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hogeyuiのトモ近況 | スラド
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hogeyuiさんのトモダチの日記。

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13918582 journal
日記

phasonの日記: 水の二相モデルは幻か?:新たな実験結果 3

日記 by phason

"Absence of amorphous forms when ice is compressed at low temperature"
C. A. Tulk, J. J. Molaison, A. R. Makhluf, C. E. Manning and D. D. Klug, Nature, 569, 542-545 (2019).

水というのはかなり特異な振る舞いを示す液体である.例えば通常は固体は液体より密度が高いのに氷は水より密度が低かったり,融解後に昇温とともに密度が増加する(4 ℃で極大)など,他の物質ではなかなか見られない変わった挙動はよく知られているだろう.これだけなら氷で見られる水分子の水素結合による四配位構造が昇温とともに崩れていく,というだけで説明できるのだが,実は水にはほかにも低温で比熱や圧縮率に発散傾向が現れたり,粘性率に異常が生じたりとさまざまな異常を示し,これら全てを説明するのは現在でも困難である.そんななか生まれた一つの仮説が,「液体の水には二つの異なる構造があり,我々が目にする『水』はこの二つの相がミクロ&動的に入り乱れている」というものだ.

発端は日本の三島らによる高密度アモルファス氷(High Density Amorphous ice,HDA)の発見だ.微小な水滴などを極低温の基板に降らせると液体の水が急冷され,液体の構造を保ったまま固まってしまう.このようにしてできるアモルファス氷は比較的低密度であることから,Low Density Amorphous ice(LDA)と呼ばれる.通常の水が低温でどのような構造をとるのか?ということを知りたかった三島らは,氷の融点が加圧により低下することに注目,十分低温であっても,圧力を印可していけば融点が下がり液化するに違いない,と実験を行ったのだが,そこで発見されたのは結晶性の氷が高圧の印可によりアモルファス構造の氷となる,という実験結果であった.このアモルファス氷は圧力を抜いた後もその構造を保ち続けることが可能であり,しかも通常の氷から加圧だけで作れるためその後多くの実験が行われることとなる.
三島らはこの結果を「通常の氷(ice-Ih)が加圧により融解し超過冷却液体となり,そのまま瞬時に固化してアモルファス氷となった」と解釈した.ここで重要であったのが,この新たなアモルファス相は以前に知られていたLDAよりも明らかに高い密度を持ち(ゆえに,高密度アモルファス氷,High Density Amorphous ice, HDAと呼ばれる),温度を上げると分子運動が活発になった結果としてそれまで知られていた低密度アモルファス氷へと明確な一次転移を示したことだ.これはHDAとLDAが異なる相であることを示唆していた.アモルファス状態(液体のような乱雑の構造のまま低温で分子の動きが鈍り,固体化した)が2種類あるということは,そのもととなる液体の構造が2種類存在する可能性を示している.

さらにその後Pooleらが過冷却水の分子動力学的シミュレーションを行い,過冷却水の安定構造として2つの異なる相があるのではないかと報告した.一方は氷に近い4配位構造を持ち,隙間が多いために低密度である(Low Density Liquid,LDL相).もう一方は水素結合が部分的に壊れ3配位に近くなり,崩れたネットワーク構造の隙間に水分子が入り込むことによる高密度の液体(High Density Liquid,HDL相)となる.
これとHDA,LDAの実験結果を組み合わせることで,液体の水について以下のような仮説が提出されている.

・液体の水は,低温において3配位の高密度構造HDLと,4配位の氷に近い構造を持つ水である低密度構造LDLの異なる相を取り得る.
※そのまま急冷すると,その構造のまま固まったHDAとLDAの異なるアモルファス相を生じる.
・実は室温付近の水というのは微視的にはこのHDLとLDLが分離し,大きなスケールでは混合している状態である.
・温度が上がると,LDLの比率が下がりHDLの比率が上がる.
・塩類などを溶かすと,そのイオンの周囲ではHDL構造があり,周囲のLDL相とは異なる構造となっている.

「均一に見える水が,実は内部では分離した2液の混合物である」というのは非常に刺激的で面白い仮説であり,しかもさまざまな実験結果を統一的に説明できることから大きな注目を集めた.そして実際のそれら2種の液体間の相転移を見よう,という試みもいろいろとされたのだが,

・2液が相分離する臨界点の温度(の予想位置)が低すぎる.このため,高温側から温度を下げていくと先に結晶化してしまい,それだけ低温の過冷却液体が得られない.
・逆に急冷して作ったアモルファス相の温度を上げていく(低温側から近づく)と,ガラス転移温度を超えると同時に液化 → 結晶化が起こりやはり過冷却液体にはならない.

という問題があり,純粋な水においての液液相転移の観測には成功していないのが現状である.
#そして,この「超低温の過冷却状態の温度領域」は,誰も到達できていないことから「No man's land(未踏領域)」と呼ばれている.

さて,そんなわけで三島らの実験以降徐々に市民権を得てきた水の二相モデルであるが,異論も多い.特に問題とされているのが,氷に圧力を印可することで生じたHDA相が本当に水の安定相なのか?という点である.まずそもそも,三島らの実験条件で通常の氷Ihが融解すると予想されていた圧力域は,実際にHDA相が生じた圧力よりももっと低いため,実はあの実験は高圧の印可により氷Ihが壊れ,別の氷の相に移行する過程に過ぎないのではないか,という指摘は以前からあった.
※氷は圧力・温度で非常にさまざまな構造をとることが知られており,17種類以上の結晶構造が知られている.

