第23話 相談2

 グレンはテーブルのコップを口元に傾けてくれる。


『あ!これ甘くておいしいです!』

『それは良かった、まぁ俺には甘すぎるが……柑橘系の果物かな?』

『そうですね、後で聞いておいてくください!』


 グレンはふっと口元を持ち上げて笑うと、ああ聞いておこうって言ってくれた。


『まぁなんにしても修道院は行かないとダメだよなぁ』


 それは兎も角と、私達は頭の中での会話中で不自然に成らないようにと、後頭部の髪をガシガシとかきながら目頭に皺を寄せた表情で悩んでいると言う仕草をする。


『そうですよね、商業組合長さんからあそこ迄修道院に行くように言われてましたし』

『そうなんだよなぁ、なんか流れで組合員になったし断れる感じじゃなかった』

『でも、修道院に行ったら行ったでまた知らない事の関係者にされそうです』


 うーん、と二人して本当に困ったと無言になってしまって、グレンも演技じゃなくて本当に悩み過ぎて両手で顔を覆い、まるで顔を洗う様にその両手で擦りあげる。


『まぁレスティの記憶を戻す手立てにはなるかもしれないから、行く事自体は構わないと思ってはいるんだが、如何せんあそこまで言われるとなぁ』

『そうですね……』


 そんなに不安なら私の為に無理に行く事は無いですよ?と、続けようとしたのに私はそれをグレンに伝えられなかった。

 私の中に何か良く分からない感情が、修道院に行きたいって言って口を止める。


『まぁ、街を出るにも情報が無さ過ぎて、次は何処に向かえば良いかもわからん以上は暫くは組合長の希望には沿って置いた方がいいか』

『そうですね、私もシラネイロが本当に役に立っているかも見てみたいですし……お願いして良いですか?』


 ほっとした。

 結局私は、行かなくても良いですよ?って提案を出来なくてそれが申し訳なくて、でもそんな気持ちを理解してくれたのか、それまで悩んでいたのが嘘のようにさっぱりと修道院へ行く事を決めてくれたグレンに、私は心の中で感謝の気持ちを伝える。

 でも、私はすこしだけそんな自分の浅ましさを感じてジクリ心に痛みを覚えた。


「おう、任せておけ」

「何を任せるんですか?」


 びっくりして振り向くとそこにはおかみさんが木のお盆に新しいコップを持って立ってた。


「あ、いや、すみません。声でてました?」

『ちょ!気を付けて下さいね?グレン!』


 誤魔化す為に頭をかきながら恥ずかしそうに言うグレンに、同じようにグレンの声が出て居た事に気が付かなかった自分を棚に上げて注意する。


「出てましたよ?それで何を任されるんですか?」


 そう言いながらニコニコした笑顔でテーブルにコップを置くおかみさん。


「いや、忘れてくれ……何んでもない。それよりもおかわりは頼んでないと思ったが?」

「わたしの奢りよ。眉間に凄く皺が寄ってるようだったからね?甘い物は頭の疲労に良いわ」

「それは……ありがとう、頂くよ」


 キョトンとした表情でおかみさんを見るグレンは、素直にお礼を言って持ってるコップに少し残った液体を口に流し込み、空になったそれをおかみさんに渡す。


「悩み事は人に話すと色々整理出来ていいわよ?私でよければ聞いてあげても?」


 こっちににっこりとした笑顔をむけてそう言うおかみさんに苦笑いを浮かべるグレン。


「ありがとう、でも大丈夫だ」


 右手を立てて断りを入れるように奥に戻るよう促すグレン。


「そう、わかったわ。でもいつでも声かけてくださいね?」


 おかみさんはそう言って手を振って奥に戻っていった。


『で、どうします?』

『え?……あ、ああそうだな明日、修道院に行こう』


 自分でも良くわからいですが、ちょっと冷たい言い方になってしまったなと思ったんですが、グレンもそう思ったのか少し驚いてる感じがしました。

 大した事は無いんですよ?ただちょっと二人で話しをしていたの邪魔されたとか、そのまま暫くおかみさんと二人で話してるグレンにイラっと来たとか……。

 ちょっとそんな自分に後ろめたさを感じて落ち込んだ。


『これを飲んだら、食事ができるまで部屋に戻ってよう』



「で、効果は有ったのか?」


 エヒトは執務机に視線を落として溜まった書類を処理しながら前に立つ修道女姿の女性に質問を投げかける。


「ええ、想像以上に効果がございました。あそこまで濃度が濃いシラネイロは森のかなり奥に行かないと無いと思います」


 女性、いや修道女は表情も姿勢も微動だにさせる事無くそう答えた後は、ただ佇む。


「奥ねぇ……アレにそんな所に行けるような強さは感じなかったがなぁ」


 書類に何か書き込んでいた右手を一旦とめてから、その持っている羽ペンでトントンと書類を叩き、左手で自分の顎を撫でるエヒト。


「それに、信じられないくらい新鮮でした。採取して時間も殆ど経っていないとしか思えません」


 修道女の追加報告にトントンと羽ペンで書類を叩いていた右手を止め、目だけを上げて修道女に視線を向ける。


「新鮮?」

「はい、新鮮でしたのでいくつか修道院の庭に植えなおしてみました。」


 修道女の言葉の意味が理解出来ずにエヒトは眉を寄せて無表情の修道女の目を睨む。


「それに意味があるのか?」

「無いと思います。余ったのでもしかしたらと植えてみただけです。」


 右手の羽ペンをペン壺に戻し、大きく背もたれに乗りかかるようして天井を見て右手で顔を覆う。


「いやまぁ、余ってるなら構わんし、少なくともそれで暫く枯れないでくれるのであれば、御の字だろうさ」


 そんなエヒトを無言で修道女は見続ける。


「新鮮って事は……俺達に気が付かれない内に受け渡し出来るような仲間が居るって事だろうな」


 そんな独り言ちたエヒトの言葉を修道女が否定する。


「いえ、それはあり得ないと思います。そもそも受け取った前日に一度カランラック商会で出しています。そこから翌日カランラック商会が買い取る迄の時間を考えてもその時点で枯れるなり萎れるなりしていても不思議じゃありません」


