第11話 秘密の情報ってそれなの?



「それで、ヤーバナ王国侵攻計画はどうなってんの? 頼まれた通り、ミヤーコの英雄ってのは殴って動けなくしといたけど?」

「……いろいろと複雑な情勢になってる。それと、人払いはしているが大きな声でそれを言うのはやめてくれ……」


 傭兵団でミヤーコの英雄とかいう回復派の最高戦力を殴り倒したわたしはラフティに会いにきた。


 首都ナーゴにあるラフティの屋敷は港町ナーハの屋敷よりもこじんまりとしたものだった。

 ラフティの本拠地はあくまでもナーハだということか。


 アイーダは護衛としてわたしの後ろで黙ったまま立ってる。

 ちらちらとラフティがアイーダの方を見てるけど……手ぇ出したら殺すか……。


「複雑な情勢って? 回復派の戦力が大幅に下がったから攻め込むのは無理があるんでしょ?」


「……おまえはやりすぎたんだ」

「やりすぎた?」


「動けなくするのはミヤーコの英雄だけでよかったのに、あの傭兵団をまるごとダメにしたじゃないか……」

「いや、それはもうほんのついでっていうか……」


「普通はほんのついでで傭兵団をまるごと全滅させたりしない」

「確か、生き残りはいたはずだけど……だから全滅じゃないような……」

「そういう問題じゃない!」


 叫びながらラフティは頭を抱えた。

 だいぶ苦悩してるらしい。政治家って頭使うから大変だよね。


 どう考えても全員は殴ってないから全滅ではないはずだけど……まあ、あの傭兵団がまともに機能しないのは間違いない。

 少なくとも2~3週間は無理だと思う。


 2~3週間、時間を稼いでおけば……ヤーバナ王国の王都の包囲もどうにかなってるはず。

 メイルダースが本気ならあの王都を落とせないはずがない。今、この瞬間にも包囲なんか終わってる可能性だってある。

 そうしたら、ヤーバナ王国に攻め込む隙はもうないと思うけど……。


「……おまえはやりすぎたんだ」

「それ、さっきも聞いた」


「ナーハの殴り屋、暴虐のティナは評議会で『特級戦力』だと認定された」

「何それ、カッコ悪いんだけど?」


 ナーハの殴り屋とかやめてほしい。もちろん、暴虐のティナも。


 後ろでアイーダが苦笑いしてるんじゃないかな?

 さすがに背中側はみえない。確認する気もない。


「カッコいいかどうかの問題じゃない」

「大問題だけど? わたしには。呼ばれる身になってみてよね? 熊の毛皮を欲しがった男、欲望のラフティとか呼ばれて嬉しい? 嬉しくないでしょ?」


 ラフティは一瞬だけわたしを見たけど、それだけで聞き流すことにしたようだ。

 こういう話に乗ってこないならまだ冷静なんだろ。


「確かに回復派の最高戦力はまるごと機能しなくなった」

「まあ、そこは頑張ったから、わたし」


「その代わり、貿易派には『特級戦力』が……回復派の最高戦力であるイラーブ傭兵団をたった一人で潰せるとんでもない戦力がいると判明した」

「わたしは別に貿易派の戦力とかじゃ……」


「分かってる。おまえにそういうつもりはないだろう。だが、そういうものの見方をする連中がいるということだ」

「そういうものの見方をする連中?」


「……貿易派の中から、それだけの戦力があるのならヤーバナ王国への侵攻もひとつの手だと考える者が出てきたんだ……」

「あー……」


 そこでわたしはジロリとラフティをにらんだ。

 貿易派の中で侵略に傾いたヤツってこいつなのかも?


「アンタ、まさか……」

「ちがう。オレはそういうつもりはない。何度もいうが、攻めるなら都市国家群だけでいい。オレ自身はそれすら不要だとさえ思う」


「貿易に自信があるんだ?」

「当然だ。陸路と海路では速さも積荷の量もちがうからな。都市国家群からクルセイド聖国まで海路で行き来できるんだ。どれだけ有利だと……」

「都市国家群とはモメてるけど?」


「今はな。回復派をおさえこんで中立条約か貿易協定でも結べば問題ない。そうすれば、海路でラマフティ帝国まで相手に商売ができる。今はニライカナともアラミスとも中立の立場で動いてるラマフティ帝国のひとり勝ちなんだ。どう考えても回復派や過激な貿易派が考えてることは間違ってる。貿易でラマフティ帝国が影響力を強める中でヤーバナ王国を刺激するのは絶対にマズい」


「そ。ならいいけど」

「……ちなみに、『特級戦力』として戦うつも……」

「ないから」

「そうか……」


 見るからに落ち込んでるけど、やっぱりこいつが侵略する方に寝返った貿易派なんじゃないの?


