第11話 ざまぁの代償と、二つの視線
本日2話投稿。2話目です。
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ボフンッ。
カインが放った(はずの)奥義は、情けない火花となって消えた。訓練場が水を打ったように静まり返る。誰もが、今、目の前で起こったことを理解できずにいた。
「な……」
カイン本人が一番分かっていなかった。突き出した手のひらを、信じられないという目で見つめている。
「な……ぜだ……?魔力が……術式が、なぜ……」
彼は顔を真っ赤にしてもう一度魔力を練り直そうとした。だが、俺(ゼフ)が聖気で強引に書き換えた術式の残滓が、彼の魔力回路に一時的なバグを引き起こしている。
「『ファイアボール』!『ファイアボール』!!」
カインはプライドもかなぐり捨て初級魔法を連呼する。だが放たれるのは、ボフッ、ボフッ、と弱々しい小さな火種ばかり。それすらも制御を失ってすぐに消えていく。
「……うそ」
「カイン様……どうなさったの……?」
聖女学院の生徒たちがいる後方エリアから、嘲笑ではなく純粋な困惑と、次第に失望の声が漏れ始めた。
「あんな……初級魔法すら、まともに撃てないなんて……」
「さっきまでの威勢は……?」
騎士学院の生徒たちもざわめき立っている。
「カイン・フォン・アインワース!」
ドレイク教官が厳しい声を張り上げた。
「貴様の魔力制御はどうなっている!極度の緊張か!?これでは演習にならん!」
「ち、違う!違うんだ!僕は……僕の魔力は……!」
カインが、半狂乱で叫ぶ。
「そうだ……!あいつだ!」
カインの血走った碧眼がまっすぐに俺を睨みつけた。俺は制御室の陰でいつもの無気力な落ちこぼれの表情のまま小さく肩をすくめてみせた。
「き、貴様だ!兄さん!貴様が何かをした!貴様のその不浄な魔力が僕の術式を乱したんだ!」
カインが隊長機ゴーレム(まだピンピンしている)そっちのけで、俺に向かって指をさして叫んだ。とんでもない言いがかりだ。だが、その言いがかりこそが、ミリアが望んだカインの心の崩壊の始まりだった。
「カイン、何を言っている!」
ドレイク教官がカインの醜態に顔をしかめる。
「ゼフィルスはあそこでゴーレムの制御をしているだけだ!貴様の不調を兄になすりつけるとは……見苦しいぞ!」
「だ、だって……!こいつが……こいつがいると、いつも……!」
「……おいおい、カイン様」
俺の隣にいたレオが呆れたように前に出た。
「あんた聖女様の目の前で無様な八つ当たりかよ。ダセェな」
「なっ……貴様、没落貴族が!」
「あ?落ちこぼれの俺たちにまで噛みついてくるってことはよっぽど余裕がねえんだな?」
レオの的確な(そして無神経な)煽りが、カインのプライドにとどめを刺した。
「う……うう……」
「演習中止!!」
ドレイク教官の無情な声が響き渡った。
「攻撃部隊長、カイン・フォン・アインワースの魔力制御不能(コントロールロスト)!これ以上の続行は不可能と判断する!」
カインはその場でガクリと膝をついた。
「ま……待ってくれ……僕は、まだ……ミリア様の、前で……」
完全に心が折れていた。ミリアが望んだ通りに。
俺はその光景を冷めた目で見つめていた。
(……これで、ミッションコンプリート、か)
胸がスッとするようなざまぁの感覚はなかった。あるのは、悪魔(ミリア)の命令(脅迫)を、その手足となって実行してしまったという重い自己嫌悪だけだ。
(俺は前世で仲間を救えなかった勇者が、今世では弟(カイン)を陥れるチンピラに成り下がったか……)
「聖女学院の皆様、本日はお見苦しいところを……」
ドレイク教官がミリアたちに頭を下げる。
「いいえ、とんでもございません」
ミリアは完璧な聖女の微笑みで立ち上がった。
