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望みの果てのその裏で-後編(オリキャラ&百合注意) – Telegraph
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望みの果てのその裏で-後編(オリキャラ&百合注意)

望みの果てのその裏で-後編(オリキャラ&百合注意)


「ふぅ……。本当にもう終わりだね」

 

彼女は操縦を投げ出し、背もたれにバーンと身を投げる。とうとう本当に肩の荷を下ろすことが出来たと言う様子だった。

 

「あの二人なら……きっと、大丈夫」

 

機体が横倒しなのだから彼女も今仰向けに寝ている状態だ。よっこいしょと体を横に向けて視線をデミバーディングたちへと向ける。

 

「彼女たちランブルリングでも一緒だったよね。まあまあ息合ってる……って危なっ!ガンヴォルヴァ頭落とされても生きてるんかい!危ない危ない……」

 

背もたれに肘を乗せて頬杖をつく。まるで寝転びながらテレビでも見ているようだ。コクピット内には火花が散って今爆発してもおかしくないと言うのに。彼女はMS戦を眺めながら呑気に実況なんてしている。

 

「……君がジュベジュに取られて……違うな。私が踏み出せなくて。でも、それだけでもショックだったんだよ」

 

しかし、好きなはずの観戦にも身が入らないようだった。ポツリと、彼女の口から言葉が漏れる。

 

「そんな、きっと馬鹿らしいことでも本当に辛いのさ。父さんが死んで…ジュベジュも死んで……きっと今度は君になるんだろう。……生きていても失うものばかり。私はもう……疲れた」

 

視線の先に映るのは共同戦線を組んで戦うディランザとデミバーディング。スペーシアンとアーシアンが肩を並べて戦っている。

見る人が見れば、きっと希望の象徴なのかなぁと。希望のない彼女は一人でにそう思った。

 

「人間は死んだら何も残らないんだ。いくらお金を稼いでもいくら幸せを享受しても、それを持っていくことは出来ない。……なら、いつ死んでも同じじゃないか」

 

彼女はモニターからも視線を逸らし、頭の後ろで手を組むとゴロンと仰向けになった。

 

「どうせなら誰かを助けて、誰かに与えて……そうやって幸せの絶頂で死ねたらそれで十分じゃないか」

 

天井から火花が落ちて来て眩しい。直撃すれば大火傷、目に当たれば失明を免れない溶けた鉄の粉。それがバイザーに弾かれて転がり落ちていく。寝転がってシャワーを顔面で受ければ似たような体験が出来るだろう。高所から落ちて来る物に畏怖を覚えるが、同時にその恐怖が無害であることを体を持って実感する。それによって強い生の実感が得られる。

 

今、彼女はとても良い気分だ。そして不思議と気持ちの良いその感覚にも身を委ねる。

 

「私は今……幸せでいっぱいさ」

 

何やら息が苦しい。機体が破損したせいで空気の供給経路に有毒ガスが紛れ込んだのだろう。酸素濃度が減っているのか意識がどんどん遠ざかる。

まあそれで眠れるならそれでいいか……と、でもやっぱり最後まで彼女たちの戦闘は見たいと、遠くの戦場に意識を戻して———

 

「トンチャー!どこなのトンチャー!!」

 

自分を呼ぶ声によって再び目を覚ました。

死への思いも、酸素濃度の低下による生物学的原因の眠気も、全てを吹き飛ばして一瞬で彼女の目を覚まさせる。仮初の幸せを偽物だと気付かせてしまう。いつでも、望まずとも更なる幸せを教えてくれる声。

その声の主は———語ることもなく分かるだろう。

 

「ヘルカ!何でここに……っ!」

 

ランブルリングで犠牲になったジュベジュの恋人。そして彼女、トンチャーが恋をする相手———ヘルカだ。

声は後ろから聞こえる。首を動かせば彼女の姿が目に映った。

 

「トンチャ……!?そ、そのコクピットっ!ねえ、ねえ返事して!」

 

あの子が走っている。食事もろくに取っていない痩せたおぼつかない体で。パイロットスーツ一つ身につけず。自分の元へと向かってくる。

ああ、転べば瓦礫で傷を負うだろう。切れた送電線に触れれば感電死。流れ弾に当たったら姿すら残らない。

来るな!と叫びたい。でも叫んだら気付かれてしまう。そうしたら彼女は来てしまう。どれだけ危ないと諭してもきっと聞いてくれない。でも下手に動いて巻き込むなんてもっと嫌。

