コラム:流動化する政局と「高市トレード」、ドル/円相場の大荒れ続くか=植野大作氏

コラム:流動化する政局と「高市トレード」、ドル/円相場の大荒れ続くか=植野大作氏
 秋の為替市場で、ドル/円相場は大荒れの展開になっている。植野大作氏のコラム。写真は都内で2016年7月撮影(2025年 ロイター/Toru Hanai)
[東京 14日] - 秋の為替市場で、ドル/円相場は大荒れの展開になっている。10月4日に実施された自民党総裁選で高市早苗・前経済安全保障担当相が勝利したことを受け、翌週の外国為替市場では連日連夜にわたってドル高・円安が加速。10日の東京市場の午前中には一時153円27銭と、2月13日以来、約8カ月ぶりの高値圏まで買い進まれた。
この間、ドル/円相場は総裁選の前日に記録した安値の147円10銭を起点にして、わずか約1週間で6円17銭も上昇している。積極財政と金融緩和に経済政策運営の軸足を置く高市内閣が発足した場合、第二次安倍内閣が進めた「アベノミクス」の導入初期と似たような「株高・円安」が再現されるとの思惑が強まって、日経先物とドル/円をセットで購入する「高市トレード」が進んだことが背景だ。
ただ、10日の夕刻になって公明党が自民党との連立を解消したことが報じられると、高市内閣の発足期待が揺らぎ始めて「高市トレード」の巻き戻しが始まった。仮に今後高市内閣が誕生した場合でも、自民党単独の少数与党では経済政策の推進基盤が弱体化するとの見方が広がり円が買い戻されたほか、同日夜の海外市場でトランプ米大統領が中国からの輸入品に11月1日から100%の追加関税を課す可能性を示唆したことが嫌気されるとドル安も進み、週末引け間際のニューヨーク市場では一時151円19銭付近まで急落。「高市トレード」で積み上げたドル高・円安貯金の約3分の1を吐き出す場面も目撃されている。果たして今後、ドル/円相場は上下どちらに向かうのだろうか。
この先もしばらくの間、ドル/円相場は調整含みの展開が続くだろう。もともと、総裁選の前後に観測された「1週間で6円超」ものドル高・円安は、仮に同じペースで推移した場合、年末には1ドル=220円に迫るような猛烈な勢いだった。
高市内閣発足観測をテーマに進んでいた総裁選後のドル高・円安は、方向に誤りはなかったかもしれないが、明らかにスピード違反を犯していた疑いが濃厚だった。自公連立の解消劇がなかったとしても、期待先行で猛威を振るっていた「高市トレード」による円安の半分程度は、どこかで巻き戻されていただろう。
現在、米国では来年度予算の審議が難航して政府機関の一部が閉鎖された影響で、経済指標の発表が激減している。このため、当該期間中のドル/円相場は日本の政局絡みの報道に偏った過剰な反応を示しがちだったが、公明党の連立離脱が報じられた直後にトランプ氏の対中関税引き上げ方針が伝えられたことにより、ドル/円相場は再び日米両国から配信されるニュースを材料にして動く両にらみの複眼状態に戻りつつある。
そのような状況下、「高市トレード」一巡後のドル/円相場は、日本の政局と米中通商摩擦の先行きを見極めながら、年末に向けた方向感を探る展開になるだろう。最近の外国為替市場は、政局絡みの報道に対する反応が鋭くなる傾向があり、他通貨市場ではフランスの内閣不信任案成立後の政局混迷でユーロが一時的に売られる場面も目撃されている。
「公明党の連立離脱」という予想外のニュースに接し、期待先行の勇み足で進み過ぎていた印象があった高市トレードは一部巻き戻しを余儀なくされたが、自公の連立解消によって混迷の度合いを一段と強める「日本の政局流動化」というテーマ自体は、引き続き円安要因として市場に認知されるだろう。
また、衆参両院で単独過半数を持つ政党が存在しない現在の日本の政治状況の下では、誰が首相になっても財政規律は緩みがちとなる公算が高いので、「悪い金利上昇」と「円安」の連想が刺激されやすい。現在、水面下で活発化している各政党の政策協議や連立交渉で積極財政と金融緩和に政策運営の軸を置く自民党の高市総裁と主張が似ている国民民主党が存在感を増し、仮に玉木雄一郎党首が次期首相の座を射止めた場合、「タマキノミクス」への期待を背景にした「株高・円安」の「玉木トレード」に火が付く可能性もある。
国民民主党が近年の国政選挙でスローガンに掲げている「国民の手取りを増やす」政策とはすなわち、「政府の手取りを減らす」政策に他ならない。金融政策に関しても、玉木党首は時期尚早な利上げ推進には否定的な見解を示していたという印象が強かった。
米国側の要因に目を転じると、トランプ氏による対中追加関税100%の発動予告が実際に始まって中国の報復関税の呼び水になった場合、米国株が大幅な調整を余儀なくされて市場心理が悪化、米長期金利の低下を招いて今年4月の米相互関税発動後に観測されたようなドル全面安が再び進む可能性もある。
ただ、今のところ中国政府は米国の関税発動があった場合に「相応の断固たる措置」をとると表明するに留めており、今後の米主要株価指数が調整色を強めるようならトランプ氏は関税発動を延期するかもしれない。その場合、4月の米相互関税発動後に幾度も観測された「TACO(トランプはいつも怖気づいてやめる)トレード」による米株高・ドル高サイドへの揺り戻しが生じる可能性もありそうだ。
いずれにしろ、現時点では市場の注目を集めている「日本の政局」、「米中通商摩擦」のどちらについても、先行きの展開を読み切るのは難しい。トランプ氏が予告した11月1日の対中追加関税の発動日までにはまだ時間があるので、当面は来週明け20日以降に召集されるとみられる日本の臨時国会での首相指名選挙に向けた各政党の政策協議や連立交渉に関する続報に細心の注意を払う必要がありそうだ。
今後、年末にかけてのドル/円相場は日米の政局・政策にらみで円高、円安どちらにも相応の値幅や速度で動く可能性がある。現時点で筆者は、米国経済の軟着陸成功を前提に緩やかなドル高・円安の進行を見込んでいるが、今後の日米両国から配信される政治や政策関係の続報次第で上下どちら側にも修正の必要性が生じる可能性がある。
古今東西の為替市場で観測されたプライス・アクションを顧みるにつけ、各国の政局や政策に対する期待の変化を映して激しく動く通貨ペアの行方を正確に読み切ろうとする試みには非常な困難が伴う。この先のドル/円相場が上下どちらに転んでも柔軟に対応できる心の準備を整えながら、予断を持たずに今後の展開を見守りたい。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍。国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。
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