株式会社office Root(オフィスルート)
代表取締役社長
甲州 潤(こうしゅうじゅん)
国立高専卒業後、ソフトウェア開発企業でSEとして一連の開発業務を経験し、フリーランスに転身。国内大手SI企業の大規模プロジェクトに多数参画し、優秀な人材がいても開発が失敗することに疑問を抱く。PMOとして活動を開始し、多数プロジェクトを成功へ導く。企業との協業も増加し、2020年に法人化。さまざまな企業課題と向き合う日々。著書『DX時代の最強PMOになる方法』(ビジネス教育出版社)
NEW! 働き方
AIが普及した今、PMOの仕事はかつてないほどスムーズになりました。
議事録は自動生成、スクリプトは数分で完成、分析もダッシュボード作成も一瞬。
そのせいか、最近増えているのが「仕事ができた気」になっているPMOです。
彼らをよく観察すると、迷った瞬間に「とりあえずAIに聞く」という行動を繰り返していることが分かります。
私は決して、AIを使い倒すこと自体を悪いと言っているわけではありません。
むしろ、正しく使えばPMOを何倍も強くしてくれます。
問題は、「AIに任せてもいい領域」と「自分で考えるべき領域」の線引きが曖昧なまま、 考える前にAIにボールを投げてしまうPMOが増えていることです。
私はこの状態を、この記事の中で「思考をさぼるPMO」と呼びたいと思います。
特に問題視しているのは、
「使うべき場面でAIを使っていない」
「使わなくてよい場面でAIに任せてしまっている」
という見極めのズレです。
では、PMOが本質的にすべきAIの活用とは何か。
まずは現状を、もう少し具体的に見ていきましょう。
株式会社office Root(オフィスルート)
代表取締役社長
甲州 潤(こうしゅうじゅん)
国立高専卒業後、ソフトウェア開発企業でSEとして一連の開発業務を経験し、フリーランスに転身。国内大手SI企業の大規模プロジェクトに多数参画し、優秀な人材がいても開発が失敗することに疑問を抱く。PMOとして活動を開始し、多数プロジェクトを成功へ導く。企業との協業も増加し、2020年に法人化。さまざまな企業課題と向き合う日々。著書『DX時代の最強PMOになる方法』(ビジネス教育出版社)
目次
ご存知の通りAIが得意なのは、こういうタスクです。
・録音 → 文字起こし → 要点抽出
・ToDo整理
・データ抽出、集計
・分析用スクリプト
・過去議事録の要約
昔なら数十時間かかっていたスクリプト作成が、数十分程度で完了するように。熟練のPMOだけができた仕事が、新人でもAIを使えばできてしまう時代になったのです。
実際、私自身も3〜4人がかりで回していた大規模プロジェクトの作業が、一人で完結できるようになってきました。
本当に便利で、生産性は確実に上がっています。
しかし、ここで私が言いたいのは、
「機械的な作業をAIに任せて効率化するだけで、仕事ができた気になっていませんか?」
ということです。なぜなら、「作業が早い」=「価値が高い」ではないからです。
改めて以下の問いを投げかけます。
「あなたがそのプロジェクトにPMOとして入る存在意義を、理解していますか?」
議事録を作成するだけ、データ集計用のスクリプトをまとめるだけ……
それがPMOの存在意義ではありません。
AIの有無にかかわらず、PMO本来の役割は、プロジェクトをスムーズに進行させ、成果を最大化するために、常に先を見据えた行動をすることにあります。
そして今、その本来の役割から、静かに遠ざかってしまっているPMOが少なくありません。その背景にあるのが、先ほど触れた「AIに考えさせることに慣れすぎた=思考をさぼる習慣」です。
ここからは、最近現場で増えている「とりあえずAIに聞く」という行動について考えてみます。私が現場でよく見る行動の中でも、「正しいAI活用」と「危険なAI活用」の2パターンがあると感じています。
知識補充・視点獲得のためにAIを使う
1.分からないところをググる代わりに聞く
2.スクリプトのサンプルを学ぶ
3.多角的な視点を得る
4.新規クライアントのキャッチアップ
「日本の都道府県の数は?」といった、すでに明確な答えがある問いを、わざわざ自分で調べたり考える必要はありません。私たちの多くは47都道府県だと知っていますが、もし忘れてしまっても、AIに聞けば数秒で解決します。
また、多様な視点を得るためのAI活用にも大賛成です。例えば、性別について「この世に存在するのは男女だけ?」とAIに聞けば、LGBTQや性別を公表したくないといった考え方など、多角的な視点があることを教えてくれます。
プログラミング言語に自信がないPMOでも、簡単なスクリプトならAIに聞けばすぐに習得できます。また、新規クライアントの企業沿革や業界情報も、AIで容易にキャッチアップ可能です。
PMOの仕事でつまずき「どのように考えれば良いか分からない」という場面でも、AIから“考え方”のヒントをもらうのは有効です。
このような、いわゆる「学習」や「情報収集」の場面でAIを活用することは、むしろAIによって「学習の質」が上がる良い例です。
私が本質的ではないと感じるのは、次のパターン2です。
