第13話 気分転換

「……本当にここで合ってるよね……?」


 土曜日の午前八時四十分。

 普段ならベッドの中で二度寝を決め込んでぬくぬくしている筈の時間帯に、私は自宅から数駅離れた繁華街にある待ち合わせスポットとして有名なランドマークの傍で、手持ち無沙汰に前髪を弄りながら咲希が来るのを待っていた。

 



 ――事の発端は数日前。いつもの様に咲希と就寝前に通話を繋ぎ、お互いの最近の出来事の話や、大学生活での愚痴を聞いて前世での経験から色々アドバイスしたりと取り留めない雑談をしていた時のこと。


 活動再開してから沢山貰うようになった依頼の中でも最近は特に大きい案件を請けていて、結構気疲れが溜まっているんだよね……とかぐやさんの新衣装の件を詳細はぼかしながら何とはなしに話したところ、『じゃあさ、今度の週末一緒に気分転換に行かない? ほら、あの時言ってたでしょ? スイーツ食べに行こうって』と誘いを受けた。

 私も特に予定は無かったし、その時見せて貰った咲希のオススメらしいお店のメニューも凄い美味しそうだったから、喜んでOKした……んだけど。



 ……改めて周囲を見渡すと、目に入るのは真冬だというのにスカートコーデでお洒落している私と同年代の人達や、冬らしい落ち着いた色合いのお洒落なコーデに身を包んだ大人な女性達ばかり。

 厚手のコーデュロイパンツと使い込んだダウン姿という、防寒の代わりにお洒落なんて端から捨て去っている格好の私には場違い感が強すぎる。


 ここに来る前までは待ち合わせ時間の三十分前に着くくらい楽しみにしてたのに。今は別の意味で時間が来るのが待ち遠しかった。


「――お待たせ、おに……ん゙んっ、藤香」


 ため息が出そうなほど沈んだ気分で立ち尽くすこと数分。背後から聞こえてきた咲希の声に振り返ると、そこにはタートルネックのセーターにロングコートを羽織り、肩にショルダーバッグを掛けたお洒落な格好の咲希が立っていた。……何だか、益々私の場違い感が浮き彫りになった気がする。


 ――それと因みに、他人の目がある場所では、咲希には今のように私のことは名前で呼んでもらうようにして、私も一人称は『俺』ではなく『私』にしている。そりゃ当然と言ったら当然なんだけど。


 咲希とは特に容姿が似てる訳でもないから、傍から見たら少し年の差がある友人同士くらいにしか見えないだろうし、そんな状態で年下かつ女の私が『お兄ちゃん』だなんて呼ばれていたら、十中八九正気を疑われるか複雑な家庭環境だと勘違いされてしまうはずだから。

 正直"私"はここ二年間下の名前で呼ばれる機会も殆ど無かったし、前世の記憶を思い出してからは特に自分の名前だって感覚が薄くて、咲希に呼ばれる度に何だかむず痒い感覚がしているんだけど……呼ばれ続けていたらその内慣れてくるかな。



「ごめん、寒い中待たせちゃって」

「大丈夫。私もほんとついさっき来たところだから。……それに、ほら。これ着てるから暖かいし」


 私の方が少し先に来ていたからと申し訳なさそうにしているけど、咲希だって本来の待ち合わせ時間より二十分も早く来ているんだし。

 気にしなくていいように、と……後はもう半ばヤケクソ気味に胸を張ってダウンをアピールする。


 そんな私に、咲希は言葉を詰まらせながら何とも言えないような表情を浮かべた。


「……なんというか……うん、ごめんね」

「益々惨めになるから哀れまないで……!」

「悪目立ちもしない位の地味なファッションセンスしか無いお兄ちゃん藤香が、女子高生になったからってお洒落になる訳無いよね。待ち合わせ場所、もっと別の所にしとけば良かったかな」

「しまいにゃ泣くぞ……?」

「ふふっ、ごめんごめん」


 冗談めかしたように真剣っぽい表情で顎に手を当ててそう口にした咲希に、本気で若干涙目になりながら訴える。


 私だって、自分自身にファッションセンスが無いことなんて前世から分かってるっての……

 中学高校は制服だったから学校では何とかなってたけど、休日に幼馴染とかの同級生達と遊びに行った時は、上下とも無地の服だったから『無個性コーデ』だなんて笑われたし。


 高校からは流石に何とか脱却しよう、と思い立ってネットで色々調べても、チェック柄はダメとか英語プリントは否応なくダサいとかの負の情報ばかりが目について、一体何が正解なのかは全く分からくて……

 色々迷走していたところを見かねた咲希が、近場のショッピングモールまで俺を連れ出して、いつもの服の上に羽織るだけで幾分かマシになるアウターを幾つか見繕ってくれたのも懐かしい話。