 

「これじゃ何も出来ないじゃないか……!」

 

彼女は頭を抱える。先ほどまで死がどうこうと宣っていた人間が一人の少女の為に焦燥しきっている。

ヘルカは彼女の元へと辿り着く。胴体だけ、しかしそれでも人間にとってはモビルスーツなど三回りは大きい。それを目の前にしてヘルカは———

 

「なっ、あの馬鹿!」

 

あろうことか、ヘルカはデミトレーナーの胴体を登り始めたのだ。もちろん登れる機構などしていない。装甲にへばり付き、機体の出っ張りや溶けた場所など掴めるところを掴んでボルダリングの要領で頂上———コクピットの入り口へと登ってくる。

 

「アホ!馬鹿!死にたいの!?自分を大切にしてよっ!」

 

悪態をつけるのはあの子が目の前にいないから。溢れる涙にも気付くことが出来ない。

取り乱している間にもヘルカは見事デミトレーナーを登り切る。カメラの死角に入って動きが分からない。しかし、直後にコクピットの入り口をドンドンと叩かれて彼女はヘルカが今真上にいることを理解した。

 

「ぐすっ、お願い……!お願い!返事してよ……っ!」

 

悲痛な絞り出すような声。ここまで来てしまったらもう黙っている意味もないだろう。しかしどう答えを返せばいいのかすら今の彼女には分からない。

 

今真上に彼女がいると思うとまともに見上げることもできない。何気なくモニターへと目線を逸らせば、そこではガンヴォルヴァとデミバーディングたちの戦いがヒートアップしていた。序盤の連携はどこへやら、乱戦になり敵味方の識別だけつけて見境なく撃ち合っている。

 

そして気がついた、ガンヴォルヴァの銃口が偶然自分達に向いたと。

直接狙っている訳ではない。しかし銃口が向いていれば一発二発の流れ弾が飛んでくる可能性は存在する。

自分一人ならまあ装甲で弾かれるだろうと思って特に対処はしなかっただろう。しかし、今モビルスーツの上にはよりにもよって生身のヘルカが乗っているのだ。

 

「この野郎!!」

 

咄嗟に彼女は動く。手を伸ばし、タッチパネルに指を走らせた。直後ガシュンと言う音が鳴り響く。同時にコクピットに差し込む光。彼女はコクピットの入り口を開いたのだ。

 

「……へ?」

 

立っていた床が突然消えた。当然ヘルカはコクピットの中へと落下する。しかし落下による衝撃はなかった。

何故なら立ち上がったトンチャーが彼女を抱きとめたからである。

 

「トンチャー!?生きてる……。生きてるっ!うわぁっ!」

 

トンチャーの腕に包まれ、ヘルカは泣きながら彼女に抱きつく。しかし対して彼女は冷静だった。

そして無言でヘルメットを脱ぐとそれをヘルカの頭に被せる。

 

「え、トンチャー……?このヘルメットは……きゃっ!」

 

と、その時だった。機体を激しい振動が襲う。彼女の予想通りガンヴォルヴァの流れ弾が飛んで来たのだ。コクピット内にバチバチと激しい音が鳴り響く。

 

「手と足引っ込めて、危ない!」

 

ヘルカを腕から下ろし、パイロットスーツで彼女の全身を包み込むように抱きしめる。直後、一際激しく散った火花が二人へと降りかかった。

 

「痛っ!……い、いやなんでもない」

 

ヘルカはヘルメットによって傷を受けてはいない。その代わりにヘルメットを脱いだトンチャーの顔を無数の火花が撫でる。小さな悲鳴と共に髪の毛が焼ける強烈な匂いが一瞬だけ鼻の奥を突き刺して消えた。

 

「チッ、収まりそうにない!……ヘルカ、ちょっとだけゴメン」

「え?きゃっ!」

 

ヘルカを背もたれに押し倒して彼女はその上に覆いかぶさった。二人は顔を付き合わす。

 

「そ、その顔……っ!」

「ん?……あはは、思ったより酷いのかな?」

 

今コクピット内に散っている火花は融解した貴金属によるもの。それが皮膚を撫でたのだからそこには無数の痛々しい傷跡が走っている。目に入れば失明だ。そうならなかっただけ運が良かっただろう。

