぶりだったんです。
三段水槽の実験に使われた三段水槽は、三つの水槽が階段状につながり、穴から水が重力で下の水槽に流れ、最下部の貯水タンクからポンプで最上段に戻ることで水が循環するシステム。課題は、バルブの開閉操作によって最下段の水槽の水位を、決めた位置でピタッと止めることだったという
――人間の“経験知”に近い学び方をしていると。
はい。製造現場では長らく「正解のない判断」が課題でした。
例えば、匠の技の継承、あるいは営業と生産の間で「どこまで在庫を持つべきか」といった判断(製版調整)などです。
これまで人の感覚や経験に頼るしかなかった領域で、FKDPPは経験を通して最適解を見つけ出す仕組みを持っています。
――しかし、現場の知識を完全にデータ化すれば、LLMでも再現できるのではないでしょうか?
理論上は可能です。
ただ、現実には天候や湿度、材料の状態など条件が常に変化しており、それらを全て列挙して完全にデータ化することは困難です。
一方、FKDPPは目的さえ与えれば、未知の状況でも自ら最適化を試みることができます。
実際、ENEOSマテリアルのプラントでは、学習時に想定していなかった雪の日でも品質を維持し、安定した制御を実現しました。
なぜ“第三のAI”は日本から生まれたのか
――「第三のAI=FKDPP」は、日本で生まれた理論としても注目されています。なぜこの発想が日本から生まれたとお考えですか。
欧米では、潤沢な資金やGPUリソースを背景に、ロジック化できる領域の自動化がすでに高度に進んでいます。
その結果、AIの進化も「計算力とデータ量で押し切る方向」に偏りがちなんです。
一方で日本には、限られた資源の中で現場の微妙な調整や、数値化できない“塩梅”を磨いてきた文化がある。
つまり、リソースが限られているからこそ、工夫と経験知を重ねてきた土壌があるんです。
その土壌が、「第三のAI」の発想を生んだのだと思います。
――まさに、日本的な「職人の思考」に近いわけですね。
そうですね。欧米のAIが「効率化」を突き詰めていったのに対し、日本は「最適化」を極めてきた。
どちらも“より良くする”という点では同じですが、根底にある哲学が違います。日本は“人がどう感じるか”“どうすればうまくいくか”という体験ベースの最適化を重視してきた。
だからこそ、人間の経験を学び、自ら成長するAIという発想が生まれたのではないでしょうか。
――FKDPPが日本発であることに、ある意味“必然性”があると。
はい。 「第三のAI」は単に技術ではなく、「人の知恵をどう次世代につなぐか」という思想から生まれたものです。
効率よりも持続性を、単なる正解よりも“納得のいく最適解”を求めてきた。そうした日本の文化的背景が、AIに新しい方向性を与えたのだと思います。
AIファースト経営の本質──欧米企業と日本企業の差
――欧米企業が掲げる「AIファースト(AI中心の経営)」と比べると、日本企業ではAIをコスト削減の手段として扱うケースが多いように思います。この差はどこから生じているのでしょうか。
欧米企業は発想のスケールが圧倒的に大きいんです。
例えばAmazonは、長期間の赤字を覚悟しながらも「この道を進めば世界を取れる」という確信のもとで投資を続けました。そして、そのビジョンを信じる投資家が資金を提供する。
つまり、「未来への確信が投資を呼び、投資がイノベーションを生む」という好循環が成立しているんですね。
一方、日本企業は高度成長期から「生産性向上」や「品質改善」といった効率化を積み重ねてきた結果、新しい技術も「いかに業務を改善できるか」という文脈で捉えがちです。
そのためAIも、“便利なツール”として導入されやすい。
――確かに、コスパ視点のAI導入が多い印象があります。
はい。効率化の延長線では、AIを戦略的資産として育てる発想が生まれにくい。
とはいえ、欧米型のAIファーストをそのまま模倣しても、資金やリソースの面で不利な競争に陥ります。
大切なのは、日本企業の強みをどうAIで拡張するかという視点なんです。
日本には、現場力・職人技・チームワークといった強みがある。これらは、第三のAIが得意とする「経験から学ぶ知能」と非常に相性がいいのです。
AIを人を置き換えるツールではなく、人の知を増幅する存在として経営に組み込む。それこそが、日本型AIファースト経営の第一歩だと考えています。
――「AIファースト」とは、単にAIを導入することではなく、経営そのものを再設計することなんですね。
その通りです。AIをどの部署に導入するかではなく、AIを前提にどう意思決定の構造を変えるか。経営層と現場が同じ目線でデータを見つめ、AIを通して対話するような経営が理想です。
「AIとともに考える」組織文化を持つ企業こそが、次の時代に生き残ると思います。
日本企業がAIファーストへ進化するために
――では、日本企業がこれからAIを経営の中核に据えていくには、どんな一歩から始めるべきでしょうか。
重要なのは、経営と現場が再び“対話”を取り戻すことです。
かつて日本の製造業が強かった時代、現場と経営は同じ方向を向いていました。
しかし今は、環境問題や脱炭素など、複雑で矛盾する課題が降りてきて、現場だけでは対応できなくなっている。
「CO₂を半減せよ。ただし生産量は落とすな」というような……。そんな無理難題が突きつけられる中で、経営と現場の間に、断絶が生まれてしまったのです。
――たしかに、AI導入の現場でも「トップダウン」と「現場の本音」がすれ違うケースがあります。
そうなんです。
本来、AIの導入とは「テクノロジーの話」ではなく、「組織のコミュニケーションの話」なんです。
現場が抱える課題を経営が正しく理解し、経営の意図を現場が腹落ちして動く。その橋渡しを担うのが、CDO(最高デジタル責任者)のような存在だと思います。
現場を知らないままシステムだけを入れてもうまくいきません。 大事なのは、AIを道具としてではなく、現場と経営をつなぐ共通言語として扱うことです。
――経営と現場が同じ目線でAIを扱う、ということですね。
はい。「AIファースト」とは、AIを先に置くという意味ではなく、AIを通して“現場の知恵をどう未来へつなぐか”を経営が考えることだと私は思います。
日本の強みは、現場にある暗黙知や、匠の技、工夫の積み重ねにあります。
それをAIで増幅し、次世代へ渡していく。そうした思想を持つ経営こそが、本当の意味での「日本型AIファースト経営」だと思います。
――ここまで伺うと、AIをどう使うかではなく、「人とAIがどう共に進化するか」という視点が大事だと感じます。鹿子木さんご自身は、これからのAI時代をどう見ていますか。
そうですね。私は、AIが人間を超える世界を目指しているわけではありません。むしろ、人とAIが互いに高め合い、共に成長していく未来を信じています。
私たち横河デジタルのビジョンは、「半歩先を照らし、次世代につなぐ」というものです。「半歩」という言葉には、未来を大きく語るのではなく、今の現実を確実に前へ進める距離という意味を込めています。
お客さまにも、社員にも、そして社会にも、確実に歩める一歩を示す。その積み重ねが、いずれ社会全体を変える力になると信じています。
AIも同じです。
遠い未来の「超知能」ではなく、現場で実際に役立つ「人間味のあるAI」を作りたい。AIが熟練者の勘や経験を学び、時に人間を刺激して成長させるような関係性を築ければ、それはもう、人間とAIが共に創る知能の新しいかたちだと思います。
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取材・文/福永太郎 撮影/桑原美樹 編集/玉城智子(編集部)
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