第6話:同じ地球とは限らない
☆
その後、柔らかく戻したアルファ化米のおかゆと、子供用のカレーという刺激の少ない、しかし栄養は十分に取れる組み合わせの食事を、なるべくゆっくりと(涙ながらに感激しつつ)咀嚼して、人心地着いた少年とエルフは、私たちに事情を説明してくれた。
まず、ふたりは元日本人である。
少年は
どちらも男性。ダークエルフのほうだけ、女性に転生したらしい。
転生した日付は私たちの世界での二十年前。
当然、キャーティアが来る前のことだ。
ふたりとも高校生、十七歳。
生まれと育ちは東京の神田あたり。
乗っていたバスが交通事故に巻き込まれ、横転。窓から地面に放り出されて叩きつけられる瞬間が最後の記憶だ。
マサヒロは騎士の子供として、ユウリはダークエルフの魔法戦士の娘として、次の瞬間産声をあげた(※つまり、チータカ達が期待したような『神様』との邂逅はなかったらしい)。
最初は混沌としていた「前世の記憶」がはっきり戻ったのは数年前。
十四歳になったマサヒロは騎士の子供として武者修行として冒険者になるために王都の冒険者ギルド(!)に向かい、そこで同じく冒険者として登録しに来たユウリとばったり出会ってからだ。
「『
いちかさんは鍋に、刻んだ野菜やスープストックを放り込みながら頷いた。
「精神的には十七歳のまま、二つの人生の記憶を持ってるわけだ。生まれた時から前世の記憶を持ってなかったのは、赤ん坊状態で発狂させないための処置だろうね」
まるで、一度転生したことがあるような口ぶりだったが、深くは訊かないことにする。
この人と付き合う上で、日本の諜報組織は一つの絶対的なルールを作っている。
「彼女の過去を探るような質問をするな、放っておいても語る時は語る」
「……んで、あんたらそこからコンビを組んで冒険者稼業?」
「え、ええ……はい」
外見年齢で言えば、明らかにいちかさんはマサヒロよりも年下だ。にもかかわらず、焚き火の前、椅子に腰を下ろしてトングを使って焚き火を弄りつつ、料理を作る姿には妙な落ち着きがある。
そして私も彼女を年下としては扱っていない。
違和感を感じつつ、マサヒロはそれに流されている…………魔法のあるような世界では、やはり彼女がただものではないと理解するのかもしれなかった。
「で、何に襲われたの?」
「それが……邪神を崇拝する連中にです」
マサヒロが俯いた。
「とある国のお姫様の護衛任務だったんですが、気がついたら周囲を包囲されてて、俺たち二人以外の冒険者も、護衛の騎士達も兵隊も一瞬で
「『魔弾の射手』という魔法を使ってた」
それまで黙々と、ハーシーズの板チョコを口の中で溶かしていたユウリが、ようやくそれをインスタントコーヒーで飲み干し、ちょっと涙ぐみながら、初めて口を開いた。
「おれ…………あたしはすぐに『岩の盾』という魔法を発動したけど、
「邪神教団ねえ……そいつらはひょっとして、五芒星の真ん中に目を描いてるほう? それとも五角形の盾に蛇?」
「いちかさん、知ってるんですか?」
「五芒星の真ん中に目、なら『魅入る邪神』ヴドゥーン、五角形の盾に蛇なら『黄衣と怨嗟の邪神』ゴバドデッディダ……どれもこれも二千年前に封じられてるのに、熱心な信者のいる有名どころ」
「両方とも三〇〇年前に壊滅してる」
ユウリがあっさり否定した。
「俺たちを襲ったのは『頭の無い天使』の紋章だ……『理性無き暴力の邪神』ンパルターイ」
「…………新顔ね」
「二〇〇年だぜ……って、あんた、この世界に来たことがあるのか?」
「まあね。ここでは四〇〇年ぐらい前になるのかな? まだあの丘の上に
「どういうことだ、一体?」
「この世界とあたしの元いた世界は時間の流れがズレてるのよ」
「俺たちは二十年前にここへ転生したんだぜ?」
「だから多分、あんたたちが来た元の世界と、あたしらが来た世界も違う場所なのね…………細かい記憶のすりあわせをしたら違うと判るわよ。あんたたちのいた世界で、アメリカとロシアはどうだった?」
「ソビエトとアメリカ? ゴルなんとかって大統領が暗殺されて一触即発になってたな、たしか」
「ああ、戦争になるかも知れないってみんな昏い顔を……」
「ほらね。あたしたちの来た世界では二十年前にはソビエトは消えてロシアって国名が変わって、それなりに上手くやってた」
「……あんたらの口から出任せってことは?」
「お望みなら、あんたたちの元いた世界に送ってあげるわよ」
「出来るんですか? そんなの?」
私は思わず声をだしたが、
「この子達の記憶が『
さらりといちかさんは肩をすくめた。
「ともあれ、あんたら、これからどうするの?」
「仲間たちの仇を討ちます、王女様もさらわれてますし」
「ふたりっきりで?」
「出来れば近くの町まで送ってくれればあとは…………」
「邪神教団相手じゃ、みんな嫌がるでしょ?」
「俺たち、金は少しありますからそれで…………」
「チータカ、トテチタ、レンちゃん」
ちらっと笑みを含んだ顔で、いちかさんは私たちを観た。
「どーする?」
「乗りかかった船、ってことばがあるよね?」
にやーっとトテチタが笑った。どうやらこの子は血の気が多いらしい。
「んー」
年下のチータカのほうがむしろ慎重だった、が。
「町へ行って人を集めて、またここまで来るのに二日ぐらいかかる?」
「あ、ああ、多分…………」
「じゃあ、あたしたちがお手伝いしたほーが早いよね? あたしはおーけー」
となれば、私の答えは決まり切ってる。
「…………私はふたりの護衛ですから、いちかさん」
「おっし! じゃー、決まりっ!」
ぬひひひ、と笑顔が浮かぶ。
「じゃあ……」
「でももう夜だから、明日ね。ふたりとも、テント用意するからそこで寝て、今日は鋭気を養って頂戴。あとトイレはあっちに立ってる扉の向こう。ドアだけしか見えないけど、中はちゃんと洋式トイレあるから…………それと、ウォシュレットは知ってる?」
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