夢と現実の狭間
【微閲注】
⚠CP要素は特にありません(個人の解釈による)
⚠細かい部分はご愛嬌
⚠キャラ解釈が違うなと感じたら即ブラバ推奨です
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――仄暗い空間に、ぽつんと小さな灯りがひとつ。
その小さな火はただ静かに灯っているだけだが、見ていると何故だか不安な気分になっていく。
何か大切なことを忘れている気がして、でも思い出そうにも思い出せない。
頭に靄がかかったような感覚を覚え、それがまた無性に苦しい。
――また、この夢か。
目の前の火は、消えるでもなく僕に燃え移るでもなく、ただそこで燻らせている。
それが逆に、記憶のない僕を静かに責めているようだ。
何度も何度も見た夢。
だが今日は違った。
遠くから、誰かの声が聞こえる。
聞き覚えのない、少年のような声。
……き……ろ…………
…おい………いじょうぶ、………
「お、起きたか!すごい魘されてたぞ」
♢ ♢ ♢
いつもだったらベルメリア・ウィンストンの座る椅子に、見知らぬ少年がいた。
そして僕は、手にハンカチを握っていた。
「それ、汗拭くのに使っていいぞ」
どうやらこの少年が僕に持たせてくれたらしい。
「……君のハンカチかい」
ハンカチは一目で上質そうな生地と分かるものだった。
少なくとも、年頃の少年が使うようには思えない。
「父さんに持たされてたんだけど、一枚くらい失くしても怒られないと思う。
落ち着くまでしばらく持ってなよ」
妙に気が利く少年だ。
それにしても、不思議と彼に既視感を覚える。
癖っ毛の黒髪、やや浅黒い肌、利発そうな顔立ち。
「君、どこから来たの。ここは部外者立入禁止のはずだ」
「分かんねぇ。気付いたらこんな薄暗くて寒い場所にいた。それに俺は部外者じゃないぞ!」
部外者じゃなければ何者なんだ。
ペイル社に託児所なんて併設されていただろうか。
「少なくとも社員じゃないでしょう。ペイル社の」
「へ?」
彼が、胡乱げに僕を見る。
「ここ、ジェターク社だろ」
「……何を言っているのかな」
「お前こそ、父さんの会社でこんな……何してるんだよ。
そもそもこの部屋は何なんだ、薄暗いし寒いし、とっとと出たいんだが」
……話が噛み合わない。
父さんの会社、だって?
「君、名前は」
オリジナルに実は隠し子でもいたんだろうか。
それにしたって、全然似てないけれど。
「あ〜、自己紹介が遅れたな。
俺は『グエル・ジェターク』だ」
♢ ♢ ♢
起きたばかりで、まだ夢が続いているのか。
普段なら見ない、随分と頓痴気な夢だ。
目の前の少年は、自分のことを『グエル・ジェターク』と思い込んで――
「言っておくがホンモノだ!俺は俺!ジェターク社の『オンゾーシ』ってやつだ」
「そう」
軽く受け流した後、ふと一つの考えに思い至る。
彼も、裏で造られたグエル・ジェタークの影武者なのか。僕と同じように。
……それならせめて、年齢くらい近い人間を用意すればいいものを。
そんな身も蓋もないことを考えていると、『グエル・ジェターク』を名乗る少年が悲しそうに口を開いた。
「父さんの会社、結構でかいから迷っちゃってさ。ラウダ……弟とはぐれちまって。片っ端から色んな部屋にはいって探してたら、そこで苦しそうにしているお前を見つけた」
ちなみにそっちから入ったんだけど――
と、彼はただの壁を指差す。
「あれ!?……ドアがない!!」
「そこはただの壁だよ」
自称『グエル・ジェターク』は絶望したかのように項垂れた。
「……嘘だ、だって俺はさっきこっちの方向から来たんだ!暗いからよく分かんねーけど……多分そう」
ドアを開けたら、苦しそうに呻くお前の顔が見えたんだ。顔が見えたってことは、方向的にはここから来たはずなんだけど……
そう彼は呟くが、僕の正面には大きなモニターと、普段ベルメリア・ウィンストンが座る椅子しかない。
あとは斜め前に壁。
彼はそこを指差したのだ。
「そもそもここは簡単に入れるような仕組みになっていないよ。出入口も分かりづらいようになっているし、入室するには色んな認証を経る必要がある。……きっと大半の社員は、この部屋の存在を知らないと思う」
「でも事実こうやって入れちゃったわけだし」
あっけらかんと、彼はそう言ってのけた。
――そうだ、細かいことを気にするな、僕。
きっとこれは夢なんだ。
いや、夢であることを自覚したから、これは明晰夢になるのかな。
それなら、目が覚めて現実に戻るまで。
普段とは違う、不思議と心地が悪くない夢。
この束の間の夢に浸ってみよう。
それくらいなら、許されるはずだ。