「カイン様、きっとお疲れが溜まっていらっしゃったのよ。……わたくし、少しカイン様のことが心配ですわ」
その声には慈愛(演技)が満ち満ちていた。カインは、その声を聞き、「ミリア様……」と、さらに絶望に打ちひしがれている。
(……さて、帰るか)
俺の仕事は終わった。これ以上この胸糞悪い場所にいる必要はない。俺は誰にも気づかれないよう、レオにも声をかけず、そっと制御室から離れ訓練場の出口へと向かった。
(ミリアへの報告もしたくない。あの首輪も捨ててやりたい……)
だがレオを人質に取られている。俺はミリアのおもちゃからまだ逃れられない。
俺が訓練場の片隅、用具入れの物陰を通り過ぎようとしたその時だった。
「あ……あの!」
背後から聞き覚えのあるおっとりとした声がかけられた。
(……また、こいつか)
振り返るとそこには、なぜか聖女学院の集団から離れてきたフィオーレ・スフォルツァ(フィー)が立っていた。手にはあの忌まわしいクッキーが入っていそうなバスケットを抱えている。
「ゼフ様!」
フィーはなぜか少し頬を赤らめ慌てたように駆け寄ってきた。
「……何の用だ。スフォルツァ子爵令嬢」
俺は周囲にミリアがいないことを確認しながら、警戒レベルを最大にして応じた。 この天然(フィー)と関わるとろくなことにならない。
「あ、あの……さっきの演習お疲れ様でした!その……」
フィーは言いにくそうに視線を足元に落とした。
「……カイン様、すごく『泣きそうな音』がして、可哀想でしたわ」
「……そうだな」
(お前が心配すべきは、そこじゃない)
「でも……」
フィーは顔を上げ、ブラウンの瞳でまっすぐに俺を見つめてきた。
「カイン様が失敗なさった、あの瞬間」
「……」
「ゼフ様からも、すごく……『痛い』音がしたんです」
「…………ッ!?」
俺の心臓が、ドクン、と跳ねた。あの時。俺がミリアの命令に従い自己嫌悪に苛まれながらカインの術式を破壊した、あの瞬間の心の痛みを。こいつは、音として、正確に感じ取っていた。
「ゼフ様、あの時とても辛そうでした。……あの、大丈夫ですか?」
フィーは心の底から俺を心配していた。俺の隠された力でも、落ちこぼれのステータスでもなく。俺の心を、だ。
(……こいつ、なんなんだ)
俺は言葉を失った。前世の仲間ですら誰も気づかなかった俺の心に、いとも容易く踏み込んでくる。ミリアとは正反対のベクトルで、俺の平穏(孤独)を破壊してくる。
「あの、だから、これ……!」
フィーはバスケットから、再びクッキーの小袋を取り出した。
「昨日よりも、もっともっと、『痛いの痛いの、飛んでいけ』の精霊さんにお願いしましたの!だから……!」
彼女がその善意の塊(クッキー)を俺に差し出そうとした、その時。
チリッ。
胸ポケットの内側に隠した青い花(ミリアの首輪)が、灼熱と呼べるほどの明確な熱を発した。それは警告だった。
俺ははっとして顔を上げた。訓練場の向こう側。後方支援エリアの一番端。カインに慈愛の笑みを向けているはずのミリア・クレセントが、その若草色の瞳でまっすぐに俺(ゼフ)とフィー(害虫)を射抜くように見つめていた。
彼女の完璧な聖女の笑顔は崩れていない。だが、その瞳の奥は燃え盛る嫉妬(の演技)と、所有物(おもちゃ)を害虫(フィー)に奪われかけていることへの、明確な殺意で満ち溢れていた。
(……まずい)
ミリアが見ている。俺が、今、フィー(害虫)と二人きりでその手作りクッキー(善意)を受け取ろうとしているこの瞬間を。
フィーは何も気づかず俺にクッキーを差し出したままだ。
「ゼフ様……?」
ミリアの無言の圧が、訓練場の端からでも伝わってくる。
『――それを、どうするおつもり?』
俺は二人の聖女(腹黒と天然)の視線に挟まれ最悪の選択を迫られていた。
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