一夜の夢
(久しぶりにエランさんに会える!)
出張で離れてからも、時々電話やメールでやり取りをしていた。それでも、会えないのはやっぱり寂しい。おかげで到着時刻よりも大分早く飛行場に着いてしまった。
彼を待っている間、色々なことが頭に浮かぶ。どんなお話をしよう、どんな所へ行こう。お料理喜んでくれるかな?。向こうでは、どんなことがあったんだろう。一緒にいられる間にやりたいことが、話したいことが沢山ある。そんなことを考えていると、あっという間に時間がたってしまった。
「おかえりなさいエランさん!」
久しぶりに見る彼の姿に、思わず口角が緩むのが分かる。少し疲れているのだろうか、ぼうとした表情に、少し心配になる。
「いや、なんでもないよ。ただいまスレッタ」
そう言って優しく微笑む彼におもいっきり抱きつきたい衝動を必死で押さえる。こんなところでやったら、きっと迷惑だ。
「今回の出張は長かったですね」
「寂しかった?」
「はい……。寂しかったです」
少しだけ勇気を出して、スーツの裾を握る。これくらいなら、大丈夫だよね?
差し出された手を握り返す。用意したご飯は喜んでくれるかな。久しぶりに会った彼とお話しながら、お家へ帰った。
――――
「よいしょっと」
なんとか寝室まで連れてきた彼を、ベッドまで運ぶ。
貰ったお酒を飲んだとたんに、こんなにも酔っぱらってしまった。エランさん、お酒弱かったけ。
苦しそうな彼の首元のボタンを外そうと伸ばした指を捕まれる。目、覚めたのかな?
「大丈夫ですかエランさん。お水持ってきましょうか?」
ぼうっとした表情に心配になって離れようとした所に、伸ばされた熱い手が頬から首筋へ、流れるように触れる。驚きとくすぐったさで思わず体が跳ねてしまった。
「ど、どどうしたんです……っん」
いつもと違う様子に開いた口は、呆気なく塞がれる。口の中に入ってきた舌が、わたしの舌を絡めとるように動く。舌を、唇を、吸われて噛まれて、思わず逃げようとしても、頭を押さえられて逃げ出すこともできない。こういうキスがあることは知っていた。少女マンガで読んだから。キスだって彼としたことはある。でもそれは、触れるだけの優しいものだ。
何度も繰り返し行われる口づけ。苦しくて、力の入らない体を支えるために、必死で彼のシャツを掴む。離れる度に、どうしようもない寂しさと冷たさが、唇を覆う。
「ごめんね。いやだった?」
ずるい。そんな顔で、そんなことを言われたら、いやだなんて言えるはずがない。
「いや……じゃ…………ない…です」
初めてのことで少し驚きはしたものの、それよりも、彼の触れていない唇はとても寒い。
「あの……もう一度しても、いい……です、か」
彼ならきっと、この寒さも暖めてくれる筈だ。
何度も繰り返し行われる口づけに気を取られているうちに、いつの間にか着ていた物が取り払われていることに気がつく。部屋が暗くて良かった。もしそうじゃなかったら、恥ずかしさでそれどころじゃなかったはずだ。
冷えた体に彼の熱い手が触れる度に、胸の奥が爪を立てられたように、痛くなる。かかる吐息も、体に落とされる口づけも、触れられた部分は熱いのに、離れたとたんに冷たくなっていく。
泣きたくなるのをこらえて、彼に手を伸ばす。
「いやだ……はなれないで」
「大丈夫。離れないよ」
うそつき。
離れないのなら、どうしてまた体は冷たくなるのだろう。どうしてすぐに、熱が消えてしまうのだろう。
いっそう、二人で一つになれたら良いのに。
感じる痛みも、与えてくれる気持ちよさも、外から中から全部混ざりあって、一つになってしまえたらいい。
そうしたら、動く度に離れることもなくずっと、気持ちいいままくっつくことができる。
そんな我儘な自分に、少しだけ嫌になる。
涙でぼやけた目で彼を見る。熱く熱を帯びた視線と交わり、静かに触れるだけの口づけを落とされる。
お酒を飲んで酔うと、記憶が無くなるという話を聞いたことがある。
――なら良かった。こんな姿を彼に覚えてもらわずにすむ。
「エランさん……大好きです」
ずっとずっと言いたかった言葉。
「俺も、愛してるよ。スレッタ」
ずっと欲しかった言葉。
彼は何時だって、わたしの欲しいものをくれる。
宝物のようなその言葉を胸に、眠りへと落ちた。
――――
ひんやりとした空気の中、暖かな感触に目を覚ます。
視線を少しだけあげると、綺麗な顔立ちの男の人が静かに眠っていた。
今までお泊まりなんてしたことがなかったので、思わずじいっと見てしまう。
「あまりそう見られると、恥ずかしいんだけど」
少しばつの悪そうな顔で目を開く彼。起きていたということが分かり、とたんに恥ずかしくなる。今すぐにでも布団の中に潜り込みたいが、抱き締められている以上、それもできない。
仕方がないので、目の前の首筋に顔を埋める。
「昨日はごめんね――。身体は大丈夫?」
優しく頭を撫でる手に、気遣うような声。
覚えていた。
心臓が痛いほどに早鐘を打つ。思うように声が出ない。だから小さく頷く。
「本当にごめん。……次はもっと優しくする」
どうしよう。胸の奥が焼けるように熱い。起きたばかりなのに、我儘を言ってしまいたくなる。
「エランさんは……エランさんは大丈夫です、か」
「俺は、大丈夫。ただ、少し寒いかな?」
空調も入れていない部屋の中、お互いシーツ以外は身に纏っていないのだから当然だ。
だから――
「じゃあ、暖めてあげます」
この熱さを分け与えるように、彼におもいっきり抱きつく。でも、まだ足りない。
逃げたら一つ。進めば二つ。心に刻み込まれた言葉が浮かぶ。
今まで踏み出せなかった。彼のことを好きなのはわたしだけで、いつも優しくしてくれるのは、会社同士の繋がりのためだと心の何処かでは思っていたから。自分に自信が持てないというのは結局、ただの言い訳だ。
だけど、このことが自惚れではないのだとしたら――。
「エランさん、キスしてもいいですか?」
少しだけ驚いた表情を浮かべたあと優しく微笑んだ彼に、わたしは唇を重ねた。