無題
しんしんと降る雪に手を伸ばす。さらした指にあたったそれは、すぐに溶けて小さな水滴へと変わる。
冷たく澄んだ空気が、ちくちくと胸の奥を刺す。水星でも、太陽の当たらないところはとても寒くなる。でも、実際にそれを肌で感じることはなかった。
ひんやりとした風の冷たさも、空から落ちてくる雪の白さも、全てが初めての経験だ。
「スレッタ。そろそろ中に入らないと、風邪を引くよ」
ふいにかけられた声に振り向く。
声の先には、何処か呆れたような表情を浮かべた彼がいた。
暖炉の中で、パチパチと薪が爆ぜる。
「ずいぶん、長く外にいたようだけど寒くなかったの」
「寒かったですけど、雪を見るのは初めてだったので、少しはしゃいじゃいました」
水星はもちろんのこと、温度管理された学園では雪が降ることはない。だから、コミックの中でしか見たことがなかった雪を見て、感動してしまったのだ。
「そう。でも、これからは毎年見ることができるよ」
「私、雪が降ったらやりたいことがあるんです」
「それも、やりたいことリスト?」
「はい」
「じゃあ、二人でそのリストを埋めていこうか」
「でも、沢山ありますよ?」
「大丈夫だよ。時間はたっぷりあるんだから」
微笑む彼を見て、嬉しくなる。
彼とまた一緒にいられることに。それがこの先もずっと続くことに。