「なんですか立派な勇者様。一番欲しかったものでもない、どうでもいい私のことなんかほっといて下さい」
「おおそうじゃ。ここに来た一番の理由を忘れておったわ」
そう言うと、アレックス王は懐をゴソゴソと探し出し、何か書かれた一枚の紙を取り出した。
そしてそれをジュリアの方に手渡し。
「お主本当にこんな所に入るつもりか? 頼むから暴れたりはしないようにしてくれよ?」
「安心してください。私を誰だと思っているんですか」
「ジュリアだからこそなんじゃがな……。おお、そうだ! なあメレディス、この日に此奴達の監視を頼んでも良いか? 誰か連れて行きたいなら他に一人くらいなら問題ないし、ちゃんと出勤扱いにするから」
「是非とも! むしろ有給使ってでも行かせていただきます!」
「せんでいいせんでいい。ちゃんとこれも仕事なんだから。お主の趣味が混じっていようとな」
なんか、盛り上がってるな。
俺をそっちのけで。
なんとなしにそれを眺めていると、突然アレックス王がこっちに振り返り、
「いやーしかし、お前達本当に欲がないのぅ。魔王討伐の報酬が、一生分の財産と家だけとは。やったことを考えたら、もっと高望みしても良かろうに」
俺の肩を叩きながらそう言った。
それだけで俺達には十分すぎる。
お金もあればいいけど、どうしても欲しいものではない。
身の丈に合った生活ができれば十分だ。
「そう言われても、何も思いつかないんですよね。一番欲しかったものは自分の手で手に入れられましたし」
「ほう? それはなんじゃ?」
俺がそう言うと、なぜかジュリアがソワソワし始めた。
……何を期待しているのかは分かるけど、それには応えられないぞ。
「魔王がいない平和な世の中ですよ。この世界の人々が、魔王の恐怖に縛られなくて済む世界。それこそが俺の望んだものなんですから」
「スレイ殿……!」
「あー、お主はそういうやつじゃったな。それを心から望めるなど、ある意味でこの世で一番欲深い人間かも知れんぞ」
メレディスさんの目が輝き、アレックス王が呆れながらも満足そうに頷いた。
一方で、
「…………」
「無言で座り込まないでくれジュリア」
座り込んで、地面の砂を指先でいじっている女性がいた。
というか、ジュリアだった。
「スレイは勇者様ですからねー。そりゃ一番欲しいものは平和な世の中ですよね。分かってますよ。私は理解ある妻ですから、それは受け入れてあげましょう。でもそれを超えた返答を望んでいることには気づいて欲しかったと言いますか、さっき私の方をチラ見したくせに気づかないとか酷くないですか? そこはこう、『ジュリアという愛する妻を手に入れられたこと』って決める所じゃないんですかね。別に良いですけど。別に私が一番じゃないことなんて気にしてませんけど、そういうのが一般的な愛妻家ってもんだと思うんですよ。なのになんですかその勇者然とした発言は。私はいいですけど。本当にいいんですけど、そういうのってどうかなって。これじゃあスレイの愛の言葉に期待した私が馬鹿みたいじゃないですか」
「無言で座り込むなとは言ったけど、そこまで喋れとも言ってないんだけど?」
俺はこのジュリアのお気持ち表明には慣れたけど、それをこの二人の前で披露するのはどうかと思います。
ほら、メレディスさんの目が死んでるじゃないですか。
「なんですか立派な勇者様。一番欲しかったものでもない、どうでもいい私のことなんかほっといて下さい」
「だってジュリアはものじゃないし。俺はジュリアが欲しかったわけじゃなかったんだよ本当に」
「傷口を抉って楽しいですか?」
そう言われても。
「ジュリアが俺の側にいなくても、ジュリア自身が幸せならそれでいいと思ってたんだ。なんならジュリアが俺以外の本当に好きな相手と結婚することを選んでいたら、心から祝福していたくらいに。ジュリアを欲する気持ちはあったけれど、それがジュリアの不幸に繋がるなら捨てられる。だから、一番欲しいものではなかったって話だよ」
