第26話

 ——はぁ心配だ……


 レイラさんとアンナさんは魔の森に入った初日から大怪我を負っていた。

 腕の立つ冒険者だと聞いていたから勝手に大丈夫と思っていただけにショックも大きい。

 今日も同じような事にならないか心配でならない。


 治療中、黒いモゾモゾに似た何かが出てきたのも気になる。

 もしかしたら魔の森にはたくさんの黒いモゾモゾが漂っているのかも……あれば良くないヤツだし。


 だから俺は彼女たちの帰り際にウォータースキル(水)とクリンライトケア(治療+浄化っぽい)を使用して出した水を水筒に入れて渡した。体調が悪くなったら飲んでくださいってね。


 咄嗟に思いついたモノだけど、少しでも効果があればいいと思ったんだ。


 でも、後になって冷静に考えたら荷物になるし期待したほどの効果がなかったら逆に危険にさせてしまうのでは? と背中に冷や汗が流れた。


 いや、スキルが発動しているので効果はあると思うんだけど、効果が薄すぎてただの水と変わらなかったらって考えたら怖くなってきた。これは検証するしかない。


 とうことで、今日は早起きして長屋の周囲を漂っている黒いモゾモゾを探してます。


「いい天気だ」

 

 朝は空気が澄んでいて気持ちがいいね。このなんとも言えない肌寒い感じが清々しい気分にしてくれるんだよな……

 なんて事を思いつつゆっくり歩く事30分。


「いない……」


 昨日はかなり見かけたのに今日に限ってまったく見かけない。

 そりゃあ、見かける度に俺が消していたから、すぐに見つかってもらっても困るけど……1体と呼ぶには違和感があるので1匹って呼ぶけど、検証できないから1匹くらいはいてほしい。


「ダメだ。やっぱりいないや」


 あっち(商隊の仮店舗の並び)にいってみようかな。


 ちょっとクセが強いというか面倒な方々がいるから正直近づきたくないんだけど我慢するしかないか……


 ——げっ!


 言ってるそばから彼らを発見。


 そんな彼らとはナニガシ商会の息子とその取り巻きに、オーチメ商会の息子とその取り巻きに、あとはクラボン商会の息子とその取り巻き。

 でっぷりとした体型の彼らには取り巻きが2人ずつついているからすぐに分かる。


 彼らは決まって俺がシエラさんとマキナさんとカナデさんと一緒に居る時にすごい形相で睨んでくるんだ。


 そして、俺が1人になったタイミング(馬の世話なんかをしている時)で、近づいてきたかと思えば、わざわざ自己紹介をしてくれて意外といいヤツだったのか? と思わせた後に、男娼如きが調子に乗るなよと、捨て台詞を吐いて帰っていった。


 いや、それだけなんだけど。今のところ嫌がらせをしてくるような事はない。


 まあ、彼らの態度を見ていれば、シエラさんやマキナさんやカエデさんを意識しての事だとすぐに分かったからね。

 でも、当のシエラさんたちはまったく興味がなさそう。


 3人とも綺麗だし美魔女だしお胸大きいし、気持ちはわかるけど、残念ながら今はお客様の相手をしていないからね。

 出歩く時も黒服さんを連れている事がほとんどだから声をかけづらいだろう。


「シエラさんが1番綺麗だろが」

「何を、カナデさんに決まってるだろ」

「お前らの目は節穴か、マキナさんに決まってんだよ」


 まただ。商会の息子の3人はよくいがみ合っている。


 ——なんでこんな朝早くからいるんだ? 暇なの?


 いや、朝早くから開いているお店もあるけど、彼らのお店はまだ閉まっている(その分夜遅くまで営業している)。


 不思議に思いつつも、見つかって矛先が俺に向けられても困るので近くにあった物陰に隠れてやり過ごすことにした。


「うそ」


 壁板っぽい何かを背もたれにしてしばらく様子を見ようと思っていたら、腰を下ろしたすぐ側で黒いモゾモゾを発見した。


 これはラッキー。間近で見るとやっぱり不気味なヤツなんだけど、動きは遅いので、早速コップに入れていたクリンライトケア入りの水を上から少しずつかけていく。


 ——おっ!?


 驚いたことに、水がちょっとかかった次の瞬間には黒いモゾモゾが消えていた。効果は絶大だった。


「よしっ」


 嬉しくなって思わず力一杯ガッツポーズをしていたら、


「ふふ。ゴローさん何かうれしいことでもありましたか?」


 見るからに今しがた水浴びを終えましたよと言わんばかりの格好のシエラさんと、


「ゴローさん、あはは、良いものでも見れましたか?」


「へぇ、ゴローさんもそういうところがあったのか」


 同じように薄着姿のカナデさんとマキナさんから声をかけられた。


「へあ!? ぇ、いや」


 どうやら俺が背もたれにしていた壁の向こう側には水浴び場があったらしい。っていうか、しゃがんでいる俺に、前屈みの姿勢で声をかけてくるから、つい反射的に顔を背けてしまったけど、それで、余計にやましいことをしていたように見られたのか? それはまずい。


「ご、誤解です。ちょっと試したいことがあっただけなんです」


 慌てて片手に持っていたコップを見せる。


「お水ですか?」

「水ですよね」

「水なのか?」


 コップに顔を近づける彼女たち。余計に前屈みになってしまった。お胸の谷間がとても眩しい。

 このまま座っているとどうしても彼女たちの胸元に視線を向けてしまう。そう思った俺は慌てて立ち上がる。


「これはですね」


 その後、詳しく説明したつもりだけど信じてもらえたかは不明。


「し、シエラさん奇遇ですね」

「カナデさんおはようございます」

「マキナさん、今日もお綺麗ですね」


 なぜなら、途中から商会の息子たちが割り込んできたからだ。


 取り巻きたちが肉壁となり俺の位置からでは彼女たちの姿すら見えなくなってしまっな。これは困った。


「なんだてぇめぇらは」

「誰に声かけてんだよ」

「悪いがお前らはお呼びじゃねぇんだわ」


「ひぇ」

「あ、挨拶しただけじゃねぇか」

「そうだ、そうだ……ひぃぃ」


 まあ、俺がどうにかしようと思っている間に、黒服さんたちが駆けつけ、商会の息子とその取り巻きたちは蜘蛛の子が散るように逃げていったけど。

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