Cutt
CUTT
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| CUTT | |
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| 出生名 | 前田 一史(まえだ かずひと) |
| 別名 | 前田 一人 |
| 生誕 | 1977年3月17日(48歳) |
| 出身地 | |
| 学歴 | 大阪府立千里高等学校卒業 |
| ジャンル | ロック |
| 職業 | 音楽家 |
| 担当楽器 | |
| 共同作業者 |
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| 公式サイト | CUTTオフィシャルサイト |
CUTT(カット、1977年3月17日 - )は、日本の音楽家・ソロアーティスト・バンドSPEED OF LIGHTSおよびshameのボーカリスト・ギタリスト・ソングライター。
1999年LEMONed/東芝EMIよりシングル「GOOD-BYE」でデビューした。
留学経験はないが英語が堪能で英検1級を取得している。現在は慶應義塾大学文学部に在学中。
父は落語家の二代目桂枝雀。
概要
X JAPANのhideに才能を見出され、1999年LEMONedレーベルよりシングル「GOOD-BYE」でバンドshameのボーカリスト/ギタリスト/ソングライターとしてデビューした。ミリオンセラーを記録した同年リリースのトリビュートアルバム「hide TRIBUTE SPIRITS」に「LEMONed i scream」で参加。
代表曲「P.F.P.」は全国多数のラジオ局でヘビーローテーションを獲得。2000年大阪FM802主催の野外フェスMEET THE WORLD BEATに出演した。
2002年shameを解散。その後プロジェクトSKYFISHを経て百田留衣とのツインボーカルユニットORCAを結成し、05年日本クラウンよりデビューした。
2006年shameを再結成。復活ライブは東京O-WESTをSOLD OUTした。
2009年ソロ活動を開始。俳優として劇団山田ジャパン本公演「盗聴少年」に初主演し、いとうあさこの子供役を好演した。[1]また、ギタリストとしてスコットマーフィーのライブに参加。以降交流が深まりコラボライブを行った。DIE(hide with spread beaver)のプロジェクトKISS THE WORLDにメンバーとして参加した。
2013年CUTTとして初の海外公演をイタリア・トレントで行う。翌年はフランス・カンヌでのMIDEM2014とJapan nightに出演した。
2014年発売のhide「子 ギャル」では仮歌の歌唱とコーラスを担当した。[2]
2015年Toshl(X JAPAN)率いるCRYSTAL ROCK KNIGHTSにギター・コーラスとして参加。その後CUTTのニコ生にToshl、heathがゲスト出演した。[3]
2016年には山本淳也、長﨑祥子と宇宙系バンドSPEED OF LIGHTSを開始。幕張メッセで行われたフェスVISUAL JAPAN SUMMITに出演した。
コロナ禍の2020年、TwitCastingにて24時間連続配信を敢行し、完走する事に成功した[4]。
音楽制作全般に造詣が深く、デビュー当時からレコーディングやプロデュースに関わっていた事から、音楽ソフト会社SteinbergやYAMAHAの公式セミナーや動画配信にて講師・プレゼンターを務める。
2024年、実娘の大学受験に触発されて慶應大学文学部を受験し、3ヶ月の勉強期間で合格。47才で初の大学生になったことを報告[5]した。
X JAPANとの関わり
中学1年生の頃、ENDLESS RAINをきっかけにX(現X JAPAN)のファンになる。高校1年生の時「X TOSHIのオールナイトニッポン」の弾き語りコーナー「アコギだよ全員集合」に応募の結果採用され、TOSHIから「低姿勢前田」と命名される。番組最終回にはTOSHIとのデュエットが実現した。
98年に自身のバンドshameのデモテープがhideの耳に留まり、レーベルLEMONedへの所属が決定。しかしその矢先にhideは急逝してしまい、対面は叶わなかった。[6]hideトリビュートアルバムhide TRIBUTE SPIRITSに「LEMONed i scream」で参加。hide TRIBUTE Ⅶ-Rock SPIRITS-に「POSE」で参加。その他多数のカバーをステージやオンラインで発表している。14年発売のhide「子 ギャル」では仮歌の歌唱とコーラスを担当した。[2]
10年より柏パルーザで例年行われているライブイベントhide TRIBUTEではSPECIAL BANDのメンバーとしてPATAと度々共演している。同イベントを主催しているSEXX GEORGEと進行が深く、度々ライブを共演している。
15年にToshlと再会し、以降ライブサポート、ニコ生出演、制作協力など多方面でコラボレーションを行った。
17年YOSHIKI CHANNELに出演。[7]heathとは公での交流が少ないが、氏の優しさが伝わるエピソードをXで共有した。
来歴
幼少・少年期
