わたしはスマホ音痴である。
ケータイが普及し出したころ、自分は関係ないと思っていたら、街中から公衆電話が消え始め、歯医者などからも消えだしたので、これはケータイ持っていないと電話がかけられなくなるのかと思い、購入した。しかし、ほとんど自分から電話もかけないし、自宅の固定電話で連絡は間に合うような生活が続いている。
その後、ケータイが古くなってしまって、スマホに買い替えなければと、スマホを買った。とりあえず電話のかけ方だけは覚えた。しかし、ほとんど自分で使うこともなく今日に至っている。歯医者に行ったときは、帰りのタクシーを受け付けの方にたのんで電話してもらっている。
そう、インターネットを見るのは自宅のパソコンから。キーボードを打つのは早いので、らくらくである。しかし、外出時にスマホを携帯してまでインターネットを見たいとも思わない。手持無沙汰のままぼーっとするのが苦にならないのである。
スマホ音痴。スマホが普及し出したころ、今は亡き橋本治がエッセイで「みんなが位牌みたいなものを撫でるようになった」と書いていた。タブレット純がスマホもパソコンも使っていないというのを聞いて、勇気づけられたりもする。
しかし、次のようなニュースを見ると、もうスマホなしでは人のうちにカウントされないようになっているのかと、思わざるを得ない。
イスラエル軍、ガザ市住民に「人道地区」への避難呼びかけ
2025年9月6日 17:02 発信地:エルサレム/中東・アフリカ [ 中東・北アフリカ ]
https://www.afpbb.com/articles/-/3596988?cx_part=top_latest>イスラエル軍報道官のアビチャイ・アドレー氏は、SNS上でガザ市民に向けて「この機会を利用して、早めに(マワシ)人道地区へ向かい、そこに避難している数千人の人々と合流してください」と述べた。
調べてみると、スターリンクなどのおかげで、ガザからもスマホでヨーロッパにいる同胞と連絡は取れているとのこと。ネットがつながるかどうかは、場合によるそうだが、ガザの人々にとってスマホはなくてはならないものだとのこと。
そして、アフリカなど、インフラ整備が遅れていた地域はスマホの普及が早く、みんながそれを使っているとのこと。
スマホ音痴で暮らせる日本は平和なんだなあ、わたしみたいなぼんやりしたのが暮らしていけるのは日本の田舎くらいなんだろうなあ、というのと、でも、やっぱりおかしくない? というのがあってね。
ガザでスマホが使えない人のためには、イスラエル軍はビラを空から撒くくらいしないといけないであろう。
スマホが必需品化する、というのも、そのことでアメリカの企業が世界中の人を支配する糸口になるのではないか。
ま、インターネットを利用している時点で、わたしも支配されている人のひとりに入っているんだろうけれども、とくに使わなくても困らないという立場なので、これからは手書きのノートの時代だ! と、ひとりで思っております。
手書きのノートやメモは、バッテリー不要という良さがあるんですね。
もはや何を書いているのかわからなくなってきていますが、スマホ使ってない人、使う気にならない人もこの世にはいるぞ、それを言っておきたかった。