「誰が貴方に発言権を認めましたか。黙りなさい。黙れ」

「……………………おはようございます、バカ猿勇者」


「もうちょっと寝てても良かったのに。というか朝起きていきなりのセリフがそれかよ」



 ジュリアが恨めしげに言いながら、一階に降りてきた。

 昨晩もノックアウトしていたのだから、俺に対して負け惜しみでも言いたいのだろう。

 はっ、ザマァ。



「なんでさらに回数が増えてるんですか。しかも無駄に技術も上達してますし。貴方はどこまで強くなるつもりなのか疑問です」


「それ、旅の途中で出会った剣士の人にも同じこと言われたな。あっちは俺の戦闘力についてだったけどさ」



 道中、何度か偶然出会った剣士の人から、どんどん強くなってて怖い。みたいなことを言われた覚えがあった。

 その剣士の人には何度かギリギリのピンチの時にいつも助けられたっけ。

 最初ジュリアはあの人のことを警戒してたけど、すごく優しい人だった。

 だというのに、なぜかジュリアは最初だけとはいえ、あの人を不審に思っていたらしい。

 なんでそんなに怪しんでいたのだろう。

 ちょっと糸目で、西の国の言葉を使ってて、いつも笑顔を浮かべているだけの良い人だったのに。



「こんなにも愛する妻をダメにしてしまうとは、色んな意味で女の敵です。もしかしたら私はとんでもないモンスターを生み出してしまったのかもしれませんね。おっと、今貴方『お前が産むのは俺の子供だろ』と思ったでしょう。これがメンタリズムです」


「お前の中の俺ってそんな下品な親父ギャグ言うキャラなの?」



 それはどちらかと言うと、ジュリアのキャラではなかろうか。

 結婚するまではそこまで……そこ……うん、控えめではあったはずだけど。



「とは言っても、こちらも昨日よりは慣れてきましたよ。私も戦いの中で成長するタイプの聖女ちゃんなのです。おかげで昨日は意識を飛ばさず最初から最後までたっぷり堪能できましたからね」


「……お前、平然ととんでもないこと言うなぁ」


「何がですか?」



 狙っているのかいないのか、キョトンとした顔で返してくる。

 何がって、堪能したって言い方がさ……。



「……まあいいや。ツッコんだら負けな気がする」


「昨日あれだけ、私に突っ込んでおいて何を」


「だまらっしゃい!」



 もうなんなのこいつ。



「ジュリアってさ、そんなに……その……好色だったっけ」


「貴方に合わせてあげてるだけですよ。実際こういうことするのはスレイが初めてですし、そう言う経験は全くありませんでしたから。というか私がスレイ以外とやる訳ないじゃないですか。そんな健気で無垢な聖女様だったのに、結婚して早々勇者の暴力的な獣欲に襲われるなんて、私はなんて可哀想な聖女様なのでしょう!」



 わざとらしく身構えるジュリア。

 うん、俺のすぐ横に座って体を引っ付けてきてなかったら多少は説得力はあったかもしれない。



「だから無理にとは言ってないし、そもそも昨日はお前の方から……」


「誰が貴方に発言権を認めましたか。黙りなさい。黙れ」


「ウス」



 今日も変わらずジュリアは暴君であらせられますと。



「それよりももうちょっと寝てて良いって、昨日私が言ったことも忘れたのですか? しかし許しましょう。スレイの脳みそが空っぽなのは重々承知していますから。その分夢でも煩悩でも詰め込んでてください」


「くっ! 煩悩まみれなことを否定したいけど、やってることやってるだけに難しい……!」



 ジュリアに誘われることはすごく嬉しく思っている自分がいるので、そこを突かれると非常に弱い。



「今日はデートの予定だったでしょうが。スレイでは朝ごはんを作れないので私が準備しなくちゃいけませんし……」


「洗濯と掃除はやっといたぞ」



 俺は家事自体は苦手じゃない。

 なぜか料理の神様から蛇蝎の如く嫌われているだけで。

 ジュリアの体力が残っていないだろうことを考えて先手でやれることはやっておいた。

 許可取ってからだと、多分ジュリアも気にするだろうから。



「洗濯をしたということは私の下着を見たんですか、この変態勇者め。しかし手伝ってくれたことは事実ですので、しっかり記憶に焼き付けておくことを許可します」


「拒否しまーす」


「なんでですか!? 世の男からすればお宝ですよ!?」



 ジュリアはそう叫ぶが、俺にはそんな気は毛頭ない。

 布切れだけ単体で見せられてもなんとも思わないからだ。

 精々、ジュリアの胸当てがとある事情で特注品だから、洗うの面倒くさいな。と思う程度である。



「それはともかく、デートするんだったなそう言えば」


「ようやく能天気な貴方にも思い出せたようですね。大事なデートの約束を忘れるなんて、愛想尽かされても文句言えないですよ。まあ鈍感な貴方には私の慈悲深さなんてものは感じ取れないのかもしれませんが」