2代目桂枝雀とかつら枝代の次男、兄は桂りょうば(前田一知)。最初の記憶は(おそらく)2歳ころ。隣家の仏壇を拝んでいる光景。3歳にして死にかける。ガラス製のコップを落としてしまい自分もその上に落下し、頸動脈近くを15針縫う怪我を負った。歌う事が好きで4〜5歳のころはタクシーに乗っては後部座席の中央に立って歌いまくっていた。将来の夢は漫画家。6〜8歳のころ、毎週兄と「ザ・ベストテン」を見ていた。好きだったのはチェッカーズ。9歳、兄の影響でベースを弾き始める。この頃好きだったのはTHE ALFEEとLOUDNESS。兄がドラムに転向したので、ギターを弾き始める。X JAPANの洗礼を受け作曲を始める。またピアノを習いコード理論などを覚える。この頃から一生の仕事としてミュージシャンを志すようになる。吹田市立南千里中学校に入学し、劇団山田ジャパン主宰の山田能龍と出会う。中学3年生の文化祭ではX JAPANのミドルテンポの曲を3曲演奏した。高校は家から一番近いという理由で学区2位(当時)の進学校に入学する。この頃にX TOSHIのオールナイトニッポンに低姿勢前田というハンドルネームで度々出演した。軽音部に入部し結果的にSHAMEの前身となるバンドを組んだ。パートはギター。髪を伸ばし、ヘヴィメタルに傾倒していく。メタリカ、メガデス、パンテラなど。アマチュア時代はこの頃作曲した曲をよく演奏していた。「早くなければロックじゃない」と思っていた。ニルヴァーナに出会い、オルタナティブに開眼。スロウでヘヴィなスタイルに挑戦するようになる。高校3年生の夏、後のshameのギタリスト、TAKEYAと出会う。大学には進まずに、バンド活動をする事は決めていた。高校卒業と共にshameを結成、ベースにKOSYO、ドラムに実兄の前田一知を迎える[8]。
アマチュア期
大阪の老舗ライブハウスBAHAMAを中心に活動を始める。当時はバンドが楽しくなかった。苦労を苦労と感じず、子供の頃に決めたことなので続けていた。作った曲は100曲以上。しかしデビュー後歌われる曲は少なかった。当時は目立ったプロモーションは行っていなかった。戦略的なことが苦手でチラシを配ったことがない。動員を増やすことより良い曲を作ることしか考えていなかった。 Gargoyle(KIBA)のラジオにピックアップされ目をかけられるようになる。
結成して丸2年経った頃、デモテープを作りはじめる。「INSIDE」発売記念ライブでは曲順通りに演奏した。曲を純粋に聴いて貰うために、スクリーンを下ろしたまま演奏したこともある。「beautiful」他、最初期の楽曲は現在の自分が置き去りにした理想を抱く自分に対して謝罪文をつらつら書いているようなものだった。関西発のオムニバスアルバム「ラジカルパンチ」に参加。収録曲は「GOOD-BYE(LongVer)」。題名の由来は太宰治から。とあるライブの出来が良く、帰る途中に出来た。
その後数社に送ったデモテープがhideの耳に止まり、LEMONedレーベルに参加することとなる。トリビュート「LEMONed I Scream」収録にあたって、選曲理由はレーベルのテーマソング的であったこと、shameとしてアレンジが明確に見えたことを挙げている。同年のMLJにもライブとトークショウ、セッションに参加[9]。
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shame期
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SKYFISH期
活動期間:2002年
- shameの延長線上ではない、違うものをやるぞという意識があった。3月の時点でSKYFISHをどんなイメージに位置づけるかということはまだ明確にはなっていなかった[11]。
- 自分で録音すること自体は以前の作品でもやっていたから初めてではないが、ミックスやマスタリングまで自分でやるのは初めての経験だった。
- ライブ後のインタビューではSKYFISHの決意とはshameを否定するものではない、また、2作目制作中のインタビューでは伝わらないとつまらない、と語っている。そして試行錯誤と思考の末、自分の核(ルーツ)は歌と歌詞であると気づき、ORCAへ吸収合併することになる。
ORCA期
復活SHAME期
ソロ期
活動期間:2010年 -
- 2010年頃から劇団山田ジャパンへ楽曲提供を始める。
- 2012年同劇団の主役に抜擢される(「前田一人」名義)[13]。
- 2013年渡伊。地元紙「J-ROCK ITALIAN MAGAZINE」主催でライブを行う[14]。
- 2014年渡仏。国際見本市MIDEMに参加[15]。
- 同年、英検1級取得[16]。
- 2015年「魔夏の夜Toshlロック祭り」にギター&コーラスとして参加[17]。
- 2016年「春の稲妻Toshlロック祭り」にギター&コーラスとして参加[18]。
- 2017年、Fuji Games Presents「ToshlバレンタインROCK祭り」にギター&コーラスとして参加[19]。
- 同年、YAMAHA Steinberg&島村楽器タイアップによるCUBASE Proセミナーツアーを敢行[20]。
- 2018年1月29日、ToshlのオールナイトニッポンPremiumに臨時出演[21]。
- 同日、関ジャニ∞のペコジャニ∞!にレコーディング中のToshlのサポートギタリストとして出演[21]。
- 2020年5月30日、TwitCastingにて24時間連続配信を敢行し、完走する事に成功した[4]。
- 2021年6月5日、生花問屋(花納屋)とコラボし生花に彩られたステージを成功させる[22]。
- 2021年11月20日、KBS京都「松原晋啓のクマ社長よりBUZZを込めて」に出演する[23]。