 

「わ、私はいいから被ってよ!あなたが被ってたんだから!」

「っ、私なんて別にいいって!」

 

ヘルカはヘルメットを脱いで返そうとするが、彼女が無理やり押さえつけてそれを止める。

 ヘルカを押し倒している。

薄暗いコクピット。覆い被されば隠してしまえる程の小さな体。抵抗の意志も感じられない細い腕。少しだけ恐怖の滲んだ顔。抑えていた感情が押し寄せて来る。


「駄目だよ…ヘルカ。ああ…細い…色白で…綺麗で…可愛い。私なんかより…あなたはずーっと…価値があるんだから」

「と、トンチャー……?」

 

 ……そうだ、これが本性だよ。醜く、まるで獣だ。そしてそんな獣が今、死の高揚感でストッパーが外れている。

 

「(……最低だ)」

 

しかしそれ以上にそんな自分への嫌悪感の方が大きかった。

 

「……」

 

目の前にはヘルカの顔がある。見つめ合っている。

ああどうすればいい。ヘルカはまだ状況が掴めていない。いや掴ませてはいけない。身近にこんな悍ましい人間がいたなんて、それを気付かせてしまったら彼女を汚してしまう。墓場まで持っていかないといけない。

そうだ、だから———だから死にたかったんだ。早く墓場に行きたいんだ。

 

「(私は……ヘルカの気の置けない幼馴染。拠り所。拠り所は……これじゃあ駄目だ)」

 

頭が真っ白になる。もう何も考えられなかった。

 

「だって……」

 

だから、当たり障りの良い言葉が口から漏れる。

 

「だって……だって。へ、ヘルカの体を傷つけたらジュベジュに顔向け出来ないから……」

「……っ!」

 

ジュベジュ。その名前を聞いてヘルカの動きが止まった。

動きが止まった。それが良いことなのか、悪いことなのか。その当然の判断すらつかない。

 

もはや彼女には何も判断が出来ない。ただヘルカを、自分を……何もかもを誤魔化すように言葉が漏れる。

 

「ほらパイロットスーツも着て。あなたを死なせたらそれこそみんなにも顔向け……」

 

気がつけば彼女は自分のパイロットスーツに手をかけていた。そして———

 

「馬鹿にしないでっ!」

 

彼女の顔に平手打ちが飛んだ。

 

「……ヘルカ?」


か細い手の、弱い平手。痛くも何ともない。しかしそれは彼女の目を覚ますのには最も効果的だった。


「なんなの!?ジュベジュのため、みんなのため!?私はそんなに弱くないっ!!」

 

彼女は震える声で、しかしトンチャーの目を見据えて言葉を吐き出す。

 

「ああっ、もう訳わかんない!あなたが一人で出撃したって聞いて、もう、頭真っ白で。外に出たら色々壊れてて、血がいっぱいで、そしたら胴体だけのデミトレがいるし。ああ、トンチャーも訳わかんないし……!!」

 

言葉がおぼつかない。錯乱した状態で何とか、何とか言葉を見つけて喋っている。そんなヘルカの様子は寧ろトンチャーを冷静にさせるものだった。

 

「ねえ、私はあなたに死んでほしくないって思ってる。“私”が“あなた”に思ってるの!世界に誰もいなくたって変わらない。あなたが大切だから!あなたは!?誰かの為に私を助けたいの!?」

「……」

 

無言のトンチャー。ヘルカは彼女の胸ぐらを掴んだ。

 

「答えてよ!私はあなたが大好きなの!あなたは私の……一番大切な友達なんだから!!」

 

———そして、ああ……と。彼女は理解する。

 

「……そっか」

 

ああ———ヘルカは何も分かっていない。私が抱えている感情も、行動の理由も。何もかもだ。

 

「……ありがとう」

 

でも嬉しかった。何も分かり合えてはいなくとも。久しぶりに真正面から好意をぶつけられた。

たったそれだけで心に巣食うわだかまりが溶けていく。強固だったはずの意思がそれだけで砕かれてしまう。

 

「(……そうやって君はいつだって希望を振りまくんだ)」

 

彼女はヘルカの体を軽く持ち上げ、そして抱き締めた。

 

「私も。……好きだよ、ヘルカ」

 

