コンピレーションベスト10

過去数年に渡り、エレクトロニックミュージックにおけるコンピレーションの存在意義は大きくなりつづけている。キュレーター、レーベル、DJはしっかりと選曲したり、レアなトラックを蘇生させたりすることで、埋もれていたトラック群に賞賛と意味を再度与えているが、今年ランクインした作品を見れば、こうしたコンピレーションは「現在」にも意味を与えていることが分かるだろう（半数は現在活躍する同士の作品を集めている）。1年でリリースされるトラック数はもはや追いきれる以上の多さであるため、このようなコンピレーションのチェックの持つ意味合いは更に重要になってきている。

10. The Burrell Brothers - The Nu Groove Years 1988-1992 [Rush Hour]

The Burrell Brothersの手がけたこのコンピレーションが、今年最高の再発物のひとつであるという意見は別に驚くものでもないだろう。むしろ驚くべきは、Rush Hourが眠っていた音楽を呼び覚まし続けていることにある（昨年彼らは暗がりに潜んでいたJames MasonとシカゴレジェンドGene Huntの名曲の数々を再発掘している）。Rush Hourの店の裏側にはデロリアンが停まっているというのが専らの噂だ。

N.Y. House'n Authority - Dyckman House

09. Various Artists - Only 4 U: The Sound of Cajmere & Cajual [Strut]

2時間半にも及ぶヴィンテージ・シカゴ・ハウスを楽しめる時に、冗長にリバイバルブームを語る必要はないだろう。Curtis A. Jonesの先鋭的なレーベルのCajmereのディープでジャッキンなハウストラックの数々は現在の方がより輝いているように聴こえる。この作品にはTerence F.M.の“Feelin Kinda High”から、G.U.（Glenn Underground）によるディスコテイスト溢れる“Beyond”、そして言うまでもないがこのレーベル史上に燦然と輝く “The Percolator”や“Brighter Days”も収録されている。

Cajmere – Perculator

08. Various Artists - Shangaan Shake [Honest Jon's]

Honest Jon’sのShangaan Shakeシリーズの12インチ8枚分を集めたこのコンピレーションは、Shangaan Electroアンソロジーのトラックを錚々たるアーティスト陣がリミックスした作品がたっぷりと収められており、非常に優れたコンセプトを誇っているが、同時にテクノの「何でもあり」というアティテュードを現時点で明確に表した作品としても受け取れるだろう。Demdike Stare、Theo Parrish、Actress 、Mark Ernestus、Shake、Hype Williamsなどが参加しており、彼ら全員が南アフリカから届けられた奇妙なダンスミュージックに共通点を見出している。

Oni Ayhun - Meets Shangaan Electro

07. Various Artists - Minimal Wave Tapes Vol. 2 [Stones Throw]

これはStones Throwによって監修されたシンセポップの秘宝コンピレーションMinimal Wave Tapesの第2弾だが、このシリーズでしか聴けないような素晴らしい音楽を再び届けてくれている。Minimal Waves Tapesに付き物のある意味脆弱なサウンドも当然含まれているが、そのクオリティの高さと楽曲の幅広さがこのミックスを必須アイテムへと昇華させており、囁くようなヴォーカルからノイジーなスネアに至るまでの全てが他では聴けない響きを携えている。

Ohama -The Drum

06. Various Artists - A Compilation [International Feel]

International Feelの3年間を凝縮したこの作品で、創設者Mark Barrottはこれまでにリリースしたトラックを中心とした21曲を紹介している。収録されているトラックの大半はヴァイナルオンリーとしてリリースされたもので、2012年を代表するカタログショーケース的作品となった今作には、レーベルの基軸となったBubble Club、Gonno、Gatto Frittoなどの作品とともに、Andrew Weatherall、Tim Love Lee、Com Truiseなどによるリミックスが収録されている他、今作だけのエクスクルーシヴトラックとして、Flights Of FancyやBarrott自身の楽曲も含まれている。

Bubble Club - The Goddess

05. Various Artists - American Noise [L.I.E.S]

L.I.E.Sは今年間違いなく数多くの騒動を生み出したが、その知識がありながらも、『American Noise』というタイトルはダンスミュージックのコンピレーションとしては奇妙だと思う人がいたようだ。しかし、Ron Morelliが単独でアメリカのエレクトロニックミュージックの暗部をくまなく探しコンパイルしたこの作品に共通項があるとすれば、「音の粗さ」なのだ。L.I.E.Sの新旧作品を集めたこの『American Noise』は、レーベルの未来が過去と同様に明るいものであることを示した。

