第33話 マーケット
「それじゃあ、いよいよ刀を見てみますね」
配信で新鮮な反応を返せるように、事前にマーケットのチェックなんかはしていない。
(……大丈夫、だよね?)
前評判を聞く限りではありえないとは思うが、これで刀が一本も在庫がなかったりしたら目も当てられない。
僕はわずかに緊張しながら、マーケットの〈刀〉カテゴリを開いて、
「――お、おおおお!?」
ウィンドウを見た瞬間、思わず素の声が漏れる。
「刀が、こんなに……!?」
僕の目の前のウィンドウには、在庫山盛りの刀の山が転がっていた。
それは、ゲーム時代では絶対にありえないような数。
ただ、驚くべきは数だけじゃない。
(――やっば! これ、ほとんど全部底値だ!)
アドサガのマーケットにおける売却額は一律じゃない。
例えば同じ性能の剣と斧があったとしたら、どちらも基準の価格……〈標準価格〉と呼ばれる基本の値段は同じになるが、マーケットでの売却額は出品するプレイヤー側が標準価格の0.3倍から3倍の範囲で決められるから、需要があるものは値段が高く、逆に誰も欲しがらないものは低くなる。
仮に性能と標準価格が同じ1000マナの剣と斧の武器があったとしても、需要の高い剣は5割増しの1500マナでマーケットに流れ、逆に使い手の少ない斧は5割減の500マナでマーケットで売られる、という感じに自然と値段が偏ってくる。
(刀は死ぬほど人気だったからなぁ。最高額以外で市場に流れることなかったんだよなぁ)
さらに、マーケットには「購入予約」という機能があって、「一定以下の値段でそのアイテムが出品されたら自動的に購入する」ということが出来た。
刀はあまりにも激戦区すぎたから常に予約が入っていて、市場に並んでいるのを見るということがほぼなかったくらいだ。
(それがまさか、ここまで……)
反対に、どんなにプレイヤー側が安く売りたくても七割引きまでしか価格は下げられないため、あまりにも需要がない場合は、底値のアイテムがずっとマーケットに残り続けることになる。
そして、そんな現象が、信じがたいことにあの大人気武器だった刀に起こっているのだ。
:ライ様嬉しそう
:消耗品の時も思ったけどこれ演技とは思えないよね
:これが演技なら人間不信になってしまう
:微笑ましいですわねー
:ライ様にあんな熱く見つめられる刀がうらやましい
:閃いた! 私自身が刀になることだ!
:ちょっと何言ってるか分からないですね
無数の刀を見て、ちょっと呆けすぎていたらしい。
視界の隅に流れるコメントを見て、やっと我に返る。
(……っと、と。黙ってちゃ、ダメだよな)
プライベートなら一人で楽しめばいいが、これは配信。
ダンチューバーのはしくれとして、せめて視聴者にも分かるように説明しないと。
「すごい品ぞろえですね。欲しかったものが多すぎて、ちょっと動揺しちゃいました」
取り繕うように慌ててそう口にするが、これは嘘じゃない。
確かに僕のインベントリには、転生特典(?)として前世のゲームでよく使っていた刀が入っていたが、足りないものも多かった。
(インベントリの刀を見ると、補助技の在庫は多めで、攻撃技の在庫が少なめ。それから、「戦闘になったらとりあえず使っとけ」って感じの定番の刀がごっそり抜けてた。……ってことは、転生の前の僕のデータが激戦のあとのもので、戦いのあとに十分に補充が出来てなかった、のかな?)
そんな風に推論を立てるが、記憶をたどろうとしてもよく思い出せない。
(そもそも、前世で最後にアドサガをやったのは、いつ、だったっけ?)
実装されたサムライで暴れていたことまでは思い出せるのに、そこからの記憶がぼやけて思い出せない。
その事実に気味の悪いものを感じながらも、僕は首を振って余計な考えを追い出した。
考察は配信のあとでやればいい。
今はずっと欲しかった刀に集中しよう。
:強い武器あったんですか?
:ううむ。流石の私でも刀の良し悪しは分からないな
:セシル様は自分の武器も……いやなんでもないです
:ふふ。それ以上言うと泣くぞ? いいのか?
:他人の配信に来て迷惑かけないでもろて
:まさかあの産廃オブ産廃と呼ばれた刀を見て
ここまで喜ぶ人がいるとは
:刀はガチで売れなかったからね・・・
:売れなさ過ぎて市場に出さずに捨ててました(小声)
:それを捨てるなんてとんでもない!
:こう見ると、刀も結構種類多いねー
:ライ様のオススメの刀ってありますの?
「オススメ……そうですね! どれも強いですが、手軽さならまずはコレ! 最強お手軽拘束武器〈千鳥〉です!」
配信コメントに背中を押されるようにその名を口にすると、かつての記憶が次々に蘇ってくる。
「この刀の何がすごいかって、ランク0の刀でコストが安いのに、解放技の〈雷鳴衝〉がそりゃもうぶっ壊れ級に強いんですよ! 単体相手の突き技で威力も大したことないんですけど、命中した相手に〈帯電〉って状態異常を与えてですね! これが感電効果で五秒間相手をスタン状態にした上に、その間毎秒HPの1%の継続ダメージを与えるって超絶壊れ効果! 流石に一度帯電しちゃうと耐性つくので連続でってのは無理なんですが、とりあえずタイマン戦ではこれ使っとけってくらいに定番で……」
衝動のままにそこまでまくしたてて、コメントの反応に気付く。
:すごい早口
:ライ様壊れちゃった・・・
:私たちがスパチャしたばっかりに
:おめめキラッキラですわ!
:やっぱり刀、好きなんスねぇ
あ、あぶないあぶない。
「え、ええっと、そういう感じで、それだけこの刀が優秀だってことですね。あー、ほかには、属性攻撃を反射するバリアを貼れるこの〈水鏡〉とか、あとは……」
なんとか冷静なフリをして話を続けるが、次に目に入ったのがまずかった。
「……〈風絶ち〉!?」
言葉と一緒に、思考まで止まる。
配信のことすら忘れて、思わず二度見してしまった。
(……いや、そうだよね。刀が不良在庫なら、これも当然ある、よね)
理屈としては分かっていた。
分かっていた、つもりだった。
それでも、この武器が投げ売りの形でマーケットに残っているなんて、ゲーム時代を知っている僕にはやっぱり信じがたい。
だって、〈風絶ち〉は〈サムライ〉にとっての原点。
――威力、範囲、発生、付加効果、全てにおいて高水準なぶっ壊れ技を放つ、〈サムライ〉最強の起源となった武器なのだから。
―――――――――――――――――――――
新しい力!
「鎖骨でBANだ!」とかやってる時にこの作品も10万字超えてたみたいです!
色々あってここまでやたら時間かかりましたが、その割に感想たくさんもらえていたり、今もじわじわポイント増えてたりでありがたい限り!
明日も更新予定なので、引き続き応援よろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます