第126話
騒然としている地下都市にけたたましい警報が鳴り響く。
配下達と力を合わせてラセツを数分もかからずに討伐したが、周囲には黒装束の暗殺者達が続々と集まって来た。
「……ユリフィス、私に任せてくれないかしら?」
ラセツの肩に乗ったノエルが自信ありげに笑みを浮かべて告げた。
「……では任せた、ノエル」
ユリフィスは首を縦に振る。
彼の傍でセレノア、ブラスト、ラミスとラティスは敵に囲まれていく中、呑気に観戦し始めた。
「さあ、試運転よ、ラセツ。蹴散らして」
建物の屋根からわらわらと降りて、津波のように四方八方から押し寄せる黒い影。
地を這うように身を低くして迫る暗殺者達が無表情で暗器を振るう。
巨大な
しかし、ラセツもまた生気を感じさせない虚ろな顔で巨剣を横にフルスイング。
その瞬間、暗殺者達の胴体が綺麗に消滅した。
それから一拍置いて、遠くの建物の壁にべちゃっと肉塊が張り付く。首と下半身だけがその場に残った暗殺者達。
一気に数十人を始末した。
彼らの死体を確認したノエルはラセツの肩から降りて、今度はその死体に魔法を施す。
「……<
まず下半身だけが起き上がり、そこからぶくぶくと身体が修復されていく。
下半身と上半身が揃い、手で頭部を拾って完全な姿になる。
アンデッド達は各地に散らばり、本来味方であるはずの暗殺者達と交戦し始める。
もはや彼女一人で里を制圧できそうな勢いだ。
「……ふふ、私一人で頭領も倒せそう」
翡翠の髪を揺らしながら、上機嫌に微笑むノエル。
しかし明確な弱点もある。
「……頼もしいな。ただノエル、その
「分かったわ。過信はしない」
素直に頷いたノエルの横で、セレノアが上を見上げながら呟いた。
「……なら降りてくる彼女の相手は私がしておこう」
彼の視線の先を辿ると、地上で爆発に巻き込まれた【狂風】がユリフィス達が空けた大穴からふわりと風の力を使って地下都市に降りて来た。
「相手は女だぞ? てめえに殺せるのか?」
「……彼女の相手はどちらにしろ私にしかできないさ」
「はあ?」
セレノアは左目にかかった包帯を外して、虹色に輝く魔眼を露にした。
「皆は従弟殿が頭領に辿り着くまで消耗しないよう、各々
セレノアが言うには【狂風】の相手は彼しかできないらしい。
魔力の動きを目視できるセレノアには彼女の危険性がはっきりと分かっているのか。
「……ユリフィス、どうすんだ?」
ブラストへの答えは決まっている。
セレノアがここまで言うのだ。
ユリフィスはこの場を従兄に預ける事にした。
「セレノア、あれの相手は任せた。他の者達は遠くに見える神殿に俺と共に向かう」
「承知した。武運を祈ってるよ、従弟殿」
「俺もだ」
女性陣はラセツの肩や頭部に乗り、地響きを立てながら移動を始める。
ユリフィスとブラストもまた神殿へと駆け出した。
皆の背中を見送ったのち、セレノアはまず自らの身体全体を覆う薄い風の膜を張った。
「――貴方達、
微笑みながら【狂風】が近付いてくる。ただし、眼だけは笑っていない。
「……私の名はセレノア。姓はヴィントホーク。よろしく、エルフ族の美しいお嬢さん」
「……帝国の三大公爵家……当主の名……という事はラセツを蹴り飛ばした彼は第三皇子ね」
【狂風】はしばし瞠目した後、瞳を細めた。
「なるほど。その眼が噂の……キラキラしてて綺麗だね」
「君の美しさには負けるさ」
「……」
むっつりと黙り込んだ【狂風】の周囲で、緩やかな風が吹く。
「手加減して欲しいな、公爵。同じ風属性の魔法を使う者同士だけど、私の魔法は威力が低いから」
「……分かるよ。君の魔法の真骨頂はそこじゃない」
彼女の金髪がふわりと靡く。
風が吹く。無味無臭の風。色味もない、ただの風が【狂風】を起点に拡散されていく。
セレノアはふと周りを見た。
周囲では生者と死者に分かれた暗殺者達が互いに争っていた。
しかし、風に当てられた死者の方――ノエルが操るアンデッド達が突然自傷したり、アンデッド同士で殺し合いを始めた。
「……ふふ」
不気味に笑う【狂風】。
アンデッド達の制御権をノエルから奪ったわけではない。
魔力の色や流れを目視できるセレノアだからこそ気付いた。この風の危険性を。
「
【狂風】は腰に差してあるナイフ二本を両手に持ち、構える。
「貴方の身体を包む風の膜を壊した瞬間、私の勝利は決まる」
現状、セレノアに【狂風】の魔法は届いていない。
彼女の言う通り、セレノアの身体を包む風の膜を破壊されれば、アンデッド達と同様に混乱状態に陥ってしまうだろう。
同じ風使い同士、そして彼女の危険性を正しく認識できるセレノアしか彼女の相手はできない。
この場に残ったのはそういう判断からだった。
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