Deprecated: The each() function is deprecated. This message will be suppressed on further calls in /home/zhenxiangba/zhenxiangba.com/public_html/phproxy-improved-master/index.php on line 456
MiG-5 (航空機)とは - わかりやすく解説 Weblio辞書
[go: Go Back, main page]

MiG-5 (航空機)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > MiG-5 (航空機)の意味・解説 

MiG-5 (航空機)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/12/22 12:32 UTC 版)

MiG-5 / МиГ-5
(DIS-200 / ДИС-200)

AM-37を搭載する1号機 «T»

MiG-5(ミグ5;ロシア語:МиГ-5ミーク・ピャーチ)またはDIS-200ДИС-200ヂース・ドヴィェースチ) は、ソビエト連邦ミコヤン・グレヴィッチ設計局が試作したレシプロ双発護衛戦闘機である。

開発

1940年10月7日、ソ連空軍は、ミコヤン・グレヴィッチ設計局(以下、ミグ設計局)に長距離護衛戦闘機の開発を求めた[1]。これはドイツ空軍Bf110に感銘したソ連高官が同種の機体の必要性を示唆したことに端を発したもので、ミグ設計局以外にもポリカールポフ TIS、タイロフ Ta-3、グリューシン Gr-1といった機体が並行して開発指示されている[2][3]

これに対し、ミグ設計局はDIS-200設計案を提出(「DIS」とは「Dalnij Istrebitel' Soprovozhdenya (Дальний Истребитель Сопровождения ドゥホモトルヌイ・イストレビテル・ソプロヴォズデーニヤ[4])」の略で、双発護衛戦闘機を意味する)[1]。同年11月29日に当局から承認を得て、3機の試作機製造と1941年8月までに1号機を国家評価試験に提出すよう指示されたが、開発目的は当初より変わり、この時点では爆撃雷撃偵察なども行う多用途機とされていた[1]。また、制式採用後の名称として戦闘機型にはMiG-5[2][5]、爆撃機型にはMiG-2[5][3]が予定された。

機体は木材と金属による混合構造の双発機で、胴体の前部がジュラルミン、中央部が木製モノコック、後部が鋼管骨組みにジュラルミンをパネル張りしていた[2]。主翼はエンジンナセルの外側に上反角がつく逆ガル翼、尾翼は双尾翼を採用[3]。機首下面はガラス張りで、爆撃時の下方視界を確保した[6]。エンジンはミクーリン AM-37 液冷V型12気筒エンジンを2基搭載し、プロペラは3翅(直径3.1 m)[7][3]。燃料タンクは操縦席後方2ヶ所と主翼4ヶ所で、容量は1,920 l[2]。武装は主翼上面にShKAS 7.62 mm 機関銃4挺、主翼付け根にUBS 12.7 mm機関銃2挺を搭載。このほか、胴体下部に取り外し可能なポッドがあり、VYa-23 23 mm 機関砲1門のほか、任務によって魚雷や爆弾1,000 kgに換装できた[3][5]

試作1号機(«T»)は6月11日にアレクサンドル・I・ジューコフの操縦によって初飛行した[1][3]。最高速度の目標値は664 km/hだったが、試験では560 km/h (高度7,500 m)と大幅に下回り[1]、搭載したAM-37エンジンの信頼性も低く、操縦性能や安定性にも難があった[5]。ミグ設計局では改良のためTsAGIで風洞実験を実施し、エンジンナセルの抵抗を減少させるため、オイルクーラーなどの細部設計を改めた[1]。またプロペラを4翅プロペラ(直径3 m)へ交換した結果、最高速度については610 km/hに向上するなど改善が見られた[2]

他方、1941年6月より始まった独ソ戦により工場の疎開も始まり、ミグ設計局はクイビシェフに、機体はカザンに疎開した[2]。«T»の機体テストは同年10月に終了したが[5]、当局は«T»の不調の原因はエンジンにあると考え、ミグ設計局に対し、試作2号機にはシュベツォフ M-82 空冷星型14気筒エンジンを搭載するように指示した[2]

試作2号機(«IT»)の製作は工場疎開の影響で大幅に遅延し、1942年春頃にようやく完成した[8]。«T»からの変更点としてはエンジン換装によるナセル形状の変更のほか、胴体尾部のテールコーンが開きエアブレーキとして機能する機構が追加されていた[7]

«IT»は1943年1月28日に初飛行したが最高速度604 km/hと振るわず、性能改善はみられなかった。結局、エンジンのキャブレター不調などの諸問題を抱えたまま、同年10月には作業停止が指示され、DIS-200の開発は中止となった[2]

なお、同時期に開発されたTIS、Ta-3、Gr-1もいずれも不採用に終わっている。ソ連の同クラスの機体としてはPe-2/Pe-3があり、既に大量生産の軌道に乗っていた同機の生産を当局は優先した[3][8]

スペック

出典:「MiG-15に至る道」 75頁[9]

試作1号機
DIS-200 «T»
試作2号機
DIS-200 «IT»
全長 11.2 m 12.1 m
全幅 15.3 m 15.3 m
翼面積 38.9 m2 38.9 m2
自重 6,140 kg N/A
総重量 8,060 kg 8,000 kg
最大速度 610 km/h (高度6,800 m) N/A
上昇性能 高度5,000 mまで5.5分 高度5,000 mまで6.3分
実用上昇限度 10,900 m 9,800 m (推定)
航続距離 2,280 km 2,500 km
エンジン ミクーリン AM-37
液冷V型12気筒エンジン
(出力 1,450hp) ×2
シュベツォフ M-82
空冷星型14気筒エンジン
(出力 1,700hp) ×2
武装 23 mm機関砲×1
12.7 mm機関銃×2
7.62 mm機関銃×4
23 mm機関砲×2
12.7 m機関銃×4

脚注

  1. ^ a b c d e f 田村 2013, p. 72.
  2. ^ a b c d e f g h 田村 2013, p. 73.
  3. ^ a b c d e f g ブリッジウォーター 2022, p. 21.
  4. ^ 岡部 2003, p. 19.
  5. ^ a b c d e 岡部 2003, p. 20.
  6. ^ 岡部 2003, p. 18.
  7. ^ a b 田村 2013, p. 80.
  8. ^ a b 岡部 2003, p. 21.
  9. ^ 田村 2013, p. 75.

参考文献

  • 田村俊夫「MiG-15に至る道」『第二次大戦ミグ戦闘機』 No.156、文林堂〈世界の傑作機〉、2013年。ISBN 978-4893192189 
  • スティーブ・ブリッジウォーター 著、青木謙知 訳「ミグのピストン機」『ロシア戦闘機 MiG』ニュートンプレス〈ニュートンミリタリーシリーズ〉、2022年。 ISBN 978-4315525083 
  • 岡部ださく『世界の駄っ作機』 3巻、大日本絵画、2003年。 ISBN 978-4499228237 

関連項目




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「MiG-5 (航空機)」の関連用語

MiG-5 (航空機)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



MiG-5 (航空機)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのMiG-5 (航空機) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2026 GRAS Group, Inc.RSS