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訓読万葉集 9
訓読万葉集 巻9 ―鹿持雅澄『萬葉集古義』による―
巻第九 ( ここのまきにあたるまき )
雑歌 ( くさぐさのうた )
泊瀬の朝倉の宮に天 ( あめ ) の下しろしめしし天皇 ( すめらみこと ) * のみよみませる御製歌 ( おほみうた ) 一首 ( ひとつ )
1664 夕されば小椋 ( をくら ) の山に臥す鹿の今宵は鳴かずい寝にけらしも*
崗本の宮に天の下しろしめしし天皇の、紀伊国 ( きのくに ) に幸 ( いでま ) せる時の歌二首 ( ふたつ )
1665 妹がため吾 ( あ ) が玉拾 ( ひり ) ふ沖辺なる玉寄せ持ち来 ( こ ) 沖つ白波
1666 朝霧に濡れにし衣干さずして独りや君が山道 ( やまぢ ) 越ゆらむ
右ノ二首 ( フタウタ ) 、作者 ( ヨミヒト ) 未詳 ( シラズ ) 。
大宝 ( だいはう ) の元年 ( はじめのとし ) 辛丑 ( かのとうし ) 冬十月 ( かみなづき ) 、太上天皇 ( おほきすめらみこと ) 、大行天皇 ( さきのすめらみこと ) 、紀伊国に幸ませる時の歌十三首 ( とをまりみつ )
1667 妹がため吾 ( あ ) が玉求む沖辺なる白玉寄せ来 ( こ ) 沖つ白波
右ノ一首 ( ヒトウタ ) 、既ニ上ニ見ルコト* 畢ハリヌ。但歌辞少シク換リ、年代相違ヘリ。因テ以テ累ネ戴ス。
1668 白崎は幸 ( さき ) くあり待て大船に真梶繁貫 ( しじぬ ) きまたかへり見む
1669 南部 ( みなべ ) の浦潮な満ちそね鹿島 ( かじま ) なる釣する海人 ( あま ) を見て帰り来む
1670 朝開 ( びら ) き榜ぎ出て吾 ( あれ ) は由良の崎釣する海人を見て帰り来む
1671 由良の崎潮干にけらし白神 ( しらかみ ) の磯の浦廻 ( うらみ ) を喘 ( あべ ) て榜ぎ響 ( とよ ) む*
1672 黒牛潟 ( くろうしがた ) 潮干の浦を紅の玉裳 ( たまも ) 裾引き行くは誰が妻
1673 風早 ( かざはや ) の* 浜の白波いたづらにここに寄せ来も* 見る人無しに
右ノ一首、山上臣憶良 ノ類聚歌林ニ曰ク、長忌寸意吉麻呂、詔ニ応ヘテ此歌ヲ作メリト。
1674 我が背子が使来むかと出立 ( いでたち ) のこの松原を今日か過ぎなむ
1675 藤白の御坂を越ゆと白たへの我が衣手は濡れにけるかも
1676 勢 ( せ ) の山に黄葉 ( もみち ) 散り敷く* 神岳の山の黄葉は今日か散るらむ
1677 大和には聞こえもゆくか大家野 ( おほやぬ ) の* 小竹葉 ( ささば ) 刈り敷き廬せりとは
1678 紀の国の昔弓雄 ( さつを ) の* 響矢 ( かぶら ) もち鹿 ( か ) 取り靡けし坂の上 ( へ ) にそある
1679 紀の国にやまず通はむ都麻 ( つま ) の杜妻寄し来 ( こ ) せね妻と言ひながら
右ノ一首、或ヒト云ク、坂上忌寸人長ガ作。
後れたる人の歌二首
1680 麻裳 ( あさも ) よし紀へ行く君が真土山越ゆらむ今日そ雨な降りそね
1681 後れ居て吾 ( あ ) が恋ひ居れば白雲の棚引く山を今日か越ゆらむ
忍壁皇子 に献れる歌一首 仙人ノ形ヲ詠ム
1682 とこしへに夏冬ゆけや裘 ( かはころも ) 扇放たぬ山に住む人
舎人皇子 に献れる歌二首
1683 妹が手を取りて引き攀ぢ打ち手 ( た ) 折り君が* 挿すべき花咲けるかも
1684 春山は散り過ぎぬれども三輪山はいまだ含 ( ふふ ) めり君待ちかてに
泉河の辺 ( ほとり ) にて間人宿禰 ( はしひとのすくね ) がよめる歌二首
1685 川の瀬の激 ( たぎ ) つを見れば玉藻かも散り乱れたるこの川門 ( かはど ) かも
1686 彦星の挿頭 ( かざし ) の玉の妻恋に乱れにけらしこの川の瀬に
鷺坂 ( さぎさか ) にてよめる歌一首
1687 白鳥の鷺坂山の松影に宿りてゆかな夜も更けゆくを
名木河 ( なきがは ) にてよめる歌二首
