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ブリガンテス族とは? わかりやすく解説

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ブリガンテス族

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/14 14:22 UTC 版)

ブリガンテス族の領域

ブリガンテス族(ブリガンテスぞく、Brigantes)はイギリスの鉄器時代英語版に後に北イングランド英語版となる地の大半を支配していたブリトン人である。 ブリガンティア英語版と呼ばれることが多い彼らの領土は後にヨークシャーとして知られることとなる場所を中心に広がっていた。 ギリシア人プトレマイオスはブリガンテス族をアイルランドの民族として名づけた。彼らは現在のウェックスフォード県キルケニー県ウォーターフォード県に居住していた[1]。一方、ストラボンは別の人々をブリガンティ人英語版と名づけ、アルプス地方に住んでいたウィンデリキ人英語版の一部族として言及した[2]

イギリス内で、ブリガンテス族が居住した領域は他4つの民族(北東のカルウェティイ族英語版、東端のパリシ族英語版、南のコリエルタウウィ族コルノウィイ族英語版)と国境を接していた。 北にはウォターディーニ族英語版の領域があり、現在のイングランドスコットランドの境にまたがっていた。

語源

「ブリガンテス(ラテン語:Brigantes、古典ギリシア語Βρίγαντες)」という名前は、女神ブリガンティア英語版と同じケルト祖語の語源を共有している。*brigantībrigant-は「高い、上昇した」を意味する。一方で、ブリガンティウムと呼ばれた居住区が「高い者たち」と比喩的に名づけられたのか、文字通り「高地の者たち」としてつけられたのか、物理的に高い要塞の住民として名づけられたかは不明である。 インド・ヨーロッパ祖語の語根は*bʰerǵʰ-である[3]。 この言葉はゲルマン人ブルグント人*BurgundBurgundī)やイラン語群Alborz 古代ペルシア語Hara Berezaiti)と関連している。

現代のウェールズ語braintは「特権、名声」を意味する。これは*brigantīと同じ語源を持つ。 他にも現代のケルト系言語にも関連する形がある。例えば、ウェールズ語のbrenin「王」は*brigantīが語源である。 ウェールズ語・コーンウォール語ブリトン語bri「名声、評判、名誉、尊厳」、スコットランド・ゲール語brìgh「髄、力」、アイルランド語brí「エネルギー、重要性」、マン島語bree「力、エネルギー」は全て*brīg-/brigi-が、ウェールズ語・コーンウォール語・ブリトン語のbre「丘」はbrigāがそれぞれ語源である。 古アイルランド語ブリギットBridget(現代アイルランド語ではBríd)が由来のBridgetという名称も*Brigantīから来ており、イギリスのブレント川英語版ブレントフォード地域も同様である。 ヨーロッパ中に「ブリガンティウム」という名前の課題の居住地がいくつもあり、それらは現代の地名(多くの地名が同源)に相当する。 例として、スペインアラバ県のベルガンサ(Berganza)やガリシア州ア・コルーニャ(A Coruña)とコマルカ・デ・ベルガンティーニョス(Bergantiños)、ポルトガルブラガンサ(Bragança)とブラガ(Braga)、フランスブリアンソン(Briançon)[4][5]スロヴァキアハンガリーの国境に位置するスーニュ英語版にあったブルゲティオ(Brigetio)[6]、南ドイツブレグ川英語版ブリガッハ川沿いに位置しするブリゴバンネ[7](Brigobanne、現在のヒュリンゲン英語版、ローマ以前はウィンデリキア英語版[8])、オーストリア側のアルプスのブレゲンツ(Bregenz)、イタリアブリアンツァ(Brianza)などがある。

層序学では、イギリスの石炭紀の地層学的階層はブリガンティアはブリガンテス人にその名前の由来を持つとされている[9]