「……なんだよ、そんなに俺の顔をじっと見るなよ………」
♢ ♢ ♢
お互いのことを簡単に自己紹介した後、この場所から離れることなく僕らは雑談した。
「俺、オンゾーシだから将来は多分会社の社長になるんだけどさ。本当はパイロットになりたいんだよな〜。
ほら、モビルスーツってカッコイイだろ?」
「……そうだね、『ただのモビルスーツ』なら、格好良く見えるかもね」
「ただの、って何だよ!モビルスーツは全部カッケェだろ!!」
そう言って彼は機体の名前をいくつも並べ立てる。好きな機体があるんだろう。
それにしても、表情がよく変わる少年だ。
さっきまで迷い込んで不安そうだった面持ちはどこへやら、今は満面の笑みを浮かべ、それを隠そうともしない。
「弟がいるんだけどさ、俺と違って賢いんだ!弟だけど年は同じでさ、たまに勉強教わったりして……」
以前ネットで見た、地球圏に存在する愛玩動物『仔犬』に似ている気がする。
「そうだ。エランはさぁ、学園卒業したら何すんの?」
「卒業……」
自分がこの学園を……卒業。
そんなことは今まで考えてもみなかった。
だって僕は強化人士で。ガンダムに乗るためだけに造られた、使い捨ての駒だから。
「さぁ……分からない」
「おいおい、ちゃんと考えとけよな〜」
目の前のグエル・ジェタークは溜息まじりに零した。
「卒業後のこともだけど、今の学園生活楽しめてるのか?」
「全く」
「だろうな……つまんないですって顔してるもんお前。もったいないぜ」
そして彼は僕に向き直る。
妙に、キラキラとした目で。
「『セーシュン』ってやつはな、短いんだぞ!」
「そんなもの、僕にはないよ」
「じゃあ今すぐ作れ!大人になったら『セーシュン』がどこかに消えるらし」
「僕は多分、大人になれない。何なら、近いうちに……死ぬんじゃないかな」
「え」
思わず口にしてしまった。
目の前の少年も当然、何を言っているのか分からないという表情をしている。
――夢の中までは、罰せられないだろう。
現実だったら間違いなく言わないであろうことを、目の前の少年に吐露した。
「僕はね、本物の影武者として生きているんだ。名前も顔も声も、偽物なんだ」
「偽物って……お前が?」
まるで理解できないというように、彼の目が揺れる。
「そうだよ。ちょっと難しい生い立ちでね。
僕は誰かの偽物としてじゃないと生きていけないんだ。
といってもまぁ、そろそろこの身体も限界に近い。
役目を果たせなくなったら、近いうちに『処分』されると思う」
「ーーーッ!!」
「ついでに教えてあげる。今の君には理解できないと思うけど……
そもそも、君と僕は対等じゃない。身分違いもいいところだ」
「身分違い……色んなヤツに言われた………!」
さっきとはうって変わって、彼の眉間に皺が寄る。
心なしか、僕が知っている本来の『グエル・ジェターク』と良く似ていた。
「だろうね、ジェターク社の御曹司ならそう言われてもおかしくない」
夢の中だからか、自分でも驚くほど饒舌だ。
こんな小さい子相手に。
それでも、僕の言葉は止まらない。
「青春っていうのは、君みたいに何でも持っている子に許された特権なんだ。
数年後、大きくなったら僕の言っている意味が嫌でも分かると思う。
そもそも、スペーシアンとアーシアンで既に格差が――」
「やめろッッ!!」
不意に、彼の両手が僕の鼻と口を押さえた。
♢ ♢ ♢
「ごめん。息、できなかったよな」
夢の中でも本能は酸素を求めるらしい。
苦しくて、思わず彼の両手首を掴んで顔から引き剥がした。
「処分を待たずに死んでしまうかと思った」
「お、お前が変なこと言うから……!」
僕の鼻と口を思いっきり塞いでいたくせに、さも自分が被害者であるかのような顔をする。
「変じゃないよ。君は大企業の御曹司で、僕は本名もない影武者だから」
「本名……エランじゃないのか」
「エラン・ケレスはオリジナルの名前だね。影武者だから便宜上僕もそう名乗っているけれど」
名前はないけれど、強化人士4号として『ナンバリング』はされている。
そう言いかけたところで。
「でも、俺にとってのエランはお前しかいないよ」
真っ直ぐな瞳を僕に向けて、そう言った。
夢だと分かっているから、つい話しすぎたようだ。
僕が影武者であることを部外者に言ったのは初めてだから。
――俺にとってのエランはお前、か。
妙に心が落ち着かず、言葉と――少し、胸が詰まった。
「……そんなことを言われたのは、君が初めてだよ」
逆に今度は彼が饒舌になる。
「偽物とか本物とか、難しいことばかり言うけどな!俺にとっては初めて会ったお前が『エラン』だ!