また,圧力印可時の位置による圧力の微妙なばらつきや,急激に圧力をかけることによる不完全な構造転移なども指摘されており,また近年では理論計算の側からも「液体の水に2つの相はないのではないか?」という話も出てきている.

今回の論文の著者らは,通常の氷である氷Ihにできるだけ均一かつゆっくりと圧力を印可した結果,三島らが報告したようなHDA相への転移は確認されず,別の結晶系の入り乱れた構造を経由して最終的に結晶質のIce-VIII'相への転移が観測された,ということを報告している.

実験の内容そのものは「実験しやすいように重水使って,ゆっくり均一に圧力かけました.構造は中性子回折で見てます」以上のなにものでもないのだが,100 Kにおいてice-Ihに十分ゆっくり圧力を印可するとまずice-IX'に転移する.そしてそれがice-XV'を経由し,その後ice-VIII'相へと転移することがわかり,その途中でHDA相は生じなかった.実はice-VIII'相というのは分子が2グループに完全に分離し,それぞれが作る水素結合のネットワークが完全に分離,互いのネットワークの隙間を貫通しあっているような構造である.これは全体がつながった1つのネットワーク構造を持つ通常のice-Ihやice-IX'からは直接遷移できず(何せ,ひとつながりのネットワークが,2つの互いに交差する別のネットワークに再構築されないといけない),そのため途中であちこちで水素結合が切れたようなice-XV'を経由する必要があるためにおこる変化だと考えられる.
全く同じような加圧を,同じ温度で,ただしもう少し素早く行うと,ice-Ihはいきなり構造が崩れHDA相となり,その後Ice-VII'相へと変化することが確認された.
これらの実験結果が示唆しているのは,これまで「ice-Ihを圧縮すると,別な安定構造な液状構造であるHDLを生じ,その分子運動がそのまま凍結することでHDA相になる」という結果を真っ向から否定する実験結果である.HDA相が生じるのはそれが安定相だからではなく,単に「本当ならice-VIII'相になりたいのに,そのためには水素結合ネットワークの大規模な再構築が必要になって,早い圧縮ではネットワーク再構築が間に合わないため別のごちゃごちゃな構造で固まってしまった」ということになるわけだ.

なんというか,これはまた盛大なちゃぶ台返しである.もしこれが事実だったとすると,水の二相モデルはその根拠としていた柱を失うこととなる.今後,水の二相モデルを支持するグループ,否定するグループそれぞれで活発な実験や計算が行われることとなるだろう.今後の展開に注目である.

13896523 journal
日記

TarZの日記: 最小おもしろおかしいモデ問題 2

日記 by TarZ

#3606032

残念、すべっちゃいましたね。

 いま。、ココロの中で粛々と反省会をやっているところなので、追い打ちはやめてくださーい。うっうっうっ。

 このキャンペーン、私の感覚ではド直球で先のコメントの元ネタ(巡回セールスマン問題)に結びつくのですが、1000店舗や2000店舗くらいの規模だと、頑張ればやってやれないこともないので(←実際に店舗を回れるという意味じゃなくて、厳密解を出せるという意味で)、元ネタとの関連がわかりづらかったかもしれませんね! 100万店舗でチャレンジするキャンペーンが行われるときは、同じネタで再チャレンジします!

 なお、計算量に関して最近読んで面白いと思ったのが、武蔵野 Advent Calendar 2018のこちらの記事です。→ とても強い計算量クラスのコンピュータとその実現方法

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日記

TarZの日記: 「脚本の人そこまで考えてないと思うよ」 11

日記 by TarZ

 タイトル↑でGoogle検索すると「けものフレンズ2」がサジェストされる昨今ですが、まさかスラドで目撃することになるとは…!

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日記

phasonの日記: 適用範囲の広いインフルエンザ治療薬を目指して:広域中和抗体を模した小分子薬の開発 1

日記 by phason

"A small-molecule fusion inhibitor of influenza virus is orally active in mice"
M. J. P. van Dongen et al., Science, 363, eaar6221 (2019).

インフルエンザは身近な伝染病であるが,全世界では毎年平均して30-65万人の死者を生み出していると考えられている非常に強烈な病である.ワクチンなども製造されてはいるものの,インフルエンザウイルスは変異により免疫系を逃れやすく,その効果は完全ではない.
そんなインフルエンザの感染を考えるうえで重要となるのが,インフルエンザウイルスの表面に突き出しているヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)と呼ばれる二つの糖タンパク質である.前者はウイルスが宿主の細胞にとりつく&中に取り込まれるために働く糖タンパク質で,後者は逆に細胞から外に出ていくときに働く糖タンパク質であり,インフルエンザウイルスはこの二つの糖タンパク質の種類(型)により分類される.例えばHAが5型でNAが1型のウイルスはH5N1と呼ばれる,というようなものだ.
このHAとNA,どちらもインフルエンザウイルスの感染に重要な働きをしているため,どちらかの働きを阻害できる分子が見つかれば治療薬として利用できる.ところがこれら二つの糖タンパク質はその末端部分に非常に変異しやす部位を持ち,ここがさまざまな異なる型に変異することで免疫系をかいくぐったり,薬剤を無効化したりしていることが明らかとなっている.

