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夢と現実の狭間 – Telegraph
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夢と現実の狭間

夢と現実の狭間



【微閲注】

⚠CP要素は特にありません(個人の解釈による)

⚠細かい部分はご愛嬌

⚠キャラ解釈が違うなと感じたら即ブラバ推奨です

※※※※※※※※※





――仄暗い空間に、ぽつんと小さな灯りがひとつ。

その小さな火はただ静かに灯っているだけだが、見ていると何故だか不安な気分になっていく。


何か大切なことを忘れている気がして、でも思い出そうにも思い出せない。

頭に靄がかかったような感覚を覚え、それがまた無性に苦しい。


――また、この夢か。


目の前の火は、消えるでもなく僕に燃え移るでもなく、ただそこで燻らせている。

それが逆に、記憶のない僕を静かに責めているようだ。

何度も何度も見た夢。



だが今日は違った。


遠くから、誰かの声が聞こえる。

聞き覚えのない、少年のような声。


……き……ろ…………

…おい………いじょうぶ、………




「お、起きたか!すごい魘されてたぞ」



 ♢ ♢ ♢



いつもだったらベルメリア・ウィンストンの座る椅子に、見知らぬ少年がいた。

そして僕は、手にハンカチを握っていた。


「それ、汗拭くのに使っていいぞ」


どうやらこの少年が僕に持たせてくれたらしい。


「……君のハンカチかい」


ハンカチは一目で上質そうな生地と分かるものだった。

少なくとも、年頃の少年が使うようには思えない。


「父さんに持たされてたんだけど、一枚くらい失くしても怒られないと思う。

落ち着くまでしばらく持ってなよ」


妙に気が利く少年だ。



それにしても、不思議と彼に既視感を覚える。

癖っ毛の黒髪、やや浅黒い肌、利発そうな顔立ち。


「君、どこから来たの。ここは部外者立入禁止のはずだ」

「分かんねぇ。気付いたらこんな薄暗くて寒い場所にいた。それに俺は部外者じゃないぞ!」


部外者じゃなければ何者なんだ。

ペイル社に託児所なんて併設されていただろうか。


「少なくとも社員じゃないでしょう。ペイル社の」

「へ?」


彼が、胡乱げに僕を見る。


「ここ、ジェターク社だろ」


「……何を言っているのかな」


「お前こそ、父さんの会社でこんな……何してるんだよ。

そもそもこの部屋は何なんだ、薄暗いし寒いし、とっとと出たいんだが」


……話が噛み合わない。

父さんの会社、だって?


「君、名前は」


オリジナルに実は隠し子でもいたんだろうか。

それにしたって、全然似てないけれど。



「あ〜、自己紹介が遅れたな。


俺は『グエル・ジェターク』だ」


 ♢ ♢ ♢


起きたばかりで、まだ夢が続いているのか。

普段なら見ない、随分と頓痴気な夢だ。


目の前の少年は、自分のことを『グエル・ジェターク』と思い込んで――


「言っておくがホンモノだ!俺は俺!ジェターク社の『オンゾーシ』ってやつだ」

「そう」


軽く受け流した後、ふと一つの考えに思い至る。


彼も、裏で造られたグエル・ジェタークの影武者なのか。僕と同じように。

……それならせめて、年齢くらい近い人間を用意すればいいものを。


そんな身も蓋もないことを考えていると、『グエル・ジェターク』を名乗る少年が悲しそうに口を開いた。


「父さんの会社、結構でかいから迷っちゃってさ。ラウダ……弟とはぐれちまって。片っ端から色んな部屋にはいって探してたら、そこで苦しそうにしているお前を見つけた」


ちなみにそっちから入ったんだけど――


と、彼はただの壁を指差す。


「あれ!?……ドアがない!!」

「そこはただの壁だよ」


自称『グエル・ジェターク』は絶望したかのように項垂れた。

「……嘘だ、だって俺はさっきこっちの方向から来たんだ!暗いからよく分かんねーけど……多分そう」

ドアを開けたら、苦しそうに呻くお前の顔が見えたんだ。顔が見えたってことは、方向的にはここから来たはずなんだけど……


そう彼は呟くが、僕の正面には大きなモニターと、普段ベルメリア・ウィンストンが座る椅子しかない。

あとは斜め前に壁。

彼はそこを指差したのだ。


「そもそもここは簡単に入れるような仕組みになっていないよ。出入口も分かりづらいようになっているし、入室するには色んな認証を経る必要がある。……きっと大半の社員は、この部屋の存在を知らないと思う」