1688 あぶり干す人もあれやも濡れ衣 ( きぬ ) を家には遣らな旅のしるしに
1689 荒磯辺 ( ありそへ ) につきて榜がさね都人* 浜を過ぐれば恋 ( こほ ) しくあるなり
高島にてよめる歌二首
1690 高島の阿渡 ( あど ) 川波は騒げども我は家思 ( も ) ふ宿り悲しみ
1691 旅なれば夜中をさして照る月の高島山に隠らく惜しも
紀伊国にてよめる歌二首
1692 吾 ( あ ) が恋ふる妹は逢はさず玉つ浦に衣片敷き独りかも寝む
1693 玉くしげ明けまく惜しきあたら夜を衣手離 ( か ) れて独りかも寝む
鷺坂にてよめる歌一首
1694 細領巾 ( ほそひれ ) の鷺坂山の白つつじ吾 ( あれ ) ににほはね妹に示さむ
泉河にてよめる歌一首
1695 妹が門入り泉川の常滑にみ雪残れりいまだ冬かも
名木河にてよめる歌三首
1696 衣手の名木の川辺を春雨に吾 ( あれ ) 立ち濡ると家思 ( も ) ふらむか
1697 家人の使なるらし春雨の避 ( よ ) くれど吾 ( あれ ) を濡らす思へば
1698 あぶり干す人もあれやも家人の春雨すらを間使 ( まつかひ ) にする
宇治河にてよめる歌二首
1699 巨椋 ( おほくら ) の入江響 ( とよ ) むなり射目人 ( いめひと ) の伏見が田居に雁渡るらし
1700 秋風の山吹の瀬の響むなべ天雲翔り雁渡るかも
弓削皇子 に献れる歌三首
1701 さ夜中と夜は更けぬらし雁が音の聞こゆる空に月渡る見ゆ
1702 妹があたり衣雁が音* 夕霧に来鳴きて過ぎぬともしきまでに
1703 雲隠り雁鳴く時に秋山の黄葉 ( もみち ) 片待つ時は過ぐれど
舎人皇子に献れる歌二首
1704 打ち手折り多武 ( たむ ) の山霧繁みかも細川の瀬に波の騒ける
1705 冬こもり春へを恋ひて植ゑし木の実になる時を片待つ吾 ( あれ ) ぞ
舎人皇子の御歌一首
1706 ぬば玉の夜霧ぞ立てる衣手の高屋の上に棚引くまてに
鷺坂にてよめる歌一首
1707 山背 ( やましろ ) の久世 ( くせ ) の鷺坂神代より春は張りつつ秋は散りけり
泉河の辺にてよめる歌一首
1708 春草を馬咋山 ( うまくひやま ) よ越え来 ( く ) なる雁が使は宿 ( やどり ) 過ぐなり
弓削皇子に献れる歌一首
1709 御食 ( みけ ) 向ふ南淵山 ( みなふちやま ) の巌 ( いはほ ) には降りしはだれか消え残りたる
右、柿本朝臣人麻呂ノ歌集ニ出ヅ。
題闕*
1710 我妹子が赤裳湿 ( ひづ ) ちて植ゑし田を刈りて収めむ倉無 ( くらなし ) の浜
1711 百伝 ( ももづた ) ふ八十 ( やそ ) の島廻 ( しまみ ) を榜ぎ来 ( き ) けど粟の小島は見れど飽かぬかも
右ノ二首、或ヒト云ク、柿本朝臣人麻呂ガ作。
筑波山 ( つくはやま ) に登りて月を詠める歌一首
1712 天の原雲なき宵にぬば玉の夜渡る月の入らまく惜しも
芳野の離宮 ( とつみや ) に幸 ( いでま ) せる時の歌二首
1713 滝の上 ( へ ) の三船の山よ秋津辺に来鳴き渡るは誰 ( たれ ) 呼子鳥
1714 落ちたぎち流るる水の岩に触 ( ふ ) り淀める淀に月の影見ゆ
右ノ三首、作者未詳。
槐本 ( ゑにすのもと ) が歌一首
1715 楽浪 ( ささなみ ) の比良山風 ( ひらやまかぜ ) の海吹けば釣する海人の袖返る見ゆ
山上 ( やまのへ ) が歌一首
1716 白波の浜松の木の手向ぐさ幾代までにか年は経ぬらむ
右ノ一首、或ヒト云ク、河島皇子ノ御作歌。
春日 ( かすが ) が歌一首
1717 三川 ( みつがは ) の淵瀬もおちず小網 ( さで ) さすに衣手濡れぬ干す子はなしに
高市 ( たけち ) が歌一首
1718 率 ( あども ) ひて榜ぎにし舟は高島の安曇 ( あど ) の水門 ( みなと ) に泊 ( は ) てにけむかも
春日が歌一首*
1719 照る月を雲な隠しそ島陰に吾 ( あ ) が船泊てむ泊知らずも
右ノ一首、或ル本ニ云ク、小辯ガ作ナリト。或ハ姓氏ヲ記シ、名字ヲ記スコト無ク、或ハ名号ヲ称 ( イ ) ヒテ姓氏ヲ称ハズ。然レドモ古記ニ依リテ、便チ次ヲ以テ載ス。凡ソ此ノ如キ類ハ、下皆焉 ( コレ ) ニ効 ( ナラ ) ヘ。