歴史

ローマのブリタンニア侵攻英語版以前のブリガンテス族に関する記録は残っていない。よって、その時期に彼らが政治的実体としてどれだけの間存在していたか調べることは困難である。 この地域の主要な考古学的遺跡のほとんどは早い段階から継続的に居住されている痕跡を示している。よって、勢力の台頭は突然の劇的な征服ではなく、徐々に進んだ可能性がある。これはハダースフィールドにあるキャッスル・ヒル英語版紀元前430年頃の焼失と関係しているかもしれない[10]。 ブリテン最大の領土的を持っていたブリガンテス族は、ヨークシャー海岸のガブラントウィケス人英語版[11]ハドリアヌスの長城近くの南タイン川上流域のテクストウェルディ人英語版[12] などの部族やセプト英語版を包含していた。 プトレマイオスの『地理学』に登場する「セタンティイの港(Portus Setantiorum)」や「ロポカレスの集会所(Coria Lopocarum)」という地名は、ランカシャー海岸付近やタイン川近くに住んでいたセタンティイ人英語版ロポカレス人英語版といった別の民族をそれぞれ指す。 コリオノトタエ人英語版Corionototae)という名前[13]も記録されているが、これは「部族の軍団」や「人々の軍団」を意味する「*Corion Toutas」に由来するものであり、それは民族や部族の名前というよりは、ローマに対抗する軍団か勢力の名前であった可能性がある。 現在のカンブリアに現れたカルウェティイ族は別の部族であったか、もしくはブリガンテス族から派生した可能性がある。 ローマの支配下でカルウェティイ族がキウィタスに分派したかは未だ論争中である。

ローマ時代

47年、ローマガ派遣したブリタンニアの支配者プブリウス・オストリウス・スカプラ英語版北ウェールズ英語版デケアングリ人英語版への作戦を止めざるを得なくなった。それはローマの同盟相手のブリガンテス族の指導者が不満を持ったためである。 武器を取った何人かは殺され、残りは恩赦を受けた[14]51年、抵抗軍の指導者カラタクス英語版はブリガンティアの女王カルティマンドゥア英語版に助けを求めた。しかし彼女は彼を鎖で捕らえて引き渡し、ローマへの忠誠を示した[15][16]。 彼女とその夫ウェヌティウス英語版は忠誠でもって「ローマ軍に守られた」と記述されているが、彼らはその後離婚し、反ローマ派のウェヌティウスはまず元妻に、次に彼女のローマの守護者に対して武器を取った。 アウルス・ディディウス・ガルス英語版総督の在任中(5257年)、ウェヌティウスは軍隊を集めてカルティマンドゥアの王国へ侵略した。 ローマ人はカルティマンドゥア防衛のために軍を送り、ウェヌティウスの反乱軍を倒した[17]。 離婚後、カルティマンドゥアはウェヌティウスの盾持ちウェッロカトゥス英語版と結婚し、彼と共同統治をした[18]ローマ内戦 (68年-70年)の政情不安定を利用し、69年、ウェヌティウスは再び反乱を起こした。 ローマは第9軍団を向かわせてブリガンテス族の内紛に介入し、女王を助けたしかし、彼女の死後、71年にはブリガンティアはローマの支配下に入れていた[19]

広範囲にわたる北ヨークシャーのスタンウィックの鉄器時代の要塞英語版は、モーティマー・ウィーラー英語版により1950年代に発掘された。彼はこの地がウェヌティウスの拠点であったと結論付けた。しかしダラム大学19811986年に行った発掘調査で、コリン・ハセルグローヴ英語版パーシヴァル・ターンブル英語版はスタンウィックがカルティマンドゥアの権力の拠点であったという、モーティマーの説より古い年代を提唱した[20]