というわけで,インフルエンザは治療薬や予防薬を作ることが難しく,しかもワクチンもなかなか効果を発揮しにくい(何せ,免疫系が認識しやすい末端部の構造がころころ変わる)ことが知られているわけだが,近年,さまざまな異なる型のインフルエンザウイルスに対する抗体を持つ人がいることが明らかとなった.研究により,この抗体は例えばHA(こいつは軸の上に丸い頭がついた,こけしのような構造だと思ってほしい)であればその先端ではなく,軸の部分をターゲットとした珍しい抗体であり,この軸部分は多くのインフルエンザウイルスで構造が保持されている=変異がほとんどないことが明らかとなってきている.
HAの軸部分は,感染において非常に重要な役割を果たす.細胞内に膜につつまれた小胞として取り込まれた際に,この軸部分がpHの変化をトリガーとして変形し,それにより自身の膜と細胞の膜を融合させ,ウイルスの中身を細胞内に放出する.この重要な役割を担っているため,この部分には変異が生じにくいのだ(生存にとって構造が重要な部位なので,下手な変異が起こるとそもそも感染できなくなる).したがって,この軸部分をターゲットとした薬剤が開発できれば,さまざまなタイプのインフルエンザに共通して使える治療薬となる可能性がある.

※このため,この「軸部分」を量産して体内に導入することで免疫系に覚えさせ,汎用のインフルエンザに対する免疫(広域中和抗体)を作らせよう,というような研究もある.
実際に見つかった汎用の抗体も,HAの軸部分のとりつきそのpH変化による変形を阻害することで機能を発揮できなくし,感染を防止しているとみられる.

さて,インフルエンザの治療薬を作ることを考えると,飲み薬タイプの薬剤が利便性が高い.ところが現在見つかっている広域中和抗体などはタンパク質ベースであり,そのまま服用しても消化されてしまい効果を発揮できない.
できれば,同様の働きをしつつ,消化器系から吸収される小分子の開発が望まれる.
今回報告された論文は,多数の分子からのスクリーニングにより,そのような小分子を見つけさらに改良した,というものになる.

著者らはまず,HAの軸部分をターゲットとした汎用の抗体として働くCR6261をスタートとした.この分子はHAの中でもグループ1と呼ばれるもの(H1,2,5,6,8,9,11,12,13,16,17,18)の多く(前述のうち,H11,17,18以外)のすべてのHAに結合できるタンパク質である.著者らはこのたんぱく質の構造をベースに,もうちょっと単純なタンパク質分子HB80.4を開発した(このたんぱく質自体は薬剤として使うわけではなく,薬剤を見つけるために使用する).
標的であるインフルエンザウイルスのHAモデル分子としてH1の軸部分だけのタンパク質(以下,単にHAと呼ぶ)を量産,こいつと先ほどのHB80.4とにそれぞれペアとなる分子(受光体および蛍光体)をくっつける.これにより,HAとHB80.4が結合している状態で680 nmの光を当てると,HAにくっつけた部分の効果で活性酸素が発生,それが近傍のHB80.4にくっついた蛍光体を光らせることで615 nmの光が出てくる系を構築した.
この系を多量に作成し小分けにして,さまざまな異なる候補分子をそれぞれに加える.もし候補分子がHAの標的部位(=HB80.4がくっついている部位)に強くくっつく能力(これは,HAを無効化するうえで最低限必要な能力である)があれば,既に結合しているHB80.4を押しのけてでも吸着し,その結果HB80.4が放出されるはずである.すると,発光体がHB80.4とともに外れてしまうわけだから,励起光を当てても光らなくなる.
これを利用して,約50万種の化学種ライブラリーから,HAの標的部位に吸着できる小分子およそ9000が選別された.この9000種をさらに,本当に目的部位に吸着しているのかどうかのチェック(例えば,単にHB80.4を壊すような分子であっても蛍光は消えてしまう)により300に絞った.
こうして得られた300種の構造を検討すると,ベンジルピペラジン骨格を持つ分子が多く,その中でも特にJNJ7918と呼ばれる分子の活性が高いことが明らかとなった.これが目的通りHAの軸部分に結合しているのかを確かめるために,インフルエンザウイルスのHA(軸部分だけではなく,頭の部分もある)との結合をチェックし,HAの頭部分に結合する薬剤と競合しない(=JNJ7918が結合しているのはHAの頭部分ではなく,軸部分である)ことも確認した.

