人生、先はないと思う。どう考えてもこの社会に自分の生きる場所がないのだからいずれは自死しか道はないのだと思うようになった。そのことを話すと、ひとは決まって「そんなことないよ」という。私に恋人がいないのは人的欠陥だと言えば、ひとは決まって「そんなことないよ」という。仕事上、自分を引っ張りあげてくれるひとが出てこない。ひとは言う「そんなことないよ」。なんの根拠もないいい加減な言葉だ。こちらはとことんまで思いつめてその境地でつかんだ真理がそれなのだと主張しているのに、無責任な励ましの言葉をかけてくるわ

芥川賞のニュースは見るのがつらい。何かするのは自分にはまだ早いまだ早いと思って過ごしてきたら、もうこの歳になっているのだよ。「若くして」という形容表現に価値が置かれる世の中。スポーツ選手はおくとしても、たとえば大卒で比べてもさ。高坂正尭は23歳で助教授になった。團藤重光は24歳だった。自分より年下の弁護士だって誕生している。ノーベル賞の田中耕一さんが受賞のもとになる論文を書いたのは25歳のときです、とかさ。金賢姫が大韓航空機を爆破したのは26歳の時なんだね。宮崎努も彼の事件のときは26歳ぐらいかな。思えば

雪がふったんだよ。表参道を自転車こいでたらさ、くちびるにポツンと冷たいものがぶつかってきたの。雨粒より小さくて固くて。あっ、雪だ、って。今夜は積もるかな、って。表参道の街路樹が雪の綿でくるまれたようになるのを想像しちゃった。でも、その後それは続かなかった。すぐにやんじゃったんだ。天気予報にも記録にもない、あたしが感じた雪。

それは　すでに　欺くことでしかないのに。

――吉野弘「雪の日に」