9月22日、米アップルのクックCEOは、前任者ジョブズ氏とは全くタイプが異なる経営者だが、「iPhone(アイフォーン)5」で証明したように、それは悪いことではないかもしれない。写真は12日、iPhone5発表会で檀上に立つクックCEO(2012年 ロイター/Beck Diefenbach)
[サンフランシスコ 22日 ロイター] 米アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)は、スティーブ・ジョブズ前CEOとは全くタイプが異なる経営者だ。ただ、最新スマートフォン(多機能携帯電話)「iPhone(アイフォーン)5」で証明したように、それは悪いことではないかもしれない。
より画面が大きく薄型・軽量化したiPhone5の発売を受け、アナリストからはアップルの株価目標引き上げが相次いだが、それは技術革新や画期的なデザインが評価されてのことではない。故ジョブズ氏が得意としていた「消費者を驚かせる仕掛け」はiPhone5ではほぼ見られなかった。
iPhone5で驚きを与えたのはむしろ、世界展開のスピード感であり、サプライチェーンの管理という不可欠だが地味な仕事で発揮されたクックCEOの手腕だろう。
バークレイズのアナリスト、ベン・ライツェス氏は「部品調達上の制約から大きく影響を受けると予想していたので、(iPhone5)発売のペースにはいい意味で驚いている」と語る。
iPhone5は28日までに31カ国、今年中には100カ国で販売される。ジェフリーズのアナリスト、ピーター・ミセク氏によると、これは前機種iPhone4Sの同様の期間に比べて30カ国多い。アップルが部品調達の問題を解決し、世界中の通信キャリア240社と契約を結んでいるという結果だ。向こう10日間で販売されるiPhone5は、決算に重大な影響を与えるだろう。
米カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールのレイモンド・マイルズ名誉教授は、アップルが「生産面でビジョンのある人」を必要とする段階にあるのかもしれないと指摘する。
他にも、iPhone5のリリースを通じ、小さなことではあるが、クックCEOの下アップルがいかに変化しているかを示す場面もあった。新作発表会でジョブズ氏はお決まりの黒のタートルネックを着て、綿密に練られたプレゼンを独りで行った。一方、iPhone5発表会でクック氏は、ジーンズとカジュアルなシャツ姿の幹部たちにとけ込んでいた。
実際のところ、実務的で目立たないが、影響力の大きい行動が、クックCEOのトレードマークになりつつあると言えるかもしれない。クック氏はアップルの1000億ドル(約7兆8000億円)以上の現金資産の一部を配当金として株主に還元し、従業員の給料を上げ、製品発売のスピードを加速した。
クックCEOの下では、以前よりも多くの証券アナリストがアップル本社に招かれ、特にピーター・オッペンハイマー最高財務責任者(CFO)やインターネットサービス担当上級副社長のエディー・キュー氏ら幹部と会談している。クック氏自らもゴールドマン・サックスが主催した投資家向けイベントで、同社幹部としては珍しくスピーチをしたりしている。また、クック氏は同社の委託生産先の労働環境についても調査に乗り出した。
<新しい地図アプリの問題>
アップルの内部関係者によると、称賛されつつも恐れられていた怒りっぽいジョブズ氏の後任となったクック氏は、新たな風を吹き込む存在だという。クック氏に近いある人物は、同氏の下でアップルは急速に売上高を伸ばしつつ、上級幹部の流出を防ぎ、製品発売スケジュールを維持し、大きな失敗を回避していると指摘する。
その一方で、iPhone5に搭載された独自の地図アプリの完成度の低さは、ジョブズ氏の強迫観念的とも言える完璧主義とユーザー体験重視の姿勢が、すでに失われていることを示唆している。
主要都市の「上空」からの眺めを提供する独自地図アプリは、グーグル・マップに取って代わったが、交通情報が制限されているほか、ある都市が海の中に表示されるなど完全なミスもあることが分かった。
アップルの地図アプリについては、いら立ちや驚きが広がっているが、テクノロジー評論家のアニル・ダッシュ氏は「欠陥が複数あるにもかかわらず、アップルが地図アプリを自社のものに変えたのは、ユーザー体験よりも企業戦略を優先させた結果だ」と分析する。
アップルの内部事情に詳しいある人物は、広く使用される機能への否定的な評価を細かく気にしていたジョブズ氏なら、全社を挙げてこの問題に取り組んだだろうと指摘。クックCEOが現在直面しているのは、どれだけ早くこの問題に対応し、そして解決できるかにあると語った。
ジョブズ氏は2008年、個人向けクラウドサービス「MobileMe(モバイルミー)」を始めたが、バグが生じて酷評を受けた。米経済誌フォーチュンによると、同氏は開発チームに対し「互いに失望させたことについて、憎み合うべきだ」と叱責(しっせき)し、チームの責任者をすげ替えたという。
「どんなCEOでも、スティーブ・ジョブズ氏でさえ、iPhone5のような複雑な新製品の新機能1つ1つの問題を全て見つけることはできないだろう」。こう語るのは、ハーバード・ビジネス・スクールのデービッド・ヨッフィー教授。「ティム(・クック)がどう対処するかが大きな問題になる」と指摘する。
また、さらに視野を広げれば、クックCEO下のアップルが、製品の「進化」ではなく「革命」を起こせるかという問題もある。これまでのところ、同CEOの下で発表もしくは発表予定の製品は、大変革をもたらすものというより、既存製品の改良版といえる。
一方で、クックCEOは、売上記録の面ではジョブズ前CEOを上回っている。iPhone5の予約注文は受付開始後24時間で200万台を突破し、販売ペースは4Sの2倍となった。アナリストは今秋にもタブレット端末「iPad(アイパッド)」の小型版が発売されると予想している。
アップルの舵を取る「クック船長」の能力について、投資家には今以上多くの説得材料は必要ないだろう。大きな驚きは少ないiPhone5の発売だったが、アップルの株価目標の平均は1カ月前から6%上昇し、763ドルとなっている。
(原文執筆:Peter Henderson記者、Poornima Gupta記者、翻訳:伊藤典子、編集:宮井伸明)
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