第51話 何故
「どうして?」
詩織は静かに問いかける。
穏やかそうな口調なのに、その奥に潜む感情が伝わってくる。
「どうして、そこまで白石さんにこだわるの?」
——それは、私が聞きたい。
何がそんなに違うのか。
詩織は優しいし、一緒にいて落ち着くし、私を大切に想ってくれている。
それなのに、私の心はどうして動かない?
「……分からない」
私は正直に答えた。
詩織の目がわずかに細められる。
「分からない、か」
静かに繰り返しながら、詩織はふっと息をついた。
そして、次の瞬間——
「……だったら、試してみない?」
詩織の手が、私の頬に触れる。
驚いて顔を上げた瞬間、その距離がぐっと縮まった。
「……しお——」
言葉を最後まで紡ぐ前に、詩織の顔が近づいてくる。
——キスされる。
そう思った瞬間、私は咄嗟に手を伸ばし、詩織の肩を押し返していた。
「……っ」
詩織の動きが止まる。
部屋の空気が、一瞬にして張り詰めた。
私を見つめる詩織の瞳が、わずかに揺れる。
「……何で」
詩織の声が、低く落ちる。
「何で拒むの?」
詩織が私を見つめる目は、静かに燃えているみたいだった。
怖いとは思わない。でも、強い。あまりにも強くて、息が詰まりそうになる。
「……詩織」
「私のこと、嫌い?」
その問いに、私は即座に首を横に振る。
「違う。嫌いじゃない」
「じゃあ何?」
詩織が詰め寄るように問いかける。
怒っている。いや、正確には、怒りを必死に抑え込もうとしているのが伝わってくる。
「私、結菜ちゃんに気持ちを伝えたよね?」
詩織の声は震えていた。
冷静で、いつも自信に満ちていた彼女の声が、少しだけ不安げに揺れる。
「それでもダメなの?」
その言葉に、私は息をのむ。
詩織の気持ちは分かっている。
でも、それを受け止めることはできない。
「……ごめん」
たった一言、それしか言えなかった。
詩織が何かを言いかけて、それを飲み込むのが分かった。
拳を握りしめて、眉を寄せて——
「……ねえ、結菜ちゃん」
低い声。
今まで聞いたことがないくらい、感情がむき出しの声だった。
「白石さんの何がそんなにいいの?」
——心臓が跳ねた。
「私なら、もっと大切にするよ?」
詩織の言葉が、鋭く胸に突き刺さる。
「私なら、結菜ちゃんを泣かせたりしない。もっと安心させるし、もっと愛する。もっと、もっと——」
詩織が言葉を重ねるたびに、その瞳が熱を帯びていく。
「絶対に私の方が結菜ちゃんのことを幸せにできるのに」
詩織の瞳が、私の目をしっかりと捉えて離さない。
その瞳に、激しい感情が込められているのを感じた。
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