MiG-6 (航空機)
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- 用途:攻撃機(シュトゥルモヴィーク)
- 設計者:第1工場試作設計部門(ミコヤンOKO)
- 製造者:未完成
- 運用状況:計画中止
MiG-6(ミグ6 / ロシア語:МиГ-6 ミーク・スィェースチ)またはPBSh-2(ロシア語:ПБШ-2)は、ソ連のミコヤン・グレヴィッチ設計局によって設計された地上攻撃機(シュトゥルモヴィーク)。
開発
アルテム・ミコヤンとミハイル・グレーヴィチは設計局設立の際、ポリカールポフ設計局に属していた頃に検討していた2つの基礎設計を継承した。そのうちの1つであるI-200はMiG-1として採用された。もう一つが計画65(Проект 65)と呼ばれる機体であり、I-200と同じミクーリン製エンジンを搭載する地上攻撃機として計画された[1]。
この計画案は砲装甲シュトゥルモヴィーク(Пушечный Бронированный Штурмовик / Pushechnyi Bronirovannyi Shturmovik)と呼ばれ、最初の案であるPBSh-1(ПБШ-1)は1940年1月より詳細設計に入った。PBSh-1は逆ガル翼の単葉機で、I-200をスケールアップしたような外観をしていた[2]。装甲の強化に重点を置かれ、厚さは7.5 mmから15.5 mmの装甲でエンジンと操縦席を防護した[3]。1940年7月24日にはPBSh-1のモックアップが完成し、審査に回されたが、設計局では発展型のPBSh-2(ПБШ-2)の検討が既に行われていた[4]。
PBSh-2はPBSh-1の小型版で、離陸性能を高めるために小さな上翼を追加した複葉機だった[4]。上翼は前進角を付けた前進翼で可動翼面を持たず、単一の支柱で下翼に支えられていた。上翼の追加により、PBSh-1と比べて離着陸距離の短縮、機動性と安定性の向上が期待された[4]。両機は採用後の制式名称としてPBSh-1はMiG-4、PBSh-2はMiG-6とすることが予定されていた[1]。
両機の計画に対する当局の反応は記録に残されていない[4]。同クラスの地上攻撃機としてはイリユーシン設計局のBSh-2(БШ-2)があり、これがIl-2として量産されることになったため、PBSh-1/-2の両機は計画段階より先に進むことはなかった[1]。
スペック
出典:「MiG Aircraft Since 1937」 24-25頁[3]
| PBSh-1 (MiG-4) |
PBSh-2 (MiG-6) |
|
|---|---|---|
| 全長 | 10.145 m | 8.85 m |
| 翼福 | 13.5 m | (下翼)12.4 m (上翼)8.6 m |
| 翼面積 | 30.5 m2 | (下翼)22.14 m2 (上翼)10.26 m2 |
| 自重 | 4,850 kg | N/A |
| 最大搭載重量 | 6,024 kg | 4,828 kg |
| 最大速度 | 449 km/h (海面高度) | 426 km/h (海面高度) |
| 実用上昇限度 | 7,600 m | N/A |
| 航続距離 | 900 km | 740 km |
| エンジン | ミクーリン AM-37またはAM-38 液冷V型12気筒エンジン 液冷V型12気筒エンジン×1 |
ミクーリン AM-37またはAM-38 液冷V型12気筒エンジン×1 |
| 固定武装 | VYa-23 23 mm機関砲×2 ShKAS 7.62 mm機関銃×6 |
VYa-23 23 mm機関砲×2 ShKAS 7.62 mm機関銃×6 |
脚注
- ^ a b c ブリッジウォーター 2022, p. 13.
- ^ Gunston & Gordon 1999, p. 24.
- ^ a b Gunston & Gordon 1999, pp. 24–25.
- ^ a b c d Gunston & Gordon 1999, p. 25.
参考文献
- Bill Gunston; Yefim Gordon (1999). MiG Aircraft Since 1937. Putnam Aeronautical Books. ISBN 978-0851778846
- スティーブ・ブリッジウォーター 著、青木謙知 訳「ミグのピストン機」『ロシア戦闘機 MiG』ニュートンプレス〈ニュートンミリタリーシリーズ〉、2022年。 ISBN 978-4315525083。
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