「……ああっ、よかった……。全部私の勘違いだったんじゃないかって……怖かったんだから」

 

ヘルカもまた彼女の背中に腕を回す。露出した腕に火花が降り掛かり、白い腕に黒い焼け跡が出来る。しかしそれでも声も上げず、また腕を離すこともなかった。

 

「……じゃあもうこんなことやめて。あなたが危険だと私が心配なの。だからやめて」

「うん」

「私が傷つくよりも、私のせいで傷を負わせるなんて。そんなのもっと嫌だから」

「うん」

「甘く見ないでよね。私はもう子供じゃないんだから」

「いや、子供だよ」

「ちょっと、分かり合えて来た所でしょ!?」

「違う。……私たち全員、まだ子供なんだ。……理不尽な世界を、我慢させられる義務なんてないんだよ」

「……そっか」

 

火花の降る中で彼女たちは抱き合う。そして———

 

「おーい!……ってぇ!馬鹿野郎、何いちゃついてんだよ!?」

 

突如コクピットから怒鳴り声が響く。トンチャーが後ろを振り向くと、そこにはパイロットスーツの人影が一つ立っている。

そしてバイザーに浮かぶその顔は見覚えのあるものだった。

 

「……何でここに」

「何でじゃねえよ!?トンチャーもだけどヘルカも大概にしろっ!一人で地下壕抜け出すなんて正気じゃねえよ!女子の連中『ヘルカを助けて!』って泣きついて来たんだぞ!?出るしかねえだろ!」

 

それは冒頭にも登場した彼———ランブルリングでラコウィーを操縦していたパイロットである。

早口で捲し立てられてトンチャーは一瞬呆然とするが、すぐに冷静さを取り戻した。

 

「胴体以外吹っ飛んでただでさえヒヤヒヤってのに、中開けて見たらこんな……」

「あー……それは分かったから。それより早くロープ垂らしてよ。それこそいつ爆発するか分からないんだし」

「お前が言うなっ!今固定したところだよ。ほら掴まれ!」

 

彼が叫ぶと、すぐコックピットの内部へ救助用のロープが降りてくる。

 

「ヘルカがパイロットスーツ着てないんだけど。何かない?」

「はぁっ!?……ちょっと待て」

 

彼はそう言って何やら通信機に向かって話しかける。

 

「……ああ、そう言うこと。頼むよ、じゃあ!」

 

何やら強引に回線を切って、そして彼もコクピットの中へと飛び込んで来た。

 

「見た感じ火花の発生源はここだけだろ?この狭い空間じゃ救命用の担架も入らないし、そもそも持って来てないし。今の内にさっさと登れ!」

 

そして彼は火花が散っている箇所に自分の手のひらを押し当てた。パイロットスーツのためダメージはない。かなり強引な処置だ。しかし今は一刻を争う事態である。

トンチャーもヘルカも自分達の世界に没入していたが、実際の所手足がもげて損傷も激しいモビルスーツなどいつ爆発してもおかしくない。

 

「ヘルカ、しがみついて。私がロープを持つから」

「うん」

 

ヘルカは彼女の体にしがみつき、彼女はそれを片手で支える。そしてもう一本の腕と足でロープを掴んで体を固定した。

 

「……ねえ、抑えてくれるのはいいんだけど。じゃあ誰がこのロープ引っ張ってくれるの?」

「ああ?それなら問題ない。……ほら言った側から」

 

彼がコクピットの中にいると言うのにロープは一人でに持ち上がり始める。つまり、彼以外にも誰かがいて上でロープを引っ張り上げていると言うことである。

 

「ヘルカ大丈夫?どこか擦れたり痛かったりしない?」

「もう……確かに子供だけど“子供扱い”はやめてよね」

「あはは……ごめんごめん」

 

入り口付近まで体が持ち上がったため、彼女は外に手をつき、体を手繰り寄せてコクピットの外へと這い上がった。胸元のヘルカを押し潰さないようにするため仰向けで転がる。入り口の一点から差し込んでいた光が全身へと降り注いだ。

ここは戦場で今は爆発寸前のモビルスーツの上のなのに。彼女は妙に清々しい気持ちだった。腕に抱かれているヘルカも同じように落ち着いた表情をしている。

 

「……なんか、元気そうだね」

 

