第15話 あの女の裏を掻くとしたら……

「全滅だと!? それはいったいどういうことだ!」


 ジハルドわたしは旅館の一室でテーブルを叩き、報告書を読み上げた騎士を怒鳴りつけました。そして騎士は躊躇いがちに報告を続けます。


「お、おそらくは……ティアリース王女による魔法かと思われます」


「本人が不在にも関わらず、自動で攻撃を仕掛けたというのか!」


「は、はい……移転した村へと侵入した工作員10名全員が丸焦げになっております。派手な見た目に反してそこまで重症ではないことから、王女が得意とする爆発魔法のようです……」


「いったいどうやって、敵だと判別して自動迎撃を仕掛けてきたというのか!」


「そ、それは……現在調査を急いでいるところですが、しかし……その調査隊すらも、村に入った途端に爆撃される始末でして……」


 工作員や調査隊が、村に入った途端に爆撃だと……!?


 そんな馬鹿な話があってたまるか!


 自動迎撃ならば、何かしらの魔具を使っているのは間違いないだろうが……だからなおさら不可解すぎる。一体どうやって自動で敵を判別しているのか……


 村人全員の顔を魔具に覚えさせたとしても、それならば旅人は全員が攻撃対象ということになる。そんな物騒極まりない防衛体制などありえない!


 まさか、人の意志や感情を読み取るはずもなし……


 だからわたしは、大きく深呼吸をして……頭を冷やすことにします。


(だとしたら……こちらの計画が漏れていたということですか?)


 信じがたいことではありますが、そうとしか考えられません。事前に把握していない限り、魔具による自動迎撃など不可能です。


 となると、わたしを護衛する騎士の中に裏切り者がいることになります。


 ならば騎士どもの裏を掻くことで、結果的に、ティスリの裏をも掻くことができる、ということになる……


 そうしてわたしは、もう一枚の報告書を手にしました。


(あの女、今は暢気に旅行なんてしているようですね……)


 卑怯にも我々にスパイを紛れさせ、こちらの情報を受けとったことで安心しきっているのでしょう。その油断が命取りになるとも知らずに。


 とはいえこれから、騎士の誰が裏切り者なのかを特定するのは時間がかかります。本国からの帰還命令を受けている以上、わたしにもそこまで時間はないのです。


 そんな状況で、あの女の裏を掻くとしたら……


 わたしは熟考の末、命令を出しました。


「あなたたちは、引き続き、移転したオックリー村の調査に当たりなさい」


「え……?」


「何か不服でも?」


「い、いえ……不服というわけではないのですが……とにかくあの村は、踏み込んだだけで迎撃されるわけでして……いったいどう調査したものかと……」


「それを含めての調査に決まっているでしょう? なんとしても、ティスリと面識のある村人を捕らえる必要があるのですから」


「り、了解しました……」


 よし、これでティスリには、わたしが引き続き村に執着していることが伝わるでしょう。


 その上で、わたしは──


(──単身で、あの女の旅先に出向けばいい)


 そうすれば、わたしの行動の一切はティスリに知られないわけです。


 わたし自らが手を下すなど無粋なことはしたくなかったですが、こうも無能な連中しかいない現状とあっては致し方ありません。裏切り者がいるのに気づかないわけですから。


 それに、ティスリの歪む顔を間近で見られるという特典もありますしね。


(雪山ならば、いかにようにもできますからね。チャンスはいくらでもある。やはり、あのアルデとかいう男を血祭りにあげましょうか。血に染まった雪原でティスリがどんな顔をするのか……見物ですね……)


 その光景を思いうかべ、わたしは思わず笑みを浮かべそうになりました。


 目の前の騎士が裏切り者である可能性も高いですから、わたしは口元を引き締めて立ち上がります。


「自動迎撃の原因が判明するまで、帰ってくることを禁じます。わたしが求めているのは朗報だけだ。分かりますね?」


「は、はい……しかと……」


「ではわたしは、この街に滞在して、朗報を待つことにしましょう。くれぐれも、朗報だけを持ってくるように」


「了解致しました……」


 もちろん、わたしがここに滞在するというのは情報撹乱のための嘘であり、今夜にでも、ティスリが向かったという雪山に出向きますけどね。


 村の調査はどうせ進まないでしょうから、わたしに報告してくる騎士もいなくなり、わたしが旅館を不在にしていたとしても、数日程度ならば目くらましになるでしょう。


 その隙に、諸悪の元凶であるティスリを……


 わたしはほくそ笑みながら、退出する騎士の背中を眺めるのでした。

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