「なんかいろいろと面倒なのは分かったけど……それ、誰を殴れば解決するの?」

「殴るという思考から離れろ……頼むから……」


 それでも殴り続ければ解決するとは思うけど。

 いっそ、ヤーバナ王国への侵攻に積極的な評議会議員を全部殴る方が……。


「……評議会議員を全員殴ろうとか考えてないだろうな?」

「まさか? そんなこと思ってないけど?」


 わたしは平然とウソをついた。


「……傭兵団を叩きのめすようにはいかないからな? 理由がない」


 それはそう。

 単純な戦闘力の問題ではなく、大義名分がなくて殴れないということだ。

 もちろん大義名分というものは言いがかりでもいい。


 ……クマの毛皮の時のラフティみたいなことをしてくれば理由が作れるんだけど、今の段階だとそういう方向性は考えにくいか。


 何か、こっちでは珍しい物をオークションに出すとか……そういう手でみんながラフティみたいに釣れるとも限らないし。

 うーん……わたしが特級戦力ねえ……。


「それよりも……回復派が握ってる情報が掴めた」

「え? そうなの?」


 ラフティって意外と優秀なのかも。

 ラフティがちらりとわたしの後ろを見る。アイーダに聞かせていいかどうか、迷ったのかも。


「……今回のヤーバナ王国の内乱の原因は、第二王子による婚約者への婚約破棄と国外追放らしい」

「ふうん、そうなんだ」


 そこは知ってる。わたしが婚約破棄されて国外追放になった本人なので。

 国外追放はどっちかというとセルフだけど。


 ラフティが優秀というより、前の時よりも時間が経過したからよりくわしい情報が入ってきたのかも。


 先にその情報を握った回復派が今まで伏せてたけど……別ルートからの情報ってところか。

 わたしにしてみれば今さらな話で、大した情報でもない。重要性は感じない。


「その、国外追放になった婚約者がメイルダース辺境伯の娘で……どうやらニライカナ国にいる可能性が高いらしい」

「なるほど」


 ……なんでニライカナ国って特定できてるの!?


 顔に出さないようにしてるけど、わたしはかなり驚いていた。


「その辺境伯の娘をおさえておけば、メイルダース辺境伯と争うことになっても交渉ができる。辺境伯は娘を溺愛してる、らしい。どこまで正しいかは分からんが……少なくとも領軍を動かして王家とモメるくらいには、な。それはめちゃくちゃ溺愛してるだろう? だからこちらが少しくらい領土を切り取っても、それがメイルダースと政治的に敵対してる貴族なら問題ない、という見方が評議会では有力だ」


 ……政治的に対立とか、あの人たちがそんなことを考えてる訳がない。脳みそが筋肉なんだから。


 この話で、こっちの人たちはメイルダースのことを何も分かってないということはよく分かった。


 人間だからって話が通じるとは限らないのだ。

 殴って分かり合うことが多い人間もこの世には無数に存在してるのに。


「……辺境伯の娘の身柄をどうにかして確保しないとマズいんだ。おまえはヤーバナ王国の出身なんだろう? 何か、知らないか?」


 そう問いかけてきたラフティの目は、あやしく光っていた。

 どう考えてもわたしのことを疑ってる目だ。


「……ケンカ屋が貴族の娘のことなんて知らないわよ」

「ニライカナ国までの護衛を頼まれたりは?」

「してないわね?」


「灰色ヒグマの毛皮の入手ルートは……」

「商売のタネをぺらぺらとしゃべるわけないでしょ?」

「そうか……」


 わたしは冷めてしまった紅茶をゆっくりと飲み干す。

 おかしなにおいも味もないただの紅茶だというのはわかってる。


 内心の動揺を隠すのはゆったりとした動きがいい。できるだけ優雅に。


「……殴って解決できないんなら、わたしにできることはないわね」


 そう告げて、席を立つ。


 結論は簡単なのだ。


 わたしをあてにしてヤーバナ王国と戦おうというのなら、わたしが協力しなければいいだけだ。

 それで終わりのはず。


 わたしはラフティの視線を背中に感じながら、部屋を出た。





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