そんな彼女たちに頭上から声がかかる。視線を動かせば、彼女たちを引き上げた人物の姿が目に入った。先ほどの彼と同じくパイロットスーツ。しかしバイザーに映る顔は、トンチャーにとってまたもや見覚えがあるものだった。

 

「……」

 

呼びかけを無視して彼女は彼の後ろへと目を向ける。そこには一機のモビルスーツが佇んでいた。ホバークラフトの為の太い脚と分厚い装甲。茶色を基調にしたカラー。それはあのランブルリングを生き残った重モビルスーツ、ラコウィー。

 

「(……操縦、して来てくれたんだ)」

 

「よ……っと!うし、撤退するぞ!」

 

彼女たちの脱出を確認してコクピットから彼も飛び出てくる。そして自分の愛機へと飛び込んでいった。

 

「私たちも乗っていいの?」

「あったりまえだろ!ほら、高さは合わせてあるから走ってこい」

 

ラコウィーはコクピットの高さ調整、またガンヴォルヴァから見つからないようにするため膝を着いて体勢を低くしている。

足場は不安定だが、機体に添えられたラコウィーのマニュピレーターが柵の役割をして落下を防止してくれている。そのため、それを掴みながらコクピットへと急いで駆け抜けた。

 

「……ありがとう。デミトレーナー」

 

彼女は一度振り返り、ボロボロになった愛機に別れを告げる。そしてラコウィーのコクピットへと入った。

 

「流石に狭いね。……私たちはこっちに寄ってようか」

 

ヘルカを後ろからハグする形でトンチャーはコクピットの端に寄る。そこに最後の一人が入ってくる。

 

「撤収……って流石にきついなぁ」

 

それは彼女たちのロープを引っ張り上げた彼である。操縦席を挟み、ヘルカたちと向かい合うように位置する。そしてコクピットの入り口が閉まった。

 

「そりゃ四人はきついよ。……それよりなんであなたまでここに?」

「な、なんでって。……俺は徒歩で帰れってこと?」

「いやそうじゃなくて。ジネーテあるでしょ?なんでラコウィーに二人乗りして来たの」

 

ジネーテ———ランブルリングでラコウィーと共にジュベジュのクリバーリ・ドゥンと共闘したモビルスーツ。そう、開幕と同時に足を取っ払ったあの奇抜な機体だ。空中戦に特化し、足なんて飾りの概念を体現したモビルスーツである。

そして今目の前にいる彼がそのパイロットだ。

 

「あいつはダメだ。飛んだらガンダムに撃ち落とされるし、あの体じゃ歩いてもラコウィーの足を引っ張るだけだ」

「……なるほど」

「まさか空戦特化が裏目に出るなんて……」

 

彼は苦々しく口元を歪める。「そもそも来なければ良かったのでは?」とも思ったが、彼の心のうちは分かっているため口に出すことはなかった。

 

「よしっ、じゃあ発進だ。安全運転は心掛けるけどしっかり掴まっておけよ!」

 

操縦席からの威勢の良い掛け声と共に機体が揺れる。初めこそ激しい振動だったが、ホバーによって浮くと嘘のように機体は安定する。

そして、ゆっくりと動き始めた。大破したデミトレーナーから、彼女がガンヴォルヴァと戦いを繰り広げた決戦の場所から、機体はゆっくりと戦場から遠ざかっていく。

 

「どこに行くの?」

「ん?四番ゲートだよ。みんな地下に隠れてる。お前たちが無事ってこと早く伝えないとだしな」

 

言葉の通り、機体は彼女がガンヴォルヴァに接近する為に通った道を引き返す形で進んでいる。彼女はしばらく押し黙っていたが、やがて口を開いた。

 

「……ねえ、私たちに出来ることないかな?」

「え?」

 

トンチャーの突然の質問に対して彼は驚いた顔をする。そして、目を伏せた。

 

「……悪いけど戦うのは無理だ。戦闘は……もうしたくない」

「分かってるよ。私もデミトレを全損させるまで戦って結局何のダメージも入れられなかったんだ。押し付けるつもりなんてない。それに———」

 

彼女は後ろを振り返る。激戦の末、四方八方に散らばったデミトレーナーの残骸。戦いに巻き込まれて倒れ伏すモノレール。そして———その向こうで戦っている“彼女”たちに想いを馳せる。

 