ウェスパシアヌス帝の即位後、クィントゥス・ペティリウス・ケリアリスはブリタンニアの総督に任命され、ブリガンテス族への征服が始まった[21][22]。 その征服の完成には数十年かかったとされている。 グナエウス・ユリウス・アグリコラ総督(任期:7884年)はブリガンティア内での戦闘に参加したようである[23]タキトゥスカレドニア人の指導者カルガクスへの演説の中でブリガンテス族について、「ある女性の指導のもと」ローマ軍をほぼ打ち倒したと言及した[24]2世紀前半に執筆活動をしたローマの詩人ユウェナリスは、ブリガンテス族の砦を破壊して栄光を勝ち取るよう息子に促すローマ人の父親を描いている[25]ハドリアヌス帝の治世初期に北部での反乱が起きたようだが、詳細は不明である。 エボラクムに駐屯していた第9軍団ヒスパナの失踪の原因として、ブリガンテス族の反乱がしばしば挙げられる。 122年に建設が始まったハドリアヌスの長城の目的の一つは、反対側には現在の低地スコットランドがある場所の部族たちと共にブリガンテス族が抵抗することへの防御であった可能性がある。

パウサニアスは、アントニヌス・ピウス帝(在位:138161年)がブリガンテス族によるローマの軍団に対する無謀な戦争の開始後に彼らを打ち負かした、と述べている[26]。 これは142144年に行われたアントニヌスの長城建築につながる作戦の一つであった可能性がある。

居住地

プトレマイオスはブリガンテス族に属する9つのポリス(都市)を名付けた。それは以下の通りであった。

ラテン語名 現在の名前 現在のイングランドのカウンティ
エピアクム英語版(Epiacum) ホワイト・キャッスル英語版アルストン英語版[27] ノーサンバーランド
ウィノウィウム英語版(Vinovium) ビンチェスター英語版[27] ダラム
カタラクトニウム英語版(Cataractonium) カテリック英語版[27] ノース・ヨークシャー
カラトゥム(Calatum) ブロウ、 ロンズデール・ハンドレッド英語版[27] ランカシャー
イスリウム・ブリガントゥム英語版(Isurium Brigantum) アルドボロ英語版[27] ノース・ヨークシャー
リゴドゥヌム英語版(Rigodunum) 不明[a] グレーター・マンチェスター
オリカナ英語版(Olicana)もしくはオレナクム(Olenacum) イルクリー英語版[b] ウェスト・ヨークシャー
エボラクム(Eboracum) ヨーク[27] ノース・ヨークシャー
カンボドゥム英語版(Cambodunum) 不明[c] ウェスト・ヨークシャー
a リゴドゥヌムはグレーター・マンチェスターにあるキャッスルシャウのローマ城塞英語版[27]である可能性が高い。 
b オレナクムはウェスト・ヨークシャーにあるイルクリーのローマ城塞英語版であると考えられていたが、現在ではエルスラック英語版の前身であると考えられている[27] 
c カンボドゥムはウェスト・ヨークシャーアウトレーン英語版近くのスラックのローマ城塞英語版[27]である可能性が高い。 

その他、ブリガンティアの領域に含まれている居住地として以下の場所が挙げられる。

アイルランドのブリガンテス族

ブリガンテス人はブリテン島だけではなくアイルランドにもいたことが、プトレマイオスの『地理学』で証明されている[28]。 しかし、アイルランド人とブリテンのブリガンテス族にどのようなつながりがあったかは不明である。 言語学者トーマス・フランシス・オラヒリー英語版は、アイルランドの支族は後のUí Bairrche族集団の起源であったと提唱した。そして彼は、この支族たちは元々ガリア人やブリテン島のベルガエ人の祖先であると仮定されているÉrainn(プトレマイオスのIverni)につながると自身のアイルランド先史観に基づいて考えている[29]

ジョン・トーマス・コーク英語版は、ローマ時代のブリテンの女神ブリガンティアとアイルランドのブリギットとを同一視しており、キルケニー県のストニーフォードにある遺構はローマもしくはローマ時代のブリテンのものである可能性を指摘している。 彼はアイルランドのブリガンテス族を中世初期のUí Bairrche族集団と同一視している[30]