元仁が歌三首
1720 馬並 ( な ) めてうち群れ越え来今日見つる吉野の川をいつかへり見む
1721 苦しくも暮れぬる日かも吉野川清き川原を見れど飽かなくに
1722 吉野川川波高み滝 ( たぎ ) の裏を見ずかなりなむ恋 ( こほ ) しけまくに
絹が歌一首
1723 かはづ鳴く六田 ( むつた ) の川の川柳 ( かはやぎ ) のねもころ見れど飽かぬ君かも
島足 ( しまたり ) が歌一首
1724 見まく欲り来 ( こ ) しくもしるく吉野川音のさやけさ見るにともしき
麻呂が歌一首
1725 古 ( いにしへ ) の賢 ( さか ) しき人の遊びけむ吉野の川原見れど飽かぬかも
右、柿本朝臣人麿ノ歌集ニ出ヅ。
丹比真人が歌一首
1726 難波潟潮干に出でて玉藻刈る海未通女 ( あまをとめ ) ども汝 ( な ) が名のらさね
某 ( それ ) の娘子 ( をとめ ) が和ふる歌*
1727 漁りする海人とを見ませ* 草枕旅ゆく人に妻とは告らじ*
石川の卿 ( まへつきみ ) の歌一首
1728 慰めて今夜は寝なむ明日よりは恋ひかもゆかむこよ別れなば
宇合 ( うまかひ ) の卿の歌三首
1729 暁 ( あかとき ) の夢 ( いめ ) に見えつつ梶島の磯越す波のしきてし思ほゆ
1730 山科の石田 ( いはた ) の小野の柞原 ( ははそはら ) 見つつや君が山道越ゆらむ
1731 山科の石田の杜に奉幣 ( たむけ ) せば* けだし我妹に直 ( ただ ) に逢はむかも
碁師 ( ごし ) が歌二首
1732 大葉山 ( おほはやま ) 霞たなびきさ夜更けて吾 ( あ ) が舟泊てむ泊知らずも
1733 思 ( しぬ ) ひつつ来 ( く ) れど来 ( き ) かねて三尾が崎真長の浦をまたかへり見つ
小辯 ( すなきおほともひ ) が歌一首
1734 高島の安曇の湊を榜ぎ過ぎて塩津菅浦今は榜がなむ
伊保麻呂 ( いほまろ ) が歌一首
1735 吾 ( あ ) が畳三重の川原の磯の裏にかくしもがもと鳴くかはづかも
式部 ( のりのつかさ ) 大倭 ( おほやまと ) が芳野にてよめる歌一首
1736 山高み白木綿花 ( しらゆふはな ) に落ちたぎつ夏身の川門 ( かはど ) 見れど飽かぬかも
兵部 ( つはもののつかさ ) 川原が歌一首
1737 大滝 ( おほたぎ ) を過ぎて夏身にそひ居りて* 清き川瀬を見るがさやけさ
上総 ( かみつふさ ) の周淮 ( すゑ ) の珠名娘子 ( たまなをとめ ) を詠める歌一首 、また短歌 ( みじかうた )
1738 尻長鳥 ( しながとり ) 安房 ( あは ) に継ぎたる 梓弓 周淮の珠名は
胸別 ( むなわけ ) の 広けき我妹 腰細の すがる娘子の
その顔の きらきらしきに 花のごと 笑みて立てれば
玉ほこの 道ゆく人は おのが行く 道は行かずて
呼ばなくに 門に至りぬ さし並ぶ 隣の君は
たちまちに 己妻離 ( か ) れて 乞はなくに 鍵さへ奉 ( まつ ) る
人の皆 かく惑へれば うちしなひ 寄りてぞ妹は たはれてありける
反し歌
1739 金門 ( かなど ) にし人の来立てば夜中にも身はたな知らず出でてぞ逢ひける
水江 ( みづのえ ) の浦島の子を詠める歌一首、また短歌
1740 春の日の 霞める時に 住吉 ( すみのえ ) の 岸に出で居て
釣舟の たゆたふ見れば* 古の ことそ思ほゆる
水江の 浦島の子が 堅魚 ( かつを ) 釣り 鯛 ( たひ ) 釣りほこり
七日まで 家にも来ずて 海界 ( うなさか ) を 過ぎて榜ぎゆくに
海若 ( わたつみ ) の 神の娘子に たまさかに い榜ぎ向ひ
相かたらひ 言 ( こと ) 成りしかば かき結び 常世に至り
海若の 神の宮の 内の重 ( へ ) の 妙なる殿に
たづさはり 二人入り居て 老いもせず 死にもせずして
永世 ( とこしへ ) に ありけるものを 世の中の 愚 ( かたくな ) 人の
