旅が好きだからといって、いつも旅ばかりしているわけにはいかない。多くの人は、人生の時間の大半を地元での地道な日常生活に費やしているはず。私もその一人だ。が、少し異なるのは、夕方近くにはほぼ毎日、その地域で昔から続く銭湯(一般公衆浴場)ののれんをくぐることだろうか。この習慣は地元でも旅先でも変わらない。昔ながらの銭湯の客は、地域の常連さんがほとんど。近場であれ旅先であれ、知らない人たちのコミュニティーへよそ者として、しかも裸でお邪魔することは、けっこうな非日常体験であり、ひとつの旅なのだ。
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無人終着駅
晩夏の北海道、室蘭線。濃緑の車窓に、青い海や黄色の花々がちらちらと現れては飛び去ってゆく。
線路は東室蘭駅で二股に分かれる。列車はここに長く停車したあと、よっこらしょという感じで絵鞆(えとも)半島へ向かう支線に入り、きつくカーブを曲がりながら巨大な製鉄所に接する三つの駅を過ぎて、10分ちょっとで終着の室蘭に到着した。
室蘭駅は2024年10月から終日無人化されてしまったため、運賃は車内で現金精算。たどり着いた終着駅が無人駅というのも味気ないものだ。でもローカル線が次々に廃止される時代、こんな小さな半島部に寸詰まりの盲腸線が残され、札幌からの直通列車が入るのは貴重なのかもしれない。
本当はいろんな街に住んでみたいけど、なかなかそうもいかない。そこで、何の用事もないけれども3日間だけどこか知らない街の安宿に滞在して、観光もせず食べ歩きもせず、あたかもそこの住民のように何食わぬ顔してふだん通りに過ごす。それを「3日ぐらし」と勝手に名付けて楽しむことを少し前に思いつき、以前の当連載のここ(高岡編)やここ(鳥取編)にも書いた。
室蘭には9年前にも来たことがある。地図を見て、フック状に北海道からぶら下がる絵鞆(室蘭)半島を、硬い甲羅を持つアルマジロ的な生き物のように感じた。
断崖絶壁の背中をV字に折り曲げて太平洋の風浪をはね返しながら、おなか側の室蘭港と市街地をやわらかく抱き込んでいる。その地形に興味をひかれ、チキウ(地球)岬を歩いたり、測量山や絵鞆岬から景色を眺めたりした。
そのときに地形や自然美以上に驚いたことがある。宿泊先は交通の便利な本線沿いの東室蘭にとっていたのだが、支線の終点にある室蘭の旧繁華街(中央町)に行ってみたらがくぜんとするほど寂れていたことだ。中心商業地の空洞化は地方都市でしばしば目にするが、ここの光景は何かの夢のあとのように感じられた。
いったい何があったのだろう。次回はこの「夢のあと」でもう少し時間を過ごしてみたい、と思ったのだった。


