Marcos Cabral - Tio Rico

04. Various Artists - Minutes In Ice [Frozen Border]

コンピレーションで収録アーティストの名前を全て載せるのは、大したことではないと思うかもしれないが、UKのテクノレーベルFrozen Borderにとっては非常に大きな一歩だった（今作より前の全てのリリースはタイトルさえ記されていなかった）。またBlawan、Szare、Dario Zenker（aka #4.26.）のようなアーティストを集め、秘密裏のままにするというのは不可能な話だったというわけだ。このような謎に包まれたレーベルにとっても、今作は秘密にしておくには良過ぎる内容だったのだ。

#.4.26. - Tharin

03. Drexciya - Journey of the Deep Sea Dweller Vol. I - III [Clone]

Cloneが初めて『Journey of the Deep Sea Dweller』をリリースする際、彼らはリリース後に予想されるありとあらゆる反発に対して先手を打つため、事前説明を丁寧にしておく必要があったという事実は覚えておくべきだろう。というのは、デトロイトのデュオDrexciyaのリリース群は旧約聖書と同様に神聖なものだと考えている人たちがいるからである。画期的な作品から呪文で生み出したかのような作品に至るまで、Drexciyaのキャリアを網羅したこの作品を聴けば、彼らのそうした考えも理解できるだろう。

Drexciya -The Mutant Gillmen

02. Various Artists - New Jack Techno [Turbo]

テクノの新人や目立たないアーティストを集めたこのTurboのコンピレーションはちょっとした驚きをもたらした。収録されている各トラックはテクノの中でも独特な響きを持つもので、面白いことに流行のBerghainやインダストリアルサウンドに当てはまらないものばかりだ。そしてTigaの弟であるThomas Von Partyによって大半がコンパイルされたこの作品は、Turboというレーベルのスケール感は想像以上に幅広いものだということを改めて認識させてくれる作品でもある。

Gingy & Bordello - Iron & Water

Severed Heads - Dead Eyes Opened

01. Various Artists - Trevor Jackson Presents Metal Dance [Strut]

見通しが悪い80年代のエレクトロニックミュージックに対するしっかりとしたキュレーションは常にウェルカムだ。この2枚組のコンピレーション『Metal Dance』は、レーベルOutputで大きな影響力を発揮したUKのベテランTrevor Jacksonがキュレーションを担当した。「Industrial, Post Punk, EBM, Classics & Rarities 80-88」というサブタイトルが付けられている今作で、JacksonはDJプレイに適したトラックから、狼狽してしまう程の緊張感に溢れたトラックまで幅広いキュレーションを見せており、 Nitzer EbbやCabaret Voltaire、Einsturzende Neubautenなどのクラシック的なトラックは勿論、Hard CopsやNaked Lunchのようなあまり知られていないトラックも収められている。このような幅広い選曲ではあるが、一貫性が見られないということは全く無く、Jacksonの「レコードバッグに入っている」的なアプローチが取られている。RAのレビューを担当したWilliam Rauscherは、「クラシックとレアの絶妙なバランスにより、このコンピレーションは初心者への入門編としてもハードコアなファンへのレアトラック集としても機能している」と評しており、インターネット時代にコンピレーションの意味を持たせるクオリティを携えている。

オンラインミックスベスト10

最高のミックスが録れたならばアップロードをすればいい。最高のトラックが作れたならば、自分のお気に入りのクラシックと合わせてプレイすればいい。そしてクラブでは披露出来ない自分の音楽の好みの一部を知らしめたいのであれば、以下を参考にすれば良いだろう。ここに挙げた2012年のベストオンラインミックスにはそのようなアイディアが全て詰まっており、オンラインミックス（もしくはラジオ用ミックス）の可能性、そしてネット上の数多のミックス中で何故これらがひときわ目立つ存在になったのかという理由が示されている。