こうしてスタート物質であるJNJ7918が発見できたので,いよいよ薬剤開発である.この分子のさまざまなところにいろいろな置換基を導入したバリエーションを開発,その有効性をチェックしたところ,分子にエーテルやエステル部位等を導入することで,さらに優れた活性を示す分子であるJNJ6715を開発することができた.この分子は元となったJNJ7918の30~80倍HAに結合しやすく,しばしば大流行を引き起こしているH1やH5型のウイルスに対する効果が30~500倍ある分子であった.
ただ,このJNJ6715は
・体内環境に近いほぼ中性の水に溶けにくい
・肝臓などでの代謝が起きやすく,半減期が非常に短い
という弱点があり,そのままでは使用できない.そこで代謝を受けやすいメトキシ基のCH3をCF3に変えて分解されにくくしたり,一部の芳香環をNを入れたピリジン環に変えるなどの改良を行いJNJ8897を開発,その後さらに活性を高めるために一部の置換基を変更し,最終的に彼らがJNJ4796と呼ぶ分子を完成させた.
この分子は細胞毒性も低く,ある程度水に溶け,そこそこ代謝されにくかったので,これを用いて実際のインフルエンザウイルスへの効果を調べる実験を行っている.

まず行ったのが,マウスを用いた実験である.一部の遺伝子を削ることでA型インフルエンザに対する感受性が非常に高くなっているマウスがあるのだが,これをH1N1型のインフルエンザウイルスに感染させ,その餌に混ぜ込むことで10 mg/kgや50 mg/kgなどの量のJNJ8897またはJNJ4796を1日2回投与,その効果を調べた.
薬剤を未投与の対照群ではおよそ7~11日程度でマウスは全滅したのだが,JNJ8897では10 mg/kgの投与で25%,50 mg/kgの投与で40%のマウスが21日目以降まで生存した.さらに改良したJNJ4796の投与では,10 mg/kg,50 mg/kgの投与でともに生存率100%と劇的な向上を見せており,このJNJ4796がH1N1ウイルスに対し大きな効果を発揮していることがわかる.
ヒトの気管支細胞を培養したものへの効果もチェックしており,培養中に各種濃度のJNJ4796を加えた際にインフルエンザウィルス由来のRNAがどのぐらい検出されなくなるかを見てやると,10 μMあたりから顕著にRNAの検出量が減少し(-90%減少),40~50 μMあたり(?)で99.9%以上減少するなど,ウイルスを減らすことができている.
また,各種の型のHAとの結合のチェックでは,作成したJNJ4796はグループ1のうちH1,2,5,6,11,13,16に結合することが確認できており,そこそこ広範囲に効果があるのではないかと期待できる(なお,グループ1のうちH8,17,18は未チェック,H9と12は結合せず).

というわけで,将来の汎用性の高いインフルエンザ治療薬(につながるかもしれない薬剤)の研究であった.
こういった薬剤を作る際のスクリーニングや改良などに関しては全く知識がなかったので,なかなか面白く読めた.

13834114 journal
日記

phasonの日記: 空間中にダイレクトに3次元物体を造形する:積層しない3Dプリンタ(再掲) 5

日記 by phason

なんかうちの一部のブラウザから見えなかったんでちょっと修正して再掲.
これで見えるだろうか……

"Volumetric additive manufacturing via tomographic reconstruction"
B. E. Kelly et al., Science, in press (2019).

Natureの記事経由.
3Dプリンタの開発と普及は多品種少量生産的な場における製造を大きく変えつつある.さてそんな3Dプリンタであるが,その仕組みは薄い物体を造形し,それが積みあがっていくことで三次元物体となる,という点はほぼ同一である.この手法はさまざまな三次元物体が作成可能である優れた手法ではあるのだが,積層の跡が残ってしまったり,物体の作成に非常に長い時間がかかる点,既に存在している物体の内部や周囲に物体を造形していくことが難しい点など,欠点も多い.
今回の論文で著者らが発表したのは,三次元の物体をダイレクトに三次元空間内に造形してしまおう,というものになる.

その威力は著者らが公開しているムービーを見ていただければ一目瞭然であり大変インパクトがあるので,まずは以下のムービーを見ていただきたい.動画はすべて論文のSupplementary Materialsにて公開されているものである.

Movie 1:溶液中に考える人を造形する
Movie 3:すでにあるドライバーの軸の周りに持ち手を造形
Movie 4:カゴに入ったボールをそのまま造形

さて,ではこの手法がどのように実現されているのかの説明に移ろう(気づく方は動画を見た段階でおおよそわかるだろうが).
著者らいわく,この手法はCTスキャンにインスパイアされたものとのことだ.
CTスキャンにおいては,さまざまな方向から物体に照射された放射線が体の各所で吸収され,その残りが検出器に届く.さまざまな方向から放射線を照射してその透過像をたくさん得ると,そこから逆算して元の物体のどの部分でどれだけ吸収が起こっていたかが計算できるというものだ(詳しくは「Radon変換」で調べていただけると,その具体的な計算法などの解説が見つかるはずだ).
このCTの逆過程を行っているのが今回の論文である.CTでは「立体的な物体による吸収が,無数の方向への投影像へと変換される」のに対し,今回の手法ではこれを逆転させ「無数の方向から見た投影像(に対応した強度の光)を各方向から照射すると,もともとの物体があった場所ほど多数の光が重なって,強い光を受ける」ということを利用する.
どうやっているのかを単純化して言えば,

1. 三次元物体をさまざまな方向から見た際の投影像を用意する.この時(その見ている方向に対し)「分厚い部分」ほど明るくなるようにする
2. 光が当たると硬化する粘性の高い樹脂を用意し,円筒形の管に入れる.
3. 円筒の表面で光が反射されないように,樹脂の入った円筒を屈折率がガラスに近い液体に丸ごと浸す.
4. 円筒をゆっくりと回転させながら,その時の角度に対応する投影像をプロジェクタで投影する.
5. すると,各方向からの光の積算量が多い部分=本来の三次元構造で固体になっている場所ほど多くの光を受け,硬化する.
6. その結果,もとの三次元構造を再現した立体が樹脂の液体中に自然に固まって生成する.