我妹子に 告 ( の ) りて語らく 暫 ( しま ) しくは 家に帰りて
父母に 事も告らひ 明日のごと 吾 ( あれ ) は来なむと
言ひければ 妹が言へらく 常世辺に また帰り来て
今のごと 逢はむとならば この篋 ( くしげ ) 開くなゆめと
そこらくに 堅めし言を 住吉に 帰り来たりて
家見れど 家も見かねて 里見れど 里も見かねて
あやしみと そこに思はく 家よ出て 三年 ( みとせ ) の間 ( ほど ) に
垣もなく 家失せめやも* この筥 ( はこ ) を 開きて見てば
もとのごと 家はあらむと 玉篋 少し開くに
白雲の 箱より出でて 常世辺に たなびきぬれば
立ち走 ( わし ) り 叫び袖振り こいまろび 足ずりしつつ
たちまちに 心消 ( け ) 失せぬ 若かりし 肌も皺みぬ
黒かりし 髪も白けぬ ゆりゆりは* 息さへ絶えて
のち遂に 命死にける 水江の 浦島の子が 家ところ見ゆ
反し歌
1741 常世辺に住むべきものを剣大刀 ( つるぎたち ) しが心から鈍 ( おそ ) やこの君
河内 ( かふち ) の大橋を独りゆく娘子を見てよめる歌一首、また短歌
1742 しな照 ( で ) る 片足羽川 ( かたあすはがは ) の さ丹 ( に ) 塗りの 大橋の上 ( へ ) よ
紅の 赤裳裾引き 山藍 ( やまゐ ) もち 摺 ( す ) れる衣 ( きぬ ) 着て
ただ独り い渡らす子は 若草の 夫 ( つま ) かあるらむ
橿 ( かし ) の実の 独りか寝 ( ぬ ) らむ 問はまくの 欲しき我妹が 家の知らなく
反し歌
1743 大橋の頭 ( つめ ) に家あらばま悲しく独りゆく子に宿貸さましを
武藏 ( むざし ) の小埼 ( をさき ) の沼の鴨を見てよめる歌一首
1744 埼玉 ( さきたま ) の小埼の沼に鴨そ羽霧 ( はねき ) るおのが尾に降り置ける霜を掃ふとならし
那賀の郡の曝井 ( さらしゐ ) の歌一首
1745 三栗 ( みつくり ) の那賀に回 ( めぐ ) れる* 曝井の絶えず通はむそこに妻もが
手綱 ( たづな ) の浜の歌一首
1746 遠妻しそこに* ありせば知らずとも手綱の浜の尋ね来なまし
慶雲 ( きやううむ ) 三年 ( みとせといふとし ) 丙午 ( ひのえうま ) * 春三月 ( やよひ ) 、諸 ( もろもろ ) の卿大夫等 ( まへつきみたち ) 、難波に下れる時の歌二首、また短歌
1747 白雲の 龍田の山の 滝 ( たぎ ) の上 ( へ ) の 小椋 ( をくら ) の嶺に
咲きををる 桜の花は 山高 ( だか ) み 風しやまねば
春雨の 継ぎて降れれば 上枝 ( ほつえ ) は 散り過ぎにけり
下枝 ( しづえ ) に 残れる花は しまらくは 散りな乱りそ
草枕 旅ゆく君が 帰り来むまで
反し歌
1748 吾 ( あ ) が行きは七日は過ぎじ龍田彦ゆめこの花を風にな散らし
1749 白雲の 龍田の山を 夕暮に うち越えゆけば
滝 ( たぎ ) の上 ( へ ) の 桜の花は 咲きたるは 散り過ぎにけり
含 ( ふふ ) めるは 咲き継ぎぬべし こちごちの 花の盛りに
見せずとも かにかくに* 君のみ行きは 今にしあるべし
反し歌
1750 暇 ( いとま ) あらばなづさひ渡り向つ峯 ( を ) の桜の花も折らましものを
難波に宿りて、明くる日還来 ( かへ ) る時の歌一首、また短歌
1751 島山を い行き廻 ( もとほ ) る 川沿ひの 岡辺の道よ
昨日こそ 吾 ( あ ) が越え来しか 一夜のみ 寝たりしからに
峯 ( を ) の上の 桜の花は 滝の瀬よ たぎちて流る
君が見む その日までには あらしの* 風な吹きそと
打ち越えて 名に負へる杜に 風祭 ( かざまつり ) せな
反し歌
1752 い行き逢ひの坂の麓に咲きををる桜の花を見せむ子もがも
検税使 ( けむぜいし ) 大伴の卿の筑波山に登りたまへる時の歌一首、また短歌
1753 衣手 常陸の国 二並ぶ 筑波の山を
見まく欲り 君来ませりと 暑けくに 汗かき嘆き*
木 ( こ ) の根取り 嘯 ( うそむ ) き登り 峯 ( を ) の上を 君に見すれば