10. Smallpeople - Little White Earbuds Talking Shopcast 14

Smallvilleの大抵の作品は「甘さ」が特徴となっている。しかしSmallpeopleがLittle White Earbudsに発表したTalking Shopcastは、Smallvilleにはもっと沢山の「味」があることを証明した。STLやJuniper のようなSmallvilleスタンダードと呼べるようなトラック群から、Glenn UndergroundやOmar-Sのビッグチューンまでがプレイされるこのミックスで、SmallpeopleはSmallvilleの持つ柔らかさにしっかりとした重量感を加え、非常に良質なハウスミュージックを展開している。

09. Beneath - FACT Mix 328

2012年でUKのニューカマー、Beneathほどフレッシュなサウンドを提供してくれたアーティストはいないに等しい。Ben WalkerことBeneathはFACTに対し、ヴァイナルとダブプレートを使ったミックスを70分間に渡り披露した。他のUKの革新的なサウンドと同様、BeneathのサウンドもUKファンキーのシンコペーション、グライムのアティテュード、ハウスのスピード感、そしてダブステップの低音など様々なテイストを散りばめたものになっている。

08. Daphni - Live from the Bussey Building October 5 2012

Dan SnaithがDaphni名義での活動を作品化しようとした際、彼は「予想可能で退屈なEDMのブーム（EDM barfsplosion）に対するアンチテーゼだ」と説明した。その彼の意図を理解するには、このミックスを聴くのが手っ取り早いだろう。強烈なプログレッシブ・ロックやアヴァンギャルドなジャズ、テクノ、UKベースなどを横断するこのDaphiniのセットは勇気ある選曲で見事な形でジャンルを飛び越えており、最高級の作品に仕上がっている。

07. Akkord - Electronic Explorations Mix 183

マンチェスターに拠点を置く謎めいたレーベルAkkordは、自分たちのトラックを使ったミックスを披露することで「誰も知らないトラックをプレイする」というハイプへ挑んでいる。このミックスはテクノ、ガラージ、そしてダブステップのサイバーパンクバージョンとも言えるようなトラック群を自由に行き来しながら、鋭い金属のようなストイックなムードを保っており、緻密に組まれているものの、非常にパワフルな響きを持っている。しかし、このミックスの魅力はそういったトラック群の強度ではない。ビートの隙間を呼吸するようなミックス自体がアートとして成り立っているのだ。

06. Morphosis - mnml ssgs mx fnl

独自の意見を持ち、シーンへの影響力も大きいmnml ssgsのブログは今年6月から7月にかけて発表した最後の（FNL）ミックスシリーズと共に一時休止状態に入ったが、そのタイミングでMorphosisが発表したPanorama Barでのセットの一部に相当するこのミックスは、このサイトの精神性を端的に表していると言える。レバノン出身のこのプロデューサーは機能的なハウスとは程遠い実験的なエレクトロニックミュージックと見事な挑戦心で既成概念の枠を解き放っている。

05. Bok Bok - NSMIX001

Night Slugsが新たにスタートさせたpodcastシリーズに提供されたBok Bokのセットには強烈な説得力が備わっており、このサイトの生命力に力強さを加えた。UKのハウスDJたちは決してハウスに対して誠実なわけではないということを証明しているこのミックスで、彼はグライムにルーツを持つ自身の作品群にKowtonやLevon Vincentなどを加えている。Jam Cityの魅力溢れるスペースエイジ的トラックをも盛り込む彼のスピーディーなDJプレイにおいて特筆すべきは、その切れ味の良い創造力だ。

04. Nicolas Jaar - Essential Mix

Nicolas JaarはDJではない。だからこそこのミックスが特別な存在として光り輝いている。このミックスでの彼は周囲の期待から解き放たれており、自分の好きな音楽を自由にプレイしている。このEssential MixではFeistのインディーから*NSYNCのティーンポップ、そしてジャズの巨人Charles Mingusまでもがプレイされているが、このようなミックスを手掛けようとするDJ、そしてそれをこのレベルで表現できるDJはまずいないだろう。

03. Rrose - E.P.153 (Electronique.it)

不可解なテクノとエクスペリメンタルミュージックを生み出すアーティスト、RroseがこのElectronique.itからのミックスを今年初頭に発表した際、彼はSandwell Districtからのリリースによってシーンに台頭しつつあった。先進的なサウンドデザインからノイズとアンビエンスを巧みなコントロールに至るまで、この53分間に渡るセットは、Sandwell District周辺の12インチ群が内包するテーマを表現しており、今年のテクノを代表する作品と言っても過言ではない。