「大丈夫だ。ちゃんとジュリアに愛されてる自覚はあるから」


「記憶の捏造ですか、このムッツリ勇者め。まあ? それっぽい振る舞いや言動をしてはいますけど? 仲間としての親愛の情はあれど、そういうのではないですからね? あくまで夫婦としての振る舞いはしてあげないといけないっていうだけの慈愛の精神ですから。決してオスとして好きとかそう言うのはないので勘違いしないでください」



 この聖女様は仲間としての親愛を前面に押し出してくるが、ここまできたら友情でも愛情でも相当深い感情じゃないかなっておもうんだけど、そこのところはどうだろうか。

 それに、


「でもジュリア、昨日の夜も『大好き』とか『愛してます』とか何回も俺に言って……」


「それ持ち出したら戦争でしょうが! ぶち転がされたいんですか貴方は! はー! 全く、そう言うのは気分を盛り上げるための演技だってなんで気づかないんでしょうね。そりゃあ少しは生理的反応はでますけど、あんなのオーバーに表現しているだけで実際にはそこまで効いてませんから! 体感しているものの当社比10倍増くらいの反応ですよ!」



 火山の如く噴火するジュリア。

 そんなに顔を真っ赤にしなくても。

 まあ、でも、そこまで言うならこっちにも考えがある。



「あ、そうなんだ。だったらもうちょっと手加減抜きでも大丈夫?」



 そう言うと、ジュリアは顔を真っ青にしたり真っ赤になったりと、忙しない顔色になりながら狼狽始めた。



「ス、スレイはまだ実力を隠していて、実際にはあれ以上の力を秘めていると……? ま、まあ? 私ならヨユーで耐えられますよ? 耐えれますけど、今日のところは一旦勝負は見送りましょうか。せ、せめて1日だけでも心の準備を……」


「そこで根っこまでは折れない根性を持っているジュリアのことが、俺は好きだよ」


「み゛ゃ゛っ゛!」



 怯えているのか、それとも期待しているのか分からないけれど、声を震わせながらも立ち向かおうとするジュリアは勇敢な戦士だと思う。

 ただ、勇気と無謀は違うということも、勇者として教えてやらないといけないかもしれないが。



「そ、それはまた今夜にでも話し合うとして、今はデートの話をしましょうよ」



 露骨に話題を逸らしたな、こいつ。



「今日はジュリアのプランってことだけど、過去にデートとかしたことあるのか?」


「やったことないですよ。そもそも聖堂で歳の近い異性と交流することなんてありませんでしたし」



 それは俺としても少し嬉しい話だ。

 過去にジュリアが誰か好きな人とデートしたことがあるとかいう話を聞いたら、多少なりともショックは受けただろう。


 一方で若干不安が残る話でもある。

 この世間一般の感性からズレたジュリアの提案するデートというのは、本当に真っ当なデートなのだろうか。

 俺は初めてだから、間違っていたとしてもその差異に気付くことができない。

 大丈夫だろうか……。



「どういうスケジュールなんだ? 俺も一緒に出かけるんだし、あらかじめ教えてくれても良いだろ?」


「そうおっしゃるのであれば仕方ありません。その耳穴をかっぽじってよく聞きなさい」



 耳穴かっぽじってなんて言葉を聖女が使うんじゃ……今更か。



「まず午前中はこの街を散策します。まだまだこっちにきてから日は浅いですから、街に慣れる必要もあると思いまして」


「ふむふむ」


「昼は私が事前に見つけておいたレストランで食事をします。安心してください、ちゃんと美味しいところですから」


「ジュリアの勧めるところだし、そこは疑ってないぞ」


「そして、午後は服を買いに行きます。私もスレイも、冒険してた時の服くらいしかないですから、ここは少し普段着というものを買い揃えておく必要があります」


「実用性重視の服しかなかったもんなぁ」


「そして夕方ごろに互いに夕食を何にするか相談しながら食材を買いに行きます。もしもその途中で良さげな飲食店があれば、そこで食事を済ませることも視野に入れても構いません。それが終われば帰宅という流れですね。何かご質問は?」



 ……なんか、思ってたより普通だった。

 もっと、こう、突飛な予定を組んでいるものかと。



「何か不満でもありますか? それなら仕方ないですね、今から二階にバックしてネトネトでドロドロでグチョグチョでヌルヌルな肉体言語を交わすプランに変更でも」


「何も文句はございません!」



 落差がひどい。

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