男神 ( をのかみ ) も 許したまひ 女神 ( めのかみ ) も ちはひたまひて
時となく 雲居雨降る 筑波嶺 ( つくはね ) を さやに照らして
いふかりし 国のまほらを つばらかに 示したまへば
嬉しみと 紐の緒解きて 家のごと 解けてそ遊ぶ
打ち靡く 春見ましよは 夏草の 茂くはあれど 今日の楽しさ
反し歌
1754 今日の日にいかで及 ( し ) かめや筑波嶺に昔の人の来けむその日も
霍公鳥 ( ほととぎす ) を詠める歌一首、また短歌
1755 鴬の 卵 ( かひこ ) の中に 霍公鳥 独り生れて
己 ( し ) が父に 似ては鳴かず 己が母に 似ては鳴かず
卯の花の 咲きたる野辺よ 飛び翔り 来鳴き響 ( とよ ) もし
橘の 花を居散らし ひねもすに 鳴けど聞きよし
幣 ( まひ ) はせむ 遠くな行きそ 我が屋戸の 花橘に 住みわたり鳴け*
反し歌
1756 かき霧 ( き ) らし雨の降る夜を霍公鳥鳴きてゆくなりあはれその鳥
筑波山に登る歌一首、また短歌
1757 草枕 旅の憂 ( う ) けくを 慰むる こともあれやと
筑波嶺に 登りて見れば 尾花散る 師付 ( しづく ) の田居に
雁がねも 寒く来鳴きぬ 新治 ( にひばり ) の 鳥羽 ( とば ) の淡海 ( あふみ ) も
秋風に 白波立ちぬ 筑波嶺の よけくを見れば
長き日 ( け ) に 思ひ積み来し 憂けくはやみぬ
反し歌
1758 筑波嶺の裾廻の田居に秋田刈る妹がり遣らむ黄葉 ( もみち ) 手折らな
筑波嶺に登りてかがひする日 ( とき ) よめる歌一首、また短歌
1759 鷲の住む 筑波の山の 裳羽服津 ( もはきつ ) の その津の上に
率 ( あども ) ひて 未通女 ( をとめ ) 壮士 ( をとこ ) の 行き集ひ かがふかがひに
人妻に 吾 ( あれ ) も交 ( あ ) はむ 吾 ( あ ) が妻に 人も言問へ
この山を うしはく神の 古 ( いにしへ ) よ 禁 ( いさ ) めぬわざぞ
今日のみは めぐしもな見そ 事も咎むな
カガヒ* ハ、東ノ俗語ニ曰ク、カガヒ。
反し歌
1760 男神に雲立ちのぼり時雨ふり濡れ通るとも吾 ( あれ ) 帰らめや
右ノ件ノ歌ハ、高橋連蟲麻呂 ノ歌集ノ中ニ出ヅ。
鳴鹿 ( しか ) を詠める歌一首、また短歌
1761 三諸 ( みもろ ) の 神奈備山に たち向ふ 御垣の山に
秋萩の 妻をまかむと 朝月夜 明けまく惜しみ
あしひきの 山彦響め 呼び立て鳴くも
反し歌
1762 明日の宵逢はざらめやもあしひきの山彦響め呼び立て鳴くも
右ノ件ノ歌、或ヒト云ク、柿本朝臣人麻呂ガ作。*
沙彌女王 ( さみのおほきみ ) の歌一首
1763 倉橋の山を高みか夜隠 ( ごも ) りに出で来る月の片待ちがたき
右ノ一首、間人宿禰大浦ガ歌ノ中ニ既ニ見エタリ。但末一句相換リ、亦作歌ノ両主、正指ニ敢ズ。因テ以テ累ネ載ス。
七夕 ( なぬかのよ ) の歌一首、また短歌
1764 久かたの 天の川原 ( がはら ) に 上つ瀬に 玉橋渡し
下つ瀬に 船浮け据ゑ 雨降りて 風は吹くとも*
風吹きて 雨は降るとも* 裳濡らさず やまず来ませと 玉橋渡す
反し歌
1765 天の川霧立ち渡る今日今日と吾 ( あ ) が待つ君が船出すらしも
右ノ件ノ歌、或ヒト云ク、中衛大将藤原北卿宅ニテ作メリト。
相聞 ( したしみうた )
振田向宿禰 ( ふるのたむけのすくね ) が筑紫国に退 ( まか ) る時の歌一首
1766 我妹子は釧 ( くしろ ) にあらなむ左手の吾 ( あ ) が奥の手に巻きて去 ( い ) なましを
拔氣大首 ( ぬかけのおほおびと ) が筑紫に任 ( ま ) けらるる時、豊前国 ( とよくにのみちのくち ) の娘子紐児 ( ひものこ ) に娶 ( あ ) ひてよめる歌三首
1767 豊国の香春は吾家 ( わぎへ ) 紐児にいつがり居れば香春は吾家
1768 石上 ( いそのかみ ) 布留 ( ふる ) の早稲田 ( わさだ ) の穂には出でず心のうちに恋ふるこの頃
1769 かくのみし恋ひし渡れば玉きはる命も吾 ( あれ ) は惜しけくもなし
