第4話 シャルに報告
「じゃあ、また来るよ。いい子でね、ヴィオ」
ヴィオの部屋を出て扉を閉めると、ガクッと力が抜けて膝を突いてしまった。
魔力が足りない。魔力欠乏症の初期症状だろう。
「坊ちゃま!?」
「大丈夫だよ、爺。念のため魔力回復薬を頼む」
「かしこまりました」
控えていたメイドに指示を出す爺を見ながら考える。
私の絞り出した魔力でなんとかヴィオは起きてくれた。
だが、おそらくまたすぐにヴィオは眠りに落ちるだろう。ヴィオが今まで通りに活動するためには、圧倒的に私の魔力が足りない状態だ。
なんとかしなければ……。
前世の記憶を探れば、モンスターを倒せばレベルアップしてステータスが上がるらしい。まずはレベルアップして魔力の総量を上げる必要があるな。
「その前に、戦闘能力の向上が必要かな」
前世の記憶では、ゲームでの私は戦闘はヴィオに任せて、自分はヴィオのサポートに徹したようだ。
そして、ゲームでのヴィオがとても強い。
ヴィオに教えてもらったことがあるが、ヴィオのギフトは【スピードスター】だ。足が速くなるギフトだと聞いている。
だが、ゲームでのヴィオはそれだけでは説明できないくらい強かった。
主人公が一回行動するまでに二、三回行動するのは当たり前。攻撃火力も高い。そして、物理攻撃はほぼ当たらず、魔法の中でも全体攻撃魔法がたまにヒットするくらいのありえない回避能力を持っていた。
たぶん、ギフトのおかげでそれだけ速く動けるようになるということだと思う。
それに比べて私は何をしているのかというと、ヴィオを回復したり、アイテムを使って主人公たちを妨害しているだけだった。
ゲームでの私は、錬金術を極めようとしていたから、戦闘能力が皆無だったのだろう。ちょっとカッコ悪い。
ゲームでは錬金術を極める以外に道がなかったが、錬金術を極めなくてはいけない理由は私の持つゲームの知識で潰せる。
ということは、私の取れる道は無限に……ないな。
魔力はヴィオに使いたいので極力使いたくない。となると……私も戦士になった方がよさそうだな。
「すべてが片付いたら、ヴィオと一緒に剣を習ってみよう」
◇
「そうだ。シャルは元気かな?」
爺の用意してくれた魔力回復薬を飲み、自室のベッドで横になっていた私は、ふとシャルのことが気になって起き上がった。
「シャルも家族だし、父上と母上のことを伝えないとな……」
寝室を出ると、すぐに待機していたメイドが駆けつけてきた。
「クロヴィス様、まだ安静にしておりませんと……」
「まだシャルに挨拶してなかったからね。挨拶が済んだらまた横になるよ」
「でしたら、シャル様をここにお連れいたします。休んでいてください」
「そうしてもらえると助かるな」
「かしこまりました」
眠気に耐えながら自室のソファーに座って待つこと五分ほど。ついにメイドが籠を持って現れた。
「クロヴィス様、シャル様をお連れいたしました」
「ありがとう」
籠がテーブルの上に優しく置かれると、すぐに籠から黒い三角耳の生えた物体が顔を出した。黒猫のシャルだ。
シャルは私の顔を見るなり、すぐに籠から飛び出て私の膝の上に来た。
「シャル、久しぶり……というほど久しぶりではないね。今朝会ったばっかりだ。でも、なんだか長い間会えなかったような気がするよ」
シャルが期待するような顔で私を見上げてくる。撫でられるのを待っているのだろう。
いつものようにシャルの体を撫でようと思ったら、左手がないことに気が付いた。
そうだった。私の左手は……。
シャルは私の失った左手を見ると、まるで怪我が早く治るようにと言わんばかりに私の残った左腕を舐め始めた。
「心配してくれるのかい? ありがとう、シャル」
私はお返しにシャルの体を今度は右手で撫で始める。
シャルは短毛種だけど、毛の密度が濃いのかふわふわだった。いつもの撫で心地になんだかすごく安心する。
しかし、ふわふわの毛の向こうには、骨の浮いた体を感じてなんだか無性に悲しくなる。
シャルは、母上が実家から連れてきた猫だと聞いている。私よりも年上の十六歳くらいらしい。もう立派な老猫だ。まだまだ元気だけど、いつお迎えが来てもおかしくない。
「シャルは、私を残して逝かないでくれよ……」
気が付けば、私はそんなことを口走っていた。
すると、シャルはそんなことを言うなとばかりに今度は私の顔を舐め始める。
シャルはまるで人の言葉がわかるような仕草をすることがたまにある。賢い猫なのだ。
ひょっとしたら、これから話す話もシャルには理解できてしまうかもしれない。
でも、言わないわけにはいかないよね。シャルは母上の猫だし、父上にもよく懐いていたから。
「シャル、どうか心を強く持って聞いてくれ。母上と父上のことだ。二人は、馬車の事故で帰らぬ人となってしまった……。馬車が暴走して、谷に落ちたんだ。それで……」
シャルの耳がピクリと動いて、私の顔を舐めるのも中断して、まるで信じられないものを見るような顔で私を見ていた。
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