テントウムシは1日にアブラムシを100匹も食べてくれる
吸汁によって農作物に害を及ぼすアブラムシ。肛門から排泄される甘露が原因ですす病を引き起こすこともあり、確実に防除することが求められる。有効な農薬は開発されているが、薬剤耐性を持つ個体が現れるリスクを考慮すると、その使用はできるだけ抑えたい。そこで注目を集めているのがアブラムシを捕食してくれるテントウムシ(ナミテントウ、ナナホシテントウ)だ。

アブラムシを盛んに捕食するナナホシテントウ
テントウムシは幼虫、成虫ともにアブラムシを捕食し、成虫になると1日に100匹も食べるため、アブラムシの防除には打って付けの天敵といえる。ただし、テントウムシには飛翔能力があり、アブラムシを食べ尽くすと圃場から飛び去って、防除効果が長続きしなかった。この問題を解決するため、千葉県立農業大学校の准教授、清水敏夫さんはテントウムシの翅を固定して飛べないようにすることにした。このアイデアに至った経緯について、清水さんがこう説明する。
「テントウムシを利用しようとする以前、チョウ目害虫を捕食するエゾカタビロオサムシの活用に取り組んでいました。この昆虫もよく飛び、放飼してもすぐに逃げてしまうため、瞬間接着剤で羽を固定したところ、圃場に長く留まってくれました。しかし、テントウムシには瞬間接着剤は使えなかったのです」
翅の合わせ目に少量の瞬間接着剤を垂らすだけで、エゾカタビロオサムシの翅を固定できたのに対し、テントウムシでは数日で接着剤が脱落し、長く圃場に留まらせることはできなかった。かといって、テントウムシを弱らせてしまう毒性の強い接着剤を使うわけにはいかない。テントウムシを弱らせずに翅を固定できる接着剤を探し求めた結果、清水さんはホットメルト接着剤にたどり着いた。
熱い接着剤を垂らしてもテントウムシは火傷しない
ホットメルト接着剤は熱で溶ける樹脂を専用のグルーガンで溶かし出す接着剤で、食品包装にも使われる安全な素材でできている。素材の成分がテントウムシに害を及ぼす心配はなさそうだが、溶けた接着剤の熱で弱ることが心配された。ところが、熱い接着剤を翅に垂らしても、テントウムシは元気に動き回っていた。その理由について清水さんがこう説明する。
「テントウムシは丸みを帯びた形をしていますが、胴体は平たんで、翅との間に隙間があるんです。この隙間のおかげで熱が胴体に伝わらず、熱い接着剤を垂らしても、テントウムシが弱ることはありませんでした」

ホットメルト接着剤で翅を固定されたナミテントウ(画像提供:清水敏夫。以下同)
ホットメルト接着剤はずっと翅を固定しているわけではなく、2か月程度で脱落し、その後は自由に飛び去ることもできる。これなら一定期間、テントウムシを圃場に留めて、アブラムシ防除に利用できるだろう。実際、清水さんは翅を固定したテントウムシをイチゴの栽培施設に放ち、アブラムシに対する防除効果を調べたところ、活発にアブラムシを捕食し、高い防除効果を持つことが確かめられた。
翅を固定したテントウムシをイチゴの栽培施設に放った後のアブラムシの数の変化。1m2当たり2匹しか放していないにもかかわらず、高い防除効果が認められた
テントロールの販売を千葉県内に限定する理由は?
高い防除効果があることが確かめられ、清水さんは翅を固定したテントウムシを生物農薬として販売することにした。テントウムシの飛翔を制御(コントロール)するという意味から「テントロール」と命名し、特定防除資材として2018年1月に10匹500円で販売を開始した。

封筒型のパラフィン紙に入れて送られてくるため、手元に届いたら速やかにテントロールを農作物の上に放飼する。テントロールの購入を希望する方は、千葉県立農業大学校(TEL 0475-52-5121)まで
ただし、テントロールの販売は千葉県内に限って認められており、県外に販売すると農薬取締法違反になってしまう。その理由について清水さんがこう語る。
「テントロールの材料となるテントウムシは農業大学校の周辺で採集しています。ナミテントウにしろ、ナナホシテントウにしろ、種類は同じでも遠く離れた地域の個体とは遺伝子に差異があるかもしれず、遠隔地に販売すれば在来の遺伝的多様性を攪乱することにもなりかねません。そのためテントロールの販売は千葉県に限っています」
千葉県外の生産者はテントロールを購入できないが、ホットメルト接着剤で翅を固定するだけなので、生産者それぞれ自作することができる。素早く動き回るテントウムシの背中に接着剤を垂らすことは簡単ではないため、清水さんは「目合の細かい洗濯ネットに張り替えたバドミントンのラケットで押さえることで、テントウムシの動きを止め、翅に接着剤を垂らしやすくなります」とアドバイスしてくれた。

