屋上ランチタイム
その日の昼休み、俺はいつものようにランチバッグを開けようとしてすぐにもとに戻した。
今、チラリとキラキラした女の子っぽい弁当箱が見えたよな。
入れ物は俺のものだがそこに入っているのは
しかしここでそれを食べると誰が冷やかしに来るかわかったものではない。特に
俺は何か思い出したかのように立ち上がった。
俺はランチバッグを手にして教室を出た。ロッカーにしまってあるスマホを取りに行く。
面倒なことだがスマホは校内使用禁止で持ち歩きもご法度だったから大抵のヤツはロッカーに入れていた。
昼休みのみ必要最低限使用が認められていたから俺はスマホを手にして
日葵の弁当を俺が持っていたということは俺の弁当を日葵が持っているのだろう。何らかの手違いで二人の弁当が入れ替わったのだ。中身は同じだけれど。
そこで俺は、はたと思い当たる。今朝弁当を用意したのは日葵だ。
あいつ、わざと間違えたな。
俺が送ったメッセージは間もなく既読になって返事が来た。屋上手前の階段踊り場で待ち合わせるというものだ。
スリル満点のスタンプまで送って来やがった。あいつ、楽しんでやがる。
俺は指定場所へ急いだ。
どこで誰が見ているかわからない。さっさと弁当を交換しないとな。
ところで、屋上手前の階段踊り場って誰もいないよな? いかにも密会に使いそうな場所だぞ。
こっそり会っているカップルがいてもおかしくはない。何しろ俺たちの学校は校則で生徒同士の恋愛を禁止していたからな。こんな秘密の場所――――秘密でも何でもない場所だ。
俺は階段を上った。そして四階へ到達する直前に日葵を見つけた。
後ろ姿でもわかる。下ろした長いストレートヘア。見覚えのある膝の裏。足のかたちで日葵だとわかるなんて何てマニアックなのだ。
「日葵」俺は
振り返って俺を見下ろす日葵。黙ってすましていると
「早く弁当を交換しよう」
「一緒に食べないの?」頬を膨らませるなよ。可愛すぎるぞ。
「その上――誰がいるかわからないじゃないか」
「いるのかな」
俺の心配をよそに日葵はまた上を向き、上り始めた。
また日葵の膝の裏が俺の目に入る。スカートを少し短くしているな。校則に抵触するぞ。
屋上手前まで到達したがそこに誰もいなかった。
「やっぱりカギは開いてな――あれ? 開いてるよ」日葵は悪魔のように笑った。「――誰かいるのかな? 行こ行こ」
「おい!」
ためらう俺は日葵に手を引かれた。
急に明るくなり俺は一瞬目を細めた。
四月下旬の屋上は思ったより気温が高く、初夏が迫っていることがよくわかった。とても心地好い。
「ここで食べよ」気軽に言いやがる。
フェンスで囲まれた広々した屋上。ただそこは俺たちの占有地にはならなかった。先に到達していた人物がいた。
「
紫のタイトワンピースに白のジャケットを羽織り、ダークブラウンのタイツに包まれた綺麗な脚を流して座る古織先生がひとりランチタイムを堪能していた。
「予約席ですか?」
こういう状況で日葵は饒舌になる。ふだんはその他大勢に
「あなたたち……」古織先生は
「二人でお弁当食べようと思いまして」違うだろ!という言葉を俺は出しそびれた。
「ダメじゃない。自重するように言ったよね?」
俺と日葵が親の結婚で義理の兄妹になったことは一応非公開だ。学校ではできる限り接触は控えるように言われていた。
「たまには良いじゃありませんか」日葵はしれっと古織先生のそばに腰を下ろした。
仕方なく俺も座る。三人でピクニックをしている格好だ。
「誰が来るかわからないわよ」
「来るんですか?」俺は訊いた。
「教職員が交代で見回りしているの。私はそのついでにここで食べているけれど」
「なるほど」
「だいたい、こっそり屋上やその手前の踊り場にやって来るなんてろくなことを考えていない人ばかりよ」
「私たちは
古織先生のランチボックスはとても小さかった。
「少食ですね」俺はつい言ってしまう。
「二十代後半になると余計なものがつきやすくなるから」
「まあ大変」にこやかに笑う日葵を古織先生は恨めしそうに見た。
「先生がここで食べる日は決まっているのですか?」日葵は訊く。
「月に三回くらいあるかな。曜日は決まってないわよ」
「予定がわかったら教えてください。その日は私たちもここで食べます」
「おい!」俺の意見も聞かずに日葵は強引に決めやがった。
「困った子たちね」俺も含めないで下さいよ。
日葵は幸せそうな顔で弁当を食べ始めた。
その顔を見たら俺は何も言えなくなった。
確かに……ここは気持ちが良いな。
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