大神 ( おほみわ ) の大夫 ( まへつきみ ) が長門守に任けらるる時、三輪河の辺 ( ほとり ) に集ひて宴する歌二首
1770 三諸 ( みもろ ) の神の帯ばせる泊瀬川水脈 ( みを ) し絶えずは吾 ( あれ ) 忘れめや
1771 後 ( おく ) れ居て吾 ( あれ ) はや恋ひむ春霞棚引く山を君し越えなば
右ノ二首、古歌集ノ中ニ出ヅ。
大神の大夫が筑紫国に任けらるる時、阿倍の大夫がよめる歌一首
1772 後れ居て吾 ( あれ ) はや恋ひむ印南野 ( いなみぬ ) の秋萩見つつ去 ( い ) なむ子故に
弓削皇子に献れる歌一首
1773 神奈備の神依せ板にする杉の思ひも過ぎず恋の繁きに
舎人皇子に献れる歌二首
1774 たらちねの母の命の言にあらば年の緒長く頼み過ぎむや
1775 泊瀬川夕渡り来て我妹子が家の金門 ( かなど ) に近づきにけり
右ノ三首、柿本朝臣人麿ノ歌集ニ出ヅ。
石川の大夫が任 ( つかさ ) を遷されて京 ( みやこ ) に上る時、播磨娘子が贈れる歌二首
1776 絶等寸 ( たゆらき ) の山の峰 ( を ) の上 ( へ ) の桜花咲かむ春へは君し偲はむ
1777 君なくはなぞ身装はむ櫛笥 ( くしげ ) なる黄楊 ( つげ ) の小櫛 ( をくし ) も取らむとも思 ( も ) はず
藤井連 ( ふぢゐのむらじ ) が任を遷されて京に上る時、娘子が贈れる歌一首
1778 明日よりは吾 ( あれ ) は恋ひむな名次山 ( なすきやま ) * 岩踏み平し君が越えなば
藤井連が和ふる歌一首
1779 命をしま幸 ( さき ) くもがも名次山岩踏み平しまたかへり来む
鹿島郡苅野橋 ( かるぬのはし ) にて、大伴の卿に別るる歌一首、また短歌
1780 ことひ牛の 三宅の浦に さし向ふ 鹿島の崎に
さ丹塗りの 小船 ( をぶね ) を設 ( ま ) け 玉纏 ( たままき ) の 小梶繁貫き
夕潮の 満ちの湛 ( とど ) みに 御船子 ( みふなこ ) を 率 ( あども ) ひ立てて
呼び立てて 御船出でなば 浜も狭 ( せ ) に 後れ並み居て
こいまろび 恋ひかも居らむ 足ずりし 音のみや泣かむ
海上 ( うなかみ ) の その津を指して 君が榜ぎゆかば
反し歌
1781 海つ道 ( ぢ ) の凪ぎなむ時も渡らなむかく立つ波に船出すべしや
右ノ二首、高橋連蟲麻呂ノ歌集ノ中ニ出ヅ。
妻 ( め ) に与 ( おく ) れる歌一首
1782 雪こそは春日 ( はるひ ) 消ゆらめ心さへ消え失せたれや言も通はぬ
妻が和ふる歌一首
1783 松返りしひてあれやも* 三栗 ( みつぐり ) の中すぎて来ず* 待つといへや子*
右ノ二首、柿本朝臣人麻呂ノ歌集ノ中ニ出ヅ。
入唐使 ( もろこしにつかはすつかひ ) に贈れる歌一首
1784 海神 ( わたつみ ) のいづれの神を祈らばか行方も来方 ( くへ ) も船の早けむ
右ノ一首、渡海ノ年紀、詳ラカナラズ。
神亀五年 ( いつとせといふとし ) 戊辰 ( つちのえたつ ) 秋八月 ( はつき ) によめる歌一首、また短歌
1785 人となる ことは難 ( かた ) きを わくらばに なれる吾 ( あ ) が身は
死にも生きも 君がまにまと 思ひつつ ありし間に
うつせみの 世の人なれば 大王 ( おほきみ ) の 命 ( みこと ) 畏 ( かしこ ) み
天ざかる 夷 ( ひな ) 治めにと 朝鳥の 朝立ちしつつ
むら鳥の 群立ち行けば 留まり居て 吾 ( あれ ) は恋ひむな 見ず久ならば
反し歌
1786 み越道の雪降る山を越えむ日は留まれる吾 ( あれ ) を懸けて偲 ( しぬ ) はせ
天平元年 ( はじめのとし ) 己巳 ( つちのとみ ) 冬十二月 ( しはす ) によめる歌一首、また短歌
1787 うつせみの 世の人なれば 大王の 命畏み
敷島の 大和の国の 石上 布留の里に
紐解かず 丸寝 ( まろね ) をすれば 吾 ( あ ) が着 ( け ) せる 衣はなれぬ
見るごとに 恋はまされど 色に出 ( い ) でば 人知りぬべみ