 ギシッっと音を立てて座りなおして上半身を修道女に向け机の上で手を組むエヒト。


「それはつまり、なんらかの方法で新鮮なまま植物を所有して置く方法を持っていると言う事だな。」

「はい、そういう事だと思います」


 組んだ手に顔を埋める様にして唸るエヒト。


「……つまり、少なくとも森奥に入って高濃度の魔力を保有するシラネイロを採取してグランドオーガから無傷で逃げ切り、時間停止かそれに類するバックパックなりを持っている流浪の田舎商人……あいつら隠す気ないのか?目立ちすぎるだろう」

「こちらの状況を掴んでいるのでしょうね。急ぐ必要が有るからそのような者を送って来たのかと」


 二人の間に暫く無言の時間が流れ、その何とも言えない空気感はエヒトの溜息で途切れる。


「……全くどうやって情報収集しているんだろうな、まぁこっちとしてもどうやって現状を伝えようかと、苦慮していた所だったからな。知ってもらえてるのであればそれに越したことはない」

「そうですね、それで彼らはいつ修道院に来て下さるのでしょうか?」


 組んだ手の上ギリギリに目が見える程度に顔を上げて修道女に目線を送ってエヒトは小さく溜息をつく。


「わからん、そこもやつらの考えてる事がわからん理由だよ。最初は砦からの連絡で此方に入った彼らが森沿いの街道で魔物に襲われて壊滅したと聞いて途方に暮れたが、あれも奴らの何かの工作の一環だったのだろうな……」

「それで信用できるのですか?」

「信用は……、だが他に手は無い以上は信じるしかないだろう」


 再び沈黙が二人の間に流れる。


「……お嬢様が無事に逃げる事が出来るかどうかに掛かっているのですが……」

「わかっている!」


 今度は修道女が沈黙を破った言葉にエヒトは言葉を荒げた。


「……すまない、だがわかっているのだ。しかしそれしか方法が無いのだよ……それはお前も良く知っている事だろう?……姫さえも行方不明になった……恐らくは無事ではないだろう」


 組んだ手に完全に顔を埋めて消え入りそうな声でそう謝るエヒトに修道女は一つだけ希望の持てる考察を述べる。


「森沿いで壊滅した使いの一団、森に追い込んだ姫様の探索をいつ迄も止めない騎士団、そして壊滅した使いと思われる者が街に現れた事、全部繋がっていませんか?」


 再び目線だけが見える程度に顔を上げて修道女を見るエヒト。


「例えばですが、使いの一団が壊滅したとのと姫様が森に追い立てられた時期があまりにもタイミングが合い過ぎて居ます。彼ら双方の情報戦の結果なのではないでしょうか?」

「つづけろ」


 修道女は一度深呼吸をして続ける。


「騎士団側は今回の計画を知って、一気に決着を付けようと姫様の殺害と使いの一団の壊滅を狙って襲った。……けど姫様は森に逃げ込み、壊滅したと思われた使いの一団は壊滅を偽装して、二手に分かれ一方が姫様の保護、もう一方は本来の計画通りに保護対象者達の逃亡の手伝いに街に入った。その証拠に今だ騎士団が森の入り口を封鎖しているのは姫様を見つけきれて無いからではないでしょうか?」

「であれば、姫は既に保護されて隣国に向かってるかもしれないな」

「……あくまでも私の予想ですが」


 再び背もたれに身を任せて、今度は少し力の抜けた声でエヒトは答える。


「いや、状況的に十分にあり得る予想だよ……。希望的観測ではあるがな。それならば、この後は騎士団も街に戻ってくるな……。彼が動いたら直ぐに同調して動けるように準備をしておけ」

「畏まりました。……お嬢様は必ず私の命に代えてもお守り致します」


 その言葉にエヒトは姿勢を正して修道女をまっすぐと見ると、机に額が付きそうな程に頭をさげる。


「たのむ……だが、娘は最優先ではない。あの方を必ず隣国に届けてくれ」


 それまで無表情だった修道女は急に強く唇を結び一度騎士の令をすると強く宣言する


「はっ!必ずやその使命全う致します!」


 そう言って修道女が部屋を出て扉が閉まるまでエヒトは頭を上げなかった。


――――――――――

こんばんわ猫電話ねこてるです!

更新が遅くなりまして申し訳ございません。

不定期更新と言ったものの、出来るだけは予定通りに更新したいと考えて居ます。

まぁ、明日は更新その物が難しそうですが……この後も頑張って机に向かいたいと思います。

……誤字脱字あったら教えてください<(_ _)>


◇次回 第24話 修道院

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る