という流れになる.
現在のところ,分解能0.3 mm程度で三次元構造を作成可能であり,作成に要する時間は30秒~2分程度とかなり速い.また,硬化する樹脂がほぼ同じ密度の硬化前の樹脂中に浮いた状態となることから,橋状の構造などでもサポート材は不要であり,複雑な立体形状が一気に造形される.また,造形に積層を使用していないため,積層由来の跡などもなく非常につるりとした表面を持つ三次元物体が作成できる.光硬化樹脂の種類を選べば,弾力のあるゲル(ゴム状の物体など)なども綺麗に造形することができる.

アイディア勝負という感じの研究ではあるが,見た目のインパクトは非常に大きい.どの程度まで発展できるのかはこれからの検討次第というところもあるが,うまくいくとかなり大きな影響もありそうな造形法であった.

13831135 journal
日記

phasonの日記: 新たなゲル:鍛えるほどに,強くなる 3

日記 by phason

"Mechanoresponsive self-growing hydrogels inspired by nyscle training"
T. Matsuda, R. Kawakami, R. Namba, T. Nakajima and J. P. Gong, Science, 363, 504-508 (2019).

近年,生体の持つ機能や仕組みにインスピレーションを得たさまざまな新規材料の開発が進んでいる.生態系のもつ特徴の一つが,開放系=外界と物質のやり取りをする系であり,傷ついても外界から物質を取り込むことで修復し,さらにはもとよりも成長していくという点である.今回報告された新規ハイドロゲルは,そんな生物の持つ修復・成長プロセスを組み込んだものとなる.

ハイドロゲルとは水となじみやすい部位をもった高分子の網目が,多量の水分子を抱え込んだ状態で固体のようになっているものである.例えばコンニャク,プリン,豆腐などは身近なハイドロゲルであるが,これらの体積の大部分は水分子が占めており,スカスカの網目構造の高分子が水を引き付けることで全体として一つの物体として固まっている.こういったゲルは吸水素材として以外にも,その柔軟性や大きな伸び縮みが可能である点などからシーリング材や衝撃吸収材などとしても広く利用されている.
さてそんなハイドロゲルであるが,強い力で引っ張られたり押しつぶされたりすると,内部の高分子が断裂しその強度は大きく低下,破断の度合いによってはゲル全体が断裂する.近年では自己修復ゲルなども開発されているが,その仕組みは例えば切れた(ように見える)部分でジョイントが外れ,それが押し付けられると再度結合するなどであり,もともとの強度よりも強くなることはない.これに対し今回著者らが目指したのは筋肉のように「負荷によりダメージを受けても,周囲から素材の供給を受けることで初期状態以上に強いゲルへと成長する」というものだ.要するに「鍛えると強くなるゲル」ということになる.

この特異な構造を実現するために著者らが利用したのが,高分子が破断する際に生じるラジカルペアである.ゲルなどの高分子が負荷により破断する場合,高分子鎖内の結合が切れて二つのラジカルに開裂する場合が多い.この時ハイドロゲルが抱え込んでいる水溶液の中に高分子の原料であるモノマーおよび架橋構造を作ることのできる枝分かれ部位をもった分子が十分な量含まれていれば,高分子鎖の破断により生じたラジカルをきっかけとして連鎖的なラジカル重合が発生,新たな高分子鎖が形成される.つまり,
ゲルが引っ張られる → 内部で高分子鎖が破断 → ラジカルが生じる → 局所的に重合が起こる → 負荷がかかった場所では,もともとのゲル以上に多くの高分子鎖が生じてより丈夫なゲルに成長する
となるわけだ.
ただし,通常の「一種類の高分子だけからできているゲル」の場合,その高分子鎖の破断が始まるとゲル全体の破局的な破壊,要するにゲルの切断にまで至ってしまう危険がある.そこで著者らは以前に開発したダブルネットワークゲルと呼ぶ構造を利用した.これは要するに「短くて硬い高分子の網目」と「長くてあちこちがたるんでいる余裕のある柔らかい網目」の二種類のゲルが共存している物質である.強い力が加わると短くて硬い網目が破断するが,ゆったりとした柔らかい網目がゲル全体の構造を保つ,というものだ.これにより「力がかかると内部で高分子の破断が起きつつも,全体構造が保たれるゲル」が実現できる.