「でも事実こうやって入れちゃったわけだし」

あっけらかんと、彼はそう言ってのけた。


――そうだ、細かいことを気にするな、僕。

きっとこれは夢なんだ。

いや、夢であることを自覚したから、これは明晰夢になるのかな。


それなら、目が覚めて現実に戻るまで。

普段とは違う、不思議と心地が悪くない夢。

この束の間の夢に浸ってみよう。


それくらいなら、許されるはずだ。




「……なんだよ、そんなに俺の顔をじっと見るなよ………」


 ♢ ♢ ♢


お互いのことを簡単に自己紹介した後、この場所から離れることなく僕らは雑談した。


「俺、オンゾーシだから将来は多分会社の社長になるんだけどさ。本当はパイロットになりたいんだよな〜。

ほら、モビルスーツってカッコイイだろ?」

「……そうだね、『ただのモビルスーツ』なら、格好良く見えるかもね」

「ただの、って何だよ!モビルスーツは全部カッケェだろ!!」

そう言って彼は機体の名前をいくつも並べ立てる。好きな機体があるんだろう。


それにしても、表情がよく変わる少年だ。

さっきまで迷い込んで不安そうだった面持ちはどこへやら、今は満面の笑みを浮かべ、それを隠そうともしない。


「弟がいるんだけどさ、俺と違って賢いんだ!弟だけど年は同じでさ、たまに勉強教わったりして……」


以前ネットで見た、地球圏に存在する愛玩動物『仔犬』に似ている気がする。


「そうだ。エランはさぁ、学園卒業したら何すんの?」

「卒業……」


自分がこの学園を……卒業。

そんなことは今まで考えてもみなかった。

だって僕は強化人士で。ガンダムに乗るためだけに造られた、使い捨ての駒だから。


「さぁ……分からない」

「おいおい、ちゃんと考えとけよな〜」


目の前のグエル・ジェタークは溜息まじりに零した。

「卒業後のこともだけど、今の学園生活楽しめてるのか?」

「全く」

「だろうな……つまんないですって顔してるもんお前。もったいないぜ」

そして彼は僕に向き直る。

妙に、キラキラとした目で。


「『セーシュン』ってやつはな、短いんだぞ!」


「そんなもの、僕にはないよ」

「じゃあ今すぐ作れ!大人になったら『セーシュン』がどこかに消えるらし」

「僕は多分、大人になれない。何なら、近いうちに……死ぬんじゃないかな」

「え」


思わず口にしてしまった。

目の前の少年も当然、何を言っているのか分からないという表情をしている。


――夢の中までは、罰せられないだろう。

現実だったら間違いなく言わないであろうことを、目の前の少年に吐露した。


「僕はね、本物の影武者として生きているんだ。名前も顔も声も、偽物なんだ」


「偽物って……お前が?」


まるで理解できないというように、彼の目が揺れる。


「そうだよ。ちょっと難しい生い立ちでね。

僕は誰かの偽物としてじゃないと生きていけないんだ。

といってもまぁ、そろそろこの身体も限界に近い。

役目を果たせなくなったら、近いうちに『処分』されると思う」


「ーーーッ!!」


「ついでに教えてあげる。今の君には理解できないと思うけど……

そもそも、君と僕は対等じゃない。身分違いもいいところだ」

「身分違い……色んなヤツに言われた………!」

さっきとはうって変わって、彼の眉間に皺が寄る。

心なしか、僕が知っている本来の『グエル・ジェターク』と良く似ていた。


「だろうね、ジェターク社の御曹司ならそう言われてもおかしくない」


夢の中だからか、自分でも驚くほど饒舌だ。

こんな小さい子相手に。


それでも、僕の言葉は止まらない。


「青春っていうのは、君みたいに何でも持っている子に許された特権なんだ。

数年後、大きくなったら僕の言っている意味が嫌でも分かると思う。

そもそも、スペーシアンとアーシアンで既に格差が――」

「やめろッッ!!」


不意に、彼の両手が僕の鼻と口を押さえた。


 ♢ ♢ ♢


「ごめん。息、できなかったよな」


夢の中でも本能は酸素を求めるらしい。

苦しくて、思わず彼の両手首を掴んで顔から引き剥がした。


「処分を待たずに死んでしまうかと思った」

「お、お前が変なこと言うから……!」