それに……もしその本物とやらが目の前に出てきても、多分俺はお前のこと、分かると思うから」
「……どうやって」
子どもらしいハッタリかと思いきや、彼はふふんと笑みを浮かべる。
「賢そうでいて卑屈なのが『お前』で、そうでもないのが『本物の誰かさん』だ!」
「……適当だね」
「それで分からなければ……
そうだな、こんなこと言いたくないけどさ。
これから処分するぞって話をしたとする。
その言葉に怯えるのが『お前』。当然だよな。
逆に、処分なんて頭にないで〜す、人違いじゃね〜のって顔するのが『誰かさん』だな」
これでどうだ!と、キリッとした目で自信ありげに僕を見る。
――やはり、君は『グエル・ジェターク』なんだろうな。
「だからさ……そんな悲しい顔、すんなよ」
唐突に、彼が僕の頭を抱きしめた。
――あったかい。
少年だから、体温が高いんだろうか。
「そんな小難しい質問しなくたって、きっと俺はお前のこと、すぐ分かる気がする」
僕を抱きしめる力が、ほんの少し強くなる。
――なんだろう、この不思議な感覚。
僕はこの温かさを、覚えている気がする。
これが『懐かしい』なんだろうか。
「………かあ、さん………」
♢ ♢ ♢
「俺はお前のオカーサンじゃないぞ」
困ったように、けれどちょっぴり微笑みながら彼は言った。
そして僕の頭をわしゃわしゃとする。
「エランの髪の毛、サラッサラだなー」
「君は癖っ毛だもんね」
「そうなんだよ。俺ほどじゃないけど、弟も毛は若干くるくるしてる」
さっき僕は彼を『仔犬』のようだと思ったが、今は僕が『仔犬』になったかのような気分だ。
地球圏に生息する愛玩動物。こうやって撫でている動画を見た記憶がある。
気持ちがいいんだろうな。
「ごめん、つい触り心地よくてわしゃわしゃしちまった」
彼は僕の頭から手を離すと、今度は僕の両頬を指でつまんだ。
そのまま横に、むにっと引っ張られる。
「……今度は何」
「笑顔を作ろうとしている」
彼は本当に不思議な子だ。
「エランさ、もうちょっとニコニコとしろよ。表情のレパートリーっていうのか?増やすといいぞ」
「これでも僕は学園内で『氷の君』と呼ばれててね。そう安々と笑顔なんてできないんだ」
あー?と、また彼が眉間に皺を寄せた。
「そんなの知ったこっちゃねーだろ!勝手に決めつけやがって、いい迷惑だよな!」
「別に迷惑とまでは思ってないけど……」
さっき『身分違い』と言ったことを根に持っているのだろうか。
何かを決めつけられることに対し、彼はひどく不快になるようだ。
「いいか、エラン!もし氷の君なんてほざくヤツがいたらな!
……出来る限りの笑顔で迎え撃ってやれ!!
こう、ニコ〜〜ってな!!!」
そう言って彼は歯を剥き出す。
これじゃ笑顔というより、動物の威嚇じゃないか。
「………ふふっ」
「お、笑えんじゃん」
そう満足そうに言って彼はまた、僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。