ポップ・カルチャー

脚注

  1. ^ “Celtic Ireland in the Iron Age”. WesleyJohnston.com. (2007年10月24日). http://www.wesleyjohnston.com/users/ireland/past/pre_norman_history/iron_age.html 
  2. ^ ストラボン『地理誌』第4巻第6章
  3. ^ Pokorny, Julius (1959). Indogermanisches etymologisches Wörterbuch. 1. Francke Verlag. "bhereĝh-" entry, pp. 140–141 . The conventions for writing PIE have changed since the publication of this work.
  4. ^ “The Brigantes”. Roman-Britain.co.uk. (2007年10月24日). http://www.roman-britain.co.uk/tribes/brigantes/ 
  5. ^ “Brigantium”. Terra.es. (2007年10月24日). オリジナルの2008年9月18日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20080918140839/http://personal.telefonica.terra.es/web/brigantium/brigantiumcity.htm 2007年10月25日閲覧。 
  6. ^ “Brigetio (Szöny) Komárom”. The Princeton encyclopedia. (1976年). https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus:text:1999.04.0006:entry=brigetio 
  7. ^ “Brigobanne Germany”. The Princeton encyclopedia. (1976年). https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus:text:1999.04.0006:entry=brigobanne 
  8. ^ “Vindelicia map”. Europeana. (1830年). http://cartotecadigital.icc.cat/cdm/singleitem/collection/europa/id/1401 
  9. ^ Harland, W. B. (1990); A Geologic Time Scale 1989; Cambridge University Press, p. 43.
  10. ^ William Jones Varley, Castle Hill, Almondbury; A Brief Guide to the Excavations 1939–1972 Tolson Memorial Museum (1973)
  11. ^ プトレマイオス『地理学』 II, 3, 4
  12. ^ B. Collingwood & R.P. Wright (eds.) The Roman Inscriptions of Britain (1965) Oxford
  13. ^ Mc Caul, John, Britanno-Roman Inscriptions with Critical Notes (1863)
  14. ^ タキトゥス年代記12.32
  15. ^ タキトゥス『年代記』12:36
  16. ^ ピーター・サルウェイ著 南川高志訳『1冊でわかる 古代のイギリス』p. 36
  17. ^ タキトゥス『年代記』12:40
  18. ^ 南川高志『海のかなたのローマ帝国 : 古代ローマとブリテン島』p. 105
  19. ^ 南川高志『海のかなたのローマ帝国 : 古代ローマとブリテン島』p. 105
  20. ^ Stanwick North Yorkshire, Part I : Recent Research and Previous Archaeological Investigations; Haselgrove, Turnbull, Fitts; Royal Archaeological Institute
  21. ^ タキトゥス『アグリコラ英語版17
  22. ^ ポール・ラングフォード英語版原著監修、鶴島博和日本語版監修『オックスフォード ブリテン諸島の歴史』p. 59
  23. ^ タキトゥス『アグリコラ』20
  24. ^ タキトゥス『アグリコラ』31
  25. ^ Juvenal, Satires 14.196
  26. ^ Pausanias, Description of Greece 8.43.4
  27. ^ a b c d e f g h i Geographical identifications as given in www.roman-britain.co.uk. “The Geography of Ptolemy”. 2023年9月3日閲覧。
  28. ^ Ptolemy, Geographia 2.1, 2.2
  29. ^ O'Rahilly, T. F. (1946), Early Irish History and Mythology, Dublin: Dublin Institute for Advanced Studies
  30. ^ Koch, J.T., Celtic Culture: A Historical Encyclopedia Vol. I pp. 312-313
  31. ^ The Why and How”. Wigan Warriors Blog (2020年11月1日). 2020年11月2日閲覧。
  32. ^ Compendium”. 2025年8月25日閲覧。

参考文献

  • Branigan, Keith (1980). Rome and the Brigantes: the impact of Rome on northern England. University of Sheffield. ISBN 0-906090-04-0 
  • Hartley, Brian (1988). The Brigantes. Sutton. ISBN 0-86299-547-7 

日本語文献

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