為兼大納言入道、召し捕られて、武士どもうち囲みて、六波羅へ率て行きければ、資朝卿、一条わたりにてこれを見て、「あな羨まし。世にあらん思い出、かくこそあらまほしけれ」とぞ言はれける。捕われた時の為兼の堂々とした態度が目に浮かぶようです。為兼はいわゆる「肝の据わった」人だったのでしょう。カリスマ性も備えた、人間的魅力に溢れた人だったろうと思います。
――――――――――――――――――― ↓ | わすれては うちなげかるる 夕べかな 我のみしりて すぐる月日を ↑ | ――――――――――――――――――――こうなりましょうか。
和歌の一道を思ひ解くに、散乱麁動の心をやめ、寂然閑静の徳あり。又言すくなくして心を含めり。惣持の義あるべし。惣持といふは即ち陀羅尼なり(沙石集)西行も和歌即真言と考えていました。恋歌にも「散乱麁動の心(乱れて動きやまない心)をやめ、寂然閑静の徳」があることを信じていたはずだと思います。