 ――当たり前だけど、俺が高校生だった頃ということは咲希は当時小学生。

 高校生も二度目なのに、相変わらずあの頃の咲希よりも断然劣ったファッションセンスしか無いのか、私は。

 社会人時代はほぼスーツしか着てなかったとは言っても、流石に成長して無さ過ぎじゃないかな。



「ほんっとに……もう良いでしょ、早く行こ?」

「あぁ、待って待って」


 咲希も来たんだし。いつまでも寒空の下で話してないで早速目的のスイーツ店に向かおうとすると、咲希に腕を掴まれて引き止められた。

 振り向いてみれば、咲希は妹を見る姉のような……そして同時にいい着せ替え人形を見つけたと言わんばかりの目をしながら悪戯っぽく笑っていて。


「実はさ、お店開くのって11時からなんだよね」

「えっ!? ……ほ、ほんとだ」


 咲希の言葉に慌ててスマホを取り出して確認してみると、確かに開店時間の欄には11時からと記載されていた。……完全に見落としてた。

 ――でも、だったらなんで九時に待ち合わせを……? と訝しんでいると。


「だからさ、先に藤香の服買いに行かない? ……ほら、あの頃みたいにさ」

「…………」


 ……計ったな、と恨みがましい目で咲希を見つつ。


「…〜〜っ! ……わかった、わかったよ……!」


 懐かしさと同時に『この年になってそれは流石に兄としてどうなんだ』という危惧を覚える俺と、家族と一緒に服を選ぶというこれまで経験したことのない出来事にわくわくしている私としての感情が綯い交ぜになって、消え入りそうな声でそう叫んだ。



 ◇ ◇ ◇



「正直、今日は元々藤香の服も選ぶつもりで来たんだよね。これまでアレだった藤香にはレディースなんて大分難易度高いとは思うけど、藤香も今は女子高生なんだから友達と遊びに行くみたいなこともあるんだし、いつまでも今のままって訳にもいかないでしょ?」

「……うん。まぁもう大体その通り過ぎて何も言えない……」

「だからそういう意味では藤香の為……っていうのも嘘ではないんだけどね。……実を言うと、私も前からいつか藤香の服選べないかなって思ってたんだ。普段私が着ないようなシック系の服とかも、藤香だったら似合いそうだしさ」

「……そんなことだろうとは思った」

「あはは、ばれてら」


 ――あの後咲希に連れられるまま入った、ショッピングモールのレディースフロア。

 まだ朝早いこともあってか客足は疎らだったとは言え、当然ながらまじまじと見て回った経験なんて一度もないこの場所にそこはかとない居心地の悪さを感じつつ、咲希と一緒に色々な店を見て回り……その中で、咲希も時々服を買いに来ているという服屋にやってきた。


「いきなり全身分買うのもハードル高いから、今日は取り敢えずアウターだけかな。今の時期だと冬物が残ってるかは少し微妙だけど……あっ、意外と残ってる」


 もう二月ということもあって店頭には春物の服が並び始めていたけれど、その分今目的の冬物はセールになっていたので結果オーライ。

 一応お金も余裕を持って用意していたとは言え、飽くまでスイーツ&昼食代プラスアルファ程度で、服を数着買えるほどは手持ちに無かったから結構助かった。


「んー、藤香に似合いそうなのは……これとこれ、あとこれとかもかな」


 ここは他と比べて若干リーズナブルな店らしく、見たところ少しカジュアルな感じというか、派手すぎないデザインの服が多い印象。

 ……といった程度のことしか元男でファッションセンス女子小学生未満の私には分からず、今は試着室の前にある椅子に座らされて、咲希が服を選ぶのを待っていた。ふ、不甲斐ない……


「……このトップスも良い感じかも? 合わせるんだったらこっちのスカートも……」


「……ん?」


 少し離れている上に店で流れているBGMに紛れてあまり聞こえなかったけど、何かトップスとかスカートって聞こえたような気が。さっきはアウターだけって言ってなかったっけ……?


 思っていた以上に長引きそうな予感に戦々恐々としながら待つこと十数分。

 咲希はいっぱいに服の入った買い物カゴを手に私の方へやってきて、私が座っていた椅子の隣にトンと置いた。


「――よし、っと。取り敢えずこのくらいかな」

「……あの、咲希? 明らかにアウターじゃ無いものが幾つもあるように見えるんだけど」

「ん、そうだよ? 買うのはアウターだけだけど、この機会に藤香に似合いそうなコーデを見繕っておこうかなって」


 事も無げにそう言う咲希に、思わず口角が引き攣るのを感じる。

 レディースのファッション知識なんて無いも同然だから、ありがたいのはありがたいんだけど……

 いきなり全身分、しかも見るからに試着も二回や三回じゃ済まなそうなこの量は流石に気が重いというか、せめてスカートは無しにして欲しいというか……と、若干尻込みしていると。

 ――咲希が寂しげな笑みを浮かべて「……そんな頻繁に会えるわけでも無いんだしさ」と呟いたのが聞こえて……私も、気持ちを切り替えて立ち上がった。


「……そうだよね。今日みたいな日、次はいつ来るのかなんて分かんないんだし」

「……藤香?」

「今日は、咲希のしたいことに全部付き合うよ」


 呟くようにそう口にしながら、咲希が持ってきた買い物カゴから幾つか服を手に取る。


 誰にも教わらなくても家事が出来たのと同じ様な感じで、全て思い出す前からも前世の記憶が影響していたのか、制服でも少し憂鬱に感じるくらいスカートを履くことには抵抗があったんだけど……

 咲希が選んでくれたのはスカートと言ってもロングスカートだし、色合いも落ち着いてるから……まぁ、これなら許容できなくもなさそう。


「ほら、どれから着ればいいのか教えて?」

「……いいの?」


 私が難色を示してしまったせいか少し気後れしてしまっている様子の咲希に、先程とは違って平然とした態度で嘯く。


「こんななりでも、咲希の兄だってことに変わりはないからね。この二年間出来てなかった分も、今日くらいはお兄ちゃんらしいことしないと、って」

「お兄ちゃん……!」



「……妹に選んで貰った女性服を着るのがお兄ちゃんらしいかと言われたら、ちょっと言葉に困るけど」

「お兄ちゃん……」

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