第30話 ばったり遭遇!

事件は、ある平日の夕方、何の前触れもなく起こった。


洞窟探検隊ごっこが企画倒れに終わった高橋あかりちゃんは、洞窟最深部の少し開けた広場で、光り輝くクリスタルスライムと戯れながら、まったりと配信を続けていた。


「まあ、探検はできなかったけど、このスライムめっちゃ綺麗だし、癒されるからこれはこれでアリってことで!」


彼女がそんなことを言っている、まさにその時だった。

広場に続く、唯一の通路の向こうから一人の人影が現れた。

その人影は、カツ、カツ、と優雅な足音を響かせながらゆっくりと広場へと入ってくる。


その姿は、紛れもなく、カリスマインフルエンサーの姫川千尋さんだった。

どうやら彼女は、新たな撮影スポットを探しに再びこの洞窟を訪れていたらしい。


配信に夢中だったあかりちゃん。

撮影場所を探していた千尋さん。


二人は、広場の中央で、ほとんど同時に互いの存在に気づいた。


ピタッ。


二人の動きが、まるで時が止まったかのように、同時に止まった。




あかりちゃんは口を半開きにしたまま、固まっている。

その目には、憧れの有名人を目の前にしたファンのような色が浮かんでいた。


一方の千尋さんも、少しだけ驚いたように目を見開き、目の前の配信者の姿をじっと見つめている。

洞窟の静寂がいつも以上に重く感じられる。

コメント欄もこの予期せぬ邂逅に騒然となっていた。


『え、マジ?』

『チヒロ様じゃん!』

『神と神が遭遇した…!』

『どうなるんだ、これ…!?』


そして、モニターの前で、俺の部屋にもかつてないほどの緊張が走っていた。


「やばいやばいやばい! ついに、鉢合わせしやがった!」


俺は思わず立ち上がり、モニターの画面を食い入るように見つめた。

インフルエンサーと配信者。

ジャンルは違えど、同じSNSというフィールドで戦う者同士。


ここから女のプライドを懸けた、静かなる戦いの火蓋が切って落とされるのか…!?

気まずい空気が流れるのか?

それとも、お互いを無視して、何事もなかったかのように立ち去るのか…?

俺は、固唾を飲んで、その瞬間を見守った。





数秒間の永遠にも感じられる沈黙を破ったのは、意外にも、あかりちゃんの方だった。


彼女は、ごくりと喉を鳴らすと、おそるおそる、しかし、はっきりとした声で口を開いた。


「あ、あの…! も、もしかして、SNSで超有名な、インフルエンサーの、ひ、姫川千尋様…ですか!?」


その声は、緊張で少しだけ上ずっていた。


その問いかけに、千尋さんは少しだけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐに、ふわりと優雅な笑みを浮かべて答えた。


「ええ、そうだけど。…あなたは、いつも元気なダンジョン配信をしてる、高橋あかりちゃん…よね?」


千尋さんの口から自分の名前が出たことに、あかりちゃんは、信じられないというように目を丸くした。


「えっ!? 私のこと、知っててくれてるんですか!?」

「もちろんよ。あなたの配信、面白いから、時々見てるわ。特に、リスにビビってた回は最高だったわね」

「うわー! マジっすか! 光栄です! 私もチヒロ様の投稿いっつも見てます! 写真、マジで神すぎて、毎回、即いいね押してます!」


その瞬間、二人の間に流れていた重苦しい緊張の糸は、ぷつん、と音を立てて消え去った。


「え? なにこの平和な世界…?」


俺は、モニターの前で完全に拍子抜けしていた。

俺の心配は全くの杞憂だったようだ。


二人は、まるで十年来の友人のようにあっという間に打ち解け、お互いの活動を褒め合い始めた。


「あかりんちゃんの配信、見てると元気出るのよね」

「いやいや! チヒロ様の美的センスこそ、国宝級ですよ!」


そして、話が盛り上がるうちにどちらからともなく、こんな言葉が飛び出した。


「ねぇ、せっかくだからさ…」

「ええ、私も、今、同じことを考えていたわ」


二人は、顔を見合わせて、にこりと笑う。


「「一緒に、コラボ配信(撮影)しない?」」


「マジっすか!? やりましょうやりましょう!」

「ふふ、楽しそうね」


俺の心配をよそに、二人はあっという間に意気投合し、その場で即席のコラボ企画を始めてしまった。


「コミュ力高すぎだろ、最近の子は…」


俺はその光景に安堵のため息をつきながらも、コミュ力の違いをひしひしと感じ、少しだけ遠い目をするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る