- 2024年2月、慶應義塾大学に一般入試で合格する[24]。
- 2024年3月、note (配信サイト)で連載を始める。
サポートミュージシャン
- 石岡塁:ベース(元FANTA ZERO COASTER、現やなぎなぎ、あいみょんなどをサポート)
- 斎藤潤:ドラムス(現Random Dot Stereogram、KING LEO)
- 鎌田紘輔:ドラムス(初音ミクのライブサポート等)
SPEED OF LIGHTS期
活動期間:2016年 -
ディスコグラフィー
ディスコグラフィー(shame,SHAME)
シングル
- Beautiful(1997年8月23日)初の自主制作盤
- ZERO and INFINITE(1999年8月5日)タワーレコード限定シングル
- GOOD-BYE(1999年10月8日)デビューシングル
- ZERO and INFINITE(2000年1月26日)
- Forget,Forgive(2000年3月23日)CM maxell「CLUB WONDER」
- P. F. P.(2000年6月21日)スペースシャワーTV2000年6月度POWER PUSH
- LOSERS(2001年5月30日)
- LOVE(2001年9月7日)
- EASTER EP(2006年6月16日)
- 光の世界(2006年12月20日)
- BEAMING CHAOS(2007年5月16日)タワーレコード独占発売
- here.(2008年9月3日)再デビューシングル
- TRANSMIGRATION EP(2009年5月2日)2009年3月28日ライブ先行発売
アルバム
- Air Pocket(2000年4月26日)
- waveform(2001年10月11日)
- BUTTERFLY SONGS(2006年11月22日)リビルド(ベスト)アルバム
- 3RD eye BLINKS(2007年8月2日)
ディスコグラフィー (ORCA)
シングル
- サザンカ/I'm here now
- オルカズオーケストラ/Yell
- 新しい一日(2004年11月25日)
- floret(2005年1月26日)
アルバム
- O(2002年11月26日)
- 輪唱カノン(2003年9月3日)
- DAYLIGHT(2005年2月23日)
- SMILE(2005年9月21日)
ディスコグラフィー(EVERYTHING MUST PASS)
シングル
- 「E-Beta 1」(2009年9月16日)
- 「E-Beta 2」(2009年12月3日)
- 「ABSOLUTE, ABSTRACT」※音楽専門誌SOUND DESIGNER付録
ディスコグラフィー(ソロワークス)
シングル
- My Favorite Songs 1
- My Favorite Songs 2
- My Favorite Songs 3
- My Favorite Songs 4(2008年12月30日)
- My Favorite Songs 5(2009年8月9日)
- Favorite My Songs 1(2009年1月22日)
- Favorite My Songs 2(2009年3月17日)
- Favorite My Songs 3(2009年5月5日)
- Favorite My Songs 4(2009年11月14日)
- Favorite My Songs 5(2010年3月17日)
- Favorite My Songs 6(2010年7月17日)
- Cutt songs in Yamada Japan 5
- Cutt songs in Yamada Japan 6
- Cutt songs in Yamada Japan 7
- TIME MACHINE/Tharmal(2011年1月26日)
- TOCYO SHONEN(2012年5月25日)
- HOSHI NI NEGAI WO(2012年12月13日)
- THE FUTURE IS CALLING ME(2012年)
- Quantum Love -International Edition- - EP(2014年)
- Halfway(2014年5月1日)
- SQUARE ONE(2015年11月21日)
- CUTT 40th Birthday Souvenir Disc "卌"(2017年3月16日)
- 死刑囚(2017年6月26日)
- Timing(2018年3月14日)配信版先行発売
- Domino(2021年1月24日)
- しがらみHammock(2021年1月24日)
- ALL AROUND US
- early echoes Vol.1
- early echoes Vol.2
- early echoes Vol.3
アルバム
- LEAKED TRACKS1(2002年6月30日)※SKYFISH名義
- LOVE and LONGING(2011年2月)※アコースティックベスト
- LIFE and DEATH(2011年3月)※アコースティックベスト
- FRIENDS and DREAMS’2011年4月)※アコースティックベスト
- NOT SO FAR FROM ANYWHERE(2011年12月)1stアルバム
- The Crack Of Hope(2013年3月27日)2ndアルバム
- LAST not LEAST(2015年2月21日)※アコースティックベスト