「鍛えると成長するゲル」のアイディアを実証するために,まず著者らはダブルネットワークゲルを引き延ばすことでラジカルが本当に発生するのかどうかをチェックしている.酸素が溶け込んでいる水中でラジカルが発生すると,化学反応により過酸化水素が生じる.あらかじめゲル内にFe2+を溶け込ませておくと,過酸化水素によりFe2+が酸化されFe3+となり,これを指示薬で検出することが可能である.この手法により,ゲルを引き延ばすと引き延ばされた部分のみに多くのラジカルが発生していることが確認できた.
ラジカルの発生が確認できたところで,いよいよ「鍛えると強くなるゲル」の実証だ.ゲル全体を「高分子の原料のモノマー&枝分かれ部となる分子が溶けている水」に浸し,この状態のまま負荷をかけて引き延ばす.すると,もともとはゲル中の高分子の比率が10%強だったものが,一度大きく引き伸ばすことで25%以上,つまり倍以上にまで上昇した.狙い通り,引っ張られる(=内部で一部の高分子鎖が断裂する)ことをトリガーに,ゲルの内部で重合反応が進行,ポリマーの量が増大したのだ.強度はどうなっているのかというと,もともと弾性率が0.07 MPa程度だったものが,引っ張ることにより0.7 MPa以上へと10倍以上の強化を見せた.
同様に,原料を含んだ水中で同じ距離を延ばす&縮めるという操作を繰り返すと,強度が次第に増して徐々に伸びにくくなる(鍛えるほどに丈夫になる)という挙動も確認できた.

また,この手法は「ゲルのうち,負荷がかかった一部にのみ別の機能を追加する」という目的にも使用できる.ゲル中に,ゲルの原料の代わりに何らかの機能を発揮する高分子の原料を入れておけば,
負荷がかかった部分の高分子鎖が断裂 → その部分にだけ機能性高分子が新たに発生
となり,局所的に追加の機能を付加できる.論文では,ハンコのような鋳型を押し付け,へこまされた部分にのみ「一定温度以上で水に溶解しなくなって析出する高分子」を追加することで,温度が上がるとその部分だけ色が変わる(微粒子が析出し濁る)であるとか,温度変化で親水性が変わる表面を特定の場所にだけ作り出す,といった例が実証されている.

というわけで,発想自体は面白い「鍛えるほどに強くなるゲル」なのであるが……では,どう使うかというとこれがなかなか難しい.単に強いゲルを作りたいだけなら最初から丈夫なゲルにすればよいだけであって(そのほうがよっぽど強度も高い),負荷がかかった部分のみ強くするというのはどういった目的で使うべきなのやら.しかも,成長させるには原料を含んだ溶液に漬け込んだ状態で負荷をかける必要があるわけで.
負荷のかかった部分にだけ機能を追加,という利用法に関しては,発想次第では化けるかもしれないが,こちらも現状なかなか思い浮かぶものはない.
というわけで,アイディアは面白いが使い道が謎の新技術であった.

13826513 journal
日記

phasonの日記: 室温付近で自動で光透過性が変わるスマートウィンドウ

日記 by phason

"Broadband Light Management with Thermochromic Hydrogel Microparticles for Smart Windows"
X. Li, C. Liu, S. Feng and N. X. Fang, Joule, 3, 290-302 (2019).

Natureの記事経由.なお,この論文はオープンアクセスであるので誰でも読むことが可能である.

様々な外的な刺激によって色調や透過性,反射率などを変えられる透明な素材は,スマートウィンドウなどとも呼ばれかなり昔から研究が行われている材料である.スマートウィンドウを使うことで,ブラインドやカーテン不要で透過率を自由に設定できる窓などが実現できるわけだが,各種用途の中でも注目されているのが気温に応じて自動的に熱の流入をコントロールできるような窓材だ.そういった材料を使用すると,夏の日中など温度が高い時には光(特に赤外線)の透過を抑えることで室内の気温上昇を抑制し,一方で冬などには透過率を上げ熱を室内に取り込むことが可能となり,空調に要している膨大なエネルギーの削減にも役立つと期待されている.
スマートウィンドウには,外部からの電源とコントロールを必要とするもの(例えば,バッテリー等からの電力を使い,電圧の印可で透過率をコントロールする,など)と,材料自体の温度や光による相転移を利用し自発的に透過率が変化するものに分けられるが,メンテナンスや電力消費もなく設置すればあとは放置でよい後者の利便性は格別である.

そんな「自動で透過率が変わるスマートウィンドウ」を志向した様々な材料が開発されているのだが,これまでに開発された材料は,
・透過率が変わる温度が高く(60~70 ℃など),かなり高温にならないと切り替わらない
・透過率のOn/Off比が小さく,通常時から薄暗かったり,遮光時でもかなり光が透過したりする
など,欠点を持つものがほとんどである.大きなOn/Off比を出す材料としては温度による金属(高遮光性)-絶縁体(透過性)転移などを利用した系があるのだが,こういった系では転移温度のコントロールが難しく,任意の温度で作動するようなものは作りにくい(材料ごとに転移温度がかっちり決まってしまい,臨んだ温度に設定できない).複合材料などの固相-固相構造相転移を利用すると混ぜ具合によって転移温度はコントロールできるものの,透過率の差が小さくOn/Off比が低くなってしまう.
今回報告されたのは,こういった欠点を克服できるゲルを用いた材料となる.

