イズボルスク
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/30 23:21 UTC 版)
| イズボルスク Изборск |
|
|---|---|
| 位置 | |
| 座標 : 北緯57度42分30秒 東経27度51分30秒 / 北緯57.70833度 東経27.85833度 | |
| 歴史 | |
| 初出 | 862年 |
| 創設者 | イズボル(ru) |
| 行政 | |
| 国 | |
| 連邦管区 | 中央連邦管区 |
| 行政区画 | プスコフ州 |
| 地区 | ペチョルィ地区 |
| 村落 | イズボルスク |
| 人口 | |
| 人口 | (2011年現在) |
| 村落域 | 789人 |
| その他 | |
| 等時帯 | モスクワ時間 (UTC+3) |
| 郵便番号 | 181148 |
| 市外局番 | +7 81148 |
| ナンバープレート | 62 |
イズボルスク(ロシア語: Изборск)はロシア・プスコフ州ペチョルィ地区の村落(деревня / デレヴニャ)である。ロシアの最も古い街の1つであり[1][注 1]、年代記では[注 2]、スモレンスク、ポロツクと共に、クリヴィチ族居住地の中心的都市として言及されている[3]。
なお、同地区内のノヴィー・イズボルスク(新イズボルスク)に対し、スタルィー・イズボルスク(旧イズボルスク)という通称も用いられている。
スウェーデン、ポーランド、ドイツとの戦争で度々戦場になり、戦死者の魂が宿ると信じられている「スラブの泉」が湧き出ている。2000年3月にここを訪れたプーチン大統領代行(当時)は泉の水を掬って飲み、中世の城砦の修復を指示した。それ以来、ロシアの政府や民族主義者にとって愛国心を高める土地として扱われており、2014年には約30万人の観光客が訪れた[4]。
地理
ゴロディシチエ湖に面し、プスコフの西30 kmの地点に位置する[1]。
人口
脚注
注釈
出典
- ^ a b c ИЗБОРСК // Большой Энциклопедический словарь
- ^ 國本哲男『ロシア原初年代記』p19
- ^ Изборск // Энциклопедический словарь Ф.А. Брокгауза и И.А. Ефрона
- ^ 忘れ去られた改革 旧ソ連・ペレストロイカから30年/1 帝国再興の砦 ロシア防衛戦の地、修復 - 毎日新聞、2015年12月17日
- ^ Административно-территориальное деление Псковской области". (1917-2000). Справочник. Книга 1. — Псков, 2002.
- ^ Данные Всероссийской переписи населения 2002 года: таблица № 02c. Численность населения и преобладающая национальность по каждому сельскому населенному пункту. М.: Федеральная служба государственной статистики, 2004
参考文献
- 國本哲男他訳 『ロシア原初年代記』 名古屋大学出版会、1987年
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