- True Colors(2015年4月29日)3rdアルバム
- FELL IN LOVE WITH MUSIC(2024年10月11日)4thアルバム
ディスコグラフィー(SPEED OF LIGHTS)
シングル
- QUICK START GUIDE ver. 1.00 - Single(2016年7月18日)※7月15日先行配信
- QUICK START GUIDE ver. 2.00 - Single(2016年10月20日)
- QUICK START GUIDE ver. 3.00 - Single(2016年11月12日)
- SOL Experimental Disc 001(2017年8月5日)
- Counting Stars(2018年4月8日)
- CODE (Another Sky Version)(2021年7月31日)
アルバム
- SUPERNOVA(2018年12月13日)
- Blackhoke Eyes(2019年4月14日)
脚注
出典
- ^ “盗聴少年 | 山田ジャパン”. 2026年2月7日閲覧。
- ^ a b I.N.A.(イナ)『君のいない世界』ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス、2018年4月28日。
- ^ “【Toshlさんゲスト出演!!】CUTTの「ビバ!モダンライフスペシャル!」ゲストにToshlさん(X JAPAN)をお迎えしてお送りします!【デュエットもあり!?】”. blog.nicovideo.jp. 2026年2月7日閲覧。
- ^ a b CUTT24時間ツイキャス
- ^ Inc, Natasha. “hideに見出された音楽家CUTT、46歳で慶應義塾大学に合格”. 音楽ナタリー. 2026年2月7日閲覧。
- ^ barks (2013年12月18日). “【インタビュー】ZEPPET STORE & CUTT、hideに見い出された2組が語る、尊敬と感謝 「曲を作るたびに一番に聴かせたいと思っている」”. BARKS. 2026年2月7日閲覧。
- ^ “【11DAYS生放送決定】「WE ARE X」PREMIERE TOUR IN EUROPE 2017:YOSHIKI CHANNEL”. YOSHIKI CHANNEL:ブロマガ - ニコニコチャンネル. 2026年2月7日閲覧。
- ^ ファンクラブ会報より[要文献特定詳細情報]
- ^ 新潟の雑誌Castより[要文献特定詳細情報]
- ^ BREaTHインタビューより[要文献特定詳細情報]
- ^ a b ORCAホームページ内 配信ラジオ[要文献特定詳細情報]
- ^ 世田谷コミュニティラジオ キバカットより[要文献特定詳細情報]
- ^ 盗聴少年 - 山田ジャパン
- ^ Cutt - un talento tutto da scoprire finalmente in Italia - J-ROCK ITALIAN MAGAZINE
- ^ Bienvenue sur le site internet de l’Association France - Japon de Cannes - カンヌ日仏協会[リンク切れ]
- ^ 2014年11月24日の投稿 - Facebookアカウント
- ^ バンドメンバー決定!! - 武士ジャパン(2015年5月22日)
- ^ DVDリリース決定! - 武士ジャパン(2016年8月11日)
- ^ ToshlバレンタインROCK祭り - 武士ジャパン(2017年2月)
- ^ 島村楽器 x Steinberg presentsギター・ボーカリストの為の Cubase Pro + UR活用術 feat. CUTT - steinberg
- ^ a b めまぐるしい一日! - CUTT LINEブログ(2018年1月29日)
- ^ “大尊敬している ミュージシャンの @cuttofficial 様様の ライブで花屋さんを させていただきました。 ほんの1か月前に企画し ライブ開催告知して、 コロナの状況でどうなるかわからないのに、 全国からCUTTさんのファンが集まりました。…”. Instagram(hana-naya) (2021年6月7日). 2021年10月22日閲覧。
- ^ 2021年11月20日の投稿 - 松原晋啓instagramアカウント
- ^ "hideに見出された音楽家CUTT、46歳で慶應義塾大学に合格."音楽ナタリー(2024年2月29日付). 2024年6月30日閲覧。
関連項目
外部リンク
- 公式ウェブサイト
- CUTT (@cuttjapan) - X
- 告知用 (@CUTT_official) - X
- CUTT (@cuttofficial) - Instagram
- note
- spotify
- ソロyoutube
- SPEED OF LIGHTS youtube
- CUTT (cuttofficial) - Facebook
- soundcloud
- CUTTニコニコチャンネル
- TwitCasting
- LINE BLOG - ウェイバックマシン(2017年3月23日アーカイブ分)
- officialブログ
- CUTT「47才のキャンパスライフ:慶應一年生ミュージシャンの日々」 - 本人によるnote連載
固有名詞の分類
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