洗濯ネットに張り替えたバドミントンのラケットで押さえることで、弱らせずにテントウムシの動きを止め、翅に接着剤を垂らしやすくなる。テントウムシの脚先は吸盤状になっており、平滑なガラス面でも登っていくことができるのを逆手に取り、ベビーパウダーを撒いた金属プレートの上では、テントウムシの動きを抑えることができる
飛べなくても露地では地面を歩いて逃げてしまう
販売開始以降、テントロールはイチゴ、ナス、ピーマン、シシトウ、アイスプラント、エディブルフラワー、バラなどの生産に取り入れられており、高い防除効果を上げているという。ただし、「ブルーム」と呼ばれる白い粉状の蝋物質が付着したキャベツやブロッコリーなどの葉菜類、「トライコーム」と呼ばれる微細な突起を持つトマト、メロンでは、テントウムシの活動が制限され、十分な防除効果を得ることはできない。
また、アブラムシの数が1平方メートル当たり50匹以上だとテントロールだけでは防除は難しく、テントロールを放つ前に気門封鎖型殺虫剤を散布し、アブラムシの密度を抑えた後に放飼すれば、防除効果を高められる。通常、テントウムシは転倒しても翅を広げて起き上がれるが、テントロールは翅が固定されているため、平らな地面では起き上がれずに死んでしまうことがある。テントロールの導入に当たっては、つかまって起き上がれるように農作物の周囲や通路に稲わら、麦わらを敷くことが求められる。
こうした配慮が求められるものの、テントロールによって農薬散布を抑えても十分にアブラムシを防除でき、導入した生産者からも好評を得ているというが、露地への導入が課題になっていた。清水さんがこう続ける。
「飛ばないようにしていても地面を歩き回れますからね。ビニールハウスでは効果が長続きするのに対して、囲いのない露地ではいなくなってしまうんです。実際、クリオオアブラムシの被害に悩まされていた栗の生産者が取り入れてくださったのですが、屋外の果樹園ではテントロールがいなくなるとの相談を受け、露地でもテントロールを長く圃場に留まらせる方法を考えることにしました」
総合的病害虫・雑草管理(IMP)で、天敵のエサとなる植物を植え、天敵を圃場に誘引し、定着させていることを参考に、清水さんはテントロールの定着率を高める飼料を開発することにした。テントウムシが糖やアルコールを含む樹液を好むことから、砂糖、焼酎、ゼラチンパウダーなどを混ぜ、グミ状の飼料を試作。ガーゼに包んでナスを露地栽培する圃場に吊るしたところ、目論見通りにテントロールの定着率が高まることが確認された。
元パティシエの助言を参考に菓子の材料を使って飼料を開発
しかし、グミ状飼料は制作に時間がかかったことから、将来的な販売を想定し、安価かつ簡単に作れる飼料の開発を進めることにした。手がけるのは、現在、千葉県立農業大学校研究科に在籍している黒田歩夢(くろだ・あゆむ)さん。昨年度に在籍していた農学科の研究活動の一環として、扱いやすさを考慮し、ペースト状の飼料の開発に取り組むも、なかなか適切な材料が見つからなかった。黒田さんがこう振り返る。
「ペースト状飼料にするのに適切な材料が見つからず、元パティシエの父親に相談したら、お菓子の材料を泡立てる際に使われる製菓用起泡剤を勧められました」
黒田さんは起泡剤を基材として、砂糖、焼酎などを混ぜてペースト状飼料を試作。露地栽培のナスを対象に、ペースト状飼料をナスの枝に塗り付け、グミ状飼料や飼料のない条件と比較した。飼料がないと日を追う毎にテントロールの定着率が下がっていったのに対し、ペースト状飼料は定着率の低下を抑えられることが明らかになった。
焼酎に含まれるアルコールが災いしたのか、ペースト状飼料を塗り付けた部分が枯れたことから、黒田さんは黒い画用紙を台紙に塗り、圃場に吊るす方法を考案。この方法を施設栽培のピーマンで試すと、飼料がない場合よりもテントロールを圃場に留められることが確かめられた。こうした成果を、全国の農業大学校の学生が研究を発表しあう「全国農業大学校等プロジェクト発表会・意見発表会」で披露したところ、最高賞に当たる農林水産大臣賞を受賞した。
製菓用起泡剤に砂糖や焼酎を混ぜて作られたペースト状飼料(左)。このペースを塗り付けた黒い画用紙を圃場に吊るすことで、テントロールの定着率を高められる

テントロールを考案した、千葉県立農業大学校の准教授、清水敏夫さん(左)と、卒業研究でペースト状飼料の開発に取り組んだ黒田歩夢さん
今後、清水さん、黒田さんはより多くのデータを取得し、特許を申請する予定だという。特許成立後は外部の企業に技術導出し、ペースト状飼料の実用化を目指しており、テントロールと異なり、飼料は全国に販売されるだろう。さらに清水さんは「テントウムシ以外の天敵昆虫にも使えるようにしていきたい」と話す。
「製菓用起泡剤に加えるエサ成分を変えれば、他の天敵昆虫を圃場に定着させるのに使えるでしょう。例えば、タバコカスミカメのような肉食性カメムシのエサにできれば、ペースト状飼料の汎用性は高まると期待しています」
タバコカスミカメはコナジラミやアザミウマといった害虫を食べてくれる天敵昆虫として近年注目されている。こうした他の天敵昆虫を誘引し、定着させるのにペースト状飼料を使えるようになれば、IPMの可能性は広がっていくことだろう。