02. Dixon & Ame - Boiler Room x Innervisions DJ Set at ADE 2012

アムステルダムのホテルの一室から放送されたDixonとÂmeによるこのBoiler Roomのセットは、最後に素晴らしい瞬間が待っている。枕投げが行われ、部屋の中には羽が舞っている中、Kristian Beyerがバラを振り回し、DixonがPaul Simonの“Diamonds on the Soles of Her Shoes”のエディットをプレイする。絶好調のInnervisionsには真のマジックを起こす力がある。そしてその瞬間を起こせるのは彼らだけなのだ。

01. Rustie - Essential Mix

2012年はヒップホップとダンスミュージックがガップリ組み合った年であるが、両者がぶつかった時、どれだけ凄いサウンドが生まれるのかを見事に表現している例のひとつが、このRustieのEssential Mixだろう。グラスゴー出身のRustieは、その後数カ月間の業界の流れを変えてしまった素晴らしいテクニックで、2時間に渡り最先端のダンスミュージック、大仰なメインストリームのヒップホップ、甘美なポップなどを自身の作品と組み合わせて披露した。このミックスで彼はClams Casino、Destiny's Child、Lone、Cassieなどを殆どのリスナーがプレイされたことすら気づかないような形でプレイし、自分が優れたプロデューサーであると同時に一流のDJであることも証明することになった。また今作品はBaauerの“Harlem Shakeや、S-Typeの“Billboard”などの、後にヒットシングルになり、トラップムーブメントの仕掛け役となるようなトラック群が初めてマスに向けてプレイされたミックスでもある。今年ももう終わりだが、未だにこのミックスは放送時の新鮮さを失っていない。

オフィシャルミックスベスト10

年を重ねるごとに、オフィシャルミックスをリリースするレーベルの数は減ってきている（売上が急速に落ちているのは周知の事実である）。しかし、嬉しいことにそのクオリティは年々上がってきているようだ。というのは、下記のリストを作成するにあたり、良質な作品をかなりの数を落選させなければならなかったからだ。オフィシャルミックスは減少傾向にあるが、その質はこれまで以上に良質なものになってきているのである。

10. DJ Deep - Kern Vol. 1 [Tresor]

Tresorが新たに提示するKernシリーズのコンセプトは、アーティストがミックスを通じて物語を紡ぎだすことにあるが、DJ Deepがこの作品でそれを正確に表現した。22トラックが収められたこの珠玉のミックスは、DJ Deepが20年以上に渡って得てきた経験を活かしながらクラシックハウスやモダンテクノ、そしてエクスクルーシヴなトラックなどを繊細に紡いだもので、一枚の布から全て生み出されたかのようなスムースさが備わっている。

09. Maya Jane Coles - DJ-Kicks [!K7]

ブレイクしてからわずか1年でDJ-Kickシリーズに抜擢されたことが、Maya Jane Colesの人気がうなぎ登りであることを物語っている。そして内容も彼女のトラック群と同様、突出したクオリティを誇っている。中毒性の高いフック、カラフルなメロディー、そして親しみやすさが巧みに盛り込まれており、彼女がハウスミュージックにおける最も優秀なアーティストのひとりとして自立した今年1年を物語っている。

08. Zip - Fabric 67 [Fabric]

ZipことThomas FranzmannによるFabricシリーズは、ハウスの規範からあからさまに逸脱していくような内容にはなっておらず、彼が長年「ミニマル」の最前線にプロデューサー、そしてDJとして立ち続けていることを考えると、今作の方向性を不思議に感じる人もいるだろう。しかしThomas Franzmannは今作品で、17曲の高質なトラック群を見事なペース配分とミックススキル、そして明確なストーリー性を持って最高の形で披露している。これ以上彼に望むことは何もないはずだ。

07. Norman Nodge - Berghain 06
[Ostgut Ton]

Norman NodgeがBerghainのレジデント陣の中で最も幅広いプレイをするという意見が出た場合、このミックスCDはその意見を支持することになるだろう。Berghainのオープニングを務める時と同様に、今作品の彼もビートレスでアトモスフェリックなトラックから強烈なテクノへと60分間をかけて丁寧に組み上げており、また降り注ぐビートの中で、他のレジデント陣よりも大きなスペースを見つけ、そこにカラーと感情を植え付けている。この静かなる聖人とも言えるDJは、テクノ界の誇る逸材である。

