無題
首元をくすぐる安らかな吐息。
胸横を押さえつけるように当たる柔らかな感触。
痺れを感じる腕には見慣れた赤い癖毛。
……やってしまった。
空いた方の手で、顔を覆う。
どうしてこうなった。
幸いにも件の眠り姫はまだ目覚めそうもない。
よし。そのまま起きるな。せめて、昨日何があったのかを思い出すまでは――。
―――――――
会社同士の繋がりのため。
互いの利害の一致。
様はお互いを利用し尽くすために結ばれたこの縁談。
そんな大人の思惑を知らずに、許嫁たるシン・セーの令嬢、スレッタ・マーキュリーはこちらの姿を見つけたとたん笑顔で駆け寄ってくる。
「おかえりなさいエランさん!」
平均的な女性と比べても背は高い筈なのに、こんな姿を見るとどうしても小動物を思い浮かべてしまう。例えば、尻尾を思いっきり振り回している犬や、たぬ……。
「エランさん?ぼうっとしてどうかしました?」
「いや、なんでもないよ。ただいまスレッタ」