冬の夜の 明けもかねつつ* 寝 ( い ) も寝ずに 吾 ( あれ ) はぞ恋ふる 妹が直香 ( ただか ) に
反し歌
1788 布留の山よ直に見渡す都にぞ寝 ( い ) を寝ず恋ふる遠からなくに
1789 我妹子が結 ( ゆ ) ひてし紐を解かめやも絶えば絶ゆとも直に逢ふまでに
右ノ件ノ五首、笠朝臣金村 ノ歌集ニ出ヅ。
天平五年癸酉 ( みづのととり ) 遣唐使 ( もろこしにつかはすつかひ ) の船、難波よりいづる時、親母 ( はは ) が子に贈れる歌一首、また短歌
1790 秋萩を 妻問ふ鹿 ( か ) こそ 独り子を 持たりと言へ*
鹿子 ( かこ ) じもの 吾 ( あ ) が独り子の 草枕 旅にし行けば
竹玉 ( たかたま ) を 繁 ( しじ ) に貫き垂り 斎瓮 ( いはひへ ) に 木綿 ( ゆふ ) 取り垂 ( し ) でて
斎 ( いは ) ひつつ 吾 ( あ ) が思 ( も ) ふ吾子 ( あご ) ま幸くありこそ
反し歌
1791 旅人の宿りせむ野に霜降らば吾 ( あ ) が子羽ぐくめ天 ( あめ ) の鶴群 ( たづむら )
娘子を思 ( しぬ ) ひてよめる歌一首、また短歌
1792 白玉の 人のその名を なかなかに 言の緒延 ( は ) へず
逢はぬ日の 数多 ( まね ) く過ぐれば 恋ふる日の 重なりゆけば
思ひ遣る たどきを知らに 肝 ( きも ) 向ふ 心砕けて
玉たすき 懸けぬ時なく 口やまず 吾 ( あ ) が恋ふる子を
玉釧 ( たまくしろ ) 手に巻き持ちて* 真澄鏡 ( まそかがみ ) 直目 ( ただめ ) に見ねば
したひ山 下ゆく水の 上に出でず 吾 ( あ ) が思 ( も ) ふ心 安からぬかも*
反し歌
1793 垣ほなす人の横言 ( よここと ) 繁みかも逢はぬ日まねく月の経ぬらむ
1794 立ち易 ( かは ) る月重なりて逢はねども実 ( さね ) 忘らえず面影にして
右ノ三首、田邊福麻呂 ノ歌集ニ出ヅ。
挽歌 ( かなしみうた )
宇治若郎子 ( うぢのわきいらつこ ) の宮所の歌一首
1795 妹がりと今木の嶺に茂 ( し ) み立てる嬬 ( つま ) 松の木は吉き人見けむ
紀伊国にてよめる歌四首
1796 もみち葉の過ぎにし子らと携はり遊びし磯を見れば悲しも
1797 潮気立つ荒磯 ( ありそ ) にはあれど行く水の過ぎにし妹が形見とぞ来し
1798 古に妹と吾 ( あ ) が見しぬば玉の黒牛潟 ( くろうしがた ) を見れば寂 ( さぶ ) しも
1799 玉津島磯の浦廻の真砂 ( まなご ) にもにほひて行かな妹が触 ( ふ ) りけむ
右ノ四首、柿本朝臣人麿ノ歌集ニ出ヅ。
足柄の坂を過ぐるとき、死 ( みまか ) れる人を見てよめる歌一首
1800 小垣内 ( をかきつ ) の 麻を引き干し 妹なねが 作り着せけむ
白妙の 紐をも解かず 一重結ふ 帯を三重結ひ
苦しきに 仕へ奉りて 今だにも 国に退 ( まか ) りて
父母も 妻をも見むと 思ひつつ 行きけむ君は
鶏が鳴く 東 ( あづま ) の国の 畏きや 神の御坂に
和細布 ( にきたへ ) の 衣寒らに ぬば玉の 髪は乱れて
国問へど 国をも告 ( の ) らず 家問へど 家をも言はず
ますらをの 行きの進みに ここに臥やせる
葦屋処女 ( あしやをとめ ) が墓を過ぐる時よめる歌一首、また短歌
1801 古の ますら丁子 ( をのこ ) の 相競 ( きほ ) ひ 妻問しけむ
葦屋 ( あしのや ) の 菟原娘子 ( うなひをとめ ) の 奥城 ( おくつき ) を 吾 ( あ ) が立ち見れば
永き世の 語りにしつつ 後人の 偲ひにせむと
玉ほこの 道の辺近く 岩構へ 造れる塚 ( はか ) を
天雲の そくへの限り この道を 行く人ごとに
行き寄りて い立ち嘆かひ 里人 ( さどひと ) は* 哭 ( ね ) にも泣きつつ
語り継ぎ 偲ひ継ぎ来し 娘子らが 奥城所
吾 ( あれ ) さへに 見れば悲しも 古思へば
反し歌
1802 古の信太丁子 ( しぬだをとこ ) の妻問ひし菟原処女の奥城ぞこれ