強いて言うなら、ジュリアの幸せが欲しいものと言うべきか。
ただ、もう俺と結婚した以上、絶対に手放すつもりはないけどな。
「へ、へー。そこまで好きだったんですか、私のこと」
「大好きだし、愛してるぞ。本気で」
「み゛ゃ゛っ゛」
いつものように顔を真っ赤にし、奇声を上げながら打ち震えるジュリア。
……なんで素直な気持ちを伝えるだけで、すぐ再起不能になるんだろうか。
「ジュリアだったら俺よりもイケメンのやつとか選び放題だと思ったのにな。外見はいいし、やってることはマジもんの聖女だからさ」
「ま、まあ、選ぶことができるからと言って、その人達と結婚したいとか好きになるとかは別問題ですからね……」
それはそうだ。
もし今俺が誰かに告白されても困るだけだし。
旅をしている最中も、ジュリア以上に結婚したいと思える相手もいなかったくらいだ。
ただ、ジュリアの結婚相手となると俺以上の存在がいてもおかしくない
俺が偶々勇者に選ばれたからというだけで、他の人間が勇者になっていたらその人を選んでいた可能性もある。
単純に、俺の巡り合わせが死ぬほど良かっただけとも言えるかも知れない。
つまり、俺がジュリアと結婚できたのは、俺の残りの人生全ての運気を使い果たしても足りないくらいに莫大な幸運のおかげだ。
本当にありがとうございます、神様!
「でも俺の見てくれとか自分で言うのもあれだけど微妙だし」
「間違った評価をしないでください」
「ジュリア……!」
まさか、ジュリアがフォローしてくれるのか!?
「微妙どころか落第です。目つきは怖いくせにそれ以外に取り立てて特徴がない顔立ち。身長は平均よりちょっと高いくらいなのに体がゴツいせいで威圧感もりもりですから。温室育ちな貴族のご令嬢方なら貴方との婚約なんて泣いて断るでしょう」
「ジュリア……」
そんなことだろうと思ったよ……。
言い方はともかく、内容は事実なので反論もできないし。
「あれ? 結構昔からスレイ宛に縁談の話があると儂からジュリアに言ったことがあるような……?」
「黙ってなさいアレックス王。椎間板引っこ抜きますよ」
「うむ。儂って最近記憶力が落ちてきてるから、間違ってたかもしれん。今の言葉は忘れてくれ」
聖女様が王様を脅すな。
……あの城での出来事を考えたら今更だけども。
「まあ結婚相手を見た目で決めるとかそんなの三下だけがやることですが。真にできる女は性格的にそこそこ合いそうで甲斐性持ちの男を選ぶものです。貴方なら、性格としては問題ないですし、将来性で言えば最高レベル。超優良物件です。こういうところはそんじょそこらの箱入り娘では気付きにくい所だと思いますけどね」
「お前最初権力とかいらないから田舎暮らしするとか言ってなかった? あと、今俺仕事してないし」
あの城でのジュリアの啖呵は、権力争いとか面倒なんで巻き込まないでくれって感じの内容だったはずだが。
それに今の俺はニート勇者である。
甲斐性という意味では、最底辺ですよ。
ははっ、泣けてくらぁ。
「おっとこれは一本取られましたね、このちょこざい勇者め。全く、恥じらう乙女の心ってものを慮ってほしいですよ」
「つまり?」
「貴方と一緒なら気楽にやれそうですし、それなりに楽しい人生送れそうだなって思っただけですので勘違いしないでください」
気楽に生きて行きたいということなら、貴族とかが相手が嫌なのは分かる。
ただ、それだけだと結婚相手に俺を積極的に選ぶ理由にはなり得ないことに気づいているだろうか。
俺はジュリアの内心をある程度把握できているので構わないけれど。
「ふむ。つまり『見た目とか付加価値とか関係なく、ありのままのスレイが大好き』だと」
「喧しいです王様もどきのおっさんめ」
おい、アレックス王にも見抜かれてるぞ。
というか、そもそも、
「耳真っ赤だぞジュリア」
「うるさいですね!」
今日一番の大声で、ジュリアに怒鳴られてしまった。
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