今回の論文で使用されている材料は,ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)を主体とし,そこにイオン性のアミノエチルメタクリレートを混ぜたものとなる(両分子が分子レベルで結合したの共重合体).用いられているポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)は面白い特性で知られており,冷水には溶けてゲルを作れるが熱水には溶けないという特性を示す.
この分子自体は親水性の部分と疎水性の部分を持っており,水分子が親水性部分に水素結合でくっつくことでトータルのエネルギーが低下する.このためポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)は水に溶けたほうがエネルギーが下がる.その一方で,この分子の周囲にいる水分子は,疎水性部分とは水素結合できないため,水分子同士(と,ポリマーの一部の親水性部分)の間でしか水素結合が作れない.つまり,この高分子が水に溶けてしまうと,水分子が安定になれる「分子の向き」が大幅に制限される.これはエントロピー(=ランダムさ)の減少をもたらすため,ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)が水に溶け込むことは水分子のエントロピーを下げる効果がある.
さて,よく知られたように,自然現象は「エネルギー - エントロピー×温度」が小さくなる方向に進行する.低温ではエントロピーの寄与が小さくなるためエネルギーの下がる方向に進むのだが,高温ではエントロピー項の寄与が大きくなるため,多少エネルギー的に不利でもエントロピーが上がる方向に進みたがる.このため,ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)は低温ではエネルギーの下がる方向=水に溶ける方向に進み,高温ではエントロピーの上がる方向=水に溶けない方向へと系は進む.このためポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)は「低温では水に溶けるが,高温では溶けきれなくて析出する」という挙動を示すわけだ.

さてこの挙動,著者らがどう利用したのかというと,窓ガラスを二重ガラスとし,その隙間(数百 μmぐらい)にポリ(N-イソプロピルアクリルアミド-アミノエチルメタクリレート)の粒子(が大量の水を吸ったもの)を詰め込んだのだ.
32 ℃以下の低温では,ポリマーは水に良く溶けるため水を含んだ透明で巨大なゲルへと膨潤し,互いがくっついて透明なゼリー状の物体となる.この状態では均一な媒体となるので,透明度は非常に高い(可視光~2000 μm弱の近赤外の領域で,透過率70%以上程度.可視光に限れば85%程度の透過率).
ところが温度が32 ℃を超えるとポリマーは水に溶けられなくなり,無数の微粒子として析出する.すると「水の中に細かな粒がたくさん浮いたものを挟んだ二重ガラス」になるため,ガラスはまるで障子紙のように白く光を散乱し,透過率が可視領域で5%以下,近赤外でも10%以下と大幅に低下する.
結果として,このポリマー(と水)を挟み込んだガラスは「32 ℃以下の涼しい時には高い透過率で光を取り入れ,32 ℃以上の高温では白く濁って光をあまり通さなくなる」というスマートウィンドウとして働くわけだ.

この反応は単なるゲルの水への溶解・析出を繰り返すだけで特に反応を起こしているわけでもないので,繰り返し特性も良好である.とりあえず論文では1000回のOn-Offサイクルを行っているが,これといった劣化は見られていない.
(論文に図やムービーも用意されているので,興味のある方はご覧あれ)

スマートウィンドウ関連の技術はいくつか以前から見知ってはいたのだが,ポリマーの溶解-析出を使うというのはちょっと思いもよらない手法でなかなか興味深く読めた.製造コストも通常の二重窓とそれほど変わらないだろうし,結構安く使えそうではある.

13815831 journal
日記

TarZの日記: IPA、JRE版 MyJVNバージョンチェッカ の公開を(ようやく)終了 2

日記 by TarZ

窓の杜 IPA、JRE版「MyJVNバージョンチェッカ」の公開を終了 ~.NET版への切り替えを

JVN 脆弱性対策情報共有フレームワーク - MyJVN

■MyJVNバージョンチェッカ JRE版の公開終了のお知らせ

(中略)

MyJVNバージョンチェッカ JRE版(オンライン、コマンドライン)をご利用の方は、同等の機能を持つ「MyJVNバージョンチェッカ .NET Framework版」への移行をお願いします。
MyJVNバージョンチェッカ JRE版(オフライン)をご利用の方は、利用の停止をお願いします。

 おお、ついに。以後は .NET版のみ。

 もっとも、Flashプラグインはほぼ根絶に向かっているし、スマートフォンでできることが増えてそもそもWindows PCを一般の人が利用するケースがかつてほどないので、MyJVNを活用させたいシーンが以前ほどないのが皮肉というかタイミングが悪いというか。

13801555 journal
日記

TarZの日記: 太陽系「内」に、未発見の恒星があったら… 10

日記 by TarZ

#3538244

180億キロ先程度に「恒星」があったらもっとニュースだと思いますよ。

 そんな距離に未発見の恒星が有り得るのか、ざっくり計算してみた。

 この距離に、最も近い恒星であるプロキシマ相当の赤色矮星(かなり暗い)があったと仮定して、どのくらいの明るさに見えるかをざっくり計算すると -6等級くらい。最大光度の金星の数倍の明るさ。
 もっとも暗い恒星の一つである VB 10を仮定したとしても -3等級くらいでシリウスの数倍の明るさ。スペクトル分類 M8.0V とかなり赤いが見えるだろう。

 いずれにしても、望遠鏡以前の肉眼観測時代であったとしても見落としは考えられない。(「考えられない」とは、たとえば首都圏近郊の山中で未発見(新種)の大型哺乳類が見つかるのと同程度には)
 ということで、もし恒星があったとしたら、確かに大ニュースになりそう。

13791216 journal
日記

phasonの日記: 敵の敵は味方ならず:ファージ感染が誘発するメチシリン耐性黄色ブドウ球菌の免疫回避 3

日記 by phason

"Methicillin-resistant Staphylococcus aureus alters cell wall glycosylation to evade immunity"
D. Gerlach et al., Nature, 563, 705-709 (2018).