課題の解き方そのものをAIに丸投げする
1.「どう整理すればいいか教えて」
2.「どう解決すればいいか教えて」
3.「ステークホルダーの調整方法を考えて」
こういう質問をするようになっていたら危険信号です。
これは思考の放棄といっても過言ではありません。
なぜなら、PMOのコア業務である
「問題の本質を見抜く」「優先順位を決める」「未来のリスクを読む」
といった判断の価値をAIに委ねているからです。
例えば、「データ収集・集計・分析用スクリプトの作成」について、「プロジェクトを円滑に管理するために、どうまとめるべきか。どんな情報が必要か教えて」とAIに聞いているようであれば、PMOの存在意義を理解できていないと言えるでしょう。
私たちPMOは、「すでに世の中に答えがあり、時間をかけて考える重要性の低いこと」はAIに任せ、AIから得た情報を「自身のプロジェクトにどう落とし込むか」に集中すべきなのです。そのためには、大前提としてPMOの役割を理解し、必要な基本知識を携えておくべきです。
また、AIに任せる仕事とそうでない仕事を「見極める能力」も重要になります。この能力が欠けていると、AIを「使うべき場面」と「使わなくていい場面」のバランスを保つことが難しくなります。以下で、詳しく見ていきましょう。
まずは、AIを「使ってほしいのに使っていない」と感じる事例を紹介したいのですが、その典型が、セキュリティーへの懸念です。
「機密情報をAIに渡せないから使えない」「セキュリティー制限があるから使わない」といった判断している方は、多いのではないでしょうか?
私は、セキュリティーを理由にAIを使わないのは、本質的ではないと考えます。なぜなら、業務効率化において、機密情報をAIに渡す必要は一切ないからです。
例えば、先に挙げたスクリプト作成の例で言えば、ダミーのURLやダミーのユーザー情報を用いてAIに指示を出せばよいのです。AIには汎用的なスクリプトを作成させ、機密情報(実際のURLや認証情報など)が必要な部分だけ、後から手動で書き換えれば済む話です。
この方法であれば、セキュリティ上ーの懸念を回避しつつ、AIの恩恵を受けることは十分に可能です。
逆に、「使わなくていいのに使っている」ケースもあります。これはエンジニアが多い現場でよく起こることですが、AIツールが「面白いから」という理由で、過度にのめり込んでしまうのです。
エンジニアの多くは「ものづくり」が好きな人たちだと思います。AIを利用すれば、さまざまな機能を驚くほど簡単に実現できるので、つい夢中になり、過剰なアウトプットを作成しがちなのです。
私自身、実際の業務には関係ない要素まで盛り込んだ、リッチなデザインや高機能のダッシュボードをAIで作成してしまい、「かっこよく」仕上がったものの、「これは本質的なAI活用ではなかった……」と反省することがあります。
こうしたAIへの過度な没入を避けるため、私が意識しているのは「時間」です。
AIで作業する際は、「明日の昼までに仕上げる」といった短く具体的な期限を設定します。短期の締め切りを設けることで、前述したリッチなグラフ作成のような本質的でない作業に時間を費やす暇がなくなり、本当に必要な作業に集中せざるを得なくなるからです。
私たちPMOが忘れてはいけない最も重要なタスクは、AIを使いこなすことではなく、「プロジェクトを確実に前進させること」です。
そしてAI活用の本質は、作業効率化ではなく、「PMOとしてより高い視点からプロジェクト全体を見渡し、より良い判断をすること」にあります。
言い換えると、浮いた時間で何を見るかが勝負になるのです。
実際、私はAIで数々の機械的な作業を効率化してきました。以前は複数人で行っていた議事録作成や情報収集・分析も、今では一人で完結できつつあります。さらに、最近のプロジェクトでも、システムベンダーに提示された数百件あるWBSから未来予測をするツールを数十分で作成しました。
私自身はというと、作業効率化によって生まれた余剰時間を「プロジェクトの未来を構想する時間」に充てています。AI活用により、PMOとして「プロジェクトの前進と成功」という本質的な業務に、より焦点を当てられるようになりました。
前述の、WBSをもとに私が作成した未来予測ツールは、システムベンダーとの交渉議題を検討したりまとめたりして、プロジェクト前進のために時間を費やしています。
プロジェクトの前進と成功は、状況や環境によって定義が変わります。一般的な成功事例やプロジェクト遂行などに役立つ情報をAIから得た後、何を「自身のプロジェクトの正解」とするか。最終的に判断し、思考を巡らせるのはPMO自身です。
AIはあくまでも、作業効率化や判断を下すスピードを上げるための「補佐」。大事なのは、AIとのやりとりを通して「視点を上げながら思考を続ける」こと。それこそが、PMOとしての存在価値を発揮するAI活用の本質だと考えています。
このようなAI活用の捉え方は、PMOに限らずさまざまな職種に言えることだと思います。普段の業務の中で、ついAIに手を伸ばしそうになったら、あらためて組織におけるご自身の本来の役割を振り返ってみてください。
タグ