1803 語り継ぐからにもここだ恋 ( こほ ) しきを直目に見けむ古丁子 ( いにしへをとこ )
弟 ( おと ) の死去 ( みまか ) れるを哀しみてよめる歌一首、また短歌
1804 父母が 成しのまにまに 箸向ふ 弟の命 ( みこと ) は
朝露の 消 ( け ) やすき命 神の共 ( むた ) 争ひかねて
葦原の 瑞穂の国に 家無みや また帰り来ぬ
遠つ国 黄泉 ( よみ ) の境に 延 ( は ) ふ蔦の おのもおのも*
天雲の 別れし行けば 闇夜なす 思ひ惑はひ
射ゆ鹿 ( しし ) の 心を痛み 葦垣の 思ひ乱れて
春鳥の 哭のみ泣きつつ 味 ( うま ) さはふ 夜昼言はず
かぎろひの 心燃えつつ 嘆きぞ吾 ( あ ) がする*
反し歌
1805 別れてもまたも逢ふべく思ほえば心乱れて吾 ( あれ ) 恋ひめやも
1806 あしひきの荒山中に送り置きて帰らふ見れば心苦しも
右ノ七首、田邊福麻呂ノ歌集ニ出ヅ。
勝鹿 ( かづしか ) の真間娘子 ( ままをとめ ) を詠める歌一首、また短歌
1807 鶏が鳴く 東の国に 古に ありけることと
今までに 絶えず言ひ来る 勝鹿の 真間の手兒名 ( てこな ) が
麻衣 ( あさきぬ ) に 青衿 ( あをえり ) 着け 直 ( ひた ) さ麻を 裳には織り着て
髪だにも 掻きは梳らず 履 ( くつ ) をだに はかず歩けど
錦綾 ( にしきあや ) の 中に包 ( くく ) める 斎 ( いは ) ひ子も 妹にしかめや
望月の 足れる面 ( おも ) わに 花のごと 笑みて立てれば
夏虫の 火に入るがごと 水門 ( みなと ) 入りに 舟榜ぐごとく
行きかがひ* 人の言ふ時 幾許 ( いくばく ) も 生けらじものを
何すとか 身をたな知りて 波の音 ( と ) の 騒く湊の
奥城に 妹が臥 ( こ ) やせる 遠き代に ありけることを
昨日しも 見けむがごとも 思ほゆるかも
反し歌
1808 勝鹿の真間の井見れば立ち平し水汲ましけむ手兒名し思ほゆ
菟原処女 ( うなひをとめ ) が墓を見てよめる歌一首、また短歌
1809 葦屋 ( あしのや ) の 菟原処女の 八年子 ( やとせこ ) の 片生ひの時よ
小放 ( をはなり ) に 髪たくまでに 並び居 ( を ) る 家にも見えず
虚木綿 ( うつゆふ ) の 籠りて座 ( ま ) せば 見てしかと 鬱 ( いふ ) せむ時の
垣ほなす 人の問ふ時 茅渟壮士 ( ちぬをとこ ) 菟原壮士 ( うなひをとこ ) の
臥屋 ( ふせや ) 焚き すすし競ひ 相よばひ しける時に
焼太刀 ( やきたち ) の 手 ( た ) かみ押しねり 白真弓 靫 ( ゆき ) 取り負ひて
水に入り 火にも入らむと 立ち向ひ 競 ( きほ ) へる時に
我妹子が 母に語らく 倭文手纏 ( しづたまき ) 賤しき吾 ( あ ) が故
ますらをの 争ふ見れば 生けりとも 逢ふべくあらめや
宍薬 ( ししくしろ ) 黄泉に待たむと 隠沼 ( こもりぬ ) の 下延 ( したば ) へ置きて
打ち嘆き 妹がゆければ 茅渟壮士 その夜夢に見
取り続き 追ひ行きければ 後れたる 菟原壮士い
天仰ぎ 叫びおらび 地 ( つち ) に伏し 牙 ( き ) 噛み猛 ( たけ ) びて
如 ( もころ ) 男に 負けてはあらじと 懸佩 ( かきはき ) の 小太刀取り佩き
ところつら 尋ね行ければ 親族 ( やがら ) どち い行き集ひ
永き代に 標 ( しるし ) にせむと 遠き代に 語り継がむと
処女墓 中に造り置き 壮士墓 此方 ( こなた ) 彼方 ( かなた ) に
造り置ける ゆゑよし聞きて 知らねども 新喪 ( にひも ) のごとも 哭泣きつるかも
反し歌
1810 葦屋の菟原処女の奥城を行き来と見れば哭のみし泣かゆ
1811 墓の上の木枝 ( このえ ) 靡けり聞きしごと茅渟壮士にし寄りにけらしも
右ノ五首、高橋連蟲麻呂ノ歌集ノ中ニ出ヅ。
更新日:平成12-08-15
最終更新日:平成20-01-21
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