世界の終焉へ
第36話 救世主
「どうする?」
「このまま塔を攻め落とすとか」
朝、レイは塔を遠くに見ながら呟いた。
背後で騒ぎが起きていないのは、アラたちがうまく逃げきれている証拠だろう。レイが言うにはアラは街を知り尽くしているので、きっと子どもたちをうまく逃がしているはずだと。
「攻め落とすにしても策は?」
「わかんない。でもわたしは隠れるのは性に合わない。シンは美月を救いたい。ただここから眺めていても救えるわけないのはわかる」
「でも死ぬかもしれない」
「わたしは覚悟してる」
「僕は怖い」
シンは白亜の塔へ歩きはじめた。
レイも後に続いてきた。
「レイまで来ることはないんだぞ」
「一人じゃ心もとない。どんな姿に見えていたかわからないけど、わたしにはただの婆さんに見えてた。シンは亡霊と話していた」
「そうなのか。美月さんじゃないんだな」
レイは自分の眼を指差した。レイ自身、美月という人を知らない。キレイな人なのはわかると話した。
「好きなのか?」
「家族だ。でもただ僕が信じようとしていただけなんだ。笑えるよね。ただの他人なんだ」
「笑わない。わたしも他人だけど、おまえのことを信じている。救いたくないのか」
シンは動揺した。救いたい。ただなぜだと尋ねられれば、立派に答えられる答えがない。
「救いたい理由がわからない」
「救いたいから救うだけじゃいけないのか」
シンは歩みを止めてレイを見た。異世界まで来て、何もすることなく、簡単に救えるなんて思っていたわけではないはずだ。いろいろと考えているからわからなくなる。気持ちで動けばいい。シンは「美月を救いたい」と呟いた。
「レイ、一緒に来てほしい」
「当然」
決意して、二人で白亜の塔へと向かうことにした。歩いているうちに何かいい考えでも浮かぶのではないかとレイが言うので、そうかなと歩いていたものの、都合よく浮かぶわけがない。
「本当に大きいの?」
レイが尋ねた。
幻術かとシンは答えた。はじめに塔を訪れたときから、自分たちは幻術を見せられてる気がする。近づこうとすれば近づけない塔、上がろうとすれば上がれない階段。この世界に来たことも仕組まれたことならば、これから起きることもすべてまやかしかもしれない。
シンはレイを抱き締めた。
「な、何!?」
「レイはここにいるんだな」
離れて、
「ありがとう」
礼を述べた。
レイは背を向けて急いだ。
「そんな急ぐことないだろ」
「シンが見たことを話してくれ」
「見たことねえ」
道すがら、シンは塔のことを話した。地下には棺が並んでいて、アーチ状の梁の下どこまでも果てがない。それぞれの棺にはそれぞれの人の姿が収められ、数えきれない数の体から次々と魂が離れて逝くのが見えた。未練があるように魂かろ糸が引いた。レイはそのときに、自分が気づいていればよかったと呟いた。
「僕を救ってくれたのはレイだ。もしレイのぬくもりがなければ、たぶん僕は今頃ここにはいないんだよ。ずっと白亜の塔にいた」
「おまえはわたしにサヨナラした」
「あれは演技だよ」
「わたしは捨てられたのには変わらない。わたしにはシンを引き留める資格なんてないし」
穏やかな話にはならない。
「女王は、僕が残ればレイを自由にしてくれると約束してくれたんだけどな」
「シンがいない世界で自由を与えられてもうれしくはない。シンはわたしと旅をしてくれた。わたしは死ぬ前に街を見たいと思っていた。村でいるとき塔の街に来たら、もういつ死んでも構わないと考えていた」
「だから死んだのか」
「バカたれ。墓に入れたのは誰だ。まさか五回目に眼が出てくるなんて。村でもわたしは眼のない三つ眼族なんだと笑われた」
レイは額の眼に触れた。
シンはレイがいなければ野垂れ死んでいた。
「死への旅だったはずなのに、今は死にたくない。まさか一緒に暮らすなんて想像もしていなかった。わたしは今が楽しい」
「僕もだ」
「本当に?」
「うん」
「わたしはシンのために戦う気はある。まやかしの世界なんていらない。わたしが滅ぼしてやる。繋ぎ止められた魂を解放してやる」
「世界の救世主にでもなるかな。レイはなれないけど」
シンは後ろ髪を束ねなおして、なぜだと詰めてきた。冬に街を脅かしたんだから、ムリだと答えた。レイはわざとらしく牙を剥いた。
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