06. Slow to Speak - Classic House Grooves: Dope Jams New York City
[King Street Sounds]

ハウスミュージックの歴史の中で、ディープなベースラインと同様に泣き叫ぶサックスや女性ヴォーカルも尊ばれていた時代があった。ニューヨークに拠点を構えるレーベル、King Street Soundsはそのようなサウンドにおける重鎮だが、このClassic House GroovesではSlow to Speak（Dope Jamsを率いるデュオ）を起用し、このレーベルの素晴らしいバックカタログを勢い良く紹介している。

05. Tiga - Tiga Non Stop [Different]

Tigaの最新のミックス『Tiga Non Stop』に本人の名前が冠されているのは納得だ。このミックスはモントリオール出身のこのDJの人気の秘密が凝縮されている。RAのレビューを担当したJordan Rothleinはこのミックスについて、「ポップとクラブミュージックの間にある微妙なラインをなぞっている作品」と表現しているが、この作品に勢いを与えているのは、そのラインをなぞり続けるこのアーティスト本人なのだ。

04. Nick Hoppner - Panorama Bar 04
[Ostgut Ton]

Nick Hoppnerが担当した超有名クラブの人気ミックスシリーズは、Jon McMillionの浮遊するようなオルガンからAndresの今年を代表するストリングスまでもが盛り込まれており、シリーズを通じて最も寛容で威厳ある内容となった。Ostgut Tonのレーベルマネージャーである彼は、絶妙な形でミックス全体をピーク直前の状態に保ちつつ、要所にDJ GregoryやThe Moleなどのトラックを挟みこむことで、穏やかにそして華麗な形でハイライトを生み出している。凄まじいパーティーを終わりへと導く彼の圧倒的なスキルが表現されている作品だ。

03. Andrew Weatherall - Masterpiece
[Ministry of Sound]

ビッグネームDJが自分のインスピレーションを表現する場合、ついつい耽美的で深い思考を内包するような作品にしたいという衝動に駆られるのはある意味仕方のない話なのだが、謙虚な姿勢で知られるAndrew Weatherallが手がけた今回のMasterpieceシリーズは、基本的にフロアに向けた内容になっている。自身がオーガナイズするロンドンのパーティー「A Love From Outer Space」の雰囲気を表現しようとして制作されたこの3枚組は、それぞれイタロ的ハウス、ブルース色の強いディスコ、そして若々しいエレクトロがテーマとして設けられており、その中に自身の作品が大量に組み込まれている。

02. Ben Klock - Fabric 66 [Fabric]

クラブでのBen Klockは容赦無くサウンドを前面へと押し出してくるが、ミックス作品はキックの隙間を楽しむような内容が多い。よって今回のFabricシリーズも、テクノマシーンと化している部分もあるが、その正確無比な部分に幾分の柔らかさが加わっており、独特な作品に仕上がっている。このミックスにはリスナーを優しく包容するとまでは言わずとも、ゆっくりと横たわれるようなスペースが十分に用意されていると共に、彼だけが教えることができるワークアウトに参加しているような気分にさせるパワーも十分に盛り込まれている。

01. Levon Vincent - Fabric 63 [Fabric]

10年以上のリリースキャリアを誇るFabricシリーズの第63弾は、US出身のハウス／テクノプロデューサーであるLevon Vincentが担当。これまでで最も明確なメッセージ性を持った作品となった。収録されているトラックの大部分は自身の手がけるヴァイナルオンリーのレーベルNovel Soundからのトラック群だが、それがこの作品に希少性とタイミングの良さを加えている。このミックスはVincent本人の新曲や未発表曲に加え、ニューヨークの同士であるFred P、Jus-Ed、DJ Qu、Joey Andersonなどの作品が収められており、彼らのオリジナルサウンドに対する貪欲な追求によって成り立っている作品と言え、Vincentの自身のショーケースであると同時に同士のショーケースとしても機能していると言えるだろう。トラック群は彼ら独自の解釈によって表現されたハウスとテクノだが、Vincentはこういったディープでダークなクラブミュージックを高揚感のあるアンセム的なものへと巧みに仕上げている。そしてそれが『fabric63』を今年度のベストミックスとして堂々と君臨させている理由のひとつなのだ。