僕の鼻と口を思いっきり塞いでいたくせに、さも自分が被害者であるかのような顔をする。

「変じゃないよ。君は大企業の御曹司で、僕は本名もない影武者だから」

「本名……エランじゃないのか」

「エラン・ケレスはオリジナルの名前だね。影武者だから便宜上僕もそう名乗っているけれど」

名前はないけれど、強化人士4号として『ナンバリング』はされている。

そう言いかけたところで。


「でも、俺にとってのエランはお前しかいないよ」

真っ直ぐな瞳を僕に向けて、そう言った。


夢だと分かっているから、つい話しすぎたようだ。

僕が影武者であることを部外者に言ったのは初めてだから。


――俺にとってのエランはお前、か。


妙に心が落ち着かず、言葉と――少し、胸が詰まった。


「……そんなことを言われたのは、君が初めてだよ」


逆に今度は彼が饒舌になる。

「偽物とか本物とか、難しいことばかり言うけどな!俺にとっては初めて会ったお前が『エラン』だ!

それに……もしその本物とやらが目の前に出てきても、多分俺はお前のこと、分かると思うから」

「……どうやって」


子どもらしいハッタリかと思いきや、彼はふふんと笑みを浮かべる。

「賢そうでいて卑屈なのが『お前』で、そうでもないのが『本物の誰かさん』だ!」

「……適当だね」


「それで分からなければ……

そうだな、こんなこと言いたくないけどさ。

これから処分するぞって話をしたとする。

その言葉に怯えるのが『お前』。当然だよな。

逆に、処分なんて頭にないで〜す、人違いじゃね〜のって顔するのが『誰かさん』だな」


これでどうだ!と、キリッとした目で自信ありげに僕を見る。


――やはり、君は『グエル・ジェターク』なんだろうな。


「だからさ……そんな悲しい顔、すんなよ」


唐突に、彼が僕の頭を抱きしめた。


――あったかい。


少年だから、体温が高いんだろうか。


「そんな小難しい質問しなくたって、きっと俺はお前のこと、すぐ分かる気がする」


僕を抱きしめる力が、ほんの少し強くなる。



――なんだろう、この不思議な感覚。

僕はこの温かさを、覚えている気がする。


これが『懐かしい』なんだろうか。



「………かあ、さん………」



 ♢ ♢ ♢


「俺はお前のオカーサンじゃないぞ」


困ったように、けれどちょっぴり微笑みながら彼は言った。

そして僕の頭をわしゃわしゃとする。


「エランの髪の毛、サラッサラだなー」

「君は癖っ毛だもんね」

「そうなんだよ。俺ほどじゃないけど、弟も毛は若干くるくるしてる」


さっき僕は彼を『仔犬』のようだと思ったが、今は僕が『仔犬』になったかのような気分だ。

地球圏に生息する愛玩動物。こうやって撫でている動画を見た記憶がある。

気持ちがいいんだろうな。


「ごめん、つい触り心地よくてわしゃわしゃしちまった」


彼は僕の頭から手を離すと、今度は僕の両頬を指でつまんだ。

そのまま横に、むにっと引っ張られる。


「……今度は何」

「笑顔を作ろうとしている」


彼は本当に不思議な子だ。


「エランさ、もうちょっとニコニコとしろよ。表情のレパートリーっていうのか?増やすといいぞ」

「これでも僕は学園内で『氷の君』と呼ばれててね。そう安々と笑顔なんてできないんだ」

あー?と、また彼が眉間に皺を寄せた。


「そんなの知ったこっちゃねーだろ!勝手に決めつけやがって、いい迷惑だよな!」

「別に迷惑とまでは思ってないけど……」


さっき『身分違い』と言ったことを根に持っているのだろうか。

何かを決めつけられることに対し、彼はひどく不快になるようだ。


「いいか、エラン!もし氷の君なんてほざくヤツがいたらな!

……出来る限りの笑顔で迎え撃ってやれ!!

こう、ニコ〜〜ってな!!!」


そう言って彼は歯を剥き出す。

これじゃ笑顔というより、動物の威嚇じゃないか。



「………ふふっ」


「お、笑えんじゃん」


そう満足そうに言って彼はまた、僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。

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