黄色ブドウ球菌はそこら辺のどこにでもいるありふれた菌だがやや毒性が強く,免疫力が低下している場合などに重篤な症状を引き起こす事がある.そんな黄色ブドウ球菌が抗生物質が常用されている環境(例えば病院や畜舎)でメチシリンを含む各種抗生物質への耐性を獲得したものがメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)である.こいつはしばしば院内感染を引き起こし,その一方で抗生物質類に対する耐性ゆえに有効な治療法がなかなか無いため深刻な問題となっている.
さてそんなMRSA(を含む黄色ブドウ球菌)であるが,ヒトなどの免疫系はその細胞壁の成分であるペプチドグリカンやその表面にあるタイコ酸に対する抗体をもち,それを使って免疫反応を起こしている.ところが,その効き具合などは個人差が大きく,「何が黄色ブドウ球菌への免疫系の効き具合に関わっているのか?」は重要な研究対象となっている.
今回の論文が報告しているのは,ヒト等の免疫系が主要なターゲットとしている黄色ブドウ球菌表面のタイコ酸の分子構造が,黄色ブドウ球菌のバクテリオファージ(ファージ)への感染により変化しており,その結果としてヒトの免疫系をすり抜けている,という発見である.

細菌がファージに感染すると細菌のDNAにファージのDNAが埋め込まれ,これが大量に発現する事でファージが量産された結果として細菌は死ぬ.しかしながら,ファージに感染した細菌が即座にファージの量産を始めるのかというとそうとは限らず,当面は「細菌のDNAの一部として埋め込まれた状態」(プロファージ)という休眠状態で宿主の中に潜伏し,何らかの刺激により増殖を開始する場合がある.
著者らが発見したのは,MRSAではある特定のプロファージを含んでいる(感染している)ものがそれなりに存在し,そいつらが免疫系の攻撃を受けにくい,という事である.結論に至るまではいろいろあるのだが,結局何がわかったのかを簡潔に紹介していこう.

黄色ブドウ球菌の細胞壁には,リビトールリン酸ポリマーがN-アセチルグルコサミンで修飾されたタイコ酸と呼ばれる物質が存在している.当然ながらこれを作る際にN-アセチルグルコサミン修飾を行う酵素であるtarSを黄色ブドウ球菌は持っている.さて,ファージ(黄色ブドウ球菌のDNAに埋め込まれたファージのDNA)も類似の酵素であるtarPをDNAにエンコードしており,ファージに感染した(ただし,プロファージ状態で発病していない)黄色ブドウ球菌においては,もともと自分が持っていたtarSだけではなく,感染により埋め込まれているファージのDNAも翻訳されtarPも合わせて生産される事となる.
このtarP,もともとあったtarSとよく似た働きをするのだが,リビトールリン酸のどの水酸基をN-アセチルグルコサミンで修飾するか,という部分が異なっており,その結果出来上がるタイコ酸はもともとの黄色ブドウ球菌が作る予定であったタイコ酸と微妙に異なってくる(修飾位置が一つずれる).
ヒトなどの免疫系においてはこのタイコ酸を標的とした抗体が多いのだが,ファージ由来のtarPで修飾されたタイコ酸は修飾位置が違う=分子の形が微妙に違うため,抗体が反応しなくなってしまう(別なものだと認識されてしまう).
この結果,ファージに感染している黄色ブドウ球菌はヒトの免疫系による検出をすり抜け,より活発に活動できるようになってしまうわけだ.
例えばマウスを使った実験では,tarSをノックアウトして(内包するファージ由来の)tarPのみでタイコ酸が作られた場合,免疫系の反応が1/7.5~1/40にまで激減する事が示された.またヒト血清を用いた実験でも,ファージ由来のtarPを全く持たないピュアな黄色ブドウ球菌に対する免疫系の応答に比べると,ファージに感染している黄色ブドウ球菌はその2/3程度の免疫応答しか引き出さない.
要するに,黄色ブドウ球菌はファージに感染する事でヒト免疫を逃れやすくなる,というわけだ.現在MRSAの系統として培養されている黄色ブドウ球菌のいくつかからこのファージ感染が見つかっており,もしかするとヒトの免疫系に負けずに猛威を振るう理由の一端はこのファージ感染にあるのかも知れない.

ファージ自体はもちろんいずれは何らかの切っ掛けで黄色ブドウ球菌内で過剰に発現し宿主を死に至らせる,いわば黄色ブドウ球菌の「敵」なわけだが,時として手を結び協調して働く事でヒトの免疫系をすり抜け,繁栄を謳歌している事が示唆されたわけで,まさに敵(黄色ブドウ球菌)の敵(ファージ)はヒトの味方ならず,といったところか.
なお今回の論文ではtarSとtarPの構造がどのように異なっているのかなども調べられており,今後の研究しだいでは,tarPも標的とした新規の薬剤の開発などにも繋がる可能性が示唆されている.

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人生unstable -- あるハッカー

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