「それに———テロリストはきっと彼女たちが倒してくれる。だから私は、私たちに出来ることをやりたい」

「俺たちに……出来ること?」

 

想像と異なったニュアンスの言葉が返ってきて彼は思わず聞き返した。

 

「周りを見れば分かるでしょ?瓦礫の下に人が埋まってる。建物の中に取り残された人がいる。きっと助けを待っている人……“今”助ければ助けられる人が沢山いる。……モビルスーツを動かせる私たちにはやれることが沢山あるはずだよ」

 

割れて散乱したガラス、崩落した講義棟、講義室が丸々一つ吹き飛んで地面で潰れている。モビルスーツの操縦で周囲に気を配るからこそ、彼は気づいているはずだ。

 

「……助けるために、か」

 

彼は黙り込むが機体を止める様子は見せない。

 

「……私も。誰も、大切な人を失って欲しくない……!」

「へ、ヘルカ……」

 

しかしヘルカの発した言葉には動揺を覚えた様子だった。助けを求めるように視線が泳ぐ。

 

「俺はどっちでもいい。……まあ遠慮するなってことだ」

「……」

 

彼はしばらく黙り込んでいた。そして———ガシュンと言うモビルスーツの着地音と共に機体が軽く揺れる。外を見ればホバーで浮いていたはずのラコウィーの足が地面に直接触れていた。

 

「……どうしたの?」

 

トンチャーの質問に対して、彼は小さく頭を掻いた。

 

「……ホバーで浮いてたら、下の人間を吹き飛ばしちまうだろ?」

 

ボソッと、つぶやく声が聞こえた。

 

「……!ありがとう。それじゃあ……」

「待った!」

 

トンチャーが捲し立てることを予想して彼の先制の待ったが入る。

 

「予備用があるはずだから、ヘルカはパイロットスーツを着て。トンチャーはヘルカのヘルメットを被り直せ!まずはそれからだ!」

 

「わ、分かった」

 

「あと、流石にテロリストがこっちに来るようなことがあったら一目散で逃げるからな!意味のない自滅で自分の身は滅ぼせねえ!それで……それでお前たちを失うのだってごめんなんだからな!後は……」

 

彼による怒鳴り声のような注意書き。それをしっかり耳に入れつつ、彼女たちは動き始める。

 

「機体操作はお願い。私は外の様子を探る。ヘルカは外に呼びかけて」

「分かった。私たちはここにいるって。だから諦めないでって!絶対、助けて見せるから……!」

「じゃあマイクを繋いでくれ。俺は外の声を拾う。頼んだぞ、救助とかの声が聞こえたら全部お前に伝えるからな」

「気楽に言ってくれる!……。モビルスーツを命を救うために、か」

 

口々に意見を出し合い、狭いコクピット内に声が響き合う。一刻の猶予も許されない空気。しかしその空間の中で、トンチャーは自分が新たな役割を見出せたことに気がついた。

 

「(……君に見せられた希望は、また現実になってしまった)」

 

全てに満足して価値あるまま死にたかった。でも見せられた希望に、君に縋って生きてしまった。そして希望を信じて初めて、君を目の前にして自分の存在を呪った。……でも、結局今は生きていて良かったと思えている。

 

確かに生きていれば苦しいこともあるだろう。どれだけ幸福な人生でも最後は苦しみに塗れながら終わるかもしれない。今抱いている希望だって、ヘルカが———恋心・欲望・依存…それらが見せている刹那的なものかもしれない。

 

でも、たとえそうだとしても。

 

「(苦しんで死ぬまで……足掻いてみるのもいいのかもしれない)」


ただがむしゃらに。今、できることを。

 

そうして、四人と一機は救助作業へと注力するのだった。

 

 

 

しかし———

 

「動け、動けよ……!」

 

暗い宇宙に光が灯る。一つではない。同時に連鎖的に、無数の光が灯っていく。それはまるで蝋燭のよう。その光が全て誕生日を祝う蝋燭だとしたら一体この世に何が産み落とされたのだろうか。

 

「また……人が……!」

 

赤子とは祝福の中で一人泣き叫ぶもの。では怨嗟に包まれた赤子はどんな産声をあげたのか。

 

「この魔女がぁっ……!!」

 

———彼女たちには知る由もないだろう。

 

足掻く権利すら奪われる世界が、目の前に迫っていることを。

 

 

望みの果てのその裏で-完-



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